拐かし (かどわかし) 第一話
俄か船頭の忠八が全身汗みずくになって舟を漕いでいた。荷舟が引き起こす波紋で、横川に映った月影が揺れ、砕けた。
東岸は武家屋敷が立ち並んでいるため、日が暮れると森閑としている。 西岸は本所長崎町の町家だが、町並みは既に寝静まっていた。
何処かで犬が遠吠えし、それに呼応するように、また別のところでも犬が吠えた。
「長崎橋の下をくぐったぜ」
荒い息を吐き、滝のように流れる汗を袖口で拭きながら、忠八が誰ともなしに告げる。
手拭いで頬被りし、老けたなりはしてはいるが、年の頃は二十代半ばだった。 頬骨が張り、小鼻が横に広い。 汗で濡れた顔は疲れからか、どことなく青ざめていた。
舟の中ほどに荷物らしきものが積まれており、蓆が掛けられていた。 忠八の声に応じるようにその蓆が動き、下から羽織姿の武者が現れた。 名は孫兵衛、年齢は三十を超えたばかり。 額が広く、鼻梁が高い。 唇を固く引き結んでいた。
櫓から棹に切り替えた忠八は、ややぎこちない動作ながら慎重に舟を河岸場に寄せていこうとした。 が、舟は川面を滑っていた勢いそままドシンと音を立て岸辺にぶち当たった。
「おお~っと、 気を付けろい」
威厳を正さねばならない孫兵衛であったが、慌てて舟縁を掴み、川に落ちそうになる躰を支えた。
見れば舟尾の忠八も、孫兵衛と同じように棹に取りついて躰を支えている。
拐かし (かどわかし) 第二話
目的地に着くや否や辺りを窺がったが、通りに人影はなかった。 天辺に煌々と月が輝いているだけに、建物の陰になった闇は濃い。孫兵衛はおもむろに懐から御高祖頭巾を取り出すと、頭からすっぽりと被った。 鐘の音が止むのを待って山鹿屋の前に立った。
通りに面した二階建てとはいえ山鹿屋は、建物の陰同様真っ暗で、静まり返っていた。 主一家も、むろん住み込みの奉公人もみな、熟睡してるに違いない。
拳を固め、孫兵衛は閉じられていた表戸をドンドンと叩いた。 しばらく間を置き、またドンドンと叩く。 中からは何の返事もないが、執拗に叩き続けた。
ようやく、表戸の内側辺りでかすかながら足音がした。 奉公人の独りが渋々、起き出してきたようだ。 待つことしばらく
「何処のどなた様でございますか。 ご用は、明朝にお願いいたします」
用向きを伺おうともせず断りの言葉を発した。 その声には迷惑は元より、かすかな怯えも感じ取れた。
「ご子息の新次郎殿のことで参った。 危急の用じゃ。 主殿にお目にかかりたい」
恐らく耳をそばだてて、立ち去るのを待っているだろうと知った上でまくしたてた。
「えっ、 若旦那様のことでございますか。 どちら様でしょうか」
要件が分かってなお、戸を開けようとしない。
「主殿にしか申し上げられぬ」
その後、何度身元を尋ねられても、孫兵衛は応えることなく、ただ頑なに山鹿屋の主殿に会いたいと言い張った。
拐かし (かどわかし) 第三話
台所口から三和土の様子を窺がってた丁稚小僧のひとりがおずおずと進み出て、手燭の灯りで照らした。「若旦那がお出かけの際にお履きになっていた草履です」
妻の糸がどんなに言い張ろうが頑なに交渉に応じようとしなかった清兵衛が、ここに来て急に落ち着きを失い震え声で言った。
「でっ、 では、 せ、 せがれは今何処に…」
妻の糸は袂で顔を覆ってる。
「それは申せぬ。 無事に返してほしくば、八百両用意しろ。 お手前の蔵には千両箱が積んであるはずじゃ。 たかだか八百両ぐらい、なんでもあるまい。 二分金や一分金を取りまで、八百両を袋ふたつに詰めて寄越せ。 さすれば、新次郎殿も明日の朝にはこの草履を履いて戻って来る。 くれぐれも自身番には届けるな」
孫兵衛はきつく言い訊かせたつもりだった。 ところが、
「せ、 せがれの無事を確かめるまでは、鐚一文たりとも渡せませぬ」
ブルブル震えながら言い張った。
腰に差した刀にチラリと目をやり、孫兵衛は突っぱねた。
「拙者も武士、噓は言わぬ。 刻限は八ツ (午前二時頃) 、長崎橋のたもとに金を持参せい。 独りでは不安であろうから、ふたりまでは認める。 提灯を右に大きく一回、続いて左に大きく一回、まわせ。 合言葉は 『さん』 と 『かわ』 。 よいな、忘れるなよ。 もし、金を刻限までに持参しなかったり、約束をたがえたりすれば、新次郎殿の無残な死骸が隅田川に浮くことになるであろうな」
拐かし (かどわかし) 第四話
孫兵衛はいま、吉原の海老屋という妓楼で若い者をしていた。元々は本所三笠町の、材木を扱うかなり大店の息子として生まれ、ゆくゆくは店を継ぐはずだった。
妓楼の若い者に身を堕としてしまったのは、父の大黒屋右衛門が商売に失敗し、多額の借金を負い、店を潰してしまったからだ。
そうなるよう仕向け、尚且つ追い込んだのが、ほかならぬ山鹿屋清兵衛だった。
むろん、商売とは競うことで成り立つ。 それらの才覚で敗れたのなら仕方がない。 だが、山鹿屋清兵衛のやり口はあまりにも悪辣だった。
大黒屋は当時、本所一帯の武家屋敷も得意先のひとつであり、町民も含めかなり手広く商売をしていた。 その得意先を、新参の山鹿屋清兵衛が次々に奪っていった。
江戸はたびたび大火に見舞われた。 その焼け出された土地を火除地にすることで延焼を防ごうと幕府は取り決めたがしかし、その一方で焼け出された人々に救の手を差し伸べねばならなかった。
広小路と称された焼け出された人々がもともと住んでいた土地に長屋を建て住まわせる。 これらを取り仕切っていた武家に山鹿屋清兵衛は賂を渡し工事を請け負うと、二束三文の材木 (今でいうところの間伐材や廃材) を、それに当てた。
拐かし (かどわかし) 第五話
生活に窮し、右衛門は齢も齢、しかも元は材木問屋の主ということもあり木場には出入りできず、仕方なく寄せ場で畚(もっこ)担ぎをやり、糊口を凌ごうとした。先棒を担ぐとよく言うが、重量物による肩の負担が軽い代わりに目先を利かせねばならず、年老いてしかも座しておれば全てがうまく回っていたような環境に長くいたものだから所詮務まらない。
次第次第に邪魔者扱いされ、行き辛くなって家に籠るようになった。
孫兵衛も十五歳にもなっており、今更商家の丁稚は務まらず、仕方なしに棒手振りの行商をやったが、これとて材木商を営んでいた時のようなお得意様が、元々あったわけではなかったのでただでさえ稼ぎの少ないこの商売、先達者の縄張りに入り込む隙があるわけなく、しばらくやってはみたものの結果に繋がらず、益々資金繰りに行き詰まり止めざるを得なくなった。
些細なことであっても諍いが絶えなくなり、それを悔やんで姉の千世は夜の街に立つようになった。
母の詩織も知ってるはずなのに、ついぞ自分が先に立って夜の街に出かけていくようなことはしなかった。 むしろこうなった原因を作った右衛門をねちねちと責めた。
吞めなかったはずなのに、愚痴を言っては酒で紛らそうとした。 その酒代を稼ぐため、千世はこれまでにも増して夜の街に立った。
拐かし (かどわかし) 第六話
そんなすさんだ生活を送ってるさなか、やくざ者と揉め事を起こした。 連中は必ず大勢で押しかけて来るし、執念深い。孫兵衛はほとぼりが冷めるまで吉原に身を隠そうと考え、海老屋に若い者として雇ってもらった。
十五歳まで商家の跡取り息子として育ち、寺子屋にも通っていたため、きちんと読み書きできるし、算盤も達者だった。
孫兵衛は海老屋で重宝がられ、今では若い者の筆頭だった。
楼主の信任も厚く、遊女からは「まごさん」と呼ばれ、何かと頼りにされていた。
そんなときに、山鹿屋の息子の新次郎が客として現れたのである。
吉原は上級武士、或いは豪商のような資産家でもない限り高くて上がれない。 下級武士や一般庶民は良くて岡場所、それもかなわないと千世がやっていたような夜鷹を買う。
その吉原にである。 孫兵衛は女郎屋で遊んだとはいえ、それは岡場所。 吉原には花魁道中を見学したり冷やかしに行くことは出来ても上がるなどということは出来なかった。
入り浸りなどと格好をつけたところで所詮切見世、良いと襖で仕切られているが、普通なら障子、更に悪くなると衝立で仕切られているところで雑魚寝のようにし済ませた。
拐かし (かどわかし) 第七話
遊女がせがみ、客がつれないこたえを返す。 そんな遊女と客の会話を傍で聞いているうちに、なんとなくお家の様子が分かって来る。あるとき、もしかしたらという疑念が起きた。 どうあっても確かめずにおれない。
新次郎の盃に銚子で酒をそそぎながら、何気ない口調で水を向けた。
「お家のご商売はなんですかい」
「材木屋さ。 もっとも親父は金貸しもやってるがね」
「本所の、長崎橋のあたりとお聞きしましたが…」
「そうさね」
大店の跡取りと名乗ったからだろう。 心なしかふんぞり返った。
「もしかしたら…、 屋号は山鹿屋さんではございませんか」
「なんだい。 おまえ、どうしてそんなこと知ってるんだい」
孫兵衛はここぞとばかりにかしこまってこたえた。
「へっへっへ、なにね。 以前、別な商売をやってたときに、お声かけ頂き、お買い上げいただいたことがございます。 確か立派なお店だったと覚えておりますが。 そうそう、ええっと…。 たしか、旦那は…」
そこから先はとぼけた。
女郎を買おうかという歳になって、いまだに泊まりはどうのと口出しをする。 さぞかし父親を嫌ってるに違いないと思われたが、
まさにその通りで、新次郎は嫌な顔をし
拐かし (かどわかし) 第八話
「兄ぃじゃねえか。 久しぶりやなぁ」「おぅ、 てめえか、 元気そうでなによりだ」
「いま、 どうしてるんです」
「俺は丁 (ちょう) の若い者よ。 そういうてめえは、なにやらかしてるんだ」
「兄ぃ、なにやらかしてるはないでしょう。 堀の油問屋 笹屋の手代をやらしてもらってます」
丁 (ちょう) とは吉原の俗称で、関係者は気取って「ちょう」「さと」「なか」とも呼んだ。 同じく堀とは山谷堀のことで、大川(隅田川)から西に入る入堀、狭義では今戸橋下から 日本 (にほん) 堤下までをいう。
「それにしても、コツで遊んでいるようではお互い、たいしたこたぁねぇなぁ」
「八ッ八ッ八ッ、違えねえ」
「堀なら、帰りは日本堤だな。 どうでぇ、いっしょに話しをしながら帰ろうや」
こうして、コツの女郎屋を出たふたりは連れ立って、三ノ輪から日本堤にはいった。
話しの中で、何気なく忠八がいった。
「俺は舟を漕げるから、店ではけっこう重宝がられてるよ。 船頭がいないとき、俺が樽や油を荷舟で運ぶんさね」
「ん!? 忠八、てめえ舟が漕げるんか」
兄貴分と敬う孫兵衛の問いかけに驚きつつも
「俺あ深川の漁師のせがれだからなあ、当たり前と言えば当たり前さね。 幼い頃から櫓を漕がされたもんだ」
「…そうだったのか…」
拐かし (かどわかし) 第九話
衣紋坂 (えもんさか) から大門 (おおもん) は直接望めない。 日本堤の土手道 (通称五十間道 - ごじっけんみち) も、曲がりくねらせてあり大門 (おおもん) は望めない。孫兵衛は吉原妓楼 海老屋の若い者をやっているため、なかなか吉原の外に出る時間はなかった。
そのため忠八が海老屋にやって来たが、妓楼で内密の話しは出来ない。
ふたりは、吉原の西南隅にある九朗助稲荷の境内などで相談を重ねた。
孫兵衛から仕掛けの概要をきかされたときの、忠八の最初の反応は、
「面白いな。 しかしよ、 そんなにうまくいくだろうか」
と、半信半疑だった。
苦笑いさえ浮かべていた。
孫兵衛はふところから四両を取り出した。
「これが俺の有り金全部だ。 客人や花魁から頂いた祝儀を貯め、ようやくこれだけ作った。 今度やる仕掛けの準備に、全て注ぎ込むつもりだ。
それを見てようやく、忠八が真剣な顔つきになった。
「兄ぃ、本気なんだな」
「あたりまえだ。 うまくいくかどうかは、ふたつにかかっている。 ひとつは、昼遊びしかしない新次郎を、どうにかして海老屋に泊まらせること。 こいつは俺の方でなんとかする。 女郎並みに手練手管を尽くすつもりさ。 もうひとつは、速やかに移動すること。 これは、おめえのその手腕にかかっている」
拐かし (かどわかし) 第十話
手初めに、なんとしても吉原妓楼 海老屋に新次郎を泊めないことには苦労して編み出した仕切りもかなわない。吉原の遊女は四ツ (午前十時頃) に起床し、入浴や食事をしたあと、昼見世の準備にとりかかる。
昼見世が始まる前、孫兵衛は二階にある小春の部屋を訪ねた。
小春は上級遊女の部屋持ちで、八畳ほどの個室を与えられていた。 この個室に平常起居し、客も迎える。
部屋の隅には箪笥が置かれ、たたまれた三つ布団の上に枕がふたつ、並んでおかれていた。
壁には三味線がかかっている。
ちょうど、小春は鏡台に向かって化粧をしているところだった。 孫兵衛はそばにすわった。
「どうしたのでおざんすえ、 まごどん、 まじめくさった顔をしいして」
「花魁、昼遊びしかしない新次郎さんのことですがね。 どうです、新さんをどうにかして泊めてみませんか」
「材木屋の若旦那の新さんでおざんすか」
小春はあまり気乗りしないようだった。
新次郎が小春に夢中になっているのは傍から見ても明らかだったが、小春にとっては単なる客のひとりに過ぎない。
遊女として常套手段を用いなければならないのは、時々昼見世に来させる。 そのため惚れているように見せかける。 いまはそれでじゅうぶんのようだった。
拐かし (かどわかし) 第十一話
中秋の明月の夜、新次郎は五ツ (午後八時ころ) 過ぎに現れた。その顔はうっすらと紅潮している。
いよいよ泊るという興奮はもとより、初めて経験する夜見世の賑わいに圧倒されたようだ。
昼見世の時間帯の吉原は閑散としているが、夜見世ともなると漢どもの女を抱きたくはやる熱気に満ち満ちていた。
大門をくぐると左手に面番所がある。 そこを過ぎると遊女が格子の内側に居並んだ張見世があり、大行灯がともされている。
一階の奥に居る楼主は夜見世の時刻が近づくと神棚に商売繁盛を願って拍子木を打ち、神棚の鈴をシャンシャンと鳴らす。
張見世の正面に座るのは上級女郎。 左右の脇の席に若い見習い女郎、新造たちが座り、楼主の拍子木を合図に清掻という三味線などによるお囃子が弾き鳴らされる。
若い衆である孫兵衛たちは清掻に合わせて紐でつるした木の下足札の束をリズムよくカランカランと鳴らし合いの手を入れる。
それが鳴り響いている間に、二階で化粧や着替えを済ませた花魁がすうっと障子を開いて部屋から出て来る。
上草履をぱたぁんぱたぁんと鳴らしながら、ゆったり階段を下りてくる。
張見世の前に多くの漢たちが群がり、熱心に格子の内側の遊女の品定めが始まっていた。
拐かし (かどわかし) 第十二話
吉原妓楼 海老屋では数人連れの客が芸者と幇間 (太鼓持ち) を呼び、ドンチャン騒ぎの酒宴を開いているため、新次郎の思いとは裏腹に賑わいをみせていた。芸者が三味線を弾き、幇間がひょうきんな踊りを披露する。 一座は笑いさざめき、座を盛り上げなければならない孫兵衛もてんてこ舞いの忙しさだった。
「まごどん、小春さんの客人の新さんが腹を立ていぃして、帰ると言いなんす。 どぅしいしょう」
孫兵衛は舌打ちした。 ここで帰宅されては計画は、水の泡である。
すぐに床廻しの若い者に指示した。 床廻しは、客と遊女の寝床の用意をする係である。
「新さん、いったい、どうしました」
駆け付けた孫兵衛がなだめた。
怒りで新次郎の顔は青ざめていた。
硯蓋の上の肴はきれいになくなり、銚子も空だった。 煙草盆の周囲には灰がたくさん散っている。
「みんなして馬鹿にしやがって…。 もう、帰る」
「まあまあ、廻しがあるので、花魁もなかなか抜けられないのですよ。 そこんところを、わかってやってくださいな。 このまま新さんお帰ししたら、あたくしがあとで花魁に叱られます。 ともかく、寝床の用意はできていますから、寝っ転がってお待ちください」
拐かし (かどわかし) 第十三話
親類の家に不幸があったという理由で、孫兵衛は楼主から翌朝までの休みをもらった。 親類の不幸とあっては楼主も反対できないし、夜見世の繁忙もすでに盛りを過ぎていた。 あとは、客と遊女が床入りする時間である。二階廻しの仕事は、別の若い者に任せた。
そ~っと下足箱から新次郎の草履を取り出し、裏合わせにし懐に押し込んだ。
あとは吉原妓楼 海老屋を飛び出し、大門を抜け出るや、日本堤を浅草方面に向けてひたすら足を急がせた。
山谷掘の外れの桟橋に荷舟が係留されていた。
荷舟の上で棹を手に忠八がじりじりしながら待っていた。
「どうしたい、おそいじゃねえか。 来ないのかと思ったぜ」
「すまねえ。 新次郎がいろいろ駄々をこねて、手間取っていた。 さあ、出発だ。 できるだけ急いでくれ」
孫兵衛は荷舟に乗り込むと、用意してあった衣装に着替え、腰に刀を差した。
着替えを済ますのを見届けて忠八が荷舟の中ほどに載せてある筵を、顎をしゃくって指し示した。
「すまねえが、これを頭からかぶっていてくんな。 人目につかねえにこしたことはない」
孫兵衛は言われるまま荷舟に横たわり、筵をかぶった。
忠八は棹を使って桟橋から舟を離した。
拐かし (かどわかし) 第十四話
本当ならまだ灯はともしたくなかったが、月明かりがないため、やむを得ない。 孫兵衛は火打袋を取り出し火をおこし、用意していた提灯に火をともした。 舟首で提灯を掲げ、前途を照らす。振り返ると、長崎橋の上に提灯の明かりがあった。 ふたりは橋の上にたたずみ、せめて舟の行き先を確かめようとしているらしい。
隅田川に漕ぎ出でて、本流を遡る。
櫓の動きが艱難になり、舟はなかなか進まない。 忠八はもうへばっているようだった。
「おい、どうしたい。 堀から長崎橋まで往復してみたんじゃないのいかよ」
孫兵衛は𠮟咤した。
忠八は苦しそうに顔を歪め、肩で息をしていた。
「考えてみると、試しに漕いでみた時は俺ひとりだ。 いまは、兄ぃが乗ってるじゃねえか。 それに、八百両の重みも加わってらぁ」
「それはそうだ…。 ところで、寄洲はどこにあるんだ?」
舟首で孫兵衛が提灯を掲げた。
金はいったん、中州に埋めることにしていたのだ。 先日ふたりで隅田川の岸辺から眺め、あのあたりの中州にしようと決めていた。 存外わかりやすい場所のはずだった。
「それが、よくわからないんだよ」
「そいつはどういうことだ。 しっかりしろい」
拐かし (かどわかし) 第十五話
「さて、あがるぞ」孫兵衛は舟の舳先からひょいと中州に飛びおりた。
とたんに、ズブッとくるぶしまで泥に埋まり、危うく転倒するところだった。
「こいつはいけねえ、地面が柔らかいときてやがる。 気を付けろ」
続いて、忠八が中州に飛びおりたが、やはり泥に足を吞まれてしまった。
歩くのも一苦労だった。 ふたりは重い壺を抱え、泥に足をとられながら葦を掻き分け進み、ようやく乾いた場所を見つけそこに這い上がった。
明るいときであれば、もっと良い隠し場所が見つかるやも知れなかったが、提灯ごときささやかな灯りではとうてい無理だった。 それにこんなところでいつまでも提灯をともしていて、隅田川を行き交う舟の舟頭にでも見つかれば面倒だ。 なんとしても早く始末しなければならない。
ふたりは犬にでもなったつもりで着ているものが汚れるのも気にせず手で穴を掘った。 沼地だけあって土は柔らかい。 しばらく掘ると、じんわりと水が浸みだして来た。
穴の中に壺を収め、上から泥をかぶせた。
「兄ぃ、目印はどうしようか。 暗いので、寄洲のどのあたりか、さっぱり見当がつかねえ。 次来たとき、探しようがねえぜ」
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アップデート 2026/01/09 06:45
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