なぜUSJは、「天才マーケター」が去った後も、成長し続けられたのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season7 vol.3】

森岡毅が去った後もUSJが成長し続ける理由——天才の思考を組織の仕組みに変えたマーケティング戦略

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season7

Season6では「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしました。
Season7では、より深く「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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「森岡毅が辞めたら、USJは終わる」——2017年に彼が退任したとき、そうささやいた人は少なくありませんでした。

それから8年。USJの2024年の年間来場者数は約1,600万人。世界テーマパーク来場者数ランキングで3年連続3位、アジア圏でトップを維持しています。本家フロリダ(約950万人)やハリウッド(約870万人)をも凌ぎ、2025年には業界最高峰のテーマパークに贈られる「アプローズ・アワード」を受賞しました。*1

天才マーケターが去った後に、なぜ組織は成長し続けるのか——そこには「ひとりの英雄の成功」ではなく、「英雄の思考を仕組みに変えた組織」の力があります。

「映画の専門店」を捨て、「感情のスイッチ」を買い占める

森岡毅がUSJに入社した2010年、年間来場者数は730万人台まで落ち込んでいました。*2 当時のUSJは「映画の世界を体験する場所」というコンセプトに縛られ、ハリウッド映画のファン以外には訴求できていませんでした。

森岡が最初に行ったのは、コンセプトの根本的な書き換えです。「映画の専門店」から「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」へ。*2 これは単なるブランドの言い換えではありません。顧客が本当に求めているのは「映画の世界を見る体験」ではなく、「自分が好きな物語の主人公になれる没入体験」だという洞察を、組織全体に浸透させる宣言でした。

この転換が生んだのが「ユニバーサル・クールジャパン」戦略です。2014年から始まった期間限定イベントで、エヴァンゲリオン・進撃の巨人・鬼滅の刃・呪術廻戦といった日本発の強力IPを次々と導入し、かつてテーマパークの閑散期だった冬を最大の集客シーズンに変えました。*2

そして2021年にスーパー・ニンテンドー・ワールドをオープン。2024年にはドンキーコング・カントリーを開業し、任天堂という日本最強のIPを「期間限定」ではなく「永続する世界」として根付かせました。*1

この戦略の核心は「IPの多様化による需要の平準化」です。映画という単一ジャンルに依存していた時代、特定の映画ファン以外は来場動機がありませんでした。今のUSJは任天堂ファン・アニメファン・ハリーポッターファン・ホラーイベントのファンがそれぞれ異なるシーズンに来場します。ひとつのIPが終わっても、次のIPがその穴を埋める構造が完成しています。

USJのIP多様化戦略——クールジャパンから任天堂エリアまで需要を平準化した集客の仕組み

「天才の思考」を「組織の仕組み」に変えた、マーケティングの民主化

森岡毅がUSJで残した最大の遺産は、アトラクションでも来場者数でもありません。「需要予測モデル」と「消費者視点の意思決定プロセス」を組織に埋め込んだことです。

森岡入社前、USJの新プロジェクトの成功確率は約30%でした。入社後、各部署に「そのコンテンツのファン層が何に熱狂するか」を数学的に検証するプロセスを徹底させた結果、成功確率は97%まで跳ね上がりました。*2

退任前の1年間、森岡は「自分がいなくても機能する組織をつくること」に腐心したと語っています。*3 天才が「俺の直感を信じろ」ではなく、「この確率論的な思考プロセスを使えば誰でも正解に近づける」という形で組織に思考を移植したのです。

2015年11月、NBCユニバーサル(コムキャスト傘下)がUSJを完全子会社化したことも、この仕組みの持続を支える大きな力になっています。*2 グローバル資本による継続的な投資——任天堂エリアへの数百億円規模の投資、ダイナミック・プライシングの洗練、エクスプレス・パスによる待ち時間のマネタイズ——これらは、「需要予測モデルで外さない投資を繰り返す」という森岡が残した思考の枠組みの上に乗っています。

USJのチケット料金は、2025年5月に最高11,900円まで引き上げられています。*1 しかし来場者数は落ちていません。「いくらでも払う価値がある体験」を提供できているからです——そしてその体験の設計は、もはやひとりの天才の直感ではなく、組織として機能するシステムが生み出しています。

成功確率30%から97%へ——森岡毅がUSJに残した需要予測モデルと組織的意思決定プロセス

「英雄を待つな」——誰もが英雄のように振る舞えるシステムを作れ

USJの事例が示すことは、マーケティングにおいて最も再現性が高い資産は「人」ではなく「システム」だということです。

「ひとりの天才」に頼る組織は、その天才が去った瞬間に機能が崩壊します。しかし森岡がUSJに残したのは、アイデアの「結果」ではなく、「どうすれば勝てる投資判断ができるか」というプロセスそのものでした。これが組織に根付いたことで、USJは「森岡毅がいなくても、森岡的な意思決定ができる会社」になりました。

あなたのビジネスには、顧客が「自分の好きな物語の主人公になれる」体験が設計されているでしょうか。そしてその体験を設計する思考プロセスは、特定の誰かだけが持っているものでしょうか。

競合が「自社のこだわり」に固執しているなら、自分たちは「顧客の熱狂」にどこまでも柔軟に合わせる。そのための意思決定システムを、今日から組織に埋め込んでいきましょう。2026年のマーケティングは、英雄を待つことではなく、誰もが英雄のように振る舞えるシステムを構築することです。

英雄に頼らない組織をつくる——誰もが天才的な意思決定ができるシステムが最強の競争優位になる

 

【本記事のまとめ】

1. 「映画の専門店」から「感情のスイッチのセレクトショップ」へ——IP多様化による需要の平準化
ハリウッド映画依存から日本発IPの積極採用へ。任天堂エリアの常設化・クールジャパンの継続展開が、季節・ジャンルを問わず来場動機を生み続ける構造を作った。顧客が求めているのは映画の世界ではなく「好きな物語の主人公になれる没入体験」だという洞察が、戦略のすべての根拠になっている。

2. 成功確率30%→97%——天才の「思考プロセス」を組織の「仕組み」に変えた
森岡毅がUSJに残した最大の遺産は、需要予測モデルと消費者視点の意思決定プロセスを組織に埋め込んだことだ。退任前の1年間、「自分がいなくても機能する組織をつくる」ことに腐心したという事実が、USJが今も成長し続ける構造的な理由を説明している。

3. 「英雄を待つな」——誰もが英雄のように振る舞えるシステムこそが最強の競争優位
ひとりの天才に頼る組織は、その人が去った瞬間に機能が崩壊する。天才の思考プロセスをシステムとして組織に根付かせることができれば、天才なき後も組織は「天才的な意思決定」を継続できる。これが2026年のマーケティング組織に求められる構造だ。

よくある質問(FAQ)

USJの成功は「任天堂エリアという強力なIPがあったから」に過ぎないのでは?

任天堂エリアはたしかに大きな集客装置ですが、それを「誘致できた」こと自体が組織力の証明です。任天堂は自社IPの扱いに非常に慎重な会社です。USJが選ばれた背景には、「IP保有者の世界観を忠実に再現できる」というプレゼンテーション能力と実績の積み重ねがありました。また、任天堂エリア開業前からクールジャパンなど日本IPの活用で来場者数を伸ばしていた実績があってこそ、任天堂との交渉が成立しています。強いIPを獲得できる組織力そのものが競争優位です。

「需要予測モデル」とは具体的にどんな手法ですか?

森岡毅が著書で説明しているのは、消費者の行動を確率論的に捉える思考法です。「このIPのファン層は何人いるか」「そのうち何%がテーマパークに来場する動機を持つか」「何%が実際に来場に至るか」という確率の連鎖として需要を予測します。感覚や前例ではなく、数学的に「勝てる確率が高い投資」に絞り込むことで、成功確率を大幅に高めました。詳細は著書『確率思考の戦略論』(共著・今西聖貴)に体系的にまとまっています。

USJのような「IP戦略」は、中小企業にも応用できますか?

IPの規模は問題ではありません。重要なのは「顧客が熱狂しているもの」と自社の提供価値をどう接続するかという発想法です。たとえば地域の飲食店が「地元の高校野球チームの応援キャンペーン」を展開することも、同じIP活用の原理です。顧客の「好きなもの」「熱狂しているもの」に乗っかって、その世界観の中に自社の商品・サービスを自然に配置する。USJが証明したのは、この発想を「継続的な仕組み」として運用できれば、規模に関係なく強力な集客が生まれるということです。

(参考)

*1|合同会社ユー・エス・ジェイ公式「2025年 アプローズ・アワード受賞」(2025年5月1日)。業界最高峰アプローズ・アワード受賞・来場者数約1,600万人・世界テーマパーク来場者数ランキング3年連続3位・アジア圏トップ維持・「没入感あふれるストーリーテリングと最先端技術を駆使した新アトラクション」の融合を確認。チケット料金2025年5月の最高11,900円・ドンキーコング・カントリー2024年開業は複数メディアで確認
*2|NTT東日本BizDrive「USJは値上げをしても来場者数が3年連続アップ!」。2010年入社時の来場者数730万人台・「映画の専門店からセレクトショップへ」の転換・クールジャパン戦略の詳細・新プロジェクト成功確率30%→97%への改善・2015年11月コムキャストによる完全子会社化を確認
*3|ダイヤモンドオンライン「最初の半年間は給料も払えなかった」森岡毅が語る刀起業の真実。退任前の1年間「自分がいなくても機能する組織を作る」ことに腐心したという森岡毅の発言・2015年10月にUSJへの退任意向を伝えた経緯・2017年退任の詳細を確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season7

「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を事例で深掘りしていきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで
Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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