
ミスは、もちろんないほうがいい。それでも、起こる。
むしろ、気をつけていても、防止策を仕込んでいても、起こってしまうからこそ、「ミス」と呼ぶのです。事前にすべて防げるなら、それはもうミスではありません。定義からして、そういうものなのです。
また、ミスの原因を、最初からひとつ残らず想定しておくことも不可能です。だとすれば、目指すべきは「ミスをゼロにする」ことではなく、「同じミスを二度と繰り返さない」ことになります。
起きてしまったミスを次の防止策へ変えるには、事前の備えだけでは足りません。必要なのは、失敗のあとに回す “仕組み” です。
……と、ここまではいいですよね。正直、「ミスは起こる、だから備えよう」という一般論は、あなたもとっくにわかっているはず。百も承知のことを、いまさらわざわざ指摘される筋合いもありませんよね……。
だから、抽象論はここで終わりにします。今日の本題は「じゃあ、具体的にどうするのか」。Googleなどが現場で回している手法を、手順のレベルまで落とし込んでお渡しします。
「ポストモーテム」とは?
ポストモーテムとは、インシデント(業務上のトラブルや、放置すると大きな問題につながる出来事)が起きたあとの事後検証のこと。
もともとは、Google社が提唱したシステム運用手法「SRE(サイトリライアビリティエンジニアリング:サイト信頼性エンジニアリング)」の一部として広まった、組織の成長と信頼性を高めるために重視される “振り返りの手法” です。*1
では、これをやらなければ何が起きるのでしょうか。
インシデント後に何もしなければ、原因が不明なまま仕組みも改善されないので、同じトラブルが再発する可能性は大です。
人々が共に働く組織であれば、安直に “ミスした人だけを責める” ようになり、職場の雰囲気が悪くなってしまうかもしれません。それは、会社の信用にもかかわることです。
個人でも同じこと。責めるのが他者ではなく、自分になるだけではないでしょうか――。
ここで大切なのは、ポストモーテムが犯人探しの場ではないということ。富士ソフトのレポートでは、根本原因を「関係した人のミス」ではなく「仕組みやプロジェクトの問題」としてとらえることが重要だと説かれています。*1
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ポストモーテムのフォーマット
ポストモーテムには、決まった型があるわけではありません。組織やインシデントの性質、目的に応じて自由にフォーマットをカスタマイズして運用するのが一般的です。
今回は、富士ソフト株式会社「BizDevOps推進部」部長中村和弘氏、株式会社MIXI Vantageスタジオ「みてねプロダクト開発部」プラットフォームグループマネージャーの清水勲氏の解説をもとに、以下のようにまとめました。*1 *2
ポストモーテムの心構え
なお、イオンネクスト株式会社 技術責任者CTO 樽石将人氏は、ポストモーテムの大切な心構えとして、以下を紹介しています。*3
- ポストモーテムの目的は学びを得ること。やるべきことの設定がゴール。
🔎 誰かの責任を問うことではない - きっかけの特定からもう一段深く掘り下げて根本原因を探ること。
🔎 これがポストモーテムを資産に変える鍵 - できるだけ早く、記憶が新しくて温度感が高いうちに着手する。
🔎 できれば24時間以内
こうした考え方を参考にしながら、「個人版ミニ・ポストモーテム」を考えてみました。
次項で実践例を交えながら詳しく紹介しましょう。
実践方法のアイデア「個人版ミニ・ポストモーテム」

とはいえ、ポストモーテムが本来対象にするような「インシデント級」のトラブルが、毎日のように起こるわけではありません。一方で、メールの返信を忘れる、確認をひとつ飛ばす――そんな日常の小さなミスは、誰にでも起こります。
だからこそ、本格的なポストモーテムを丸ごと回すのではなく、フレームだけを借りて思いきり軽くする。数分で済む「ミニ版」にすれば、日常のミスにも無理なく運用できます。
運用のコツは、完璧を目指さないこと。ひとりで深掘りしすぎると、客観性を失って「失敗の反芻」に陥りやすくなります。脳のエネルギーがネガティブな感情の処理に奪われ、本来の目的である「未来の改善策」を考える力まで削がれてしまいます。よって、「短くてもいいから、すぐやる」を徹底します。
題材は、その日常の小さなミス。「大事なメールの返信が、つい遅れてしまった」という場面で、シミュレーションしてみましょう。
▼個人版ミニ・ポストモーテムの手順
≪時系列≫
発生から復旧までの流れを時系列に書き出す。
10:15 商談準備中、取引先から見積もりの前提に関わる質問メールが届く。「曖昧に答えると相手の判断を誤らせる」と考え、午後のまとまった時間に正確に返そうと決める。
13:00 午後の打ち合わせが長引き、別件対応も重なる。
18:30 退勤前に受信トレイを開くと、当該メールが新着の下に埋もれていた。集中力も切れており再び先送り。
翌朝9:00 先方からの催促で返信漏れに気づき、即返信。
≪影響≫
その失敗によってどんな影響があったかを書き出す。
- 先方の社内検討が一日止まり、こちらの確認待ちで相手のスケジュールを圧迫した。
- 最終的な回答の質は高くても、「レスポンスの速さ」で積み上がるはずの信頼を一度削ってしまった。
≪原因≫
なぜ失敗してしまったのか原因を書き出す。
- 想定したリスクが一方向(曖昧に答えると相手の判断を誤らせる)のみで、「返答が遅くなるほど相手のスケジュールを圧迫する」ことは想定しなかった。
- 想定したリスクが一方向だったのは、未来の自分の時間と集中力を楽観的に見積もっていたから。実際には「午後は必ず余裕があるはず」という前提が崩れた。
💡 ポイント
このパートでは、できるだけ思いついたものをサッと書くように意識することをおすすめします。「どうして失敗してしまったんだろう」と反芻思考に陥るのを防ぐためです。
また、先述のように根本原因を「人間のミス」ではなく「仕組みの問題」としてとらえることも大切です。
≪次の一手≫
今後の対応を練りながら、学びも言葉にする(太字部分)。
- 即答できない重要案件は、その場で「○日までに改めてご返信します」と一次返信だけ返す。「受領の連絡」と「中身の回答」を切り離し、信頼の穴をその場で塞ぐ。
- 返信タスクは受信トレイに置きっぱなしにせず、期限付きでタスク管理ツールに登録する。受信トレイを “判断の場” にしない。
- 「考えて返す時間」そのものをカレンダーにブロックして確保する。リマインダーは思い出させてくれるだけで、時間そのものはつくってくれない。
💡 ポイント
このとき、「緊張感をもって取り組む」「柔軟に対応する」「集中する」といった自分の意識頼みの対策は避けること。次に同じミスをしたとき、また同じ意識に頼るはめになるからです。代わりに、環境のほうを変えてしまう一手を選びます。
ここまで見て、拍子抜けしたかもしれません。やることは、ミスを書き出して、原因を仕組みのせいにして、次の一手をひとつ決める。ただそれだけ。特別な才能も、長い時間もいりません。
でも――だからこそ聞きたいのです。その「普通のこと」、やっていますか?
ミスは振り返ったほうがいい。誰でも知っています。なのに、やらない。落ち込んだまま埋めてしまうか、「次は気をつけよう」で終わらせる。わかります。人間は、そういうふうにできています。
だからこそ、GoogleのSREのような一流の現場では、振り返りを個人の心がけに任せていません。仕組みとして組み込んでいるのです。やる・やらないを意志で決めさせない。型にして、回るようにしておく。
「個人版ミニ・ポストモーテム」も、ねらいは同じです。日常の小さなミスの改善を、あなたの意志ではなく、数分の “型” に肩代わりさせる。
前出の清水氏は、ポストモーテムの前提をこう示しています。*2
人間は「修正」できない。環境を修正しなければならない。
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「ミニ版」が向くミス、向かないミス
自分の性格や行動パターンを変えるには時間がかかりますが、環境であれば客観的になれるので、「この方法を試してみよう」という発想が生まれやすくなります。建設的に振り返る習慣が身につくのも感じられました。
ただ、一方で、重大インシデントにつながるような大きなミスには深い分析が必要です。時系列を書き出したものを第三者に見てもらって原因と対策を一緒に考えるなど、多角的視点を取り入れる必要があるでしょう。
したがって、「個人版ミニ・ポストモーテム」は、次のような状況で実践することをおすすめします。
- 大きな失敗につながるほどではないが、気になった出来事
- ちょっとしたミスで自分を責めて、ネガティブな感情から抜け出せないとき
感情に引きずられにくくなることも期待できます。立て直しが早くなれば、挑戦する機会も増え、成長スピードも上がっていくはずです。
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誰もがミスをします。けれど、振り返り方ひとつで、その数は確実に減らせます。
落ち込む前に数分間、今回の「個人版ミニ・ポストモーテム」をひとつの “型” として使ってみてください。手に入るのは、感情に振り回されない「客観性」と、次に活かせる「学び」です。
失敗の直後は、反省して落ち込む時間ではなく、仕組みを更新する時間。同じ轍を踏まないための、いちばんのチャンスです。
FAQ
Q. そもそも「ポストモーテム」とは何ですか?
もともとはIT現場で行なわれる「インシデントの事後検証」のことです。トラブルの発生から復旧までを振り返り、原因と再発防止策を整理します。本記事では、これを個人向けに小さく落とし込み、数分でできる「個人版ミニ・ポストモーテム」として紹介しています。
Q. ただの「反省」と何が違うのですか?
反省は「自分が悪かった」と人を責める方向に傾きがちですが、ポストモーテムは犯人探しをせず、根本原因を「仕組みの問題」としてとらえます。感情ではなく事実と仕組みに目を向けるため、自己否定に陥らず、次の行動につながる学びを取り出せるのが違いです。
Q. どんなときに使うのがおすすめですか?
「大きな失敗につながるほどではないけれど気になった出来事」や、「ちょっとしたミスで自分を責めて、ネガティブな感情から抜け出せないとき」に向いています。一方、重大なミスには深い分析が必要なので、書き出した時系列を第三者に見てもらうなど、多角的な視点を取り入れましょう。
Q. 落ち込んでいて、分析する気力がわかないときは?
完璧な分析は必要ありません。ポイントは「短くてもいいから、すぐやる」こと。思いついたことをサッと書き出すだけでも客観性が生まれ、失敗を反芻するループから抜け出しやすくなります。記憶が新しく温度感が高いうち(できれば24時間以内)に着手するのがおすすめです。
Q. 一人で振り返ると、かえって落ち込みませんか?
ひとりで深掘りしすぎると客観性を失い、「失敗の反芻」に陥ることがあります。それを防ぐコツが、原因を「人間のミス」ではなく「仕組みの問題」としてとらえ、改善策を“意識”ではなく“環境や仕組み”に向けること。大きなミスのときは、ひとりで抱えず第三者の視点を借りましょう。
*1: FUJISOFT Technical Report|「ポストモーテム」をご存じですか?~ インシデントはプロジェクトの問題である ~
*2: MIXI DEVELOPERS|インフラ障害対応とポストモーテム
*3: AEON TECH HUB|1年半で100本。イオンネクストが実現したPostmortem文化の作り方
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。