菅原洋一さんの「知りたくないの」、黛ジュンさんの「恋のハレルヤ」「天使の誘惑」、北原ミレイさんの「石狩挽歌」、黒沢年雄さんの「時には娼婦のように」、細川たかしさんの「北酒場」など、誰でも一度は聴いたことがあるだろうヒット曲の作詞を手掛け、2020年で他界されるまで4000曲もの作品を生み出した、なかにし礼(なかにし れい)さん。
そんななかにし礼さんは、プライベートでは、結婚を2回、離婚を1回しています。
今回は、なかにし礼さんの前妻(最初の妻)清水秀子さんとの離婚について、その経緯や理由について、なかにし礼さんと清水秀子さん、双方の視点からご紹介します。

「なかにし礼は森田童子の叔父!「血の歌」で明らかになった2人の絆とは?」からの続き
なかにし礼の前妻(最初の妻)は清水秀子
なかにし礼さんは、立教大学在学中の1963年、モデルとしてテレビや雑誌の広告を中心に活動していた清水秀子さんと結婚しています。
ただ、なかにし礼さんは、プライベートについて、ほとんど語っていないため、どのように知り合い、いつ頃から交際して、どのような経緯で結婚に至ったかは不明です。
なかにし礼は前妻(最初の妻)清水秀子と5年で離婚していた
結婚当初、なかにし礼さんは、まだ貧乏学生で、駆け出しの訳詞家だったそうですが、そんな中、妻である清水秀子さんが、モデルの仕事で稼いだ収入で、なかにし礼さんの学費や生活費のほとんどを賄(まかな)っていたといいます。
ただ、なかにし礼さんと清水秀子さんは、仕事に対する考え方が全く異なっていたそうで、なかにし礼さんは、清水秀子さんとの間に拭い去れない”生き方の違い”を感じるようになっていたのだそうです。
また、なかにし礼さんと清水秀子さんの間には、1966年に女の子が誕生しているのですが、子供の存在が二人の溝を埋めることはなかったそうで、
なかにし礼さんが作詞家としての道に突き進むために別居を選択し、その後、ヒット曲を連発しスター作詞家への階段を駆け上がる中、1968年、清水秀子さんとの離婚が成立したのだそうです。
なかにし礼が語る前妻(最初の妻)清水秀子との離婚理由
実は、なかにし礼さんは、1965年11月、27歳の時、深夜に心臓発作に襲われ、医師に、「極度の疲労とストレスによる自律神経失調症が引き起こした狭心症」と診断されたそうですが、
なかにし礼さんは、ストレスの原因は、清水秀子さんとの関係にあるとはっきり自覚していたといいます。
というのも、清水秀子さんは、なかにし礼さんに対し、純粋な芸術家や文学者であってほしいと望んでいたことから、シャンソンの訳詞や流行歌の作詞(つまり、大衆娯楽)の仕事をすることを、激しく拒絶していたそうで、
なかにし礼さんが、清水秀子さんが病室に見舞いに来るたびに、
俺が歌を書くの、そんなにイヤかい?
と、同じ質問を繰り返すと、
清水秀子さんは、その度に、
歌を書くたびに、あなたが不純になっていくような気がするの
と、答えたそうで、
その後、
なかにし礼さん:ひょっとしたら、俺は歌を書くために生まれてきたのかもしれないぜ
清水秀子さん:それは詭弁よ。あなたにはもっと大きな夢があるはずよ
なかにし礼さん:いや違う。先のことはわからない。が、今は、歌が書きたい。何か書けそうな気がする。思い切って書かしてくれ
清水秀子さん:賛成しないわ
なかにし礼さん:軽蔑するかい?
清水秀子さん:軽蔑するわ
と、二人の会話は平行線を辿っていたそうで、
なかにし礼さんは、清水秀子さんの拒絶に、胸が締め付けられるような痛みを感じたことを、後に語っているのですが・・・
なかにし礼の前妻(最初の妻)清水秀子が明かした離婚理由
一方、清水秀子さんはというと、著書「それからのわたし」の中で、
- なかにし礼さんは、作詞家として世に出るようになってもお金を一銭も家に入れなかった
- なかにし礼さんは、浮気が絶えず、清水秀子さんが、浮気相手が住むなかにし礼さんの事務所に乗り込み、家具や電気製品をなぎ倒す暴挙に出たことがあった
- なかにし礼さんが心筋梗塞で入院中、見舞いに行くと、「顔を見るのも苦しい、帰ってくれ」と言い放たれた
- 清水秀子さんが、3回目の妊娠の際、産みたいと願うも、なかにし礼さんには、中絶を迫られた
- なかにし礼さんは、子供が無事に産まれても家に帰ってこなかった
などと、
なかにし礼さんが語る”価値観の相違”とは全く異なる、生々しい結婚生活の実態を告白しています。
また、なかにし礼さんが提供した菅原洋一さんの大ヒット曲「知りたくないの」の有名な一節「あなたの過去など知りたくないの」は、実は、清水秀子さんの口癖だったと言われています。
というのも、生まれ育った環境や女性遍歴などを話したがったなかにし礼さんに対し、生真面目な清水秀子さんは、
過去を知れば知るほど、今の生活が壊れる気がする
として、聞くのを嫌がったそうで、
なかにし礼さんは、清水秀子さんのこうした強情さに嫌気が差していたとされているのですが・・・
この清水秀子さんの独白に対し、なかにし礼さんは、生涯、反論しておらず、今となっては真相は藪の中です。
「なかにし礼の再婚相手(2番目の妻)石田ゆりとの馴れ初めは?結婚後の関係は?」に続く
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1963年、モデルとして活動していた清水秀子さんと結婚し、女の子1人に恵まれるも、1968年に離婚した、なかにし礼(なかにし れい)さんは、その後、歌手の石田ゆりさん(いしだあゆみさんの妹)と再婚しています。 今回は、な …








