なぜNikeの限定スニーカーに、人は徹夜で並ぶのか?【新人さんのためのマーケティング講座 Season3 vol.17】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3

Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】

Nikeの限定スニーカーが発売される日、店舗の前には長蛇の列ができます。

オンラインでは発売開始から数秒で完売。その後、転売サイトでは定価の数倍の価格で取引されます。

客観的に見れば、ただのスニーカーです。しかし、人々はたった一足のために徹夜で並び、抽選に外れては落胆し、それでも次の発売を待ち続けます。

「供給を増やせばもっと儲かるはずなのに、なぜNikeは頑なに『限定』にこだわるのか?」——今回は、この問いを解き明かします。

「持っていること」がアイデンティティになる

人には、「自分は特別でありたい」という根源的な欲求があります。

「みんなと同じ」では満足できない。どこかで、他者との違いを示したい。この欲求は、特に自己表現に敏感な若い世代において顕著です。

入手困難なスニーカーを履いていることは、単なる「買い物の結果」ではありません。それは、その人の「情報収集力(発売情報をいち早くキャッチした)」「情熱(徹夜で並んだ、抽選に何度も応募した)」「経済力(転売価格でも買えた)」を周囲に誇示するシグナルになるのです。

 

希少なアイテムを所有することは、「私はこれを手に入れられる人間だ」という自己証明になる。

逆に言えば、「いつでもどこでも買える」という利便性は、時として「どこにでもある、平凡なもの」というレッテルに変わってしまいます。誰でも買えるということは、「買っても何の自己表現にもならない」ということでもあるのです。

スノッブ効果——みんなが持つと欲しくなくなる

この現象を、経済学では「スノッブ効果(Snob Effect)」と呼びます。

他者の消費量が増えるほど、その商品に対する需要が減少する——という心理現象です。「みんなが持っているものは欲しくない」「希少なものほど価値を感じる」という心理ですね。

以前の記事で解説した「バンドワゴン効果(みんなが持っているから欲しくなる)」とは、まったく逆の心理です。

心理効果 メカニズム
バンドワゴン効果 みんなが持っている → 欲しくなる レッドブル、流行のSNS
スノッブ効果 みんなが持っている → 欲しくなくなる Nikeの限定モデル

Nikeの限定モデルが魅力的なのは、「持っている人が少ない」からこそです。もし大量生産されて誰でも買えるようになったら、その魅力は大きく損なわれてしまうでしょう。

ヴェブレン効果との違い——「高い」だけでは足りない

ここで、以前解説した「ヴェブレン効果」との違いを整理しておきましょう。

ヴェブレン効果は、「価格が高いほど欲しくなる」という心理です。ハーゲンダッツが高価格を維持することで「特別なアイス」というポジションを守っている、という話をしましたね。

スノッブ効果は、価格だけでなく「手に入らなさ(排他性)」そのものが価値の源泉になっている点が異なります。

 

ヴェブレン効果:「高いから価値がある」
スノッブ効果:「手に入らないから価値がある」

Nikeの限定モデルは、定価自体はそこまで高くありません。しかし、「買えない」という状況が価値を生んでいる。お金を出せば買えるわけではない、という排他性こそが、熱狂を生む源泉なのです。

あえて「壁」を作るという戦略

この事例から、重要な視点が見えてきます。

「誰にでも、いくらでも売る」ことが、常に正解ではない——ということです。

ビジネスの常識では、「売れるなら売れるだけ売った方がいい」と考えがちです。しかし、ブランド価値という観点では、あえて「壁」を作ることで、コアなファンの熱量を最大化できることがあります。

制限の種類 活用例
数量の制限 「限定100足」「先着50名様」
期間の制限 「本日限り」「週末限定」
購入資格の制限 「会員限定」「抽選制」
場所の制限 「店舗限定」「オンライン限定」

これらの「壁」は、顧客にとっては不便です。しかし、その不便さを乗り越えて手に入れたからこそ、商品への愛着は深まります。「苦労して手に入れたもの」は、「簡単に買えたもの」より大切にされるのです。

限定戦略の落とし穴——「実力」が伴わなければ

ただし、ここで重要な注意点があります。

ブランドの「実力」が伴わない限定戦略は、ただの「不親切」で終わります。

Nikeの限定モデルが成功しているのは、そもそもの商品クオリティやデザイン、ブランドストーリーが優れているからです。「限定だから価値がある」のではなく、「価値があるものを限定にしているから、さらに価値が高まる」のです。

本質的な価値がないのに限定にしても、顧客は「ただ買いにくいだけ」と感じます。むしろ、不便さへの不満だけが残るでしょう。

 

本質的な価値の上に、どう「希少性」をトッピングするか。
このバランス感覚を磨くことが、マーケターの腕の見せ所である。

「誰でも買える」は、時に価値を下げる。しかし、「買えない」だけでは価値は生まれない。この両方を理解した上で、自社のブランドに最適な戦略を設計してください。

 

【本記事のまとめ】

1. 希少性がアイデンティティを証明する
入手困難なアイテムの所有は、情報力・情熱・経済力を周囲に示すシグナルになる。

2. スノッブ効果
みんなが持っているものは欲しくなくなる。希少なものほど価値を感じる心理。

3. ヴェブレン効果との違い
「高いから価値がある」ではなく「手に入らないから価値がある」という排他性が源泉。

4. あえて「壁」を作る
数量・期間・資格・場所の制限が、コアファンの熱量を最大化する。

5. 「誰でも買える」は価値を下げる
利便性は時として「平凡さ」のレッテルになる。

6. 実力が伴わなければ不親切で終わる
本質的な価値の上に希少性をトッピングするバランス感覚が重要。

よくある質問(FAQ)

中小企業でも限定戦略は使えますか?

使えます。むしろ、生産能力に限りがある中小企業こそ、限定戦略と相性が良いです。「少量生産だからこそ実現できる品質」「手作りだから限定数しか作れない」など、制約を強みに変える発想が重要です。

限定にすると売上が減りませんか?

短期的には減る可能性があります。しかし、ブランド価値が高まれば、通常商品の売上も上がります。限定品は「広告塔」として機能し、ブランド全体の認知と好感度を高める役割を果たします。

転売対策はどうすればいいですか?

完全な防止は困難ですが、「購入者の本人確認」「1人1点制限」「抽選制の導入」などで緩和できます。また、転売されること自体が「需要の証明」でもあるため、ある程度は許容し、むしろ話題性として活用する考え方もあります。

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3

マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010 / 著書(amazon)

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