
布団から出るのが、いつもの3倍しんどい朝。
スマホで仕事のチャットを開いたら、もう気持ちが沈んでいく。「仕事か……」と思いながら、コーヒーを飲んで、なんとか支度をする——。
ゴールデンウィークなどの連休明けから、「なんとなく体がだるい」「無気力でやる気が出ない」——そんな、いわゆる「五月病」のような症状を抱えたまま朝を過ごしている人に、少しだけ聞いてほしい話があります。
「気持ちを切り替えよう」「ポジティブにいこう」と自分を奮い立たせているとしたら、その「前向きになろうとする努力」こそが、5月の脳を最も疲弊させている原因かもしれません。
- 「ポジティブになろうとする」ほど、脳が消耗するパラドックス
- あなたは「有害なポジティブ」状態になっていない?
- じつは「ネガティブな予測」が、うまくいく秘密だった
- 「ネガティブなまま」出社していい。そのためのコツ。
- まとめ:しんどいまま、ぼちぼちやっていけばいい
- よくある質問(FAQ)
「ポジティブになろうとする」ほど、脳が消耗するパラドックス

ゴールデンウィーク明けに「五月病を吹き飛ばそう!」という雰囲気は、あちこちで漂いますよね。
その一方で、本当は「そんな気になれないよ」と思いながらも、それを口に出せずにいる人も多いのではないでしょうか。
じつはこの「ネガティブな気持ちを抑えて、無理やりポジティブに上書きする」という行為、脳科学的に見るとかなりコストが高いのです。
人間の脳には「前頭前野」と呼ばれる、理性や感情のコントロールを担う部位があります。ネガティブな感情が湧いているのに、それを無理やりポジティブな言葉で消そうとすると、この前頭前野に多大な認知負荷がかかります。
要するに、気持ちを偽ることは、脳にとって重労働なのです。
心理学ではこの状態を「トキシック・ポジティビティ(有害なポジティブさ)」*1 と呼んでいます。無理に前向きになろうとすることで、ストレスの中枢である「扁桃体」の活動が逆に活発化してしまう——つまり、元気を出そうとするほど、脳はより強いストレス状態に陥るという、なんとも皮肉なメカニズムが起きているのです。
あなたは「有害なポジティブ」状態になっていない?

以下のチェックリストを見てみてください。
- いつでも前向きで明るく過ごすことを、自分の信条にしている
- 「自分はネガティブにならないタイプだ」と思っている
- ネガティブな感情は気のせいだと考え、すぐに打ち消そうとする
- 愚痴や弱音を言うのはよくないと思っている
- 気分が落ちているとき、あえて忙しくしたり明るく振る舞ったりする
ひとつでも当てはまる人は、少し注意が必要かもしれません。
近年「アンガーマネジメント」や「不機嫌ハラスメント」という言葉が広まり、「自分の機嫌は自分でとるべき」という意識が一般化しています。それ自体は悪くないのですが、行き過ぎると「ネガティブな感情を持つこと自体がいけないこと」という思い込みにつながってしまいます。
「有害なポジティブ」がもたらすデメリットは、研究でも明らかになっています。*1
- 根本的な問題解決につながらない
- 抑え込まれた感情がかえって増幅してしまう
- 罪悪感・羞恥・不安など、別のネガティブ感情を生みやすい
しんどいのに「しんどい」と言えない状態は、心にとってかなり重い荷物なのです。
COLUMN
そもそも「ポジティブ思考」って、本当に正しいの?
「前向きに考えることは、いつだって正しい」——なんとなく、そう信じていませんか?
じつはポジティブ思考は、普遍的な真理でも科学的な事実でもありません。19世紀のアメリカで、キリスト教の厳格な教義(カルヴィニズム)への反発として生まれた「ニューソート(新思考)運動」という思想ムーブメントに端を発する、一種の"流行思想"に過ぎないのです。マインドフルネスも、じつはこの系譜にあります。
アメリカのジャーナリスト、バーバラ・エレンライクは著書『ポジティブ病の国、アメリカ』のなかで、「常にポジティブであれ」という強迫観念が、人々の現実逃避を生み、格差や経済危機(リーマンショックなど)の根本原因から目を背けさせた——と痛烈に批判しています。
ちなみにドイツでは、ネガティブ思考はごく普通のこと。「最悪の事態を想定して、しっかり備える」という姿勢がむしろ合理的とされています。
私たちが「ポジティブでなければ」と感じているのは、もしかしたら19世紀から続くアメリカの価値観を、無意識に正解だと思い込んでいるだけかもしれません。ネガティブでいいんです。歴史的にも、わりと普通のことなので。
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じつは「ネガティブな予測」が、うまくいく秘密だった

ここで一つ、おもしろい心理学の研究を紹介します。
「防衛的悲観主義(Defensive Pessimism)」という概念をご存じでしょうか。
「どうせ失敗するかも」「最悪の事態になるかも」と、あえてネガティブな予測を立てることで、不安をコントロールし、高いパフォーマンスを発揮できる人たちが実在することが、ミシガン大学の心理学者ジュリー・レノムらの研究によってわかっています。*2
無理に前向きな言葉を自分に言い聞かせるより、「まあ、5月だし、しんどいのは当たり前か」と開き直るほうが、脳のエネルギーを節約できる——。
「ネガティブなまま」でいることは、決して弱さではないのです。
「ネガティブなまま」出社していい。そのためのコツ。
では実際に、「心はしんどいけれど、なんとかやっていかなくてはならない」ときはどうすればいいのでしょうか。
「つらい」「面倒くさい」「行きたくない」——これらはすべて正直な気持ちです。無理に打ち消さず、「まあ、そうだよね」と、ただ認めてあげてください。
そのうえで、行動するための工夫を一つだけ試してみましょう。
「ついでに出社する」という発想
「明日は会社に行かなければ」と考えると、一気にしんどくなりますよね。でも、こう考えてみたらどうでしょう。
……少しだけ気持ちが軽くなりませんか?
これは「リフレーミング」と呼ばれる心理的なテクニックです*3。見えている状況の「枠組み」を外して、別の枠組みで見直すことで、同じ現実でも受け取り方が変わります。
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ポイントは「ネガティブをポジティブに変える」のではなく、「視点だけを動かす」こと。自分の本心はそのままに、行動のハードルだけ下げる方法です。
こんな「ついでに」を探してみてください:
- 朝、会社近くのカフェでモーニングを食べるついでに
- 仲のいい人とランチに行くついでに
- 帰りにジムや本屋に寄るついでに
「出社」を目的にするのではなく、「自分が楽しいこと」の延長線上に出社を置く。それだけで、ずいぶん違うはずです。
まとめ:しんどいまま、ぼちぼちやっていけばいい
- 無理やりポジティブになろうとすると、脳はかえって消耗する
- 「しんどい」「だるい」という気持ちは、否定しなくていい
- 「まあ、5月だしこんなもんか」と放置するくらいがちょうどいい
- 行動するときは「ついでに出社」の視点切り替えを試してみよう
連休明けは、誰だってしんどいものです。
「しっかり切り替えなきゃ」と自分を追い込まず、ネガティブなまま、ぼちぼちやっていく——それが、5月を一番ラクに乗り越える方法です。
よくある質問(FAQ)
Q. 五月病でつらいとき、無理にでも前向きに考えるべきですか?
逆効果です。ネガティブな感情を無理にポジティブに上書きしようとすると、脳の前頭前野に大きな負荷がかかり、かえって心身を疲弊させてしまいます。
Q. 「トキシック・ポジティビティ(有害なポジティブさ)」とは何ですか?
ネガティブな感情を抑圧し、無理に前向きになろうとする状態のことです。ストレスの中枢である扁桃体を逆に活発化させ、不安や罪悪感を生み出します。
Q. 連休明けでどうしても仕事に行きたくないとき、どう対処すればいいですか?
自分の好きなことをする「ついで」に出社する意識を持ちましょう。おいしいコーヒーを買うなど、楽しいことを目的にするだけで出社の心理的負担が下がります。
*1 Psychology Today|Toxic Positivity
*2 Cantor, N., & Norem, J. K. (1989). Defensive pessimism and stress and coping. Social Cognition, 7, 92–112.
*3 東洋経済オンライン|気になることがいつも脳裏から離れない…そんな《ストレスの元》になる「心の猿」を飼いならすコツ
柴田香織
大学では心理学を専攻。常に独学で新しいことの学習にチャレンジしており、現在はIllustratorや中国語を勉強中。効率的な勉強法やノート術を日々実践しており、実際に高校3年分の日本史・世界史・地理の学び直しを1年間で完了した。自分で試して検証する実践報告記事が得意。