記憶は脳が作り出す『物語』——脳にだまされないための3つの方法

「言った・言わない」でもめているビジネスパーソンたち

「確か、Aさんは昨日の会議で〇〇〇とおっしゃいましたよね?」
「えっ、私、言いましたっけ? それを言ったのはBさんですよ」
「いやいや、言ってませんよ。言ったのはCさんですよね?」

そう言われたCさんが確認した議事録には、Dさんの発言であることが示されていました……。

こうした「言った・言わない」の食い違いが、信頼関係にひびを入れることは珍しくありません。もしかしたら、みなさまにも似たような経験があるのではないでしょうか。

しかし、このような状況に陥るのは「誰かの嘘」のせいではなく、私たち人間がもっている「脳のクセ」が影響している可能性があります。そのクセとは、脳が勝手に記憶を編集してしまうこと。

本記事では、「記憶のすれ違い」がどうして起こるのか、そしてそのすれ違いを防ぐにはどうすればいいのかをご紹介します。

私たちの脳は、勝手に記憶をつくっている?

私たちの記憶は、見たり聞いたりしたことをそのまま保存しているわけではありません。ときには起きていない出来事まで、あたかも体験したかのように思い出してしまうことがあります。これを「虚記憶(きょきおく)」と言います。*1

実際には起きていないことの記憶や、事実とは違う記憶を研究している、認知心理学者のエリザベス・ロフタス氏は、TEDで次のように語っています。*2

 
 

多くの人が記憶を「記録装置=情報をそのまま記録して再生できるもの」と同一視しているが、何十年にもわたる心理学研究がそれを否定している。

私たちの記憶は「組み立てられる・再構成できる」ウィキペディアのようなもの。自らも、他人も内容を書き換えることができる。*2

また――ロフタス氏によれば、

他者の虚記憶によって有罪とされた人々は決して少なくありません。彼らは犯していない罪に問われ、刑務所で10年~30年を過ごしたのち、DNA鑑定により無実が証明されたといいます。*2

なんとも恐ろしい事実です……。

ありもしない記憶をもつ人

「私は大丈夫」はホント? 実験してみよう

人間は勝手にありもしない記憶をつくる――そう聞いても、「いやいや、私は大丈夫」と考える人は意外と多いのではないでしょうか。

そこで、ある実験を用意してみました。

これは、2002年に発表された神戸女学院大学の研究論文に示されていたものです。(※後述する質問内容の構成は独自)*3

まずは、下に並べた15個の単語を覚えてください。

のぼる、2階、降りる、長い、疲れる、梯子、上がる、しんどい、すべる、石段、手すり、段々、坂、エスカレーター、きつい

じつはこの研究、日本語を話す人の虚記憶の誘発を調査したもの。

上記に示したのは、高い確率(平均虚再生率70%)で虚記憶を作成するリストのうちのひとつです。*3

次に、上記の単語部分を隠して見えないようにしてください。

 
では、ここで問題です。
Q. 以下に、先の15個に含まれていた単語はいくつあるでしょう?
  1. スロープ
  2. 階段
  3. 索道

答えていただけましたでしょうか? では答え合わせです。

正解は――

 
 

ゼロです

 

じつは、先の15個の単語と、セットになっているのは「階段」という言葉。

「階段」と関連性の高い言葉が並んでいるだけに、「階段という単語もあったはずだ」と、思い込む人が多いのです。

論文には、これを含む12の「虚記憶を作成しやすいリスト」が示されています。*3

前出のロフタス氏の研究では、誘導次第で「子どものころにショッピングモールで迷子になった」などと、「ありもしない経験を事細かに思い出すことさえある」とも報告されています。*1

このように、私たちの記憶は、録画のように正確な記録ではなく、脳が編集した「物語」に近いのです。

悪気はなくても、「本当にそうだった」と確信してしまう——

それがビジネスの現場で起こったら、場合によっては大変な事態へと発展しかねません。

オフィスで記憶が食い違っているふたりの同僚

「虚記憶」に振り回されないために

日本認知科学会第37回大会で発表された研究では、「背景の知覚情報が虚記憶の生成に影響を与えること」が示唆されました。*4

つまり、私たちは見たものや体験した「場の雰囲気」によって、実際には起きていないことまで「本当にあった」と思い込んでしまいます

では、私たちが「虚記憶」に振り回されないためには、いったいどうしたらよいのでしょうか?

そもそも虚記憶は、私たちの意志とは無関係に脳が「もっともらしいストーリー」をつくり出すことで生まれます。つまり、自分ひとりの意識や努力だけで完全に防ぐのは難しいものです。

ですが、そのメカニズムがわかっているからこそ、脳のクセを逆手に取る工夫が有効です。

たとえば──

  • 脳が「忘れた部分を勝手に補う」なら、そもそも補う隙を与えない工夫をすればよい。
  • 自分は正しいと思い込みやすいなら、意識的に「疑う視点」をもつ習慣が役立つ。
  • 私たちの記憶は環境の影響も強く受けるため、記憶を誤りやすい状況そのものを避けることが役立つ。
 

 

こうした視点から整理すると、実践すべきことは以下の3つに集約できます。

行動・認知・環境

そこから、それぞれのアプローチを「書く、聞く、思う、俯瞰、動く」などの作業でシンプルに考えてみます。

すると、以下のようにまとまりました。

🟦【行動習慣アプローチ】

  • できるだけ「記録」に頼る習慣をつける:日記・メモ・ボイスメモなど、その場で残すことで「あとで勝手に脳が補完する」のを防ぐ。

  • 重要な場面では「確認」を怠らない:会話や約束の直後に「申し訳ございません。先ほど〇〇とおっしゃいましたでしょうか?」「いまのはこういう話だったよね?」と軽く確認することで、記憶のズレを即修正。
 

 

🟩【認知トレーニングアプローチ】

  • 「もしかしたら間違ってるかも思考」を習慣化:自分の記憶を過信せず、「ちょっと待てよ?」「ほんとにそれでいいのかな?」精神を忘れないようにする。

  • 「自分の記憶が間違っていた事例」を記録:これを見直すことで注意すべき状況がわかり、「自分の記憶は完璧じゃない」というメタ認知も強化される。
 

 

🟪【環境デザインアプローチ】

  • 誤った記憶を生みやすい「状況」を避ける:マルチタスク中の会話、睡眠不足時の意思決定

  • 誤った記憶を生みやすい「環境」を避ける:騒がしい場所や、周囲に人がたくさんいる場での確認作業
 

この3つを意識すれば、“記憶の編集ミス” によるすれ違いを未然に防ぐことができるはずです。

私たちにとって、「記憶に頼るのではなく、その場で事実を確認する習慣を身につけること」が、信頼を守る最善の方法ではないでしょうか。

チームが「言った、言わない」でギクシャクしているならば、いますぐに3つのアプローチを始めてみてください。

***
私たちの記憶は、完璧ではありません。

むしろ、過去の断片を組み合わせ、都合よく「物語」に仕立て上げてしまう小説家のような存在です。

だからこそ、重要なのは「記憶に頼りすぎないこと」

記憶は変わるものだと理解し、行動や環境、そして意識の持ち方を少し変えるだけで、すれ違いや誤解を防ぐことができます。

目の前の事実を丁寧に確かめる習慣が、信頼関係を守り、自分自身も振り回されないための一歩になるはずです。

【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部

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