
「それじゃあ行ってきます。留守の間よろしくお願いします」
「任せてちょうだい。こっちのことは心配しないで試験に集中してね」
チユリさんとハイタッチし、プレトはデザート号に乗り込んだ。操縦席にはルリスが座っている。これから宇宙飛行士の二次選抜を受けるため、メルト機構に向かうのだ。試験は五日間に及ぶ。今日の午後から始まり、五日後の午後に終了する予定だ。ビケさんがこちらに手を振っている。
「行ってらっしゃい! お土産は月の石がいいです!」
「メルト機構に行ってくるだけですよ」プレトは答えた。
「あ、やっぱり月の石じゃなくて、ダークマターにしてください」
「まだ宇宙行かないってば! 行ったとてダークマターの採取はムリ! 生き物たちをよろしくお願いしますね」
デザート号のドアが閉まり、発進すると、あっという間にメルト機構に着いた。
今回2次選抜を受けるのは、プレトとルリスを入れて八人で、四人ずつの二グループに振り分けられた。ルリスとは別のグループになり、少し心細かったが、顔には出さないように努めた。この試験では恐らく、知らない人と共同生活ができるかどうかを観察する狙いがあるのだろう。
手荷物のチェックがあり、携帯電話などを預けると、プレハブ小屋のような建物に通された。プレハブとはいっても平屋の一戸建てという雰囲気で、全ての外壁が真っ白だった。施設内にはカメラがいくつもあり、外部から中の様子を観察できるようになっている。狭いベッドルームには三段ベッドが二列並んでいて、身体を横たえてから側面のシャッターを閉めると、カプセルのように内と外を遮断できるようになっていた。プレトとルリス以外の六人は男性だからどうなることかと思っていたが、これならプライバシーは守られる。宇宙飛行士のミッションは男女混合で行われる場合が多いから、本番のように活動させたいのかもしれない。他にも、キッチンやトレーニングルーム、フリースペースがあったりと、狭いながらも意外と充実していた。
試験が始まると、意味のない文字列をひたすらタイピングで入力させられたり、真っ白なジグソーパズルをやらされたりした。かと思えば、トレーニングルームのランニングマシンで長々と走らされたりと、本部からの指令に従う毎日だった。衣食住は整っているし、身に危険が及ぶこともないが、実験動物になったような気分になり、胸の中に閉塞感が渦巻いた。夜になると寂しさが顔をのぞかせることもあった。そういうときは、ルリスやチユリさん、ビケさんのことを考え、少女とマキアが傍にいるのだと自分に言い聞かせ、薄い枕を抱きしめて眠った。
同じグループの三人は穏やかな人たちで、揉め事を起こすタイプではなかったが、四日目の夜、ほんの小さな言い争いがあった。誰も怒鳴っていないのに、空気がひどく乱れ、狭い空間がさらに狭く感じられた。外に出ることができず、ずっと閉鎖環境にいるせいだろう。結局、話し合いで解決できたし、大きなトラブルにはならなかったから、とんでもなく減点されることはないだろう。そう思いたい。
2次試験の全てが終了し、施設から解放された。メルト機構のエントランスでルリスを待っていると、ひどく疲れた様子で友人が現れた。たった五日間なのに、目の下にクマができている。
「プレト、久しぶり……早く帰ろう」
「一体どうしたの。そんなに疲れてたらデザート号の操縦できないんじゃない?」
「余裕だよ。早く操縦したい、空飛びたい」
ルリスの虚な瞳に急かされ、デザート号に乗り込んだ。操縦席のルリスは発進準備をしながら語りはじめた。
「こっちのグループ、瞬間湯沸かし器かなってくらい短気な人がいてさ、それが大変で大変で……どうしてこういう性格の人が面接を突破しているのかなって思っちゃったよ。実際に生活を見ないと分からないこともあるんだね」
「大変だったね。試験は24時間体制で監視されてるから、その人は不合格になるかもしれないね」
「そうじゃないと困るなあ。宇宙空間であんな頻繁にヒステリックを起こされたら、宇宙船が壊れちゃいそうだもん」
帰宅すると、チユリさんとビケさんがいつも通り迎えてくれた。特に変わったこともなく、皆んな元気だったようだ。しかし、安心したのも束の間、プレトはクライノートを開いて投稿の準備を始めた。二次試験中もロマーシカからコギト人問題のネタが届いていたのだが、携帯電話を触れなかったため、投稿が滞っていたのだ。『コギト人の子供が通う小学校ではコギト国のメニューを出すよう要求している』とか『コギト人の男が下校中の女生徒に付きまとった』とか、そういう内容だった。
ため息しか出てこない。よくもまあこんなに次から次へと騒ぎを起こせるものだ。コギト人たち全員が悪い人ではないことはプレトも承知しているが、トラブル率でいうと、この国の人と比べてコギト人の方が圧倒的に高いだろう。大手メディアは決してそのことを認めないが、みんな既に薄々は気付いているはずだ。誰もが発言しやすい空気感を作るためにも、こうした地道な投稿が必要なのだろう。疲れた目をこすりながらひたすら投稿した。やることがいっぱいだ。
試験から二日後、2次選抜の結果がオンラインで届いた。不合格だった。プレトもルリスも。理由は書かれておらず、ただ結果だけが知らされた。
「うちのグループ、結構揉めちゃったから、それが原因かなあ。指令にはちゃんと従っていたんだけどなあ」
ルリスが肩を落とした。プレトは2次試験の様子を思い返した。ケンカばかりしていたわけではないし、指令もきちんとこなせていたはずだ。苦手なランニングマシンだって頑張った。もし引っかかるとしたら、四日目の言い争いだろうか。プレトは積極的に口を出していたわけではないが、様子を伺っている部分が目立ち、消極的すぎると判断されたのかもしれない。もっとみんなとコミュニケーションを取って、仲直りに向けて動いていればよかったかな。とはいえ、不合格の理由は通知されていないから、どれも想像の域を出ない。
「へこむ……」
プレトも肩を落とした。チユリさんとビケさんに励まされたが、なんて声をかけてもらったか思い出せない。短期記憶ができなくなってしまった。平静を装ってはいるが、実際はそれだけショックなのだろう。自分のことを客観的に分析した。そうしないと貧乏ゆすりが止まらないのだ。
そうだ、アリーチェも応援してくれていたのだから報告しなくてはならない。躊躇いつつも電話をかけた。落ちたと伝えると、
「また受けるの?」
と訊かれた。いつものトーンで受けとめてくれたことがありがたかった。
「どうしようかな、まだ決めてないんだ。落ちたって通知が届いたときにさ、『もしリベンジするなら二次試験から受けられるよ』みたいなことが書いてあったの。普通は最初からやり直しになるはずだけど、プロジェクト・フラウドに向けて船員を集めたいから、特例中の特例で許可を出してるんだろうね」
「0次と一次の選抜をすっ飛ばせるってことだよね、それってめちゃお得じゃん。もしかしたら、プレルリ以外の人たちもほとんど落ちたのかもよ? 人数が足りないから、そういう案内を出してるのかもね」
「それもあり得るね」
「やりたい気持ちが少しでもあるなら、また受けてみたらいいと思うよ。難しい試験だろうけど、一回落ちたくらいで諦める必要はないよ」
プレトはハッとした。セレスティアラウンジで、マキアも似たようなことを言って励ましてくれたっけ。どこからともなく元気が湧いてきて、再び挑戦したい気持ちになってきた。
「分かった。ルリスと相談して、また受けてみようと思う」
アリーチェに鼓舞してもらい、チユリさんとビケさんの協力を得て、二次選抜にリベンジすることにした。
しかし、ここからがうまくいかなかった。入念に対策をしたのにもかかわらず、二回連続で落ちてしまった。合計で三回の不合格だ。気付いた時には桜は散っていて、道路脇に溜まった花びらが散歩中の犬に踏みつけられていた。すっかり春になったが、こんなに気分が上がらない春は初めてだ。蕾はほころび、世の中では出会いと別れが交差している中、同じところで足踏みするような状況に陥ってしまった。
「なーんかおかしいですね」
昼休憩中、ビケさんが唸った。
「お二人とも、合格の条件は満たしていると思うんですけどね。毎回別のグループに振り分けられているんでしたっけ」
「そうです。友だちだからわざと離しているんだと思います。だから、お互いにアシストするのは不可能なんですよね」
ルリスが答えた。プレトは黙々と咀嚼した。チユリさんが買ってきてくれた桜餅に齧り付く。何が原因で落とされているのか、自分ではよく分からない。頑張っているつもりになっているだけなのだろうか。それとも、根本的に宇宙飛行士に向いていないのだろうか。
むしゃくしゃして、剥がしていた桜餅の葉っぱを手に取り、丸めて口に入れた。塩気が目に染みた気がした。
(第31話につづく)


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