アニメでは、「タッチ」の上杉達也役、「キテレツ大百科」のトンガリ役、映画の吹き替えでは、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のマーティ役、「アマデウス」のモーツァルト役など、様々な声を演じ分け、人気を博している、三ツ矢雄二(みつや ゆうじ)さん。

そんな三ツ矢雄二さんは、中学1年生(12歳)の時、「国際児童劇団」に入団し、以降、子役として活動すると、大学進学後は、蜷川幸雄さんの事務所に入って、「王女メディア」で舞台デビューも果たしていたといいます。

今回は、三ツ矢雄二さんの幼少期(生い立ち)から大学時代までをご紹介します。

三ツ矢雄二

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三ツ矢雄二のプロフィール

三ツ矢雄二さんは、1954年10月18日生まれ、
愛知県名古屋市の出身、
(愛知県豊橋市生まれ)

身長158.5センチ、
体重55キロ、

スリーサイズは、95-70-85、

靴のサイズは24センチ、

血液型はA型、

学歴は、
自由ヶ丘幼稚園
⇒名古屋市立自由ヶ丘小学校
⇒名古屋市立千種台中学校
⇒愛知高等学校
⇒東京の専門学校「原宿学校」映像クリエーター科
⇒明治大学文学部文芸学科文芸学専攻卒業

ちなみに、「三ツ矢雄二」は本名です。

三ツ矢雄二は10歳の時にのど自慢番組でグランドチャンピオンに輝いていた

三ツ矢雄二さんは、幼い頃、絵画教室、オルガン教室、習字教室、そろばん塾など、たくさんの習い事をするも、どれも長続きしなかったそうですが、

小学3年生の時、音楽の先生に勧められて合唱部に入部し、小学4年生(10歳)の時、名古屋ののど自慢番組「どんぐり音楽会」に出演すると、見事、グランドチャンピオンに輝き、

審査員の先生に、

キミの声はオペラに向いているかもしれない

と、言われたといいます。

三ツ矢雄二は中学1年生(13歳)の時にNHK名古屋のドラマ「海からきた平太」の主演で本格的に子役デビュー

そんな三ツ矢雄二さんは、「オペラ」を知らなかったことから調べると、歌いながらお芝居をするものだと分かり、お芝居も学ぶ必要があると考えたそうで、

1967年、中学1年生(12歳)の時、国際児童劇団に入団すると、すぐ、NHK名古屋制作の連続ドラマ「名探偵カッチン」の教室の生徒役での出演が決まり、

1968年、13歳の時には、NHK名古屋制作のドラマ「海からきた平太」の主演に抜擢され、1年間、レギュラー出演したのだそうです。

ちなみに、このドラマは、福井の荒々しい海辺で育った正義感の強い中学生・平太が名古屋に引っ越し、学校生活を送りながら、たくましく成長する姿を描いているのですが、

田舎の中学生という役どころだったことから、三ツ矢雄二さんは、自慢の長髪を丸坊主にしなければならず、嫌で泣きそうになったといいます。

また、2月からロケが始まったそうですが、福井の越前岬でのロケでは、ケンカのシーンで、極寒の海に放り込まれるというシーンがあったそうで、役者がいかに大変な仕事かを身をもって知ったそうです。

(三ツ矢雄二さんいわく、この「海からきた平太」が本格的なデビュー作だそうです)

「海からきた平太」
「海からきた平太」より。(左から)前田昌明さん、三ツ矢雄二さん、浅利和子さん。

三ツ矢雄二は高校1年生(15歳)の時「中学生群像」に生徒役でレギュラー出演していた

そんな三ツ矢雄二さんは、1970年、高校1年生(15歳)の時には、NHK名古屋制作の連続テレビドラマ「中学生群像」(「中学生日記」の前身番組)に、1973年3月まで生徒役で1年間レギュラー出演すると、

その後は、東京、大阪、京都の撮影所や放送局に呼ばれることが増えたそうで、同年には、関西テレビ「徳川おんな絵巻」、1971年にも、同じく関西テレビ「裁きの家」に出演するなど、順調に子役としてキャリアを重ねています。

「中学生群像」
「中学生群像」より。

三ツ矢雄二は高校卒業後は演出や脚本を学ぶため上京して専門学校に入学し、その後大学にも進学していた

そんな中、三ツ矢雄二さんは、小柄だったことから、相手役の女性よりも身長が低く、オーディションに受からない(役に合わないと判断される)ことが増えてきたそうで、

俳優としてやっていけるかな

と、不安な気持ちになったそうですが、

それでも、

この業界にはいたい

と、裏方の仕事(演出や脚本)の勉強をするため、高校卒業後は、演出や脚本を学ぶべく、上京して東京の専門学校「原宿学校」の映像クリエーター科に入学したそうです。

(また、専門学校に入学後、ジャズシンガーになりたかった時期もあったそうで、親に内緒で、子役の頃の貯えを旅費に充てて渡米し、ニューヨーク、シカゴを中心にベビーシッターをしながら過ごし、その後、ヨーロッパを回って帰国したことがあったそうです)

ただ、「原宿学校」では、2年間、脚本や演出の勉強をしたそうですが、いい脚本が書けなかったそうで、

もっと人生経験を積まなければ

と、大学進学を思い立ち、専門学校卒業後、20歳の時に、明治大学文学部文芸学科を受験すると、見事、合格したそうで、

三ツ矢雄二さんは、

普通の学生のような生活をしてこなかったため、若い人の心理的な揺らぎを理解できず、いい脚本が書けなかったんです。

と、語っています。

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三ツ矢雄二は大学進学後、蜷川幸雄演出の「王女メディア」で舞台デビュー

そして、大学入学直後は、知り合いから、演出家の蜷川幸雄さんを紹介してもらって蜷川幸雄さんの事務所「舞プロモーション」に所属し、本格的に、芝居の勉強を始めると、蜷川幸雄さん演出の「王女メディア」で舞台デビューを果たしたのだそうです。

ちなみに、三ツ矢雄二さんは、

蜷川さんは非常に厳しい方で、稽古中に灰皿が飛んでくるという噂もありましたが、それは事実でしたね。でも、あの経験は大きな財産です。

と、語っています。

(大学時代は、音楽活動もしていたそうで、ジャズ研究会に所属し、ボーカルを担当していたそうです)

「【画像】三ツ矢雄二(声優)の若い頃から現在までの代表作やキャラは?」に続く

お読みいただきありがとうございました

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