モデルとして日本で活躍する中、川﨑麻世さんとの結婚を経て”鬼嫁”キャラでタレントとしても大ブレイクすると、

離婚後は、モデル業を再開するかたわら、心理カウンセラーやセラピストとしても、世界中の困っている人々に寄り添う活動に力を注いでいるという、カイヤさん。

そんなカイヤさんは、6歳の時、大好きだった学校の担任の先生から、「日本」について教えてもらうと、まるで初恋とも言えるくらい、日本に惹かれたそうで、いつか日本に行きたいと憧れを抱くようになったといいます。

今回は、カイヤさんの生い立ち(幼少期~小学生時代)をご紹介します。

カイヤ

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カイヤのプロフィール

カイヤさんは、1962年5月25日生まれ、
アメリカ合衆国イリノイ州ジャーマンバレーの出身、

身長175センチ、

スリーサイズは、100-68-98、

靴のサイズは25センチ、

血液型はO型、

趣味は、
洋服制作・デザイン、リサイクルクラフト、ネイルアート、料理、映画鑑賞、カラーコーディネイト、運動

特技は、
ジュエリーデザイン、洋服デザイン、ロー・フードシェフ、カラーコーディネイト、ダイエットアドバイス、インテリアデザイン、美容アドバイス、結婚離婚のアドバイス(結婚離婚アドバイザー)

だそうです。

カイヤの本名は?離婚後も「カワサキ」姓を名乗っている理由は?

カイヤさんの本名は、「CAROLYN KAWASAKI(キャロリン・カワサキ)」で、旧芸名は、「Carolyn Jo Higar(キャロリン・ジョー・ハイガー)」です。

また、カイヤさんは、離婚後も「カワサキ」姓を名乗っているのですが、その理由について、

離婚しても名字を“CAIYA KAWASAKI”のままにしたのも、私の恥じることのない過去、価値観、子どもたちへの愛、日本とのつながり、そしてこれまでのキャリアへの情熱を表しているからです。私にとって大切なすべてが、この名前に込められています。

と、語っています。

カイヤが幼い頃は活発な女の子だった

カイヤさんは、アメリカ・イリノイ州のジャーマン・バレー(ドイツからの移民によって形成された人口200人あまりの小さな田舎町)に、ドイツ系アメリカ人でエンジニア兼町長だったお父さんと、スー族(ネイティブ・アメリカン)出身のお母さんのもと、4人姉妹の第3子として誕生したそうですが、

姉妹全員が金髪で青い目だった中、カイヤさんだけが、お母さん譲りで、背が高く、緑色の目をしていたといいます。

また、カイヤさんは、幼い頃、恥ずかしがり屋でありながら好奇心旺盛で、さまざまなスポーツに果敢に挑戦するなど、見た目も行動も活発で、姉妹の中でもひときわ目を引く存在だったそうです。

カイヤは8歳の時には既にお金を稼ぐことに興味を持っていた

また、カイヤさんは、8歳の頃にはすでにお金を稼ぐことに興味を持ち、早朝の新聞配達を始めると、

12歳の時には、持ち前の手先の器用さを活かして、近所の人たちから依頼を受けて洋服の制作や修理を請け負っていたといいます。

(物作りが大好きだったそうです)

カイヤは敬虔なクリスチャンの両親の影響を受けて育っていた

ちなみに、カイヤさんの両親は、敬虔なクリスチャンかつ博愛主義者で、「人のために働き、施す」ことが当たり前の考えで、いつ食べ物に困っている人が訪ねてきてもいいように、家の鍵はかけなかったそうで、実際、身寄りのない子どもを6人も預かっていた時期があったといいます。

(特に、カイヤさんのお母さんは、日々の寄付はもちろん、刑務所へ食べ物を差し入れるなど、常に困っている人々に手を差し伸べ続けていたそうです)

そんな環境で育ったカイヤさんは、幼い頃から、世の中にはさまざまな事情を抱えた人々がいることを知り、両親から惜しみない愛情を受けた人たちが、前向きになって仕事もうまくいく姿を間近で見てきたことから、

大人になった今でも、

困っている人を見ると、助けずにはいられない

と、ホームレスの人を見かけると、そのまま自宅に連れて帰ることがあるといいます。

カイヤが幼い頃は父親の厳格な教育を窮屈に感じることがあった

一方、お父さんには、派手な服を着てはいけない、ピアスを開けてはいけない、などと言われるほか、生活態度についても、色々と言われたそうで、

カイヤさんは、大好きだった学校の担任の先生の影響で、もっともっと広い世界に出てみたいと思っていたことから、そんなお父さんの教育を窮屈に感じることもあったそうです。

カイヤは6歳の時から日本に憧れるようになっていた

というのも、カイヤさんは、6歳の時、学校の担任の先生から、毎週火曜日、世界の国々について教わる授業を受けていたそうですが、

授業のテーマが「日本」だった日、

カイヤさんは、

“初恋”と言ってもいいかもしれない。

と、日本の、神秘的な雰囲気、伝統文化、厳かな寺院、美しい風景、侍などに、心から魅了されたそうで、

幼いながらにも、

いつか世界を旅したい。そして、絶対に日本へ行く

と決意し、それ以来、日本に関する本を読み始めていたのだそうです。

また、カイヤさんが、進級して間もなく、担任の先生に自分の夢を打ち明けると、

先生には、

素敵ね。カイヤならきっとできるよ

と、言ってもらったといいます。

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カイヤは6歳の時に将来日本へ行くことを決意するも家族の反応は芳しくなかった

ただ、カイヤさんが、家族に日本への熱い想いを伝えると、反応は決して芳しいものではなかったそうで、

お父さんは、戦争を経験していた世代ということもあり、当時のネガティブな記憶から「日本」という言葉そのものを嫌い、

お母さんは、遠い国へ娘が一人で行ってしまうことを心配し、

姉たちに、

カイヤが外国でやっていけるはずがない

と、言っていたといいます。

(それでも、カイヤさんは、ずっと夢を抱き続けたのだそうです)

「【画像】カイヤの若い頃は?トップモデルを捨て憧れの日本に来ていた!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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