
英語タイトル
『Escaping Education:Living as Learning within Grassroots Cultures』Madhu Suri Prakash, Gustavo Esteva [2008]
日本語タイトル
『教育からの脱出:草の根文化における生きることとしての学び』マドゥ・スリ・プラカシュ、グスタボ・エステバ [2008]
目次
- 序文 / Prologue
- 前書き:/ Preface
- 第一部 人権としての教育:再植民地化のトロイの木馬 / Part I:Education as a Human Right:The Trojan Horse of Recolonization
- 第二部 草の根ポストモダニズム:抵抗者(レフゼニク)の文化 / Part II:Grassroots Postmodernism:Refusenik Cultures
- 第三部 教育の後に何が来るのか? / Part III:After Education, What?
- エピローグ:/ Epilogue
本書の概要
短い解説:
本書は、教育が普遍的な善であり人権であるという近代的確信に異を唱え、教育を受けていない人々、十分な教育を受けていない人々、非識字者たちの草の根文化に今もなお息づく、学びと生の代替的風景を照らし出す。
著者について:
マドゥ・スリ・プラカシュはペンシルベニア州立大学教育学部教授で、著名な教育哲学者。グスタボ・エステバはメキシコの草の根活動家で、元国連研究機関の理事も務めた。両者は先住民や貧困層と共同し、教育や開発の支配的パラダイムを批判する立場から、脱専門職化した知識人の道を歩む。
テーマ解説:
教育制度とそれを支える人権・開発の言説が、実は文化的再植民地化の手段であり、草の根の多様な生の営みを破壊するものであるという批判的分析。
キーワード解説:
- ホモ・エドゥカンドゥス(Homo educandus):学ぶために教育を「必要とする」近代的人間の類型。教育なき学びの伝統を破壊する。
- レフゼニク(refusenik):「ノー」と言い、教育や開発というグローバルな競争から「脱落」することで生き残りを選ぶ文化と人々。
- 生きた複数世界(lived pluriverse):教育がもたらす単一文化に対抗する、多様な草の根文化の共存する世界。
- 身体化された知識人(incarnated intellectual):専門家としてのキャリアを捨て、自らのコミュニティに根を下ろして生きる脱専門職化した知識人。
- コモン(commons):教育や市場経済から独立した、コミュニティで共有される知恵、資源、関係性の領域。
3分要約
本書『教育からの脱出』は、教育を人間の基本的権利かつ普遍的な善とする現代の常識を根本から問い直す。著者マドゥ・スリ・プラカシュとグスタボ・エステバは、教育された少数派の視点ではなく、「教育を受けていない」「十分な教育を受けていない」社会の多数派、つまり世界の三分の二を構成する人々の視点から教育の歴史を語り直す。
本書の核心的論点は、教育が実は「再植民地化のトロイの木馬」として機能しているというものである。人権や開発という美名のもと、教育は先住民や農耕民の伝統的な生の営み、共同体の知恵、土と共にある文化を体系的に破壊してきた。教育は人々を自らの土地や共同体から引き離し、「ホモ・エコノミクス」と「ホモ・エドゥカンドゥス」という近代的人間類型へと変容させる。
著者たちは、メキシコのオアハカ州の先住民、サパティスタ運動、ペルーのアンデス地域のPRATECなど、具体的な草の根の事例を豊富に紹介する。例えばオアハカのトリキ族では、学校に通う子どもの30%が伝統的な農耕知識を完全に無視するようになる一方、学校に通わない子どもの95%はその知識を継承する。教育は「読み書き能力」の名のもとに、何よりもまず自分たちの文化の無知を教えるのである。
著者たちは「マルチカルチュラル教育」という概念自体をオクシモロン(矛盾語法)と断じる。教室は本質的に西洋的な場であり、真の文化的多様性はそこで育まれない。むしろ、教育制度の外側、学校なき世界にこそ、生きた複数世界(pluriverse)は花開いている。世界には5000の言語が存在するが、教育された北半球の人々が話すのはその1%に過ぎない。
「脱学校化」運動(イリイチやホルト)は重要な批判的視点を提供したが、著者たちはそれが十分ではなかったと論じる。真に必要なのは脱学校化ではなく、「教育からの脱出」そのものである。草の根の人々は、学校に通わずとも、生きること自体が学びである文化の中で、驚くべき創造性と回復力を発揮している。
本書の後半では、教育というプロジェクトを超えた先に何があるのかが探求される。著者たちは「身体化された知識人(incarnated intellectuals)」の出現を称賛する。彼らは教育されたエリートでありながら、脱専門職化し、草の根コミュニティに根を下ろして生きる人々である。彼らは専門知識を「商品」として扱わず、むしろ自らを不要にすることを目指す。
結論として著者たちは、真の希望は「教育」という近代プロジェクトの拡大ではなく、それを「周辺化」する政治的努力にあると主張する。草の根の人々は「ノー、ありがとう」と言うことを学んでいる。彼らはグローバルな競争から「脱落するために脱落する」のではなく、「生きるために脱落する」のである。そこにはパンドラが箱の中で閉じ込めたままにした「希望」が今も息づいている。
各章の要約
第一部 人権としての教育:再植民地化のトロイの木馬
第1章 人権としての教育:再植民地化のトロイの木馬
教育の多様な「顔」-個人の自由と移動、専門職キャリア、文化の多様性-を提示した上で、著者たちはこれらがすべて共通の前提に立つと論じる。教育が普遍的な善であり人権であるという確信である。しかしメキシコのオアハカ先住民やグアテマラのキチェ族の事例が示すように、教育は共同体の破壊、言語の死滅、伝統的知恵の喪失をもたらす。マルチカルチュラル教育ですら、教室という西洋的な場から脱却できない限り、文化の収奪に加担する。人権言説は現代の「トロイの木馬」であり、教育・人権・開発という三つの言説が連携して、社会の多数派の生の複数世界を破壊している。「教育された者のまなざし」から解放された時、ようやく真の異文化間対話が始まる。著者たちは「私たちはあなた方を救済しない」と宣言する。
第二部 草の根ポストモダニズム:抵抗者(レフゼニク)の文化
第1章 最初の異文化間対話?
1524年、12人のフランシスコ会修道士がニュースペイン(現メキシコ)に到着し、先住民との対話を試みた。先住民たちは「私たちの神々は死んだ」と認めつつも、「古代の生活の規則を破壊するのか?」と問いかけ、キリスト教の全面的受容を拒否した。この「最初の異文化間対話」の記録は、その後500年にわたる「インディオの教育」の悲劇を予告していた。メキシコ独立後、教育は「インディオ問題」解決の切り札とされ、先住民を「メキシコ化」する手段となった。カルデナス大統領は「アメリカ大陸初のマルチカルチュラル教育者」と称されるが、彼の政策も結局は先住民を非先住民に変えることを目指していた。著者たちは「教育はインディオにとって文化絶滅の脅威だった」と結論づける。
第2章 教育からの脱出:聞くことを学び、そして聞く
サパティスタ運動のサブコマンダンテ・マルコスの語りを通じて、著者たちは「教育する」ことから「聞く」ことへの転換を描き出す。マルコスは教育の博士号を持ち、革命を始めるためにチアパスに来た。しかし先住民たちと共に暮らす中で、「山は待つことを教える」「あなたの言葉は硬すぎる」と諭され、自らのイデオロギーが溶解していく。彼は「私たちは聞くことを学んだ。前に私たちは話しすぎていた」と告白する。サパティスタ運動は「バスタ!」(もうたくさんだ)という呼びかけでメキシコ中の不満を結集したが、重要なのは彼らが権力奪取を目指さなかったことである。「すべての人のために、自分たちのためには何も」というスローガンのもと、彼らは共同体の伝統的政治に根ざした急進的民主主義を模索する。ここに「抵抗から解放への移行」が始まる。
第3章 脱落する
リゴベルタ・メンチューの言葉を引いて、著者たちは「インディアンにとっては、学ばない方が良い。ラディーノ(白人化した先住民)になるよりは」と記す。グアテマラのキチェ族は教師を村から追い出し、アイルランドでは「教育の代替案キャンペーン」が教育省に異議を唱える。しかしペルーのアンデスでは異なる戦略が見られる。ケチュア族は教育の制度を「吸収し消化する」ことで、むしろそれに対する免疫を獲得する。彼らは教育を「私たちのチャクラ(農地)を訪れた害虫」と表現し、完全に排除するのではなく、再調和のプロセスの一部として位置づける。オアハカのサポテコ族のハイメ・マルティネス・ルナは、教育の「垂直性」に対して「水平な学び」を組織する。トリキ族のサンドバル兄弟は、学校のカリキュラムを現地語に翻訳し、地域の知識を中心に据えることで、かえって「なぜ子どもを学校にやる必要があるのか」という問いを生み出した。
第4章 目覚める:生存キットの中の卒業証書?
世界の教育制度の破綻は統計的に明らかである。シカゴでは高校卒業前に半分が脱落し、メキシコでは初等教育に入る100人のうち最終的に高等教育を修了するのは2.5人に過ぎない。しかし著者たちはここに笑いと希望の種を見出す。ドン・リカルドという農民は、弁護士になった息子よりも自分自身の方が多く稼いでいることを発見する。「大学というのはいったい何なんだ?」と彼は問う。グリーン・レボリューションのために作られた農業技術学校の卒業生の90%はコミュニティを離れて官僚になったが、債務危機で職を失った後、彼らは再び「農民化」し、自分たちの知識をコミュニティのために使い始める。卒業証書はもはや何も保証しない。人々は目覚めつつある。「専門家の卵」と「ペットの獣医」を生み出す教育システムから、自らの手と土に戻る道を歩み始めている。
第5章 不満者の新たな連合
教育や開発の制度から排除された人々(制度前の存在)と、一度は組み込まれた後に脱落した人々(脱制度化された存在)が、新たな連合を形成しつつある。前者は学校や医療、市場に依存したことのない人々であり、後者はグリーン・レボリューションの卒業生や債務危機で職を失った人々である。これらの不満者たちは「再包摂」を求めるのではなく、むしろ制度からの自由の可能性を発見する。彼らは「持続可能な開発」という言葉に笑い、エコロジカルな支配者の新たな階級に警戒する。彼らは政治政党や官僚制への参加を拒否し、「沈黙の多数派」と分類されながらも、自らの生の場を再生している。移民たちがニューヨークやロサンゼルスから戻る時、彼らは「パトリア(父祖の地)」ではなく「マトリア(母なる地)」へ戻る。ここに新しいアイデンティティの基盤が生まれつつある。
第6章 身体化された知識人の帰還
ペルーのPRATEC(アンデス農民技術プロジェクト)の事例は、脱専門職化した知識人の姿を描き出す。開発専門家として成功した後、彼らが自らのプロフェッションの暴力性に気づき、「精神的脱植民地化」のプロセスに入る。彼らは「科学的知識」の生産を放棄し、アンデス世界の概念を再学習する。そこでは「会話」とは対話ではなく、全身で交わされる生きた交感であり、「人間と自然の分離」は存在しない。著者たちはまた、メキシコのトラスカラ州で98歳まで生きた農民、ドン・フィデル・パラフォクスの物語を語る。彼は40歳で書き上げた農民の知恵の本を、グリーン・レボリューションの時代には出版を拒否した。しかし開発の危機が訪れ、農民の知恵が再評価された時、彼はついに出版を承諾する。彼は仕事を終えるまでは死なないと決意している。
第7章 子どもたちをどうするか?
「子ども時代」は近代の発明であると著者たちは指摘する。草の根の社会の多数派において、子どもは「経済的負担」ではなく、共同体の完全な構成員として迎えられる。メキシコの農村では、3歳の誕生日をもって子どもは共同体の「正式メンバー」となり、すべての儀式や生産活動に参加し始める。ここでは「子どもをどうするか」という問いはそもそも成立しない。メキシコ人家族の半数はまだ拡大家族の形態を維持し、10人以上の構成員を持つ家族が10%を占める。人々は近代的な「子ども時代」の差別に抵抗し、教育や保育施設を通り越して、生きることで学ぶ伝統を守っている。教育が奪った「歴史的連続性」を、彼らは回復しつつある。
第8章 ニーズの解体
「ニーズ(needs)」という概念そのものが歴史的産物である。50年前、グスタボ・エステバが子どもの頃、「学校」「医療」「電話」をニーズと呼ぶ者は誰もいなかった。開発言説が「貧しい人々のニーズ」という語彙を植え付けたのである。メキシコの遠隔地の村で、ドン・チュイは「私たちはこんなに貧しいので、他の人たちが言うようなニーズは何一つ持っていません。ただ生き続けたいだけです」と語った。彼のコミュニティは開発の語彙に侵されることなく、自らの生を営んでいた。「不足(scarcity)」の仮説は経済学の技術的仮定に過ぎない。草の根の人々はこの仮定を放棄すること、つまり「教育の必要」を含むあらゆる近代的ニーズから自由になることを学んでいる。
第9章 草の根ポストモダニズム
草の根ポストモダニズムとは、経済を社会と文化から切り離す近代の政治設計を逆転させる試みである。それは経済を「周辺化(marginalize)」すること、つまり中心から周縁へと追いやることであり、「周縁の人々(marginals)」が実際に行っている実践である。重要なのは「不足」という仮説の放棄である。「不足」は自然的事実ではなく、ある種の人々が自分たちや他者を統治するために使う信念に過ぎない。マーシャル・サーリンズやピエール・クラストルが示したように、非経済的前提に基づく文化は歴史上存在し、現在も草の根に生き続けている。人々は教育という「専門家の秘密」を解体し、知識資本の独占に対抗している。エピック(壮大な物語)は、教育から逃れた後、近代を超えてコモンに生きることを教えている。
第三部 教育の後に何が来るのか?
第1章 発展する教育
1949年1月20日、トルーマン大統領は「未開発地域(underdeveloped areas)」という言葉を世界に投じ、20億の人々を一瞬にして「未開発」に変えた。それ以来、「発展する」ということは「教育される」ことと同義となった。しかし1960年代のアメリカでは、ベトナム戦争への反発の中で、教育への批判的検討が始まった。ポール・グッドマンは『強制された誤教育』で「脱学校化」を初めて主張した。しかし真の突破口はイヴァン・イリイチの『脱学校化社会』(1970年)であった。イリイチは学校の「隠れたカリキュラム」が構造的不公正を生み出し、人々に罪悪感を内面化させることを暴き出した。「教育を通じた普遍的教育は実現不可能である」という彼の主張は、教育専門職から激しい反発を招いた。
第2章 刷新の時
イリイチは『脱学校化社会』で学校の「廃止」を提案したのではなく、「非国教化(disestablishment)」を求めたのである。しかし彼の意図はほとんど理解されなかった。多くの読者は「学校をなくせ」と読解し、代わりに「オルタナティブ・スクール」の創設に走った。イリイチは後に自らの過ちを認め、重要なのは「教育を切実な必要(ニーズ)ではなく、余暇の賜物とする」ことだと気づく。彼はフレイレとの決別も経験する。フレイレの「被抑圧者の教育学」も、結局は教育という活動の信頼性を救おうとするものに見えたからである。イリイチは「教育にノーと言うことは、品位と勇気の問題である」と断言する。ジョン・ホルトはこの視点を引き継ぎ、「教育に代えて(Instead of Education)」という言葉を使い、教育とは「あるAが他の誰かBに何かを行うデザインされたプロセス」だと定義した。
第3章 教育支配からの脱出
非識字者の世界には驚くべき言語的多様性が残る。インドには1682の生きた言語があり、ナイジェリアには400以上、中央アメリカには260の言語が存在する。ペルーのアンデスでは、ケチュアの人々が「500年前に恐ろしい疫病が私たちを襲った」と語る。その疫病とはスペイン語と教育制度である。しかし彼らは「私たちはほとんど完治に近い」とも言う。彼らはスペイン語を「よそ者」との会話にのみ使い、自分たちの間では多様な母語を守っている。言語の標準化と「正しい話し方」の教育は、近世ヨーロッパで始まった政治的中心化の一環だった。ネブリハは1492年にイサベル女王にスペイン語文法の統一を提案したが、女王は「私の主権は臣民の話し言葉には及ばない」と拒否した。しかしネブリハの側が未来を持っていた。そして今日、草の根の人々は「バベルの豊かさ」を守り続けている。
第4章 パンドラの箱を逆転する
ヴァルドルフ学校(シュタイナー学校)は労働者階級の子どもにエリート教育を提供する試みとして始まったが、今日では特権階級の学校となっている。イリイチは教育を「贅沢品」として重課税すべきだと提案したが、誰も耳を貸さない。教育はもはや産業の訓練場ではなく、人々を労働市場に入れさせないための「駐車場」となっている。コンピューター技術の進歩は、教師なしで45百万人がPCスキルを習得したという事実を生み出した。しかし同時に「知的所有権レジーム」が、先住民が何世紀も使ってきたニームやターメリックの知識までも特許化し、商品化している。抵抗運動は必要だが、著者たちは「知的所有権保護の拡大」ではなく、「こうした権利の全面的廃棄」こそが必要だと主張する。
第5章 学校も教育もなく生きる
ラオスの『タオ・テ・チング』が描く理想社会では、人々は「結縄(けつじょう)」を文字の代わりとし、舟や車輌があっても使わない。草の根の人々は、イリイチの「制度的逆転」をすでに実践している。彼らは教育の「不足(スカシティ)」の前提を拒否し、学びと生が分断されていない豊かさの中に生きる。「パンドラの神話」は本来、すべての災いが箱から逃げ出した後、中に残ったのは「希望」だけだった。しかし現代はこの神話を逆転させた。私たちは災いを閉じ込めようとし、希望だけを外に逃がしてしまった。草の根の脱学校的文化は、この「希望」を再び取り戻す試みである。イリイチは1971年に「脱学校化された社会は、各人の自律性を高めるために技術を使う」と書いた。この言葉は今日の草の根の実践を理解する鍵となる。
第6章 中心と周縁:教育の神話制作からの脱出
アカデミズムの「中心」は、真に脅威となる思想家を「周縁」に追いやる。ガンジーはその典型例である。現代インドはガンジーを「聖人」かつ「国父」に祭り上げることで、実質的に彼を無力化した。聖性は実践の場から彼を遠ざけ、父親性は「時代遅れ」の烙印を押す。しかし草の根では、ガンジーの「ナイ・タリム(新教育)」が生き続けている。世界銀行のダム、原発、遺伝子特許に抗議する運動の背後には、ガンジーの精神が息づいている。アシュリス・ナンディが指摘するように、ガンジーは「国家と近代技術の力に支えられた空虚な専制者への反抗の象徴」として甦り続ける。教育されたエリートはガンジーを「時代遅れ」と断じるが、草の根の人々は彼から希望を汲み続けている。
第7章 身体化された知識人
身体化された知識人は、専門知識を「クライアント」と共有し、自らを不要にすることを目指す。これは「シャドウ・ワーク」をクライアントに押し付ける現代の標準的慣行とは正反対である。脱専門職化した産科医は、出産という自然な営みを医療化せず、助産師と協力する。彼らは「ほとんど呼ばれることはない」と語る。脱専門職化した弁護士は、高額な訴訟を避け、人々が自ら紛争を解決する方法を教える。現代の預言者たち—ガンジー、エルール、イリイチ、オーウェル、ベリー—は未来を予測するのではなく、現在の闇に光を投げかけ、隠されたものを可視化する。イリイチは「技術に何の期待も持っていないが、人々の美しさ、創造性、驚くべき創意工夫を信じており、彼らに希望を持ち続けている」と語る。草の根の何億もの人々は、自らの脳と感覚を信じ、産業や政府が行うことのほとんどを自分たちの目的のために誤用している。
エピローグ
グローバル化が進行する中で、社会の少数派は「グローバル・ビレッジ」を謳歌するが、多数派はそこから排除されている。この排除に直面して、人々は反応し始めた。彼らは自らが帰属し、自らに帰属する空間に「根を下ろし(rooting)」、「再び根を下ろし(rerooting)」ている。都市化は進行しているが、ラテンアメリカでは「ルーラリゼーション(農村化)」—都市の「バリオ(地区)」に農村の多機能性を再生する運動—が起こっている。人々は伝統的なコモンを奪還し、新たなコモンを創造している。彼らは近代的な「個人」ではなく、関係性のネットワークにおける「人格的な結び目(personal knots)」である。グローバルな力は、その局所的な化身においてのみ具体的な存在を持ち、コモンという領域では「ダビデは常にゴリアテに勝つ可能性を持つ」。パンドラが箱から逃がさなかった「希望」は、今日の草の根のエピックの地平線に今も輝いている。
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