GW最終日、Substackで過ごした1週間のこと
アナリティクスで見えた、読まれている数字のこと
思えば、Substackと過ごしたゴールデンウィークでした。
やろうと思っていたことは、完璧にはできませんでした。途中で発熱して寝込んだ日もあって、予定していたことの半分も進まなかった、というのが正直なところです。
振り返ってみると、このGWのかなりの時間を、Substackで過ごしていました。読み専だったSubstackを動かし始めて、ちょうど1週間になります。これまでメールニュースを読むプラットフォームとして認識していましたが、タイムラインでの交流や、ライブ配信の視聴も楽しかったです。
Substackを始めたきっかけは、こちらの記事に書きました。
いままでわたしは、Substackでは「読む人」でした。英語圏の書き手の文章を、ゆっくり読む場所。そこに自分が書く側として立つというのは、正直、少し勇気のいることだったのです。
1週間で見えてきた数字
ダッシュボードを開くと、こんな風になっています。
購読者は58人、フォロワーは242人。Substackを始めて1週間で、ここまで来ました。数字としては、決して大きくはありません。けれども、わたしはこの数字を見て、「ちゃんと読まれている」と感じているのです。
「表示された」のではなく、「読まれた」
XやThreadsのようなSNSでは、とにかく「表示される」ことが大事になります。アルゴリズムに表示数を下げられないように、AIの評価を気にしながら、言葉を選ぶ。注意を引くために、注意を払いながら書く。それはそれで、ひとつの書き方であって、わたしも毎日そうやって書いています。
けれども、Substackの数字は、少し意味が違うように思うのです。
たとえば5月8日に公開した記事は、閲覧数144、開封率55.88%でした。開封率というのは、メールを受け取った人が実際にメールを開いた割合のこと。半分以上の人が開いて、読んでくれた、ということになります。
そしてここからが、わたしが本当に驚いたところでした。トラフィックの参照元も、クリックされたリンクも、読者がどの経路でたどり着いたのかも、最初から細かく見えるのです。書き手として知りたい情報が、ぜんぶ揃っている。「表示された回数」ではなく、「届いて、開かれて、読まれた回数」。その手触りが、Substackのアナリティクスにはあるのです。
人が集まっている、という実感
数字だけではなくて、書いている時間のなかでも、その違いを感じることがありました。この1週間、タブブラウザにXとThreadsとSubstackを並べて開いて、ちょこちょこと書いていたのです。XとThreadsは、フォロワーが1000人以上いる。それに対してSubstackは、まだその5分の1ほど。それなのに、いいねやコメントは、Substackのほうが多くついていく。フォロワーの数では測れないものが、ここには流れているのだなと思いました。今、ここに人が集まっている。そういうことを、肌で感じた1週間でした。
広告のない場所で、数字が意味するもの
そして、あらためて気づきました。Substackには、広告が入っていません。広告バナーも、アルゴリズムによる「おすすめ」もない。画面はとても静かで、文章だけが並んでいます。
Substackは、有料購読の手数料(10%)でプラットフォームを支える、というビジネスモデルを掲げて始まったサービスです。”direct relationships between readers and creators”——読者と書き手の、直接的な関係を大切にする。そういう哲学のうえに作られているのです。最近では少しずつネイティブ・スポンサーシップの動きも出てきているようですが、少なくとも今わたしが受け取っている読者体験は、広告に邪魔されない静かなもののように思います。(出典)
広告で稼がない、ということは、読者を「広告を見せる相手」として扱わない、ということでもあります。そして書き手のことも、「広告枠を抱える媒体」として扱わない、ということ。だからこそ、アナリティクスは「届いたかどうか」を見るためのものになるのです。表示回数で広告主にアピールするためのものではなく、書き手が、読者との関係を確かめるためのもの。そう考えると、この数字の細かさにも、納得がいくのです。
深めるために書く場所
Substackで書くようになって、気づいたことがあります。XやThreadsに書くときは、反射神経というか、瞬発力で書いている感覚があります。短く、強く、目に留まるように。一方で、Substackで書くときは、自分の考えを、じっくり深めるために書いている。そういう感覚があるのです。
実は今回、XやThreadsに書いたポストをリライトして、Substack用にまとまった文章として書く、ということもやってみました。SNSでアイデアをポストにしてみて、反応が良かったものを、Substackで腰を据えて読むためのメールニュースとして書き直す。これは、悪くないワークフローなのかもしれません。短くて速い場所で、種を蒔く。ゆっくり読まれる場所で、その種を育てる。そんなふうに書き分けができるようになると、書くこと自体が、もう少し楽になっていくのかもしれません。
最後に、ご紹介させてください
「Substackの歩き方がわからない」「まだちょっと不安だな」という方には、ウミノさんが書かれた「Substackの教科書」というBrain記事をおすすめします。とてもボリュームのある内容で、便利なChrome拡張やGPTの活用法まで収録されている、お得な教材です。ぜひチェックしてみてください。
▶ Substackの教科書/Brain (ウミノさん・著)
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GW最終日にこうして振り返ってみると、思うようにできなかった日々の中にも、たしかに残ったものがあったのだなと思います。
数字は控えめでも、そこにいる一人ひとりが、ちゃんと読んでくれている。その手応えを大切にしながら、連休明けからも書いていこうと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。









