「自分をうまく動かす人」は何をしているのか ― ナッジと “セルフナッジ” の行動心理学

「nudge」という文字と、人の背中をそっと押すような「nudge」のピクトグラム

「こうしたほうがいい」「やらなければならない」と、わかっているのに動けない――。自分をうまく動かせないのって、もどかしいことですよね……。

だからといって自分を「だめな人間だ」「意志が弱い」などと責めないでください。自制心(意志の力)だけで、行動をコントロールするのはとても難しいことなのです。

筑波大学人間系教授の外山美樹氏によれば、自制心は有限で、使えば使うほど消耗するそうです。実際の研究においても、自制心を使い続けることでその後の行動の質や意欲が低下する現象が報告されているといいます。*1

そこで注目したいのが、行動経済学の手法「ナッジ(nudge)」です。選択の自由を奪わずに、環境を少し工夫することで、望ましい行動を自発的に促す仕掛けのこと。

本記事では、この考え方をベースにした “やる気に頼らず自分の行動を変える方法” をご紹介します。

なんとなく「そうしてしまう」ナッジとは?

「いつの間にか、これを手に取っていた」「なぜか、このコースを選んでしまう」といった具合に、ついそうしてしまうことってありますよね。それは、誰かが仕掛けた「ナッジ」に動かされているサインかもしれません。

ナッジ理論とは、「特定の行動を最も容易な選択肢にして、人々にその行動を促す」手法のこと。起源は、シカゴ大学教授のリチャード・セイラー氏とハーバード大学ロースクール教授のキャス・サンスティーン氏の共著にあります。*2

特に有名な事例は、オランダ・スキポール空港の男性用トイレでしょう。利用者が無意識に狙いを定めるよう、便器のなかに「的となる小さな虫」を描いて、床の清掃費を抑えることに成功しました。*3

つまりナッジとは、相手の注意を引いたり、特定の行動を促したりするために、そっと後押し(軽くつついたり押したり)する行為のこと。*2,*3

私たちの日常には、数多くのナッジが存在しています。たとえば「レジやATMの足跡マーク」や「飲食店メニューの『おすすめ』マーク」、「中間の価格を選ばせるための高・中・低の価格設定」など。

ほかにも、「お客様のエネルギー消費量は平均的な世帯より○○円も多いですよ」といったアナウンスで、世帯あたりのエネルギー消費量を減らすことに成功した例もあります。*3

つまり私たちは、こうした仕掛けで自然と動いてしまう生き物なのです。自分をうまく動かせないとき、「意志が弱い」と自分を責めるのは非合理。セルフナッジ(自分自身への仕掛け)を設計するほうが、行動を改善する近道となるでしょう。

「ここで待つ」を意味する床の足跡マーク

ナッジのフレームワーク「EAST」とは?

セルフナッジを仕掛けるために、ナッジのフレームワークを確認しておきましょう。ナッジには複数のフレームワークがありますが、イギリスの政府組織が発表したこの「EAST」は、現場で扱いやすいようにまとめられているといいます。*3,*4

  • Easy(簡単):誘導する行動の難易度を下げる
  • Attractive(魅力的):魅力的な選択肢を用意する
  • Social(社会的):社会的な行動だと意識させる
  • Timely(時宜にかなった):適切なタイミングで行動を促す

つまり、ナッジの仕掛けで “ついその行動を選んでしまう” のは、それが簡単で魅力的で、ちょうどいいタイミングで、周囲もそうしているから。

これを個人の活動に当てはめていけば、意志の力だけではなかなか変えられなかった行動も、変えることができるのではないでしょうか。

自分の行動を操る「セルフナッジ」の始め方

これまでの内容をふまえ、筆者も「セルフナッジ」を設計してみました。つまり、自分の行動を操る「選択の設計」です。

(1)就寝前の読書で寝不足にならない設計

寝る前の読書は知識獲得や思考力の向上だけでなく、リフレッシュにも欠かせません。ただ、続きが気になって夜更かししてしまうことがあるため、「自然と眠くなってくれたらいいのに……」と感じていました。

そこで、「本を閉じて寝てしまうほうが簡単になる」よう設計してみたのです。

  • セルフナッジ1:スマートフォンを物理的に遠く(リビングなど)に置き、枕元には本だけを置く
  • セルフナッジ2:寝室の「照明のタイマー機能」を使い、自動で部屋を暗くする

時間が来ると部屋の電気が強制的に消え、暗闇になる仕組みです。スマホも遠くにあるため、「そのまま寝てしまう手軽さ」が勝るようになり、自然と「寝る選択」へと誘導されました。

ベッドサイドに置かれた本とカップ&ソーサー

(2)仕事をスパッと切り上げられる設計

自宅で仕事をしていると、つい夜遅くまで作業を続けることがあります。疲れを引きずってしまうので、仕事の「あともう少し」をサッと切り上げられるよう工夫してみました。

  • セルフナッジ1:一定の時間がきたら、パソコンの電源コードを抜いて、バッテリー残量だけで仕事をする
  • セルフナッジ2:終業時間に、カレンダー上で楽しい予定(動画視聴・フードデリバリーの予約・友人とのオンライン飲み会など)をあらかじめセットしておく

つまり、「バッテリーが切れそうになったら終わり」という環境と、「楽しい予定」を組み合わせるのです。

充電器を再び挿す「煩わしさ」よりも、目の前に現れた魅力的で簡単な「次の楽しい予定に進むこと」が勝るため、パソコンを閉じやすくなりました。「まだできるのに……」という罪悪感を抱く間もありません。

自宅でパソコン仕事をするビジネスパーソン

(3)重いタスクを後回しにしない設計

「企画書をつくらなきゃ」「あの資料をまとめなきゃ」と思いつつも、心理的なハードルが高くて、つい簡単な作業から始めてしまうことがあります。

そこで、その作業を始めるほうが簡単になるよう仕掛けてみました。

  • セルフナッジ1:前日の終業前、明日最初に扱いたいファイルやシートの「入力画面」を開いたままパソコンを閉じる
  • セルフナッジ2:朝一番は、「スリープ状態のパソコンを開いて、Enterキーをポンと1回押すこと」を今日のスタートにする

前日の夜、翌朝やるべき資料のページを最前面に開いたままスリープにしておくことで、必然的に翌朝は「ファイルを探して開く工程」がスキップされます。

つまり、パソコンを開いた瞬間に、その作業が一番簡単に始められるようになっているわけです。そこからまた違う作業を「探す・選ぶ」というエネルギー消費を避け、重いタスクのスタートを切れるようになった気がします。

いずれも、自分の意志力には頼っていません……!

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思うように自分を動かせないと、私たちはつい「意志が弱いなぁ」と自分を責めてしまいます。でも、本当に必要なのは、自分を律する強い精神力ではなく、ちょっとした「環境の仕掛け」なのです。

今日からは自分を責める前に、「一番ラクに動ける罠」を、自分自身に仕掛けてみましょう。あなたの「こうしたい」を、そっと後押ししてくれるはずです。

よくある質問

Qナッジ理論とは何ですか?

Aナッジ(nudge)とは「ひじで軽くつつく」という意味で、行動経済学で用いられる手法のひとつです。選択の自由を奪わずに、環境を少し工夫することで、人々が望ましい行動を自発的に選ぶよう促す仕掛けを指します。シカゴ大学のリチャード・セイラー教授とハーバード大学のキャス・サンスティーン教授によって提唱されました。

Qセルフナッジとは何ですか?

Aセルフナッジとは、ナッジ理論を自分自身に応用し、自分の行動を望ましい方向へ自然と導くための「選択の設計」のことです。意志力に頼らず、環境や仕掛けを工夫することで、ついその行動を選んでしまうように自分自身を後押しする手法です。

Qナッジのフレームワーク「EAST」とは何ですか?

A「EAST」とは、イギリスの政府組織が発表したナッジのフレームワークで、Easy(簡単)・Attractive(魅力的)・Social(社会的)・Timely(時宜にかなった)の頭文字を取ったものです。行動の難易度を下げ、魅力的な選択肢を用意し、社会的な行動だと意識させ、適切なタイミングで行動を促すという4つの要素で構成されています。

Q意志が弱いと自分を責めてしまいます。どうすればいいですか?

A筑波大学・外山美樹教授によれば、自制心は有限で「使えば使うほど消耗する」とされています。意志の力だけで行動をコントロールするのは難しいため、自分を責めるのではなく、セルフナッジ(自分自身への仕掛け)を設計するほうが、行動を改善する近道です。一番ラクに動ける環境を整えてあげましょう。

(参考)

*1: ダイヤモンド・オンライン|「追い込まれないとやれない人」が軽視している「地味だけど超効く」1つの習慣【書籍オンライン編集部セレクション】
*2: EBSCO Research|Nudge theory
*3: カオナビ人事用語集|ナッジとは? 理論の効果や使い方、身近な例をわかりやすく解説
*4: 『日本の人事部』|人事用語辞典「HRペディア」|ナッジ

【ライタープロフィール】
澤田みのり

大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。