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マガジン一覧

凡筆堂版「名言辞典」

有名な名言は載せず、なるべく知られていないものを選んでいます。解釈は人によってさまざまです。 物事は捉え方次第、捉え方はその人次第です。

人の思いはそれぞれだから

 私はつかみどころのない問題に出くわすと、よく「正解のないテーマ」という言い方をする。世の中にはきっちりと白黒をつけられない問題がたくさんある。この「白黒」にも逆順の「黒白」という言い方があり、読みも「くろしろ」と「こくびゃく」の二通りある。どちらも正しいがなんとなくもやもやする。  本シリーズ第一作の「お若く見えますねと言われたら」のなかで、「ヘッダー画像の『物事は捉え方次第、捉え方はその人次第』は凡筆堂の名言になるだろうか」と述べたところ、Aさんという方からありがたいコ

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鏡を責めてはいけません

 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」(言い回しはさまざま)というセリフがよく知られている童話『白雪姫』。原作はドイツのグリム兄弟だが、いまやディズニーにお株を奪われてしまった観がある。  それはさておき、鏡にそんな質問をしたのは白雪姫の継母である王妃だ。鏡は長年、「それはお妃さまです」などと答えていたが、白雪姫がすっかり成長したある日、「一番美しいのは白雪姫です」と答える。この返事に王妃はびっくり仰天。怒髪天を衝いて嫉妬で怒り狂う。  いつの時代でもどこの国でも、鏡は嘘や

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努力すればどんなことでもできるか

 私はものぐさなうえに熱しやすく冷めやすいので、努力とは相性が良くない。だから、努力して成功した人を偉いと思うし尊敬もする。  その一方で、「実らない努力はない」などという言葉に対しては「受け狙いの、かっこうをつけた言い方だ」などと反発したりもする。  「努力すれば、どんなことでもできる」そういうふうな言い方は、人間や人生の真実が見えていないのだな、と思います。——『人生を動かす 賢者の名言』(池田書店)  これは「国語教育の神様」と呼ばれる大村はま(1906年–2005

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お若く見えますねと言われたら

 過去に書いたことがあるが、ある女性に「私、何歳くらいに見えますか」と訊かれたことがある。若く言ってほしいに決まっているから、大サービスして「40歳くらいですか」と答えた。それが、なんと大当たりだった。  その女性はかろうじて笑顔を浮かべたが、お互いに気まずい思いだった。言うまでもなく、彼女はもっと若く見られることを期待していたはずだ。 「友人が『お若く見えますね』とお世辞を言うようになったら、老人になり始めていると思われるようになったと確信してよいだろう」——『名言・座右

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能天気エッセイ

主として日常から、ちょっと気になった物事を題材として拾い、少し掘り下げています。コラムのような雰囲気も含んでいます。

59 本

「メモこそ命の恩人だ」という名言

 買ったままろくに読んでいない本が少なからずある。なんとなくその気になったとき、そういう本に目を通す。一昨日の夜、晩酌をしながらそんなことをしていて見つけたのが「メモこそ命の恩人だ」という言葉だ。「名言・座右の銘1500」(ナガオカ文庫)に載っている。  私は枕元にメモ用紙を置いている。布団に入ってから間もなくとか、夜中に目が覚めたときとかに、創作ネタのヒントや日常の予定に関することなどをしばしば思いつくからだ。  メモが役に立ったことはずいぶんある。逆に、メモをできなかっ

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同じ物か別物か、いったいどっちだ

 一昨年、『細胞が生まれ変わって全身が新しくなる?』という記事を投稿したが、その後しばらくしてから、拙作と少々似た部分がある「テセウスの船」という話を知った。その話は物事のパラドックス(逆説)について述べたもので、Newton(ニュートンプレス)という科学雑誌に載っていた。  ギリシアの哲学者で著述家のプルタルコスが、ギリシア神話のテセウスについて書いた話のなかに登場する。簡単にいえば以下のようになる。  たくさんの板で作られた一隻の船がある。傷んだり古くなったりした板は順

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馬にまつわる俗信あれこれ

 昨年最初の記事は干支の蛇にまつわることわざや俗信を取りあげた。書いていた自分でもおもしろかった。能天気な私はそれに味をしめ、今年は馬を取りあげることにした。  馬は昔から人間との関係が深かったからことわざや俗信も多い。そのためだろうと思うが、『日本俗信辞典』(角川ソフィア文庫)の馬の項はほかの動物よりかなりページ数が多い。ここではほんの一部、小項目「馬の夢」からだけ拾い出した。  干支の夢は吉や凶の兆しとされることが多い。馬も例外ではない。ただ単に馬が登場すればいいことが

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植物の最大最強の能力

 拙作「蚊さん、絶滅してくれません蚊」で、「繁殖力の旺盛さは種が生き抜くための最大の能力であり、武器である」と書いた。  蝿も同様だし、蟻でも亀虫でもそうだが、繁殖力が強ければ天敵はおろか人間だって勝てない。実際、こんなに科学が進歩しているのに、それらを絶滅させることは不可能だ。  これは植物でも同じだ。同じどころかさらに強力だ。草の繁殖力の強さにはうんざりする。近所の空き地に背高泡立草(せいたかあわだちそう)が黄色い花を咲かせている。昨年は見かけなかったから新参者だ。晩秋

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日日是れ凡日(にちにちこれぼんにち)

主に日常のあれこれを綴るエッセイ集で、写真中心のものもあります。基本的にノンフィクションです。

71 本

ひな人形7,000体、ギネス認定祭り用へび

 今日は桃の節句。群馬県沼田市利根町で開催中の「びっくりひな飾り」を紹介します。昨日、壮大なひな飾りとお祭り用の大蛇神輿を見に行ってきました。  「びっくりひな飾り」は毎年2月中旬から3月下旬にかけ、群馬県沼田市利根町で開催される。会場は「老神温泉」の「利根観光会館」。  展示されるひな人形の数は7,000プラス数百体とのこと。会場で係りの人に訊いたら、「7,000までは数えたんですけど、ほかにまだ200や300はありそうです」と言っていた。  年に一度、全国に向けてひな

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首里城ほか、沖縄の見どころをいくつか

 1月下旬、沖縄に行ってきた。本州では北陸などをはじめ各地が寒波の猛攻に遭っていたが、別に寒波から逃げたわけではなく、末娘一家に会いに行くスケジュールが偶然重なっただけのことだ。末娘は夫の仕事の関係で数年間だけ沖縄住まいとなっている。  今回はキャプションも含め、文字はあまり多くならないようにします。気楽に写真で楽しんでいただければと思います。 ●北谷アメリカンビレッジ  北谷は地名で読みは「ちゃたん」。北谷町という町にある。このエリア全体がアメリカ西海岸の雰囲気をかもす

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幸運の使者? 黄金のスッポンに遭遇

 先週末から5日間、沖縄に行ってきた。その道中、海洋博物公園内の熱帯ドームセンターで開かれていた「沖縄国際洋蘭博覧会」に寄ってみた。そこで〝黄金のスッポン〟に遭遇した。  タイトルで黄金とうたっているが、ぱっと見たときにはまさにそういう印象だった。なんかいいことがありそうだ、吉兆だ、と思ったほどだ。  洋蘭博覧会の開催期間はわずか一週間程度(2月1日まで)だから、群馬県から行って偶然通りかかったにしては運がよかったというべきか。ただし、私は蘭に興味があるわけではなく、観たい

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人に物をあげるときは要注意

 前回の記事で、わが道を行くM子に野菜の苗をあげたエピソードを取りあげた。M子は「いいやつをちょうだい」と、本心丸出しのセリフを吐いた。同級生だから気楽に言ったのかもしれないが、よそでも同様だと思う。いい年をした社会人なのだから、それなりのたしなみを身につけたほうがいい。  私は「いいやつを」なんて言われなくても、ちゃんとしたものをあげるつもりだったのだ。      ☆     ☆     ☆  知人S美さんは、伝統工芸の保存に携わる、着物が似合う上品で知的な中年女性だ。

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今日もお気楽

「能天気エッセイ」の軽量版。創作ではなく、実際にあった事柄から話題を拾っていますが、能天気エッセイよりも砕けた語り口になっています。

66 本

ミラー反応の小さな実験

 ミラー反応は日常でもいろいろなシーンで見られる。人が複数いれば、相手さえいれば、いつでもどこででも起こり得る。  少し前から、そのミラー反応の〝実験〟をしている。車の運転中や歩行中に、友人知人に出合ったら軽く片手を上げたりお辞儀をしたりする。今回は手を上げてみようか、それともお辞儀にしようか、などと作為的に行ない、その反応を見るのだ。  ほとんどの場合、私がやったのと同じ動作が返ってくる。私が手を上げれば先方も手を上げ、お辞儀をすれば先方もお辞儀をする。いちいち記録してい

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牛が嘶き(いななき)馬が吼える

 前回の記事「馬にまつわる俗信あれこれ」の〝ことわざ版〟のつもりで、今回は馬のことわざを特集しようと思った。  そこで『成語林』(旺文社)を開いてみたが、馬に関する故事やことわざが67個も載っているではないか。いや、67個では多すぎるだろう。やはり断捨離に限ると思って1個に絞った。いや、1個では絞りすぎだろうが。  それはともかく、「エッチの意外な語源」で述べたように、この「今日もお気楽」シリーズは当初のスタイルに立ち返るのだ。 「牛が嘶き馬が吼える」ということわざがある

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「エッチ」の意外な語源

 この「今日もお気楽」シリーズは「能天気エッセイ」の軽量版という位置づけだったが、いつの間にか同じようなスタイルになってしまい、境界が曖昧になってしまった。  そこで初心に返り、本来のスタイルに戻ることにした。スタート初期は内容も軽く、文字数も少なかった。それが意図するところだった。  そのころの雰囲気がわかるよう、記事二つのリンクを張って(貼って?)おきます。       ☆    ☆    ☆  買っただけでほとんど使っていなかった三省堂「新明解語源辞典」の全ページ(

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「キツネとタヌキ」でお茶を濁す

 拙作「キツネとタヌキの化かし合い」を投稿後、なぜキツネやタヌキは化けたり化かしたりするといわれるようになったのか考えた。しかし、これといった決定的な根拠は見つからなかった。  しかたがないから、化けるにいたった由縁はさておき、伝承や俗説などを取りあげながらお茶を濁すことにした。  キツネもタヌキも、野生動物としては比較的身近な存在だ。存在感は俗信や迷信の主役となるために必要な条件だと思うが、心情的にいうなら野ウサギやイタチだって身近だ。  存在感のほかに、体の大きさや体形

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凡筆堂版「故事ことわざ辞典」

古くから親しまれてきたことわざを下敷きにし、それをアレンジするなどしてパロディーに仕立てました。まれに慣用句なども含まれます。

63 本

ただは高くもあり安くもあり

〔解説〕  ことわざには、正反対や表裏の意味を持つものが少なくない。「ただより高いものはない」と「ただより安いものはない」などはその典型例だ。  前者は「ただで物をもらったり理由のない好意を受けたりすると、お返しをしたり何か頼まれたりすることになり、結果的に高くつく」という意味であり、後者はストレートに「ただで手に入れたものがもっとも安い」という意味だ。  当然、どちらが正しいなどとは言えず、状況次第ということになる。 (ここまでは事実ですが、以下は創作なので真に受けない

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図星を指される

〔解説〕  本来の言い方は「図星を指す」である。図星とは、弓の的の中心にしるされた黒い小さな円(点)のことだ。「図星を指す」は、相手が隠していることや急所を見抜き、ずばり言い当てたり核心を突いたりすることをいう。  単に「図星」と言ったり「星を指す」と言ったりすることもある。また、相手の側からの言い方で「図星を指される」ともいう。 (ここまでは事実。しかし、以下は創作なので真に受けないでください) 〔さらに解説〕  「図星を指される」の制定を要請してきたのは珍語漫語の

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今日を取るか明日を取るか

〔解説〕  「将来のことより今のこと」という考え方を表したことわざに「明日(あす)の百より今日の五十」がある。「将来手に入る不確実なものよりも、少なくてもいいからいま確実に手に入るもののほうがいい」ということを言ったものだ。  類語に「末の百両より今の五十両」「先の雁(かり)より手前の雀」などがある。 (ここまではパロディーではなくほんとう。ただし、これより先は凡筆堂の創作であり、ほぼすべてが嘘なので真に受けないでください) 〔さらに解説〕  過日、「身近な価値を考え

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去る者を追え

〔解説〕  みずから離れて行く者を追ったり引き止めたりしないことを意味することわざに「去る者は追わず」がある。  他人に対して人間的な器量が大きいという意味合いで「去る者は追わず、来たる者は拒まず」と、反対の意味も含めて用いられることが多い。  「彼が別のチームへ移るのもいいだろう。うちとしては損失だが、彼にとってはプラスになるかもしれない。去る者は追わずだ。黙って行かせよう」  というぐあいに用いられる。  「去る者」を「往(ゆ)く者」とする言い方もある。 (ここまで

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ナンセンス劇場

小説(のようなもの)や落語(のようなもの)など、不条理、不合理で愉快な読み物です。

〔ナンセンス劇場〕 出がらし凡次郎 狸峠に陽は落ちて

               1  その峠は、峠とはいっても名ばかりで、里山に毛の生えた程度の高さでしかない。その頂で、一人の男が道端近くの切り株に腰をおろし、いま歩いてきた道を振り返っていた。  傷んだ三度笠に合羽、汚れた股引に脚半と草鞋。上州の地は侠客や渡世人の往来が少なくない。男はその端くれ、渡世人の出がらし凡次郎だ。  あっしにはかかわりのねえことでござんす、という冷ややかなセリフで知られる有名な渡世人もいるが、出がらし凡次郎は正反対のキャラクターだ。お人好しで、ど

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〔ナンセンス劇場〕嘘八百展

 拙作「昼さがりの魔女」の挿し絵に使おうとしてやってみた、AIでの画像生成が思いのほかおもしろかった。そこで、まだ単純なことしかできない超初心者だがちょっと遊んでみた。  嘘八百展、折りしも今日は四月一日だ。  この人たちはいったい何がおかしいのだろう。まあ、笑うことはいいことなので、おおいに笑えばいいのだが。  左端のおじさんは、太ったおばさんに押し出されて座れなくなった。  上の写真のおじさんおばさんは、以下の写真の人たちを見て笑っているのかもしれない。  突然だが

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〔ナンセンス劇場〕昼さがりの魔女

 ぶっ散らかった部屋の掃除が終わったらちょうど正午になった。  今夜は恋人の美留が来ることになっている。二人だけのささやかなクリスマスイブだ。俺はそのときにプロポーズするつもりでいる。いくらずぼらな俺でも、プロポーズくらいはきれいな部屋でしたかった。  そんなことを考えながら、昼飯を食いに行こうとして玄関を出た。そのとき、家の前を通りかかった女と目が合った。女は立ち止まり、声をかけてきた。  高級そうなコートの裾からスカートが見える。そこから出た脚の大部分はブーツに隠されてい

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〔ナンセンス劇場〕凡才バカ凡、サンマを買いに行く

「やあ、銀さんおはよう」 「おや、凡ちゃん、おはよう」 「こんなとこで何してるんだい」 「こんなとこって、ここはおれの店じゃねえか」 「ふふ、言ってみただけだよ」 「朝っぱらからおとなをからかっちゃいけねえや。今日は日曜で学校が休みなんだな」 「日ごろの行ないがいいからね」 「そういうひょうきんなとこは親父によく似てるな」 「銀さんの親父にかい」 「おれの親父に似てるわけねえじゃねえか」 「還暦にもなって真に受けたのかい。案外うぶだね」 「相変わらず口が

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現代おビョーキ大全

ヒトの心の内に潜む「魔」を病気のパロディーにしました。

現代おビョーキ大全〔慢性美炎〕

 美しくなろうとする意識が高じて度が過ぎ、日常生活になんらかの影響をおよぼすほどになる。罹患者の大半は一部の学生を含む社会人女性である。「美炎」の発音は「びえん」だが、鼻の疾患である「鼻炎」とは関係ない。  なお、本事典全般に共通することだが、この大全で言うところの病気とは「おビョーキ」のことである。 【症状】  慢性美炎は、初期の段階では肌の色合いをととのえたりシミを隠したり、アイメイクに凝ったりする。  しだいに唇の色やつや、厚みなどを強調したり、顔の明るさを印象づけ

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現代おビョーキ大全〔品格欠乏症〕

 品格が、部分的に一定の水準から外れていたり欠けていたりする病気である。品格とは「人や物が持つ気高さや品位」のことであり、社会生活を営むうえで非常に重要な役割を持つ要素である。  なお、この病名は「品位欠乏症」ともいい、略して「品欠」とも呼ぶ。  ところで、本事典(大全)の本文ではこの項目に限らず「病気」と称しているが、すべて便宜上の呼称であり、正式には「おビョーキ」である。 【症状】  多岐に渡る。主だったものをいくつか挙げる。 ●日常の挨拶が正しくできない  例えば

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現代おビョーキ大全〔高尻圧症〕

 夫婦間のみで発症する生活習慣病の一つ。さまざまな面で妻が夫に対して支配的立場になる。世間で俗に言われる「尻に敷く」あるいは「尻に敷かれる」という表現が「高尻圧(こうけつあつ)症」の名の由来。  年齢的には圧倒的に中高年層が多いが、30代、40代という比較的若い層にも見られる。  なお、本事典全般に共通することだが、この大全で言うところの病気とは「おビョーキ」のことである。 【症状】  一般的には、結婚から時が経過するにつれ、妻の態度が夫に対して徐々に高圧的になる。いわゆ

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現代おビョーキ大全〔強心症〕

 心臓に毛が生える病気である。産毛から始まり、縮れ毛、剛毛とその種類はさまざまだが、普通なら生えない部分に生えるというのがこの病気の特異なところである。  毛根もないのになぜ毛が生えるのか。そのこと自体も大きな問題だが、発毛の結果、本人の人格が大きく変化し、罹患した人の周囲の人たちにまでさまざまな弊害をもたらすことになる。  なお、本事典全般に共通することだが、この大全で言うところの病気とは「おビョーキ」のことである。 【症状】  社会的な規律や道徳、人間関係など、さまざま

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