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マガジン一覧

「はじめからなかったこと」と同義にしたくない日々のこと

なまものの自分と向き合う時間をつくるための日記

戦わずして、世界に“属する”ことはできないのかもしれない

僕らは何かに属していないと、うまく生きていくことができません。僕らはもちろん家族に属し、社会に属し、今という時代に属しているわけなんですが、それだけでは足りません。その「属し方」が大事なのです。その属し方を納得するために、物語が必要になってきます。物語は僕らがどのようにしてそのようなものに属しているか、なぜ属さなくてはいけないかということを、意識下でありありと疑似体験させます。そして他者との共感という作用を通して、結合部分の軋轢を緩和させます。 村上春樹さんが読者からの質問

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バイクの免許をとったのは

はじめて自分で運転したバイクは、ベトナムに住んでいたときに現地の友人から譲り受けたヤマハのスクーターだった。 ベトナムには「教習所に通って免許を取る」なんていう文化はない。ほとんどの人が、友達や家族に適当に乗り方を教えてもらい、そのまま路上に出る。(交通ルールなんてないようなものだ) 友人の自宅近くで2時間ほど運転練習に付き合ってもらったあと、「じゃ、家まで運転がんばってね!」と見送られたときの絶望感は忘れられない。 ムリ、絶対ムリ、死ぬ。 バイクの海にのまれそうになり

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言語化至上主義がこわい

メールにLINE、SNS、ブログ。これだけテキストベースのコミュニケーションが多くを占める世の中で、「言語化が得意」は間違いなく武器だ。 正しくことばを選んで丁寧に伝えれば、必ず誰かに届く。似たような思いを持つ誰かが共鳴したり、応援したりしてくれる。人の頭の中がのぞけないかぎり、結局は「言わなきゃ伝わらない」のだ。 だけど、それが行きすぎて「思いは言語化すべきである」「ことばにできない=考えていないと同じである」とまで行ってしまうと、ちょっと待てよと思う。 そういう言語

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新宿の占い師さんが教えてくれたこと(“私とあなた”で話がしたい)

もうずっと前。人生で一度だけ、手相占いに行ったことがある。 新宿の寒空の下で2時間くらい並び、ようやく通された小部屋には、母くらいの年齢の占い師さんがいた。小さな机を挟んで向かい合い、手のひらを片方ずつ見せていろんなおしゃべりをする。 何を言われたかはほとんど忘れてしまったけれど、よく覚えていることがひとつある。 あなたは体があんまり強くないから、結婚して子どもを産んだら仕事をセーブしたほうがいいかな。 そんなような話である。 *** 最近、この占い師さんのことば

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A day.

どこかの誰かのある一日。インタビューを元に、私ではないひとの日記を書いています。

ソファでわたしは旅をする

いつかまた自由に出かけられるその日まで、「空想の旅」をテーマに文章を書いてみることにしました。 趣味や嗜好、旅のスタイルも異なる3人の書き手・べっくやちひろ、中前結花、吉玉サキがそれぞれお届けします。 束の間でも、みなさまを“ソファの上の旅”にお連れできたらうれしいです。

14 本

『ソファでわたしは旅をする』を終了します

2021年4月、中前結花、べっくやちひろ、吉玉サキの3人は「架空の旅」をテーマにしたマガジン『ソファでわたしは旅をする』を始めました。 コロナ禍で旅行が自由にできない中、少しでも旅行に行った気分を味ってもらうべく始めたマガジンです。 エッセイや小説など、表現の方法はさまざま。不定期ながらこれまで全14本の記事を掲載し、多くの方に読んでいただくことができました。SNSで感想をシェアしてくださる方もいて、とても嬉しかったです。また、昨年の秋には海老名市立図書館で『ソファでわた

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旅の朝

人生でいちばん最初の旅行はいつだろう、と記憶をさかのぼると、あるひとつのシーンが浮かんでくる。 まだ真っ暗な、夜中と朝方の間くらいの時間。パジャマのまま母親に抱きあげられて、ゆらゆらとどこかへ向かう。半分夢みたいな頭で車のドアが開く音を聞いて、そのまま布団を敷き詰めた後部座席に乗せられる。エンジンの振動を感じながら、そのまままた眠りに落ちる。 たぶん4、5歳くらい。長野に向かう朝の一幕だ。 子どもの頃、わが家には毎年8月に長野県上田市の知人を訪ねるという恒例イベントがあ

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大人の社会見学部

「思ったよりむき出しなんだね」 それが、生まれて初めてパンダを目の当たりにした私の第一声だった。パンダはガラスケースか檻の向こうにいるイメージだったので、背の低い柵で囲われただけの空間にいることが意外だったのだ。これじゃあ、その気になれば柵を乗り越えてパンダを抱きしめてしまえるじゃないか。 一緒にいた下瀬ミチル嬢(以下るんみち)とまるいがんも氏(以下まるいさん)には「むき出し」の意図するところが伝わったらしい。ふたりは口々に「たしかに」「触ろうと思えば触れそう」とつぶやい

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住まなかった街も思い出になる。

年下のひとたちと飲むことになった。 会社を辞めてからは、とんとそういうことがなかったから、向かうときにはすこし緊張した。もちろん、ひとつふたつ下の友は多いけれど、十もちがうとなれば、 「大丈夫かしら……」 と不安になったりもする。文章を書くひとたちの集まりではあるけれど、話についていけるだろうか。 場所は赤坂で、ほどよく街も店内もがやがやとしていた。 「こっち、こっち」 と呼び寄せられテーブルにつく。 「どうも、どうも」 へらへらしながら見渡せば、どのひともなんだかとても眩し

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