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なぜイラン攻撃の本当の標的は中国なのか:ワーナーが暴く覇権交代の構造

普通の人々は戦争を望まない。だからこそ問題が生じる。今われわれが直面しているような、第三次世界大戦を意図的に画策する暗く邪悪な勢力の存在を、彼らはどうしても想像できないのだ

— リチャード・ワーナー(サウサンプトン大学教授)

絶対的権力は絶対的に腐敗する。われわれが話しているのは、中央銀行プランナーの手中にある絶対的権力のことだ

— リチャード・ワーナー(『円の支配者』著者)

はじめに

1915年5月、英国の客船ルシタニアがアイルランド沖でドイツのUボートに撃沈された。米国民120人を含む死者を出したこの事件は、米国の第一次大戦参戦の決定打となった。だが100年以上経った今、われわれはこの事件の細部を知っている。チャーチル海軍卿による減速命令、エニグマ解読による独潜水艦位置の事前把握、ドイツ大使館が米国新聞に出した乗船警告広告。船は「沈められた」のではなく、「沈めさせるよう設計された」。

主流メディアが伝える戦争原因の説明に違和感を覚えながら、それを言語化できない読者は多いのではないか。リチャード・ワーナーがタッカー・カールソンとの2時間に及ぶ対談で示すのは、ルシタニアと現在のホルムズ海峡封鎖、ベルリン・バグダッド鉄道と一帯一路、ライヒスバンクとECBのあいだに走る同じ構造的同型性である。本稿はこの対談を、覇権交代期に繰り返される「型」として読み解く試みだ。

ワーナーとは誰か:『円の支配者』の射程

リチャード・ワーナー(Richard Werner)はドイツ生まれの経済学者で、現在サウサンプトン大学とウィンチェスター大学で教鞭をとる。「量的金融緩和(Quantitative Easing)」という用語の発明者として知られ、信用創造の実証分析を中心に、中央銀行制度と銀行構造を歴史的に解明してきた。主著は『円の支配者(原題:Princes of the Yen、2003年)』。1980年代後半の日本のバブル形成と崩壊を、日銀の「窓口指導」による意図的な操作の結果として実証分析した一冊である。

ワーナーは少数の小規模地方銀行による分権的金融構造を、高成長と公平な分配の双方の鍵として擁護する。彼にとって中央集権化された巨大銀行と中央銀行は、経済破壊の主犯であり、CBDC(中央銀行デジタル通貨)はその系譜の到達点と位置づけられる。本対談は、前回のタッカー・カールソンとの対談(1980年代日本バブルと米国による経済破壊工作を扱った回)の直接の続編として、地政学と覇権交代へと射程を広げたものだ。

1. 112年前の客船沈没が教える戦争工作の文法

彼らはルシタニアを軍補助艦として公式に登録した。ドイツは規則に従い、それを撃沈した

— リチャード・ワーナー

一言で言えば、偽旗工作とは「事実の歪曲」ではなく「事実の構造化」によって成立する技術である。ルシタニア号事件は、その教科書的な原型を提供している。

ルシタニア号事件

事件には四つの要素が揃っていた。
第一に、英国海軍が同船を「公式の軍補助艦リスト」に掲載していた事実。ドイツ帝国海軍は軍補助艦を合法的な攻撃対象とみなし、規律に従ってそれを実行した。
第二に、ドイツ大使館は出航前、米国の複数の新聞に乗船警告広告を出した。「ルシタニアは攻撃対象となる」と公式に通告したのである。一部の新聞は広告掲載を拒否した。
第三に、英国はエニグマ暗号(独軍が使用していた暗号通信)を既に解読しており、Uボートの位置を把握していた。
第四に、当時の海軍卿チャーチルは、ルシタニアが独潜水艦の警戒海域に入る直前、護衛艦を引き上げ、エンジンの減速を命じた。BBCドキュメンタリーが部下の証言として記録している。

つまり、嘘は一つもついていない。事実だけが、ある方向に向けて配列されていた。偽旗工作の本質は、相手の規律正しさを逆用する点にある。プロイセン的な「規則の遵守」が、それを知る者にとっては予測可能な兵器となる。

「これだと、何でも『偽旗だ』って言えば説明できる話では」。そう感じるのは無理もない。だが偽旗認定には判定可能な四要素がある。事前の文書記録、利益関係者の事前認知、調査の異常性、結果の戦略的整合性。これらが揃っているかどうかは、観測可能な事実から判定できる。ルシタニアではこの四つすべてが揃っていた。

日本史にも、構造としては類似した事例がある。1931年の柳条湖事件(関東軍参謀板垣・石原による満鉄爆破自演)における「将校層の暴発と中央による事後追認」の構造、1936年の二・二六事件における青年将校と統制派の利用関係。事象の規模も帰結も異なるが、「現場の行動」が「中央の目論見」と整合するとき、その整合性は偶然ではない、という観察の道具立てとしては相通じる。

2. ベネズエラの石油、イランの肥料、中国の輸入線:三角形の頂点

彼らは中国向けの一帯一路インフラ——橋、鉄道、サプライ構造——を爆撃した。なぜ米国がそれをするのか

— リチャード・ワーナー

ベネズエラ、イラン、中国。一見ばらばらの三国を一本の線で結ぶと、図形は三角形ではなく、頂点を中国に置く矢印になる。

2020年代の対ベネズエラ政策は、ある明確な転換を示した。それまでの中南米へのCIA介入は「もっともらしい否認可能性(plausible deniability)」、つまり「米国はやっていないことになっている」という建前のもとで行われてきた。チリのアジェンデ政権転覆もグアテマラのアルベンス政権打倒も、表向きは「内乱」「市民蜂起」だった。

だが米国は近年、ベネズエラへの公然たる体制転換要求と軍事的圧力を、否認も装わずに表明している。CIA越権の制度史を内側から記録したフレッチャー・プラウティ(Fletcher Prouty)『秘密の政府(原題:The Secret Team、1973年)』が描いた構造は、ついに「秘密」の段階を抜けた。

なぜベネズエラだったのか。同国は世界最大級の石油埋蔵量を持つ。ただし重質原油のため、精製には特殊な設備が要る。世界でその精製能力を最も整えているのは中国である。

なぜイランか。イランは中国向け原油供給の中核であり、湾岸地域全体は世界の窒素肥料生産の集積地でもある。カタールのQAFCO(カタール肥料会社、年間560万トン)、サウジのSABIC(年間約500万トン)、UAEのフェルティグローブ(年間660万トン)、オマーンのOMIFCO(年間約165万トン)。これらはすべてホルムズ海峡を通って世界に出る。日本の原油輸入の約70%もこの海峡経由である。

ワーナーが指摘する事実のうち、最も雄弁なのは攻撃対象の選定だ。米イスラエルによるイラン爆撃で標的にされたのは、核施設だけではなかった。橋、鉄道、サプライ構造、つまり一帯一路インフラそのものが直接の標的になっていた。

「中国を狙ってるって言うけど、イランは普通に核を持とうとしてたじゃない」。もっともな反応だ。ただ、核問題と覇権構造は同一現実の別レイヤーであり、両立しうる。攻撃対象の選定が核施設より輸送・経済機構に偏った事実は、表向きの説明とは別の論理を示唆する。

地理学者マッキンダー(Halford Mackinder)が1904年の論文「歴史の地理学的枢軸(原題:The Geographical Pivot of History)」で提示した命題は単純だった。ユーラシア大陸(ハートランド)を制する者が世界を制する。海洋覇権国にとって、大陸を横断する鉄道とパイプラインこそが、自らの存立を脅かす最大の脅威となる。

米地政学者フリードマン(George Friedman)が公言してきた「20世紀における米国の戦略目標は、ドイツとロシアの結合阻止」という言葉は、この古典命題の現代的翻訳である。標的が東に移っただけで、構造は1世紀以上変わっていない。

3. 鉄道一本が大英帝国を恐怖させた理由

ベルリン・バグダッド・バスラ鉄道が完成していたら、英国の海上覇権は無意味になっていた。これが第一次大戦の主要動因の一つだった

— リチャード・ワーナー

第一次世界大戦の原因として教科書が挙げるのは、サラエボの一発の銃弾、複雑な同盟網、ナショナリズムの高揚である。だがワーナーが対談で展開する見立ては、もっと地味で構造的だ。一本の鉄道線が、大英帝国を戦争に駆り立てた。

19世紀後半、プロイセンは独自の高成長モデルを完成させていた。多数の小規模地方銀行、産業への長期的信用供給、社会保障の先駆的導入(ビスマルク社会保険)、公教育への大規模投資。生産的事業に資金が流れ、中堅・小企業が育ち、中産階級が厚みを増した。1871年のドイツ統一後、このモデルは帝政ドイツ全体に拡張され、20世紀初頭の科学・技術・工業生産で英国を急速に追い上げた。

問題は、この台頭する経済国が大陸国家だったことだ。英国は海洋覇権で世界を支配していた。原料供給、製品輸出、植民地経営、すべてが海上輸送を通じて行われた。ドイツがこの海上ネットワークに依存するかぎり、英国はいつでも蛇口を閉められる。事実、1918年の休戦後も英国は対独海上封鎖を継続し、1919年に推定100万人のドイツ市民が餓死した。多くの英国村落の戦没者記念碑が「1914-1919」と刻んでいるのは、戦死期間がこの飢餓を含むためである。

美術学校の学生ジョン・スキーピングが制作した、花輪と聖ジョージが竜を退治する姿を描いたブロンズ製の記念像

ドイツはこの構造を察知していた。回答が「ベルリン・バグダッド・バスラ鉄道」だった。シーメンスが工事を、ドイツ銀行が資金を担い、オスマン帝国の協力を得て、ベルリンからイスタンブール経由でバグダッド、さらにペルシャ湾岸のバスラまでを結ぶ。完成すれば、ドイツは中東の原油と原材料を、英国海軍に一切触れずに本土まで運べる。海洋覇権が無効化される。

英国の対応は明確だった。鉄道完成前に戦争を起こす。これが第一次大戦の隠された動因の一つだった、というのがワーナーの主張である。

「100年前の話と今を一緒くたにするのは乱暴じゃない?」。当然の警戒だ。ただ、構造的同型性の主張は「歴史は繰り返す」式の素朴な類推ではなく、覇権国の戦略原理が制度的に継承されているという主張である。地理的チョークポイント(海峡・運河など輸送の絞り点)の支配、対抗勢力の経済破壊、通貨主権の剥奪——この三点セットは、英国から米国へ受け渡された。形が違っても骨格は同じだ。

日本の経済史を眺めると、プロイセン型の高成長モデルが東洋の文脈にも受容されていたことが分かる。明治期の地方銀行制度、戦後の地方信用組合・第二地方銀行、日銀「窓口指導」を介した中堅企業向け信用供給。これらはいずれも「多数の小規模銀行が地域経済に深く根を張る」という構造で、プロイセン直系の系譜にあった。

さらに遡れば、江戸期の石田梅岩(1685-1744年)が説いた「正直と倹約」に基づく商業倫理、村落の無尽(むじん、参加者が定期的に拠出し抽選または入札で受取人を決める庶民金融)や頼母子講(たのもしこう、無尽と同種の相互扶助金融)の慣行が、地方分権金融の歴史的土壌を形成していた。柳田國男や宮本常一が記録した村落の貨幣慣行は、ワーナーが擁護する分権金融の東洋的先行形態である。

ベルリン・バグダッド鉄道路線図

4. 雀の駆除と収穫労働者の都市移送——大飢餓は政策だった

飢饉を起こすには、特定の極めて不自然な政策の組み合わせが必要だ。それが自由意志で選択されたなら、政策誘発であることに疑いの余地はない

— リチャード・ワーナー

歴史家は大規模な飢饉や経済破綻を語るとき、ほとんど反射的に「意図せざる結果」「政策の失敗」という言葉を選ぶ。ワーナーが対談で挑戦するのは、まさにこの語彙そのものだ。

中国の大飢餓(1959-61年、推定死者数は研究の進展とともに上方修正されつづけ、現在は8000万人前後とされる)について、ワーナーは「これは政策誘発である」と明言する。論拠は単純で、組み合わさった政策の特異性にある。

第一に、飢餓は豊作年に始まった。
第二に、毛沢東は「除四害」運動の一環として雀の駆除を全国に命じた。雀は害虫の天敵であり、その大量殺戮は蝗害(こうがい、イナゴの大量発生による農業被害)を引き起こした。
第三に、収穫期の農村労働者が大規模に都市の工業プロジェクトへ動員された。
第四に、貯蔵を行う農民が「ブルジョア的隠匿」として摘発され、収穫が国家に没収された。
これら四つは個別にも有害だが、組み合わせると確実に飢饉を生む。偶然の累積ではなく、設計されたカスケードだ。

1950年代末から1960年代初頭にかけての大飢饉により、数千万人の中国人が命を落とした。(資料写真)

タイの1997-98年通貨危機も、同じ「不自然な政策の組み合わせ」の例として読める。当時アジア開発銀行から助言役で派遣されたワーナーが現地で観察したのは、タイ中央銀行による三段の仕掛けだった。固定為替レート維持の宣言、ドル金利より高い国内金利の設定、資本勘定の自由化。

この三条件が揃うと、民間企業は短期ドル建て負債を膨張させる。外貨準備が枯渇するまで通貨防衛が続けられた後、レートは崩壊し、IMF構造調整プログラムが導入され、安値となった国内資産が外資に売却された。

日本の1980年代後半バブルと1990年代崩壊は、同じ構造の先行事例として読み返せる。ワーナー『円の支配者』が描いたのは、日銀の「窓口指導」(個別銀行への融資割当指示)が、生産的事業向け融資から不動産投機向け融資へと意図的に振り向けられた経緯だ。

バブルの形成も崩壊も、自然現象ではなかった。哲学者の内山節(1950年生)が農村共同体の貨幣慣行と引き比べて論じる「貨幣の自律性喪失」とは、まさにこの構造のことを指している。地域に根ざした信用が中央集権的貨幣管理に置き換えられたとき、経済は予測不能な「天災」として襲ってくるものに変質する。

1997年のアジア金融危機  ジャカルタでの暴徒たち。1998年5月のインドネシア暴動の際の光景

5. 東インド会社からローマクラブへ:「人口は多すぎる」の300年

彼は中国の弾道計算をしていた数学者だった。彼が突然「人口成長は抑制すべき」と結論したのは、ローマクラブのモデルを使ったからだ

— リチャード・ワーナー

「人口が多すぎる」という言葉には、不思議なほど長い系譜がある。300年たどれば、それは1689年設立の英国東インド会社の植民地統治哲学に行き着く。

19世紀初頭の英国経済学者マルサス(Thomas Malthus、1766-1834年)は、東インド会社の事実上の専属知識人だった。彼の『人口論(原題:An Essay on the Principle of Population、1798年)』が説いた「人口は幾何級数的に、食糧は算術級数的にしか増えない」という命題は、東インド会社がインド亜大陸で繰り返した飢饉政策(インド産食糧の対英輸出を続けながら現地人の餓死を放置した)の事後的正当化として機能した。「あまりにも多くのインド人」というフレーズは、東インド会社経営陣の内部文書に繰り返し現れる。

300年後、同じ思想の現代版が登場する。1968年、イタリア人実業家アウレリオ・ペッチェイがロックフェラー家の支援を受けてローマクラブを創設。1972年に発表された『成長の限界(原題:The Limits to Growth)』は、コンピュータ・シミュレーション「World3」を駆使し、「経済成長と人口増加は早晩、地球の限界に達する」と警告した。同書は世界的ベストセラーとなり、その後の脱成長言説、環境政策、人口政策の基盤を形成した。

ワーナーが対談で指摘する皮肉は深い。1978年、ローマクラブ執行委員会のメンバーが日本人の高成長設計者・大来佐武郎だった。同じ人物が、訪日した鄧小平に招かれ、中国の高成長モデル構築に協力した。プロイセン型・日本型の高成長を中国に移植したまさにその人物が、ローマクラブを通じて「成長の限界」言説を担っていた。

大来佐武郎

さらに中国の一人っ子政策(1979-2015年)を理論的に支えたのは、軍事弾道計算を専門としていた数学者・宋健(Song Jian)だった。彼が採用した人口予測モデルは、ローマクラブ系の同じシミュレーション手法に依拠していた。

「中国の一人っ子政策は中国が勝手にやったものでは」。一面ではその通りだ。最終的な政策決定は中国共産党が行った。ただし政策を形成した知的枠組みと数理モデルは外部から到来したものであり、その移植経路は明確に文書化されている。外部影響と内部選択は、対立ではなく混合の関係にある。

ここで注目したいのは、日本にも別の「脱成長」思想があったという事実だ。哲学者で農学者の福岡正信(1913-2008年)が『自然農法 わら一本の革命(1975年)』で展開したのは、人間と自然の関係の根本的再構築の思想であり、ローマクラブ的な「管理エリートによる人口抑制」とはまったく異質の脱成長像だった。

福岡の思想は、耕さず、肥料を与えず、農薬も使わない「無の農法」を通じて、人間が自然のリズムに合わせる生き方を提示した。同じ「成長への懐疑」でも、上から課す統制と、自らが選ぶ生活様式とでは、政治的射程が逆方向に開く。

『成長の限界』が予測した資源枯渇は、半世紀を経て予測通りには起きていない。にもかかわらず、その「シミュレーションによる統治正当化」という方法論は、感染拡大モデル、IPCC気候シナリオへと継承された。これが次節の問題につながっていく。

6. 短辺原則:均衡経済学が消し去った「権力」の所在

論理は真理ではない。これが鍵となる点だ。論理は常に仮定に依存する

— リチャード・ワーナー

経済学の教科書を開くと、最初の数ページに需要曲線と供給曲線が交わる図が出てくる。これが「市場均衡」だ。価格は需給が一致する点に収束し、誰の意図にも左右されない自然法則のような働きをする——というのが新古典派経済学の核心的物語である。ワーナーは対談で、この物語を確率の問題として解体する。

均衡が成立するためには、八つほどの仮定が同時に成立する必要がある。

完全情報、完全競争、合理的経済人、取引費用ゼロ、市場の完備性、財の分割可能性、参入退出の自由、外部性の不在

これらが現実に同時成立する確率はどれほどか。仮に各仮定の成立確率が55%——つまり「ありがちな話」だとしても、八つ同時の確率は0.55の8乗、すなわち0.84%以下になる。100回市場を観察して1回以下しか均衡しないなら、それを「自然法則」と呼ぶのは無理がある。

実際の市場は均衡しない。常に需要か供給のどちらかが余り、どちらかが足りない。ワーナーが強調するのは「短辺原則(short-side principle)」、つまり「不足している側」が常に取引相手を選ぶ権力を持つという観察だ。市場はすべて配給制で動いている。

これを貨幣市場に当てはめると、何が見えてくるか。貨幣の需要は事実上無限である(誰もがもっとお金が欲しい)。供給側、つまり信用創造を行う銀行が常に短辺にある。だから銀行は、誰に貸すか、いくら貸すか、何のために貸すかを選ぶ権力を持つ。

中央銀行はその銀行群を統括する。「市場が決める」という言説の背後で、実際に決めているのは銀行と中央銀行である。

リカード(David Ricardo、1772-1823年)の自由貿易論——比較優位の原理に基づき、各国が得意な財に特化して交易すべきという議論——は、この権力構造を覆い隠す装置として機能してきた。リカード自身、株式市場で巨万の富を築いた投資家だった。

デビッド・リカード

彼の理論は、最終的な交易条件(terms of trade、輸出品価格と輸入品価格の比率)が時間とともに発展途上国に不利に動く可能性を完全に無視している。20世紀のプレビッシュ=シンガー命題(一次産品輸出国の交易条件が長期的に悪化する傾向)が示したのは、その不利な動きが偶然ではなく構造的だという事実だった。

数学モデルが完璧とは限らないと考えるかもしれない。ただ論点は「モデルの不完全性」ではなく、「モデルが選択する仮定の恣意性そのものが結論を決定している」点にある。

リカードは自分の結論(自由貿易は普遍的に望ましい)を支えるよう仮定を選んだ。ローマクラブは自分の結論(成長は抑制すべき)を支えるよう仮定を選んだ。パンデミック期の感染拡大モデルも、気候モデルも、同じ方法論を踏襲している。シミュレーションが現実を記述するのではなく、シミュレーションが現実への政策介入を正当化する装置として作動する。

経済学者の宇沢弘文(1928-2014年)が『社会的共通資本(2000年)』で展開した新古典派批判は、ワーナーの議論と深く共鳴する。市場原理主義は、自然環境・社会基盤・制度資本という「社会的共通資本」を計算外として排除することで成立している。これらを取り戻すには、市場の言語ではない別の言語が要る、というのが宇沢の主張だった。

リカードの巧妙な省略から始まった経済学の二百年史を、宇沢は内側から逆走したと言える。

宇沢弘文 (1928-2014)1928年鳥取県生まれ。経済学者。東京大学理学部数学科卒。シカゴ大学や東京大学などで教鞭をとる。主な著書に『自動車の社会的費用』『社会的共通資本』『地球温暖化を考える』『宇沢弘文著作集』(いずれも岩波書店)など。1997年に文化勲章受章。2014年に他界。

7. JPモルガン賠償委員会が握ったドイツ中央銀行

ECBはマーケティングではブンデスバンクの後継として売られた。だが実際には、史上最悪の中央銀行ライヒスバンクの設計を踏襲している

— リチャード・ワーナー

1923年秋のベルリン。労働者は週給を受け取った瞬間、走って店に向かう。1時間後にはパンの値段が倍になっているからだ。子供たちは紙幣の束を積み木代わりに遊んだ。1兆マルク紙幣が刷られ、中産階級の生涯の貯蓄は紙くずになった。10年後、ヒトラーが選挙で第一党を獲得する。

1923年、ドイツ人女性が価値のない紙幣で火を灯す

教科書はこの惨事を「敗戦国の通貨秩序の崩壊」と説明する。ワーナーが描き直すのは、もう少し顔のある物語だ。

ヴェルサイユ条約後、ドイツ中央銀行(Reichsbank、ライヒスバンク)に課された統治構造は二点に要約できる。理事会の半数を外国人が占めること、すべての重要決定が連合国賠償委員会の承認を要すること。賠償委員会の事実上の主導者はJPモルガンだった。大戦中、英国はJPモルガンから巨額の戦費を借りていた。その回収先がドイツに設定されたのである。経路の起点に置かれた装置がライヒスバンクだった。

ライヒスバンク 1900年頃

この装置が動き出すと、賠償金支払いのための貨幣増発が容認される。預金は溶け、土地と株は外資が安値で買い漁る。「ハイパーインフレがナチズムを生んだ」という命題には、もう一段の手前がある。ハイパーインフレを設計可能にする中央銀行の制御構造が、最初に組み込まれていた。賠償委員会の制度的後継が現在のBIS(国際決済銀行、Bank for International Settlements)である。

戦後の西ドイツは、この苦い経験から逆方向に学んだ。1957年設立のブンデスバンク(Bundesbank)には独特の設計が施される。政府の短期的恣意からは独立しつつ、議会には説明責任を負う。中央銀行員には「インフレ抑制」だけでなく「雇用と成長」も任務として課された。物価が安定していても失業率が高ければ、それは仕事をしていないことになる。

この設計のもと、戦後西ドイツは40年以上にわたり低インフレと高成長を両立させた。「ドイツ経済の奇跡」の通貨的基盤がここにあった。

1992年マーストリヒト条約はこの例外を解体する。ドイツマルクは廃止され、ECB(欧州中央銀行)が設立された。表向きの説明は「ブンデスバンクの成功を欧州全体に広げる」。実態は逆だった。ECBは加盟国議会のいずれにも責任を負わず、立法手続きで変更もできない。目標は「物価安定」のみ、雇用と成長は任務から消えた。これはブンデスバンクの拡大版ではなく、ライヒスバンクの近代化版である。

ドイツ連邦銀行総裁のヨアヒム・ネーゲル氏

結果は予測可能だった。ユーロ導入後、ECBの低金利政策がアイルランドとスペインで住宅価格を3〜4倍に膨らませた。2008年に崩壊が来ると、今度は緊縮政策が強制された。雇用は任務に入っていないため、若年失業率がスペインで55%、ギリシャで58%に達しても政策は変わらなかった。ある世代の労働市場参入機会が、まるごと失われた。

「中央銀行が政府の言いなりになったら、それこそインフレで終わるんじゃない?」。よく聞く反応だ。だが「政府の言いなり」と「議会への民主的説明責任」は別の話である。前者は選挙対策への従属、後者は国全体のルールに従うことだ。ブンデスバンクの40年が示したのは、この区別が実装可能であり、しかも経済を健全に運営できるという実証データだった。

問題は根本にある。中央銀行の独立性とは、誰からの独立性なのか。国民から独立すれば、自動的に国際金融資本に依存する。「独立」という言葉は中立ではない。

日本の通貨主権獲得史を眺めると、明治政府が同じ問題に別の答えを出したことが見えてくる。1872年、政府は外国銀行への通貨発行権付与を提案されたが、これを意識的に拒否した。植民地化された他のアジア諸国では、宗主国の銀行が現地通貨を発行するのが通例だった。

財政指導者・松方正義はパリ滞在中に経済学者レオン・セイから、外国に通貨発行権を譲渡することの致命性を学んでいた。植民地と独立国を分けるのは軍隊でも領土でもなく、自国通貨の発行権の所在である。日本が完全な植民地化を免れた要因の一つは、この判断の連鎖にあった。

現在進行中の日銀独立性議論も、この二系統——議会従属型と外部支配型——の歴史的対立の延長線上で読まれる必要がある。「独立性を高める」というスローガンが、議会への説明責任を強める方向に作用するのか、それを弱めて外部依存の経路を開く方向に作用するのか。スローガンの背後の設計図を読むことが、ライヒスバンクとブンデスバンクが100年かけて教えたことである。

松方正義

8. プログラマブル・許可制マネーが意味するもの

権力は腐敗する傾向があり、絶対的権力は絶対的に腐敗する

— ロード・アクトン(イギリス歴史家、1834-1902年)

CBDC(中央銀行デジタル通貨)についての主流説明では、「キャッシュレス化の自然な進展」「決済効率の向上」が語られる。ワーナーが対談で解きほぐすのは、この説明の根本的な誤りである。

そもそもデジタル通貨は既にある。半世紀以上前から、銀行口座の数字はすべてデジタルだ。給与振込も、クレジットカード決済も、銀行振替もデジタル通貨で行われている。これをBDC(Bank Digital Currency、銀行デジタル通貨)と呼ぼう。

CBDCの新規性は「デジタル」にではなく「中央」にある。商業銀行を介さず、市民が中央銀行に直接口座を持つ。すべての取引が中央銀行のデータベースに記録される。BIS自身がこの本質を率直に認めている。「現金の重要な特徴は、保有や取引の集中記録が存在しないことである」「CBDCでは、口座は中央銀行が直接保有する。これによりすべての取引が中央銀行に対して透明になる」「完全な匿名性は妥当ではない」。これは公式文書の言葉だ。

CBDCには二つの設計上の特性が組み込まれる。
第一にプログラマブル性(programmability)——通貨に条件を埋め込める。期限切れ通貨(一定期間内に使わないと無効になる)、用途限定通貨(食料品のみ購入可能、ガソリン購入不可など)、地理的限定通貨(指定地域でのみ有効)。
第二に許可制性(permission-based)——個別取引が中央で承認される。「あの店での購入は許可しない」「移動制限期間中の宿泊料金支払いはブロック」といった操作が、技術的に可能になる。

ここで対談を貫いてきた問いが結ばれる。世界中で建設される巨大データセンター群、AI開発への天文学的投資。これらの物質的基盤は何のためにあるのか。CBDCを動かし、数百万人規模のマイクロマネジメントを実行するための装置として見るとき、すべては整合的に映る。

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03217/060300004/?i_cid=nbpnxt_child_parent

「結局便利になるならいいんじゃないの、悪用されなければ」。よく聞く反応だ。ただし、設計上の権限が実装されてしまえば、それは「悪用」ではなく「正当な使用」として作動する。法令違反ではなく、設計通りの動作になる。Lord Actonの命題は技術設計にも適用される。絶対的権限を備えた装置は、絶対的に運用される。

CBDCの監視機能とデジタルIDの設計思想については、グレートリセットが陰謀論だと考えるすべての人へ:WEFの野望を学術的に読み解くでBIS公式文書を引きながら詳細に分析している。

結論:112年後のルシタニア——歴史は反復するのではなく、構造を継承する

歴史を学ぶことが重要なのは、過去の事実が現在を理解し未来を予測する助けになるからだ

— リチャード・ワーナー

ルシタニアからホルムズへ、ベルリン・バグダッド鉄道から一帯一路へ、ライヒスバンクからECBへ、現金からCBDCへ。形態は変わっても、覇権国が台頭国を破壊する型、海洋権力が大陸ネットワークを切断する型、外部支配の中央銀行が国民経済を血抜きする型は継承される。歴史は反復するのではない。構造が継承されるのである。

ワーナーが対談で繰り返し提示する観察の道具立ては単純で実用的だ。次の偽旗工作が起きるとき、それはルシタニアと同じ四要素を持つだろう。
事前の文書記録(誰かが事前に何かを書き残している)、
利益関係者の事前認知(攻撃を予測できた立場の者が存在する)、
調査の異常性(公式調査が記録を封印する、または不自然に早く終結する)、
結果の戦略的整合性(誰の何の利益に結果が役立つかが明確)。
これらが揃ったとき、その時点で疑うべきである。陰謀論者として笑われることを恐れる必要はない。観測可能な事実から判定できる。

次のCBDC導入提案を見るとき、二つの設計上の特性に目を凝らせばよい。プログラマブル性と許可制性。これらが組み込まれているなら、それは便利な決済技術ではなく、設計上の統制装置である。
次の経済モデルによる政策正当化を聞くとき、その仮定群に目を凝らせばよい。仮定が結論を呼び込む構造になっているなら、それは予測ではなく、政策の事後的修辞である。

社会学者の見田宗介(1937-2022年)が『現代社会の理論(1996年)』で示したのは、覇権の物理形態から情報形態への移行という視点だった。鉄道と艦隊で支配された世界が、データセンターとアルゴリズムで支配される世界へと移っていく。問題はそのとき、抵抗の物質的基盤は何になるのか、という問いに変わる。

見田宗介

ワーナーの答えは具体的だ。
多数の小規模地方銀行、地域に根ざした信用、分散的決定、議会への民主的説明責任を持つ中央銀行設計、そしてプログラマブルでない現金
これらは「過去への懐古」ではなく、「未来を可能性として残すための物質的条件」である。日本にも、入会地、講、無尽、地方信用組合、地方の家族経営商店——それらすべてが、抵抗の物質的基盤の系譜だった。

歴史は反復するのではなく、構造を継承する。だが構造は、それを認識した者にとっては、また別の選択肢を呼び出すための道具にもなる。ルシタニアから112年経って、われわれが手にしている最も大切な道具は、過去の偽旗工作の細部を知っているという事実そのものだ。次のルシタニアが起きるとき、われわれはもう少し早く気づけるかもしれない。

参考資料

  • リチャード・ワーナー『円の支配者:誰が日本経済を崩壊させたのか』(原題:Princes of the Yen: Japan's Central Bankers and the Transformation of the Economy、2003年)

  • リチャード・ワーナー『Reinventing Central Banking』(2024年、未邦訳)

  • フレッチャー・プラウティ『秘密の政府:CIAと世界の運命』(原題:The Secret Team: The CIA and Its Allies in Control of the United States and the World、1973年)

  • トマス・マルサス『人口論』(原題:An Essay on the Principle of Population、1798年)

  • デヴィッド・リカード『経済学および課税の原理』(原題:On the Principles of Political Economy and Taxation、1817年)

  • ローマクラブ『成長の限界』(原題:The Limits to Growth、1972年)

  • ハルフォード・マッキンダー「歴史の地理学的枢軸」(原題:The Geographical Pivot of History、Geographical Journal、1904年)

  • 石田梅岩『都鄙問答』(1739年)

  • 柳田國男『遠野物語』(1910年)、『明治大正史 世相篇』(1931年)

  • 宮本常一『忘れられた日本人』(1960年)

  • 内山節『自然と人間の哲学』(1988年)、『貨幣の思想史』(1997年)

  • 福岡正信『自然農法 わら一本の革命』(1975年)

  • 宇沢弘文『社会的共通資本』(2000年)

  • 見田宗介『現代社会の理論:情報化・消費化社会の現在と未来』(1996年)

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