年下のミュージシャンとも気さくに交流するほか、精力的に音楽活動を続けるも、2016年9月6日、所属事務所により、「肝臓ガン」で入院中であることが発表されると、2017年3月1日には、78歳で他界された、かまやつひろしさん。
今回は、かまやつひろしさんが、「肝臓ガン」と診断されてから他界されるまでの経緯、死因、お別れ会の様子などについてご紹介します。

「【画像】かまやつひろしのスパイダース脱退以降の代表曲ほか経歴は?」からの続き
かまやつひろしは肝臓ガンで入院していることが所属事務所により発表されていた
かまやつひろしさんは、2016年9月10日、東京・かつしかシンフォニーヒルズで行われる「ムッシュかまやつ&泉谷しげるトーク&ライブ」に出演する予定だったのですが、
泉谷しげるさんが、同年9月5日、自身のブログで
大先輩であるムッシュかまやつ氏が体調不良により検査入院となり、今回のコンサートに出演できなくなりました
と、伝えると、
同年9月6日には、かまやつひろしさんの所属事務所も、かまやつひろしさんが肝臓ガンで入院中であることを発表しています。
(かまやつひろしさんは、2016年5月にも、7月7日に開催予定だった公演を「健康上の理由」で延期することを公式サイトで発表していました)
所属事務所によると、かまやつひろしさんは、同年5月、検査で「肝臓ガン」であることが判明し、通院治療していたそうですが、同年8月23日、脱水症状で緊急搬送され、そのまま検査入院となっていたといいます。
ただ、それでも、かまやつひろしさんは、
絶対復活するから心配しないでください!それまでいろいろご迷惑おかけします!
と、所属事務所を通し、コメントしています。
かまやつひろしは76歳の時に膵臓ガンが判明し摘出手術を受けるも肝臓に転移し余命宣告を受けていた
実は、かまやつひろしさんは、2015年5月に、黄疸(おうだん)が出たことから病院で検査を受けたところ、膵臓(すいぞう)ガンが見つかったそうで、
まもなく摘出手術を受けるも、翌年2016年5月には、肝臓へ転移し、ステージ4であることが判明していたそうで、すでに手術ができない状態で、しかも、余命宣告もされていたのだそうです。
そして、その後は、抗ガン剤治療を受けていたそうですが、そんな中、同年8月には、脱水症状で緊急搬送されて入院していたのだそうです。
かまやつひろしは余命宣告後に堺正章の70歳記念ライブに参加していた
そんなかまやつひろしさんは、その後、同年10月に退院すると、従妹の森山良子さんの自宅で療養しつつ、通院治療していたそうで、
同年12月8日には、「ザ・スパイダース」で共に活動していた堺正章さんの70歳記念ライブを観に訪れると、
当初は、客席で観ていたそうですが、堺正章さんの呼びかけに応じて、飛び入りでステージに参加し、堺正章さんの提案で、2人で顔を寄せ合い、かつての名曲「サマー・ガール」をデュエットし、観客を沸かせたのですが・・・

「サマー・ガール」を熱唱する、堺正章さんとかまやつひろしさん。
かまやつひろしの死因は?
2017年1月に入ると容態が悪化し、同年1月10日、都内の病院に入院すると、2017年3月1日18時5分、膵ガンにより、78歳で、東京都内の病院で、お気に入りのニット帽をかぶり、親族に見守られる中、穏やかに息を引き取ったのだそうです。
森山良子さんによると、かまやつひろしさんは、入院先の病院でも、ギターを弾きながら歌を歌っていたそうで、
最後まで音楽を肌身離さず、どんな時もムッシュらしい人生だった
と、語っています。
(実は、かまやつひろしさんが他界される6日前の2月23日、かまやつひろしさんの奥さんもガンで他界されているのですが、この時、かまやつひろしさんは意識が混濁した状態だったそうで、奥さんの死を知らされなかったそうです)
かまやつひろしの訃報に接し堺正章が会見を開いていた
ちなみに、「ザ・スパイダース」時代の盟友・堺正章さんは、かまやつひろしさんの訃報が報じられた際、親交のあった仲間たちが次々とお悔やみのコメントを発表する中、ショックのあまり、コメントを発表できずにおり、
同年(2017年)3月3日、都内で会見を開くと、とても憔悴した表情で、
全て納得するには時間が経っていない。気持ちの区切りは何日もかかる。かまやつさんとの全てが思い出になってしまった。まだまだ思い出を作れるんじゃないかという気持ちでいたのが僕の本心。押しつぶされそう
(2日に親族のみで行われた納棺式に参列し)お顔を拝見することができた。あの人から、あの笑顔はもう見れないのかと思うとつらい
(目をつぶると、かまやつひろしさんの笑顔が思い浮かぶと語り)あの笑顔はたまらないよ。だから、みんな参っちゃうんだよ
と、悲痛なコメントをしています。
また、堺正章さんは、かまやつひろしさんが、同年1月3日、森山良子さんに付き添われて自身の自宅に来たことも明かすと、その際、
堺正章さんが
時間がかかっても復活してほしい
と、話すと、
かまやつひろしさんが、
(堺正章さんを心配させないために)大丈夫だよ
と、答えたことも明かしているのですが、
これが最後の会話になってしまったといいます。
そして、堺正章さんは、時折、声をつまらせながら、
自分で表現することも素敵な人だったけど、人のいいところを見つけてあげるのがうまかった。そういう意味では音楽界にとって大事な存在だった。ああいう人がいなくなるのはつらい。亡くなってみたら、もっと大きな存在だったと思った
と、語ったのでした。
かまやつひろしの葬儀(密葬)は教会で営まれていた
ところで、かまやつひろしさんはキリスト教徒だったことから、2017年3月6日、東京・世田谷区の頌栄(しょうえい)教会で密葬がしめやかに営まれると、
従妹の森山良子さん、堺正章さん、吉田拓郎さん、松任谷由実さん、エッセイストの阿川佐和子さんら、60名が参列し、長男のTAROかまやつさんが喪主を務めています。
かまやつひろしの「スパイダース葬」(お別れ会)でオリジナルメンバーが20年ぶりに再集結していた
そして、2017年5月2日には、かまやつひろしさんの「スパイダース葬」(お別れ会)が執り行われ、
松任谷由実さん、森山良子さん、藤井フミヤさん、南こうせつさん、夏木マリさん、「THE ALFEE」ら関係者1000人が参列する中、
かまやつひろしさん愛用のギター7本やトレードマークのニット帽のほか、5,000本以上の花々に囲まれたかまやつひろしさんの遺影が祭壇に飾られ、笑顔のかまやつひろしさんが見つめる先に設営されたステージで、約20年ぶりに再集結した「ザ・スパイダース」のオリジナルメンバーがライブをしたそうで、

かまやつひろしさんの「スパイダース葬」。
まず、デビュー曲の「フリフリ」で幕が開けると、
司会を務めた堺正章さんが、
ザ・スパイダースでございます
と、自己紹介。
(万雷の拍手が起きたそうです)
そして、堺正章さんが、誰からも愛されたかまやつひろしさんを、湿っぽさを吹き飛ばすような音楽と笑顔で見送ろうと、
『偲ぶ会』では時間が足りないし、『お別れ会』では未練が残る。だから今日は『かまやつひろしと共に』という気持ちでいきましょう!
と、切り出すと、
- 「サマー・ガール」
- 「ノー・ノー・ボーイ」
- 「バン・バン・バン」(1,000人の参列者が手拍子で熱狂)
- 「あの時君は若かった」(全員で大合唱)
と、かまやつひろしさん作詞作曲の名曲が、次々と披露されたといいます。
また、その間には、堺正章さんと井上順さんの掛け合いもあり、
井上順さんが、
今にも『ようっ!』と(かまやつひろしさんが)現れそうですね
と、冗談を言うと、
堺正章さんも、
かまやつさんは遅刻の常習犯だったから
と暴露し、会場を笑わせたといいます。
そして、フィナーレでは、名曲「どうにかなるさ」を歌うかまやつひろしさんの生前の歌声とメンバーの生演奏で締めくくったそうで、まさに、「スパイダース葬」と呼ぶにふさわしいお別れ会になったといいます。
ちなみに、「ザ・スパイダース」でリーダーだった田邊昭知さん(現・「田辺エージェンシー」会長)は、かまやつひろしさんに、
近すぎる関係で面と向かっては言えなかったが、改めて感謝しています
と、静かに語りかけています。
「かまやつひろしの妻との馴れ初めは?子供(息子)はTAROかまやつ!」に続く
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