書籍要約『人間性の終焉 : なぜ私たちはラディカルな向上を拒否すべきか』ニコラス・アガー 2010

トランスヒューマニズム、人間強化、BMI未来・人工知能・トランスヒューマニズム

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『Humanity’s End :Why We Should Reject Radical Enhancement』Nicholas Agar 2010

『人間性の終焉 :なぜ私たちはラディカルな向上を拒否すべきか』ニコラス・アガー 2010

目次

  • 第1章 ラディカルな向上とは何か? / What Is Radical Enhancement?
  • 第2章 ラディカルな向上とポストヒューマニティ / Radical Enhancement and Posthumanity
  • 第3章 技術者—レイ・カーツワイルと加速収穫の法則 / The Technologist—Ray Kurzweil and the Law of Accelerating Returns
  • 第4章 機械への自己アップロードは良い賭けか? / Is Uploading Ourselves into Machines a Good Bet?
  • 第5章 治療者—オーブリー・ド・グレイと無視できる老化のための戦略 / The Therapist—Aubrey de Grey’s Strategies for Engineered Negligible Senescence
  • 第6章 誰が永遠に生きたがるのか? / Who Wants to Live Forever?
  • 第7章 哲学者—ニック・ボストロムと向上の道徳性 / The Philosopher—Nick Bostrom on the Morality of Enhancement
  • 第8章 社会学者—ジェームズ・ヒューズと道徳的向上の多様な道 / The Sociologist—James Hughes and the Many Paths of Moral Enhancement
  • 第9章 ラディカルな向上に関する種相対主義的結論 / A Species-Relativist Conclusion about Radical Enhancement

本書の概要

短い解説:

本書は、遺伝子工学、ナノテクノロジー、人工知能による劇的な能力向上(ラディカルな向上)がもたらす倫理的・社会的問題を批判的に検討し、人間性を保持する価値を擁護することを目的としている。

著者について:

著者ニコラス・アガーはニュージーランドのヴィクトリア大学ウェリントン校の哲学教授。生命倫理、心の哲学を専門とし、『リベラル・ユージェニクス』など人間の能力向上に関する著作を発表している。本書ではトランスヒューマニズムの主要な主張者たちと批判的に議論を展開する。

テーマ解説

本書は、人間の認知能力や寿命を現在の限界を超えて劇的に向上させる「ラディカルな向上」が、かえって私たち人間にとって価値ある経験を奪い、異なる種への移行となるという「種相対主義」の立場からこれを拒否すべきと論じる。

キーワード解説

  • ラディカルな向上:人間の重要な能力を、現在の人間の最大値をはるかに超えるレベルまで向上させること。例:アインシュタインを凌駕する知性、120年以上の寿命延長。
  • ポストヒューマン:ラディカルな向上を経て、もはや人間の種(ホモ・サピエンス)に属さないと判断される存在。生殖的隔離など生物学的種概念に基づいて定義される。
  • 種相対主義:ある種の成員が適切に価値づける経験や生き方は、別の種の成員にとっては同じ価値を持たないという立場。本書の批判的基盤となる。
  • シンギュラリティ:レイ・カーツワイルが予測する、技術進歩の加速が人間生活を不可逆的に変容させる未来の時点(2045年頃)。知性の劇的な向上と機械への意識のアップロードを含む。
  • 無視できる老化:オーブリー・ド・グレイが提唱する、老化プロセスそのものを修復・停止し、生物学的に若々しく健康な状態を無期限に維持する状態。

3分要約

本書『人間性の終焉』でニコラス・アガーは、トランスヒューマニストたちが主張する「ラディカルな向上」―すなわち遺伝子工学、ナノテクノロジー、人工知能による知性の劇的な拡張や寿命の無限延長―に根本的な疑問を投げかける。アガーは、これらの技術がもたらす利益は一見明白に思えても、その代償として私たちは「人間性」そのものを喪失する危険性があると論じる。

著者はまず、ラディカルな向上はその程度と方法において、受容者を生物学的な人間の種から脱却させ、ポストヒューマン(後人間)へと変容させるだろうと主張する。これは生殖的隔離や心理的な共感の欠如を通じて生じる。続いて、代表的な主張者であるレイ・カーツワイル(技術者)、オーブリー・ド・グレイ(治療者)、ニック・ボストロム(哲学者)、ジェームズ・ヒューズ(社会学者)の議論を詳細に検討する。

カーツワイルの「加速収穫の法則」に基づく機械への意識アップロード計画に対しては、そのリスク(意識の消滅)が利益を大きく上回る「セールズの賭け」を提示し、その合理性を疑う。ド・グレイの老化克服計画(SENS)に対しては、たとえ寿命が延びても、その生活は危険への過度な恐怖に苛まれ、多くの現世的な喜びや人間関係から疎外されたものになると批判する。ボストロムの「人間の価値観は暗黙のうちにポストヒューマンを志向している」という主張は、理想化された判断者と現実の人間の価値観を混同していると反論する。ヒューズの「民主的トランスヒューマニズム」による人間とポストヒューマンの調和的な共存構想は、ポストヒューマンの道徳性が我々人間にとって不利に働く可能性を看過していると指摘する。

最後にアガーは「種相対主義」の立場から、人間であることの価値を積極的に擁護する。劇的な認知能力の向上は自己疎外を引き起こし、子どもとの関係を断絶させ、スポーツなどの人間の偉業への共感を損なう。私たちは、客観的に劣っていても、人間的な経験の価値を優先する合理的な選択ができると結論づける。

各章の要約

第1章 ラディカルな向上とは何か?

ラディカルな向上とは、知性や寿命といった重要な人間の能力を、これまでの人類の最大値をはるかに超えて向上させることである。著者はこの思想の最近の歴史をジュリアン・ハクスリーから辿り、現代の代表的な主張者として技術者レイ・カーツワイル、治療者オーブリー・ド・グレイ、哲学者ニック・ボストロム、社会学者ジェームズ・ヒューズを挙げる。本書は気候変動問題と同じく「予防的アプローチ」を採用し、ラディカルな向上の危険性を示す責任はその主張者側にあるとする。さらに著者の立場である「種相対主義」、すなわちある種にとって価値ある経験が別の種にとっては無価値であるという見方を提示する。

第2章 ラディカルな向上とポストヒューマニティ

ラディカルな向上は、それがもたらす認知的な隔たりや心理的な障壁によって、受容者を生物学的種としての人間(ホモ・サピエンス)から脱却させる可能性が高い。著者は生物学的種概念を基に、ラディカルな向上が生殖的隔離を生み出す理由を分析する。心理的な障壁、例えば極端に異なる知能や寿命が、人間とポストヒューマンの間に配偶者やパートナーとしての相互認識を困難にする。これは単なる文化的な偏見ではなく、進化的に基盤を持つより永続的な障壁である。

第3章 技術者—レイ・カーツワイルと加速収穫の法則

カーツワイルは「加速収穫の法則」に基づき、技術進歩の指数関数的な加速が2045年までにシンギュラリティをもたらすと予測する。その過程で、我々は神経補綴物の埋め込みと段階的な脳の電子回路への置き換え(アップロード)を通じて、生物学的制約を超えた非生物学的な知性へと移行する。本章では、神経コードの解明や意識のハードルなど、脳科学がこの予測通りに進まない可能性を指摘する。また、カーツワイルの「なだらかな坂」論法を批判し、機械知性はたとえ人間から派生しても、その人間性は失われると論じる。

第4章 機械への自己アップロードは良い賭けか?

本章は、機械への意識アップロードを「セールズの賭け」として分析する。強いAI(機械は思考できる)が正しければアップロードは生存と劇的な能力向上をもたらすが、弱いAI(機械は思考をシミュレートするだけ)が正しければそれは単なる自己破壊である。アップロードの候補者は将来、遺伝子治療など脳を維持したままでも相当な能力向上を得られる可能性が高い。その立場から、死のリスクを冒してまでアップロードを選ぶ合理的な動機は弱い。さらにアップロードされた存在が本当に意識を持つかという問いは、哲学的な決着がついておらず、慎重な判断が求められる。

第5章 治療者—オーブリー・ド・グレイと無視できる老化のための戦略

ド・グレイは老化を「生きたことによる損傷」と定義し、その7つの原因を修復するSENS戦略を提唱する。彼の最終目標は老化を停止させた状態「無視できる老化」だが、重要な中間目標は「寿命脱出速度」、すなわち新たな治療法が寿命を延ばすペースが時間の経過を上回る状態である。本章では特に、癌を根絶するための過激な提案「WILT」(テロメア伸長の全身阻止)を取り上げる。これはテロメラーゼ遺伝子を細胞から除去するというものだが、その実現可能性と同時に、生殖能力とのトレードオフなど倫理的問題も孕んでいる。

第6章 誰が永遠に生きたがるのか?

無視できる老化がもたらす生活は、単に現在の生活の延長ではない。著者は、長寿を得た人々は危険への恐怖が極度に高まり、自動車の運転や登山など多くの活動を避けるようになると論じる。結果として、彼らの生活は家に閉じこもりがちになり、他者との直接的な接触も減るだろう。また、老化の停止は進化的な宿主‐寄生虫の軍拡競争において不利に働き、新たな感染症への脆弱性を生む可能性がある。さらに、寿命脱出速度の達成が社会的な格差を固定化し、治療実験の「医療徴用」問題を引き起こすリスクも指摘する。

第7章 哲学者—ニック・ボストロムと向上の道徳性

ボストロムは、向上反対論を「現状維持バイアス」という認知バイアスによる誤りと断罪し、「反転テスト」によってその非合理性を暴こうとする。さらに「ディスポジショナルな価値理論」を用いて、我々の真の価値観は完全な知識と熟考の下ではポストヒューマン的な状態を欲するはずだと論じる。しかし著者は、この理論における理想的な判断者はあくまで現在の人間の能力に基づいて判断するべきであり、ポストヒューマンの価値観を人間のそれに持ち込むことは誤りだと反論する。また、ボストロム自身の楽観的な未来描写は「フォーカリズム」(焦点化バイアス)の影響を受けている可能性を指摘する。

第8章 社会学者—ジェームズ・ヒューズと道徳的向上の多様な道

ヒューズは、人間とポストヒューマンが共存する社会においても、「人格」という種を超えた概念に基づく市民権によって調和が可能とする「民主的トランスヒューマニズム」を提唱する。しかし著者は予防的アプローチから、ポストヒューマンの道徳性についてより悲観的な予測も考慮すべきと論じる。社会契約説を発展させたポストヒューマンは、交渉力の差から人間を劣った立場に置くかもしれない。また帰結主義を取る場合、より高度な意識を持つポストヒューマンの幸福を優先し、人間の犠牲を正当化する可能性がある。著者はポストヒューマンの存在を予防すること(「単なる存在的偏見」)は、既存の人種差別などとは倫理的に区別され許容されると結論づける。

第9章 ラディカルな向上に関する種相対主義的結論

著者は人間であることの価値を積極的に擁護する。極度の認知能力の向上は、現在の自分と未来の自分の間の連続性を断ち切り、愛する人々や趣味への関心を喪失させる「自己疎外」を引き起こす。また、子供をラディカルに向上させることは、親との共有経験を損ない、関係を断絶させる。さらに、私たちがスポーツの偉業に感動するのは、自分と連続性を持つ「人間」が限界に挑む姿に共感できるからであり、ドーピングやポストヒューマンの記録はこの価値を損なう。私たちは客観的に劣っていても、人間的な経験の価値を選ぶ合理的な種相対主義的な選択ができると結論づける。


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