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てらまっと
@teramat
ごくごくインディーな批評サイト「週末批評」の管理人。低志会メンバー。時々批評っぽいものを書いたりします。ご用件はteramateram●gmail.comまで
山と海の間
Born November 17
Joined October 2009
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    美術手帖7月号の最後のほうに2万字くらいの評論を掲載してもらっています。わりといつもの感じですが、おもしろいと思うのでぜひ🙏
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    京王線のやつ、「最初はハロウィンかと思った」っていう乗客の証言がリアルで怖い
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    “主人公となるのは、無職のオッサンNate。落ちこぼれで何の魅力もない男だという。どうやら実家住みのようだ。しかし、Nateは“特別な力”があることに気付く。片方の足を、もう片方の足の前に出すという力である” 名文だ 無職オッサン歩かせゲーム『Baby Steps』発表
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    ゆるキャンはけいおん等と比べて女子グループ内の同調圧力が意識的に低く抑えられていて、キャンプをするときにも参加を直前まで保留したり、別行動したりとキャラクターが自律的に行動しているところが非常に良いという解説を妻から聞いてなるほどと思った
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    ドカ食いもサウナも過剰飲酒もやらないからよくわかんないけど、かつては祭り的なものが担っていた集団的な酩酊というか陶酔というか脱自の経験が良くも悪くもどんどん個人化されていって、性行為も難しくなって、孤立した人間の自己破壊的な超越という感じがしなくもない
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    「ゴールデンカムイは政治的に正しい」みたいな言い方で個人的に気になっちゃうのは、その命題自体の正誤よりも、自分の好きなフィクションを好きと言うときに“社会”を迂回しないといけない、社会規範的に正当化可能でなければいけない、という意識がありそうなところ
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    「推し」とかもそうだけど、進化心理学的に「子育て」に使われるはずの認知バイアスとか報酬系とかなんかそういうのが、広義のキャラクター主導型のコンテンツ産業にハックされてるんじゃないか、みたいな議論はあるよね
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    高木さんも長瀞さんも宇崎ちゃんも、からかいやイジりやウザ絡みを通じて奥手な男性主人公に男らしさを強制インストールして近代的個人として自立させて自分を伴侶をとして選んでもらう=選ばせる、という圧倒的な母性の話だと思うのだが、それが軒並み完結しつつあるのは一時代の終わりと言ってよい
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    拡大自殺とか新宗教とかアイドルとかホストとかの問題を見てると、やっぱり人間は弱いのでなにかしらの広義の依存先みたいなのが必要になり、壊れた家族や地域共同体のかわりに種々のフィクションや宗教やアイドルがそこを埋めてきたのだと思うが、ここにきて軒並み爆発炎上してる感じがある
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    家に岩波文庫が全巻揃ってるとか幼少期からピアノとヴァイオリンやってるとか、そういう都心部の文化エリート連中に対してわれわれ郊外民に与えられたのがブックオフとかアニソンとかラノベ図書館とかで、消費社会と大衆文化を肯定する以外に闘うすべはなかったんだよ
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    けいおんがブルジョワというのは当時から言われていて、そもそも日常系アニメ自体がゼロ年代後半の失われた何十年やらデフレ経済やら非正規雇用やらの経済的な苦しさや見通せなさのなかで夢見られたカッコつきの「日常」だったわけで、そのあたりの話は『“日常系アニメ”ヒットの法則』にも書いてある
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    原作読んでない人間からすると、アニメのスナックバス江はらきすたとかゆるゆりの系譜をスナックに落としたような感じで結構好きだった。童貞こじらせてる森田が「無敵の人」にならずに、かまってもらえるコミュニティにたどり着けてよかった、みたいな。原作がそういう話じゃないのはなんとなくわかる
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    アイドルでも芸能人でもなんでもそうだけど、やっぱり生身の人間が偶像やるのはよくないよ。天皇制も段階的に初音ミクにしていくべきだと思うよ
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    「異常独身男性」とかもそうだけど、「中年男性は狂う」みたいなレトリックにはあえて自分を下げてネタにする自虐的自己愛っぽい響きがあって、そのこと自体がとてもセルフネグレクト的で、しかしそういう論法でしか語るすべを持たない、という感覚もなんとなくわかってしまうのよね