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山本 啓一
@kyamamoto
2001-2016 九州国際大学。2016- 北陸大学。 大学リーダー研 sites.google.com/view/college-l… デュアルキャリア研 sites.google.com/view/dual-care… 初年次教育、教育改革、地域防犯等
石川 金沢市
Joined November 2007
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    これまで文科省や中教審は、大学進学率が上昇して大学の機能が多様化することを前提に大学教育改革の議論を進めてきた。学士力答申に使われてきた「ユニバーサル段階」という言葉は、アメリカの社会学者マーチン・トロウの用語であり、そもそもはアメリカ国内の進学率上昇に伴う変化の話である。
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    日本の大学は長年「入るのが難しく、出るのが簡単」と言われてきた。東大卒とか早稲田卒の本当の意味は「東大入試合格」「早稲田入試合格」である。難関入試をくくり抜ければエリート、という考え方は1990年代半ばの私の学生時代にはまだあった。それは反面、入学後の教育が問われないことでもあった。
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    「碌に勉強もせずサークル・合コン・遊んでばっかりの学生」って思ってる人がいるみたいだが、いい加減80年代後半のねるとん紅鯨団とポパイの呪いから覚めた方がいいと思う笑 そういう時代から30年以上たってるんですよ。
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    私学への補助金(私学助成)がなぜ導入されたか。背景を知らない人があまりに多い。1970年代まで私学は学生入れ放題で、入学したはいいが教室には入れない、食堂も使えないっていうくらい、儲け主義全開だったんですよ。それを糾弾したのが学生たちの「マスプロ教育反対」
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    なんでみんなそんなに高卒で働かしたがるんでしょうね。専門学校、短大、大学に行かずに、高卒で働きたい人って、13万人ぐらいで、同世代の15%ぐらいですよ。専門学校や短大にも行かないほうがいいってことですかね?
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    山形浩生さんも知らない日本の文系大学院事情。2000年ごろまで日本の文系は課程博士号を一部の留学生にしか出さなかったんです。脂が乗った研究書を出版してはじめてそれが論文博士の審査対象になる感じで。だから今の50歳半ばの研究者は博士課程に行っただけの人が多い。博士号はあとから取るものと。
    博士課程満期退学ってのはよくわからん。必要な単位は取ったけど、論文出してディフェンドはしてませんってこと? 博士号は取ってないことになるの?
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    こんなの1年生の初年次教育でちゃんとやれば、すぐに直る話です。就活の時点ではじめて文章がおかしいことに気づかれるってことは、その大学の教育プログラムが機能していないってことかと。あと、句読点がおかしい学生って、「黙読ができない」ってことです。小学校3年で躓いていたんですよ。
    偏差値35がトレンドワード入り。 元がこれらしい。 ES添削を20年くらいやっている経験から言うと、学生の文章、大学偏差値はあまり関係ない。 悪文にしない工夫をしているかどうか、そちらの方が大きい。 具体的には「長文にしない」「文末は適度に変える」の2点。
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    学生のインターンシップ参加に伴う授業欠席の是非。その前に、そもそもCAP制度(単位数の上限設定)を厳しくすべきではないでしょうか。4年間で124単位ならば、当然1年間のCAPは30数単位でよいはず。なのにほとんどの大学が1年間で40単位以上履修できることがそもそも問題ではないでしょうか。
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    当時の文部省は、私学に対して、儲け主義を抑えて教育重視に転換してくれ、その代わり補助金出すということになりました。だから、私学助成金をやめれば、定員関係なく学生を入学させる大学が出てきて(というかみんなそうなる)、再び学生が「マスプロ反対」の運動を始めるかも。
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    以前のこのポスト、マーチン・トロウを援用しながら、大卒者が増えていくことで、それまで高卒メインの仕事に大卒者が「下りていき」、大卒者が仕事の質を変化させていくのだ、という話をした。私がよく知っている職業で言えば、警察官はその典型例だと思う。
    これまで文科省や中教審は、大学進学率が上昇して大学の機能が多様化することを前提に大学教育改革の議論を進めてきた。学士力答申に使われてきた「ユニバーサル段階」という言葉は、アメリカの社会学者マーチン・トロウの用語であり、そもそもはアメリカ国内の進学率上昇に伴う変化の話である。
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    はい。そもそもは長い間日本の大学がライティング指導をやってなかったからで、日本の初等中等の先生方が、ライティングの基本を身に付けてないのです。だんだん変わってきたとはいえ起承転結とかいまだに言っちゃう先生もいるみたいだし。多くの学生は偏差値関係なく文章作法を教わってないだけです。
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    日本は昔から教育機関が育てる人材よりも、早熟の秀才・天才にばかり注目が集まるので、教育機関の「質保証」の考え方がなかなか広がらないのだと思います。
    東大や京大の法学部なんか、一番優秀な人は学士採用副手で、大学院にすら行かずに研究者・大学教員になってたからね。丸山眞男とか。
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    今は、新学部設置とかそういうのがあるから、定員は他の方法でも縛ってるわけですが、そもそも、「補助金なんかいらん」という、みんなが評価している大学がどういう大学だったかは、ニュースに残ってるんじゃないですかね。
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    Replying to @kyamamoto
    1975年から1990年にかけて、18歳人口が増加することで進学率が徐々に低下し、入試が難関化していく中で、大学合格とは、人生を決めるパスポートと考えられていた。実際、就活の時でも、難関国立とその他の大学では選抜プロセスが全く違うというエピソードがあったくらいだ。大学名で人生が決まると。