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宮本海王
@aiki_1582
哲学の博士課程です。法学部出身。専門→キルケゴールのドイツ観念論的解釈。実存思想。 / 趣味→漫才鑑賞、ABEMAバラエティ、漫画、武道(色々)等です。/ 専門だけに閉鎖せず、分野横断的に勉強するのが好きです。
ぺんぎゅむら
Joined December 2017
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    最近のトレンドが、カテゴリーの出現の仕組みなんだけど、 「私」をこのように捉えれば、「自己―神」の対立から、様々な宗教的カテゴリーが出現する仕組みが現れると思うんだよなぁ。 そして、このカテゴリーは実存的カテゴリーでもあるから、その出現にともなって、自己は新たな変数を獲得する。
    「私」は多分、実体でも起点でもなくて、操作行為が対象化され、対象化された秩序とそのズレによって立ち上がる後付けの中継地点だと思うんだけど、 そうすると、キェルケゴールの自己意識論も、現代の哲学の前進のために接続させるには、従来の解釈からは大幅に変更させなきゃいけない。
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    なんで法学部だったぼくが哲学の道に進んだかというとね、たまたま教養科目として受けた倫理学の講義を通して「昔の自分の疑問は語って良いものだった!」という感動を覚えたからなんだよ。
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    Replying to @aokiuhei
    最後にウザって言った女の子が彼に憧れて教師を目指すところまで見えた
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    ぶっちゃけね、哲学はじめて1,2年の初心者さんが、指南役もなしに古典を読むって無謀だと思うの。 分からないのは全然いいんだけど、誤読が厄介。研究ってのは、先行研究の上に成り立つもの。だから正統的な解釈の知識も必須。 ならどうするかって?学会や読書会で専門家とコンタクトとるんだよ
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    Replying to @aiki_1582 @AsosanTaro and @Kamohai_
    ここで勝てないからこそ、プロレスは強いんだ
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    デマ注意! 「女の子へのクリスマスプレゼントはネックレスがオススメ」というデマが流れていますが絶対に信用しないでください! 女の子が本当に望んでいるものは『キルケゴール著作集』(完本)(税込¥16500)です!
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    これ、3億回くらい言うんだけど、 宗教学をなめてる現代人より、中世の神学者のがよほど論理的だからね。
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    昨日、先輩と話したんだけど、哲学が(学術的なものに限らず日常に浸透している)既存の概念について解体したところで、すぐさま現実までもが変わるわけではないことには注意しないといけないよな。 二分法コードを理念的に解体したところで、やっぱり俺らは美醜や善悪を想定して生きているわけで。
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    Replying to @aiki_1582
    小学3年生のころのぼくは 「図形は作図した時点でその図形でなくなるはずだよな。本当の図形はどこにあるのだろう」とか 「もし生まれなかったとしたら喜怒哀楽の全てはなかったわけだから、それが最も安定した幸せではないか」とかよく考えていた。
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    Replying to @aiki_1582
    それから私は語るのをやめた。 語るのをやめて10年が過ぎようというころ、学部の講義でなんとなく受講した倫理学に衝撃を受けた。 私が当時語るのをやめたことは、語ってよかったんだ!それどころか学問として成立していたのか!という衝撃。この衝撃は、私の人生を決定づけるのに充分だった。
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    1,2年生を相手に実存哲学の講義をしました。 みなさん、一生懸命メモをとったり、質問をしに来てくれたりして嬉しかったです。 特に講義終わりに、個別にお礼を言われると幸せですね。こちらも真剣に準備して授業した甲斐があります。
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    Replying to @aiki_1582
    ただ、ひとつ分かってほしいのは、決して生きるのがつらかったとか、鬱病だったとかいうんじゃないんです。 あくまで “論理的な帰結” としてそうした疑問が思い浮かんでしまい、論破したくても出来なかった。 しかし、この話をどの先生にしても「生きたくても生きられなかったひともいるのよ」とか
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    Replying to @aiki_1582
    と、皮肉はさておき、私は本当に鬱病ではなかった。何度もいうが、あくまで論理的な帰結として「生まれないことの安定さ」に辿り着いてしまったのだ。 そのとき小さな私が学んだことは「世の中には語ってはいけない疑問がある」ということだった。まわりを心配させ、煙たがられる質問がこの世にはある
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    Replying to @aiki_1582
    「そういうことをいうと、生んでくれたご両親に申し訳ないよ」といった何の返答にもならないものしか帰ってこず、やがて鬱病さえ疑われてしまった。 もし、私が鬱病だったとすれば、それはたかが小学3年生の疑問にも真正面からともに悩んでくれなかった当時の先生たちの情けなさが原因だ。