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“神の声” と称される伝説的音楽家ミルトン・ナシメント、

その半生と2022年最後のツアーに迫った圧巻のドキュメンタリー。

ミルトンを崇拝する57名による証言と、

本人のインタヴュー&ライブフッテージで綴る115分。

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恵比寿ガーデンシネマ 109シネマズプレミアム新宿
アップリンク吉祥寺 小山シネマロブレ
ミッドランドシネマ名古屋空港 ナゴヤキネマ・ノイ
*7/4公開
テアトル梅田
​他にて全国順次ロードショー
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​[ MILTON BITUCA NASCIMENTO | 2025年度 | ブラジル映画|ポルトガル語|115分|5.1ch | 2.39スコープ | DCP・Blu-ray | 映倫区分G]

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ビトゥーカとは?

映画のタイトルにもなっている“ビトゥーカ”とは、タバコの吸い殻を意味する言葉。幼い頃に唇を尖らせる癖があったことから付けられた、ミルトン・ナシメントの愛称である。

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なぜミルトンは、これほどまでに

多くの音楽家たちを魅了し続けてきたのか?

80歳を迎えた2022年、ミルトン・ナシメントはブラジルから欧米17都市を巡る最後のワールドツアー「A Última Sessão de Música(最後の音楽セッション)」を敢行する。本作は、その旅に寄り添いながら、60年に及ぶ音楽人生の軌跡を辿るドキュメンタリーである。

 

“ブラジルの声”と呼ばれるミルトンは、同世代のジルベルト・ジル、カエターノ・ヴェローゾ、シコ・ブアルキらと共にMPB(ブラジル・ポピュラー・ミュージック)の黄金時代を築き上げた。彼の音楽には、アフリカ系ブラジル人としてのルーツを基盤に、ブラジル各地の伝統音楽、キリスト教音楽、ジャズ、ロックなど多彩な要素が息づいている。

また本作は、人種差別や1964年から続いたブラジル軍事独裁政権といった、彼の人生と創作を取り巻く歴史にも静かに光を当てる。数々の困難を乗り越えながら生まれた歌の数々は、時代や文化を超えて人々の心に響き続けている。

 

これは単なる伝記映画ではない。“神の声”と称されたミルトンの歌声が、聴く者の心に深く刻まれ、その余韻が世界のさまざまな場所で新たな表現を生み出していく様を映し出した作品である。その歌は世代や国境を越え、今なお多くの人々の人生に寄り添い続けている。

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ミルトンを語る57人の証言者たち

本作には、ミルトン・ナシメントを語る総勢57名もの音楽家や文化人が登場する。カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、シコ・ブアルキ、シモーネといったブラジル音楽界の巨人たちをはじめ、パット・メセニー、ポール・サイモン、クインシー・ジョーンズ、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、エスペランサ・スポルディングら世界のトップアーティストたち、さらには映画監督スパイク・リーもその一人である。

彼らは映画の解説者ではない。それぞれがミルトンとの記憶を語り、自らが受け取った感動や驚きを、自身の言葉で伝えていく。57人の証言が積み重なることで浮かび上がるのは、一人の伝説を称える肖像ではなく、一つの歌声がいかに広く、深く、人々の心に届いてきたのかという軌跡である。

 

彼らの言葉は、まるで遠くまで届いたこだまが再び返ってくるように、ミルトンの音楽が世界に残してきた響きを観客へと伝えている。

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作品を支える二人の女性

─ ブラジルを代表するライブ演出の名手と

世界的名優のナレーション

監督はフラヴィア・モラエス。長年にわたりブラジル音楽シーンの第一線で活躍し、数多くのコンサート映像や音楽ドキュメンタリーを手がけてきた彼女は、ミルトン最後のツアーに寄り添いながら、その舞台裏や旅路の空気、そしてステージの熱狂だけではない素顔の時間を丁寧に映し出していく。

本作は記録映画でありながら、同時にひとりの芸術家の内なる風景を見つめる作品でもある。仲間たちと笑い合い、家族と語らい、静かに人生を振り返るミルトンの姿からは、長い旅路を歩んできた一人の人間の温もりが伝わってくる。その繊細な視線は、音楽と共に生きてきたモラエスだからこそ可能だったのかもしれない。

 

さらに、『セントラル・ステーション』で知られるブラジル映画界の至宝フェルナンダ・モンテネグロがナレーションを担当。ブラジル文化を代表する二人の女性が、本作に確かな品格と深みを与えている。

モンテネグロの慈しみに満ちた語りは、まるでミルトンの人生そのものを抱きしめるかのように映画全体を包み込み、その音楽が辿ってきた時間と記憶を観客へと手渡していく。彼女の声は旅の記録を一篇の詩へと昇華し、本作に静かな余韻を残している。

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エコーの彼方へ ─ ミルトン・ナシメントという宇宙

​中原仁 (音楽プロデューサー・本作総合監修)

ミルトン・ナシメントの愛称、ビトゥーカはタバコの吸い殻のこと。幼い頃、不機嫌になると唇を、タバコを吸うように尖らせる癖があったことがニックネームの由来だそうだ。

『ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー』は "エコー"、このキーワードで始まる。38年前、初来日したミルトンにインタビューした際、「ミナスの風土があなたの音楽に与えた最大の影響?」という最初の質問に、彼は「エコーだ」と答え、残響、こだまについて話してくれた。

映画の中で、ドラマーのスティーヴ・ジョーダンが、1975年、ウェイン・ショーターのアルバム『ネイティヴ・ダンサー』を聴いてミルトンの歌声と出会ったと話していた。僕も同じ時期、同じ体験を通じてミルトンを知り、そこからブラジル音楽の甘美な沼に一気にハマっていったのだった。

個人的な話はさておいて、この映画は本当に見どころが満載。ミルトン自身の歌声とコメントのみならず、彼よりもずっと年下にあたる音楽家たちも、とても印象的だ。

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ブラジル人ではないが、何度も登場して歌い、演奏し、語る、エスペランサ・スポルディング。彼女は映画の撮影後、ミルトンを全面的にフィーチャーした、愛と敬意あふれるコラボ・アルバムを録音、発表した。

アミルトン・ヂ・オランダがソロで演奏するバンドリンに乗って、ミルトンが20代の時に書いた「モーホ・ヴェーリョ(古い丘)」の歌詞を朗読する、マノ・ブラウンとクリオーロ。仲良しだった農園主の息子と労働者の息子が成長した後、交わることがなくなった人生を描いた、映画のテーマになりそうな歌詞だ。

30代前半のチン・ベルナルデス、20代のゼー・イバーハとドラ・モレレンバウムが歌う、実質的なエンド・テーマ曲「アニマ」。

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ミルトンの音楽が若い世代の音楽家にインスピレーションを与え、彼らが歌い継いでいく・・、ブラジルならではのバトンがある。

そして最後に、90代で語り部をつとめたブラジル最高の俳優、フェルナンダ・モンテネグロ。彼女の語り声にも、ミルトンの歌声と同じように特別なオーラがある。

ビトゥーカことミルトン・ナシメントが運転する列車に乗って、彼の故郷ミナスの山間をめぐる旅。車輪の音がミルトンの曲のリズムを刻み、窓辺から広がる自然の風景がミルトンの人生と二重写しに。そしていつしか列車は銀河鉄道に・・・。そんな、イマジネーションをこの上なく刺激してくれる映画だ。

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なかはらじん

音楽・放送プロデューサー/選曲家

1985年以来50回近くリオを訪れ、取材のほか、現地録音のCD約15タイトルの制作に従事。J-WAVEの長寿番組「サウージ!サウダージ…」などラジオの番組制作/選曲、コンピレーションCDや空間BGMの選曲、イベントやライブの企画プロデュースを行ない、ライター、DJ、MC、カルチャーセンター講師もつとめる。

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O Sagrado Coração de Minas

最後の旅を記録するのではなく、

その遺産を未来へ渡したかった

フラヴィア・モラエス​監督 インタビュー

ブラジルを代表する音楽家ミルトン・

ナシメントの最後のワールドツアーを

追ったドキュメンタリー『ビトゥーカ

ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー』。監督のフラヴィア・モラエスは、本作を単なる音楽ドキュメンタリーや伝記映画ではなく、「ひとりの芸術家の魂を探るロードムービー」として構想したという。

企画はミルトン本人と息子アウグスト、そして音楽監督ヴィクトル・ポザスから持ち込まれた。コロナ禍を経て最後のツアーを記録したいという思いから始まったが、当時のミルトンは体力的に非常に厳しい状態にあり、歩くことさえ容易ではなかったという。モラエス監督は撮影前に彼と時間を過ごし、「本当にこの旅を映画として残す覚悟があるのか」を確かめた上でプロジェクトをスタートさせた。

監督によれば、撮影は毎日が予測不能だった。ニューヨークでは突然スパイク・リーが現れ、別の日にはポール・サイモンが会場を訪れるなど、ミルトンを敬愛する世界中のアーティストたちが自然と映画に加わっていった。そうした偶然の出会いこそが、本作の大きな魅力になっているという。​

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映画の重要なテーマは「なぜミルトンがこれほど愛されているのか」である。監督自身、ミルトンという人物よりもむしろ、彼の音楽によって人生を変えられた人々の姿に強く惹かれたと語る。作中にはミュージシャン、作家、映画監督、活動家など多彩な証言者が登場するが、その目的はミルトンの功績を列挙することではなく、彼の歌が人々に与えてきた感情や記憶を映し出すことにあった。​また監督は、ミルトンの音楽を理解することはブラジルという国を理解することにもつながると考えている。作品ではリスボン、ヴェネツィア、ロンドン、ロサンゼルス、ニューヨーク、ベロオリゾンチ、リオデジャネイロなど世界各地を巡りながら、彼の音楽が持つ精神性や普遍性を探求している。ミルトンの作品に宿る信仰、郷愁、混血文化、そして深い人間愛は、ブラジルの魂そのものを映し出していると監督は語る。​モラエス監督は最終的に、この映画を「偉大なスターの伝記」ではなく、「世界中の人々がミルトンに捧げるラブレター」として完成させたかったという。ツアーの記録でありながら、その本質は音楽が人々を結びつける力を描くことにあった。『ビトゥーカ』は、一人の伝説的音楽家の引退を見届ける作品であると同時に、彼が残した遺産がこれからも未来へ受け継がれていくことを証明する映画なのである。

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Adeus aos palcos. Nunca à música.

音楽は終わらない ――

ミルトン・ナシメント、最後のツアーの先に見つめたもの

稀代の天才芸術家がファイナルツアーで残したいくつかの言葉

2022年、ブラジル音楽界の至宝ミルトン・ナシメントは、「A Última Sessão de Música(最後の音楽セッション)」と題したフェアウェルツアーを開催した。60年以上に及ぶキャリアの集大成となるこのツアーは世界中で大きな話題を呼んだが、ミルトン自身は「引退」という言葉に違和感を抱いていた。

 

「人々は私が引退すると言う。でも私は音楽をやめるわけではない。ツアーをやめるだけなんだ。」

 

彼はインタビューで繰り返しそう語っている。長年続けてきた世界ツアーは、年齢や健康面を考えれば決して容易なものではなかった。しかし音楽への情熱が失われたわけではない。むしろ彼にとって音楽とは、仕事やキャリアを超えた、生きることそのものだった。

 

「私は作曲を続けるし、歌い続ける。音楽から離れることはない。そんなことは想像もできない。」

 

ミルトンが最後のツアーを決意した背景には、新型コロナウイルスによるパンデミックの経験があった。世界中の公演が中止となり、彼は故郷ミナス・ジェライス州で静かな時間を過ごした。その数年間は、自らの人生を見つめ直す機会になったという。

 

「家にいる時間が長くなって、自分が本当にやりたいことを考えるようになった。もう飛行機に何十時間も乗って世界中を回る必要はないんじゃないかと思った。」

 

しかし、その一方で彼は音楽家としての人生を振り返り、改めて感謝の気持ちを強くした。

 

「私は音楽によって世界を見ることができた。音楽がなければ、こんな人生はなかった。」

 

ミルトンの発言の中で特に印象的なのは、「友情」について語る時である。彼は自身の成功について尋ねられると、決して才能や努力だけを強調しない。

 

「私の人生は友情によって作られた。」

「私はいつも言うんだ。友情がなければ道ひとつ渡れない、と。」

 

その言葉には誇張ではなく実感が込められている。ロー・ボルジェス、トニーニョ・オルタ、フェルナンド・ブランチら『クルビ・ダ・エスキーナ』の仲間たち、そして世界各地で出会った音楽家たちとの交流こそが、自分の音楽を育ててくれたと考えているのだ。

実際、最後のツアーには世界中から彼を敬愛するアーティストたちが集まった。パット・メセニー、ポール・サイモン、スパイク・リー、エスペランサ・スポルディングなど、多くの著名人がミルトンへの愛情を公言している。

 

そのことについて尋ねられた彼は、少し照れながらこう答えている。

 

「私は有名になりたくて音楽を始めたわけじゃない。ただ友人たちと音楽を作っていただけなんだ。」

 

そして、世界中で愛される理由についても、特別な分析をすることはなかった。

 

「それは私にもわからない。でも、もし誰かの人生に少しでも寄り添えたなら、それは幸せなことだ。」

 

2022年はブラジル社会にとっても大きな転換期だった。政治的な分断が続く中、ミルトンは民主主義や人権についても率直に発言している。軍事独裁時代を経験した世代として、自由の大切さを誰よりも理解していた。

 

「私たちは再び愛を学ばなければならない。」

「憎しみは何も生み出さない。」

 

彼の言葉は政治的スローガンではなく、人間への深い信頼から生まれているように聞こえる。

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また、ミルトンは故郷ミナス・ジェライスへの愛情を生涯持ち続けた。世界中を旅しても、自らの創作の原点は常にミナスにあった。

 

「私は世界中を旅してきた。でも心はいつもミナスにある。」

 

山々に囲まれた風景、人々の慎み深さ、教会の鐘の音、幼少期の記憶。それらすべてが彼の歌の中に息づいている。

 

2022年11月13日、故郷ベロオリゾンチのミネイロン・スタジアムで行われた最終公演には約6万人が集まった。ブラジル中が涙した歴史的な夜だったが、当の本人はどこか穏やかだった。

 

「終わりだとは思っていない。」

「人生は続くし、音楽も続く。」

 

そして最後に、彼はフェアウェルツアーの意味をこう語った。

 

「これは別れではない。ありがとうと言うための旅なんだ。」

 

その言葉どおり、『ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー』に映し出されているのは、伝説の終幕ではない。友情、愛、記憶、そして音楽に支えられて歩んできた一人の芸術家が、人生の新しい章へと向かう姿である。

 

「ステージには別れを告げる。でも音楽には決して別れを告げない。」

 

その一言こそが、ミルトン・ナシメントという存在を最もよく表しているのかもしれない。

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Quando você foi embora

fez-se noite em nosso viver

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©︎ GULLANE ENTRETENIMENTO S.A / ReallyLikeFilms + Palmyra Moon 2026
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