Jazzと読書の日々

iPadを筆記具として使う方法を模索します

Obsidian:キャンバスを HyperCard 化する

確かにそれは考えました。

HyperCard

というか、パワーポイントみたいなことができるなあ、と。 キャンバスを触っていると感じます。 そしてリニアなパワポより柔軟。

キャンバスってリンクにできるんですよね。 他のキャンバスを開く方法がデフォルトである。 すると、それを利用することも考えたくなります。

リンク化

Wikiリンクを使います。

[[hogehoge.canvas|🔜]]

パイプで絵文字を追加するとわかりやすい。

リンクをクリックすれば

別のキャンバスが開きます。 グループ化すれば壁紙をつけることもできる。 これでキャンバスを渡り歩くのもありですね。

まとめ

この方法は「作品」です。 誰かに見せるためのキャンバスになる。

一つのキャンバスにいくつも図表を貼り付けておいて、 プレゼンするときズームしながら使う。 PDFとかの資料も表示できる。 エッジを使って関連性も示せる。 生の思考に近いところを追体験してもらえる。

HyperCard は HTML に受け継がれた。 インターネットはその末裔。 HTML はリニアなものをネットワークに変えました。 そのネットワークを再び「考えること」に取り込めるかが、 たぶんキャンバス・システムになるかと思います。

Obsidian:現在形の CaOS.css

大きく改造しそうなので、 とりあえずのスナップショット。

キャンパス・ノート・システム

あれからちょこちょこ手を入れました。

caos.css

CSS Editor にコピペしてください。

.canvas-wrapper {
  background-image: url("画像のURLアドレス");
  background-size: cover;
  background-repeat: no-repeat;
  --shadow-stationary: none;
  --list-marker-color: var(--ax1);
  --list-marker-color-collapsed: var(--ax1);
  --list-bullet-size: 0.4em;
  
.canvas-background,
.canvas-card-menu {
  display: none;
}

.canvas-node-container {
  border: 1px solid lightgray !important;
}

.canvas-node-collapse-control {
  font-size: 80%;
}
  
.canvas-menu {
  opacity: 0.8;
}

.canvas-menu>button[aria-label="編集"],
.canvas-menu>button[aria-label="Auto height"] {
  display: none;
}

.canvas-node:hover {
  transform: translateY(-2px);
  box-shadow: 0 8px 24px rgba(0, 0, 0, 0.15) !important;
}

.markdown-preview-section {
  color: navy;
  font-size: 20px;
  font-feature-settings: "palt" on;
  line-height: 1.8em;

h1, h2, h3, h4, h5, h6 {
  color: var(--ax1);
  font-size: 1rem;
  font-weight: bold;
  border-bottom: 1px #eee solid; 
}

}
}

/* Zenモード */

.workspace-tab-header-container {
  display: flex;
  height: 6px;
  opacity: 0;
}

.cm-scroller {
.cm-line {
  color: navy;
}

.cm-line.cm-active {
  background: whitesmoke;
}

.HyperMD-header {
  color: var(--ax1);
  font-size: 1rem;
  font-weight: bold;
  border-bottom: 1px #eee solid; 
}

}

.suggestion-item.is-selected,
.vertical-tab-nav-item.is-active {
  color: white !important;
  background: var(--ax1) !important;
}

.mobile-navbar {
  display: flex !important;
  opacity: 0.8;
  transform: scale(0.8);
}

.view-header {
  position: absolute;
  right: 0;
  bottom: 8px;
  visibility: hidden;
}

.view-actions {
  display: flex;
  visibility: visible !important;
  opacity: 0.8;
  animation: Hide 5s forwards;
}

.view-actions:active,
.view-actions:hover {
  opacity: 0.8 !important;
 }

@keyframes Hide {
  50% {opacity: 0.8;}
  100% {opacity: 0;}
}

ふー、長い。

ノートのマルチウィンドウ。

まとめ

マウスの指すカードが浮き上がるようにしました。 カーソル位置の背景色もつけてみた。 使いながら、欲しいデザインを付け加えています。

「考える」について考えたい

自衛隊の中に「愛子さま親衛隊」とかあって 「麻生許すまじ」ってクーデター、起こったりしないのかな。 もちろん、愛子さんのことを「姫さま」と呼ぶタイプで。

ハナシとカタリ

今週はここが山だったかな。 「ハナシとカタリ」の二項対立について考えました。 「会話と対話」をパラフレーズしながら、 言葉には二つの側面があるんじゃないか、という話です。

言葉と言っても、それは他者との交流に留まるものではない。 自分一人であっても「考える」という内的対話があります。 人と話し合うという体験が内在化して「考える」になり、 「考える」が外に漏れ出す形で「人との対話」になる。 そこには相依性の構造があります。 卵が先かニワトリが先か、という構造ですね。

この内的対話は「からだ」と「あたま」の対話です。 無意識と意識、でもいいけど。 「自分」が分裂して「話し手」と「聞き手」に分かれる。 二者関係でなければ「対話」にはなりません。

「からだ」はその時その時の体験。 その体験が「コト」であり、 そのコトから生えてくるのが「ハナシ」である。 「あたま」はその「ハナシ」から型を抽出し、 今までのパターンと比較しようとする。 それが「カタリ」です。 「ハナシ」と「カタリ」が交錯することで「考え」が展開する。

それをテキストに落とすのが「書くこと」です。

「書くこと」の構造

エディタはこの「書くこと」を補助する。

一時的に現れ消えてしまう「考え」を書き留めます。 その書き留め方に二つの様式があります。 「ハナシ」を書き留めると「カード」になる。 「カタリ」を書き留めると「ノート」になる。 なのでエディタには「カード」と「ノート」の二つの側面がある。

キャンバスの場合「カード」は一時的なものです。 思いついたものを書き留める。 クリアすると、それはどこにも残りません。 カードを残したい場合は「メモ」にします。 具体的には Thino を使いデイリーノートに記録する。 アイデアが断片として残る。

それに対し、ファイルとして保存すれば「ノート」になります。 ノートは楽譜です。 楽譜を演奏することで「コト」が再生されます。 そこには時間的な経過がある。 duration を持っています。

キャンバスはこの「カード/メモ/ノート」をメタファとして、 テキストの編集ができる空間になっています。 そこが使いやすい。

四象限

この「書くこと」は4つのフェーズに分類できます。

プライベート パブリック
一時的 カード ノート
永続的 メモ 記事?

考えてみると「ノート」をそのまま公開することはありません。 「ノート」を組み合わせて「記事」にする。 なので「記事」の水準もまたエディタが扱う対象になります。 「対象」ということは「オブジェクト」ですね。

(前回「クリップじゃないか」みたいなことを書きましたが、 クリップはメモに含まれそうなので取り下げます。)

具体的には「ブログ」であり「書籍」です。 基本、公開してしまえば一つの「完成品」と見なされ、 その後訂正することはない。 ブログとか、後から思いついたことを追記することはありますが、 全面的に書き換えたりはしません。 それが「ノート」との違いです。 「記事」は訂正可能性に対し閉じている。

ということはエディタには「記事」を扱う機能も必要になる。 ノートを組み合わせて推敲する段階。 藤井さんの with エディタはそこに照準を合わせてますね。 「本を書く」となると、そのエディット、編集が主眼になります。 キャンバス・ノート・システムはそこまで考えていない。 ノートを仕上げるまでのツールです。

そこから考え直すと Todoist はカード的だし、 アウトライナーはメモ的となりそう。

もしそうだとすると:

プライベート パブリック
一時的 Todist Cosense
永続的 Workflowy with

エディタは上記のようなカテゴリーがあるかもしれない(個人的な感想です)。 人によって使うツールは違うだろうけど。

まとめ

デイリーノート、書いてるじゃないですか。 すると「日記的なもの」はカテゴリーのどこに当たるだろう? プライベートで永続的だから「メモ」の一種? でも「メモ」って「今の疑問点」とか書いておいて、 将来の自分への宿題にする面があるから「日記」でもないんだよなあ。

「書くこと」には3つのレイヤーがある

キャンバスを使いながら。

カード

デイリーベースを考えたとき 「ファイル名を考えなくていい」を利点に挙げました。 世のエディタは内容を書く前にファイル名を尋ねてくる。 でもファイル名は中身を書いてからじゃないと決まらないでしょう、と。

キャンバス・ノート・システムも同じです。 まず思いついた「中身」を書く。 それが「カード」です。 キャンバスをダブルクリックするとカードが作られます。 ファイル名もタイトルもありません。 書きたいことがすぐ書ける。 いくつも書ける。

カードを見出しで区切ると Zoom が使えます。 Zoom して全文選択しドラッグすると、 その部分だけカードになります。

あるいは Canvas Loom の「Split card」で分割することもできます。

ノート

カードは一度消すともう戻ってきません。 一時的な存在です。

右クリックの「ファイルを変換」でカードは「ノート」になります。 ノートはファイルとして保存されます。 「保管庫からノートを追加」で呼び出せます。 ファイル名をダブルクリックすれば本体を開けます。

ノートは「検索」で見つけることができ、 ドラッグすればキャンバスに追加できます。 再利用できるようになっている。

一時的な「カード」と半恒久的な「ノート」。 下書きと清書を行ったり来たりするのがキャンバス・ノート・システムです。 思いついたことは「カード」に書き、 それを「読む」とき「ノート」に変換する。 このノートが記事へと成長します。

読者目線が入るかどうか。 それがカードとノートの分岐点になります。

メモ

さて、ノートにするほどではないが、 だからと言ってカードみたいに消えては困る。 後でじっくり考えたいアイデアとかはどうするか。

その答えが「メモ」です。 メモとは Thino を指します。 デイリーノートに記録する。

メモはいつでもキャンバスにドロップできます。 再利用できる。 検索で絞り込みもできます。 アイデアが失われることはない。

タイムスタンプが残るのでログにもなります。 一週間の振り返りもできる。 単発のアイデアも俯瞰すれば「星座」を描いています。 底流にテーマが流れている。 それを捉えるのもライフログの醍醐味です。

システム

なのでキャンバスには、 カード/ノート/メモの3つの水準がある。

初手はカードです。 カードに書くことが始まりですが、 そのカードをノートにできる。 メモにもできる。 ノートからカードに切り出すこともできる。 などなど、相互変換できるのがこのシステムです。

記事として仕上げるならノートが終着点になります。 ブログはそうですね。 カードをマージしてファイルに変換する。 これでモックアップが作られます。 アジャイルだわ。

ただ、仕上げようとすれば漏れ落ちるものもある。 それは Thino にメモすればいいでしょう。 実のところ、そのメモが次の記事のタネになります。

疑問に思ったことや割り切れない思いを 「将来の自分」に託しておく。 メモにはそうした役割があります。

まとめ

3つの水準は普段の「書くこと」にもある。 捨てていいもの、人に見せるもの、自分に宛てて残すもの。 たぶん GTD なんだよなあ。 Try, Ask, Suspend, Know。

最後の Know に当たるもの。 それが今回は書いてないな。 情報収集、他者から得るもの。 Web クリップとかかな。

キャンバス・ノート・システムに Wikipedia を

キャンバスで書くのが慣れてきました。

Finder

ノートを取り出すための Finder。 検索も使えて便利です。 ほんと、キャンバスのために base が発明されたんじゃないか、 ってくらいフィットしている。

そこでリンク集も組み込んでみました。 Dynalist とか Web サイトも開けるんだし、 呼び出しやすくしておこう、と。

なので、現在のスクリプトは下記のようになっています。

>[!info]- Finder
>- [webclip](webclip.md)
>- [Dynalist](https://dynalist.io/d/共有リンク)
>- [Wikipedia](https://ja.wikipedia.org)
```base
views:
  - type: table
    name: Inbox
    filters:
      and:
        - file.folder == "Inbox"
    order:
      - file.name
    sort:
      - property: file.mtime
        direction: DESC

```

もちろんリンクはもっと増やしていい。

Wikipedia

コールアウトを開いてリンクをドラッグすると:

調べ物が簡単にできる。

あらまあ、インターネットだわ。 これでコピペが捗る。

他に使えそうなサイトはないものかな?

Quick merge

最近見つけた小技。

Canvas Loom のマージ機能ですが、 Collapse Node で畳んだ状態でも使えます。

付箋を並べて結合するのが熱い。

まとめ

Webページ、一つ前に戻りたいときはどうするんだろ?

おまけ

おや、Dominion が走るなあ。

https://dominion.games/index.html

カタコト

夜散歩すると気持ちがいい。

カタリ

言葉を「語る」というのだから、 語源的には「カタ kata」は「コト koto」と同じなのだろう。 母音が活用してそうだし。

でも語源を離れ、 語用論的に見てみると差異に気づきました。 写真に喩えると「コト」が被写体で「カタ」はネガですね。 フィルムに反転して焼き付けられた陰画。 それが「カタ」じゃないかと思いました。

たとえば古代人が銅鐸を鋳造する場合。 粘土をこねて「カタ」を作り、 そこに融けた銅を流し込む。 銅が冷えてから周囲の「カタ」を取り除くと 「銅鐸」という「コト」を作ることができます。

言葉も同様に、 何か出来事という「コト」があり、 その「コト」から鋳型となる「カタリ」が作られ、 その「カタリ」を反復することで「コト」の再現ができる。 同じ出来事を鋳造できる。 「コト」と「カタ」、2つでセット。 だから一方だけを「片方」と呼ぶ。 そうした言語観が組み込まれてそうです。

記録装置としての「カタ」。 武道でまず「カタ」の修得を目指すのも、 パターンを学ぶのが目的ではなく、 鋳型に流し込まれた銅が徐々に固まり形をなすように、 そこに「師匠が伝えようとしたコト」が形成されるからでしょう。 「コト」が身となったなら、 むしろ「カタ」は邪魔となり壊して構わない。

それゆえ「カタ」は両刃の刃です。 「カタ」次第で「ウソ」も作り出すことができる。 それもまた「カタリ=騙り」である。 「カタ」から「偽りゴト」が生み出される。 ああ、「ハメる」からだな。 罠にハメる。 魔術的な力が宿っています。

ハナシ

言葉を「コトバ」と呼ぶことからすると、 それは「コト」の派生物であり 「カタ」の構成要素ではありません。 「ハ」は「葉」であり 「生えるもの」なのでしょう。

「コト」という大地に自生する雑草。 むしってもむしっても生えてくる。 その「ハ」が漏れ出ることが「ハナシ」です、たぶん。 「ハを成す」あるいは「ハが成る」。 自由連想で書いているので根拠はないけど。

いま読んでいるのが村上先生の『生き延びるための会話』で 「あら、またべてるの家か」なんですけど、 ここにある「対話と会話」の二項対立。 ローティから続いてますね。 偶然なのか、いま業界で大流行なのかは知らないですが 「会話」を取り上げる本に行き当たる。 Zufall。

たしかに一時期「対話」がトピックになってました。 哲学対話もそうだし、オープン・ダイアローグも対話ですね。 それまで何かと一方的だったのでしょう。 垂直関係から水平関係かな。 双方向の「対話」が語られ始めた。 「コミュニケーション力」とかのお題目がビジネス書に繁殖してきました。

それが今度は「会話」というわけです。 「対話」だと見落としがある。 それ以前に「会話」が大事、という方向にシフトしたみたいです。 ナナメ関係とかじゃないですよ。 コロナの影響だと思う。 見渡すと、生活から「会話」が消えかかっている。

日本語でOK

ただ「対話」や「会話」という用語がピンと来ないんですよね。 dialog や conversation という英語のニュアンスがわからない。 でも「カタリとハナシ」だったら何とかなるかなと思いました。

「カタリ」はあるんですよ。 情報伝達は日常にも残っている。 何か「コト」を伝える側面は職場でも家庭でもある。 それが「コミュニケーション」だと思われている。 SNSにも生成AIにも、そうした「カタリ」が流れています。

でも「ハナシ」は減ってきた。 風前の灯火になっています。 とにかく心に生えてきて、 そのままにしておくと雑草茫々な「ハナシ」に、 それを手放す機会がない。

抱え込むにはしんどい。 穴を掘って「国民投票法はロバの耳」と叫びたい。 思いついたダジャレを言いたい。 ネガティブ・ケイパビリティなんて知ったこっちゃない。 バカ話をして笑いたい。 ヤマなしオチなしの「ハナシ」はほんと、する場がない。

言葉は「カタリ」と「ハナシ」の両輪で走ります。 それぞれが x 軸と y 軸になりグリッドを構成している。 それが片方だけになったらどうなるんでしょ?

まとめ

っていう、オチなしの「ハナシ」でした。

Obsidian:キャンバスと Thino のハイブリット

デイリーノートをどうするか。

Hover Thino

キャンバス・ノート・システムに Thino は便利だけど、 サイドバーをピン留めすると幅をとるなあ、と思い、 Hover Editor を使う方向にシフトしています。

Hover Editor なら、不要なときは畳んでおくだけ。 デイリーノートにログも取りやすいし、 不意な閃きもメモしやすい。 一石二鳥です。

設定の仕方

Thino プラグインと Hover Editor プラグインをインストールしてください。 設定はデフォルトのままで構いません。

Import Obsidian: Hover Editor

そしてホットキーに「Thino: Show-thino in popover」を割り当てる。 これでいつでも Thino をキャンバス上に呼び出せます。

Thino にはキャンバスに埋め込むオプションもあるのですが、 有料版になってしまうので Hover Editor で済ませておきます。

使い方

Thino はタイムスタンプのところをドラッグすると、 キャンバスのカードに変換されます。 このカードを Quick merge で取り込めばいいわけで。

あるいはカードの右クリック「Copy card content」で内容をコピーし、 目的のテキストにペーストしてもいい。 キャンバス・ノート・システムに死角なし。

LifeLog でパーツを集め、 それをプラモデルみたいに組み立てていく。 液状化と結晶化のリズムが刻みやすい。 YouTube のリンクだと動画プレーヤーになる。

今までの集大成みたいなシステムだな。

まとめ

Thino をフルスクリーンにした後、 Thino を閉じる方法がなくて困ってましたが、 「Show-thino in popover」を再実行するだけでした。 これはトグルだったのか。

じゃあ、問題なし。