今日は、僕が担任をしていた学年の卒業式(学位授与式)でした。学内報『ふたはの桂』と卒業証書授与式、謝恩会での『はなむけの言葉』を記録しておきたいと思います。
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ふたはの桂 No.191卒業特集号(2026.3)
タイトル:通過点としての大学
ご卒業おめでとうございます。皆さんにとって、この府大の生活はいかがでしたか?大学生活はもちろん皆さんの長い人生の「通過点」に過ぎません。ですから、我々教員のことも忘れてくださって結構です(友人は忘れない方が良いですが)。要するに、皆さんが大学のことなど思い出さないほどにまっすぐ前を向き続け、立派な「恩知らず」になることを望みます。でも、懐かしく思ったなら、遠慮せず母校を再訪してください。皆さんに対して、閉ざす門はありません。皆さんの前途を祝します。
旅立つ君に贈りたい曲:おはよう、またあした(放課後ティータイム)
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学位授与式(@稲盛210番教室)
皆さん、まずはご卒業おめでとうございます。夜の謝恩会でも一言言うのが決まっておりますので、ここでは短めに。
君たちを迎えて早4年弱、皆さんにとってもあっという間ではなかったでしょうか。もちろんそれ以上長くここにとどまった方も数名いらっしゃいますが、大学での数年の足踏みなど、長い人生では大したこともないので、とっとと忘れましょう。
僕が皆さんに申し上げたいことは、式の時に配布された学内報『ふたはの桂』に書いたとおりです。要するに「大学のことを忘れるくらいの前向きな“恩知らず”になってほしい」ということと、それと相反するようですが「でも縁あってこの京都府立大学に入学されて、卒業されたのですから、ここで出会った人との縁というのは大事にしてほしい」という二点のみです。
これは毎年卒業する皆さんに言っているのですが、やはり社会人になってからだと遠慮なくものを言い合える友人を作る、というのはなかなかハードルがあると感じます。年をとればとるほど、会えばすぐに「俺、お前」、名前を呼び捨ての仲になる、という関係性は貴重となりますので、大学時代のつながりを大事にしてほしいと思っているのです。
あと皆さん、いつでもふらっと大学に遊びに来てください。卒業した皆さんが大学を訪問してくださることは、皆さんが想像している以上に我々教員にとっては嬉しいことなのです。
皆さんの前途を祝福いたします。
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謝恩会(@京都八条都ホテル)
この謝恩会の締めの挨拶を幹事のA田さんから仰せつかりましたので、君たちの担任教員として最後に一言、申し上げたいと思います。
改めまして、皆さん、ご卒業おめでとうございます。もしかしたら皆さんは、今日卒業したという感慨よりも、4月から始まる新生活の方が不安、という思いを抱いているかもしれません。僕個人は4月からも変わらぬ生活で、そのままA田さんを含めた修士1年生の担任となりますので感慨もへったくれもない、と思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。
僕は一応4年間、担任として君たちのお世話をしてきました――もちろん、大したことはしていませんが、1回生の時の宇治方面の「新入生研修遠足」の準備を、ちょうど4年前の今頃、各方面に連絡しながらしていたことを思い出します。実は歴史学科の1学年全体で行うイベントとしては、これと4回生時の「卒論中間報告会」の二つくらいなのですよね。そしてこの謝恩会が、3つめにして最後の「学年一体で行う行事」かもしれませんね。先ほど申し上げたように僕はそのまま大学院の方で担任業務をする予定で、5年間その仕事が待っており、それを終えると軍隊的にいうと「予備役」ということになりますが、僕の年齢を考えると学部の担任として「新入生研修遠足」と「卒論中間報告会」を計画、実施するのは、君たちの学年が最後、ということになると思います。要するに君たちは僕の大学教員としての最後の「担任学年」なのです。もちろん「もう一度学部の担任をやれ」と言われれば、御免被りますが。
君たちが教員生活で最後の担任学年である、ということは僕の一方的なセンチメンタリズムなので、皆さんが何か僕にしていただく必要はありません。でも、もしよろしければ、これは僕の個人的な希望でもあるのですが、例えば君たちがご結婚なさり、誰かにスピーチを頼みたいと思うのなら、僕を含めた教員に依頼してください。特に「会社の上司に偉そうに何か言われたくない」という方は、是非我々教員を「使う」ことをご検討ください。よろしくお願いいたします。繰り返しますが、ここで会ったのも、何かのご縁ですから。
最後に改めて、皆さんの今後の人生に幸多かれ、と祈っております。今日は誠にありがとうございました。


























