
二人揃ってとぼとぼと帰宅し、雪で濡れた衣類を着替えた。コートから雫を払いながら、ルリスが叫んだ。
「わたしたちが何をしたって言うのよ、全く! 悪いことなんかしてないっての!」
「あいつらに謝るとかムリすぎる」
プレトは靴の中敷きを引っ張り出した。しっかりと濡れている。
「なんか、お金以外にも色々と失った気がする」
「0次試験の合格を取り消された訳じゃないから⋯⋯と、言いたいところだけど、虚しいもんは虚しいよね。甘い物食べたい」
プレトとルリスはキッチンを漁り、板チョコを発見した。お菓子作りに使おうと思ってストックしていたものだが、パッケージとアルミを剥き、そのまま丸かじりした。顎の付け根辺りがじんわりと痺れる。隣を見ると、怒った顔のルリスが頬にチョコレートをつけていた。親に怒られた子供がヤケ食いしているみたいで、思わず笑ってしまった。二人でソファへ移動し、クライノートに投稿する文章を考えた。最終的にこうなった。
『繁華街にて、コギト人とすれ違う時に肩がぶつかってしまいました。その結果、数人のコギト人に囲まれ、治療費と称して手持ちの現金を全部取られました。その上でカッターで脅されて、逆に警察を呼ばれ、気付いた時には和解っぽい雰囲気になっていました。先日は自宅の窓を割られたのに、こんなことになるなんて酷くないですか?』
投稿し終えると、そのまま寝室へ移動し、ベッドにダイブした。ふて寝してやるのだ。
翌日、なんとかベッドから這い出たが、全くやる気が湧いてこなかった。モニターを眺めていると、くだらないCMが次々と流れていく。
「レト……ん」
「……」
「プレトさん」
「わ!」
右肩に手を置かれ、驚いて振り返る。
「あれ、ビケさん? もうこんな時間だったんだ」
いつの間にか、ビケさんが出勤する時間になっていた。玄関の辺りにはチユリさんもいる。ルリスが二人を入れてくれたのだ。玄関のベルがなったことにすら気が付かなかった。
「おはようございます。すごく熱心にモニターを見てたみたいですけど、何か面白い番組でもやってました?」
「いえ、眺めていただけです。昨日もイヤな目に遭ったんですよ……」
ビケさんに昨日の出来事を説明した。話している最中にも、ビケさんの顔はみるみる曇っていった。
「0次選抜を通過して、コギト人にストーカーされて、カツアゲされて、脅されて、警察も頼りにならなかったと……クライノートをチェックしていなかったので知りませんでしたよ。今見てみますね」
携帯電話を開いたビケさんは、しばらくすると不思議そうな顔をした。そのままの顔で、画面をこちらに向けてきた。
「プレトさんたちが昨日投稿した内容に、コメントが付いていますよ。しかもなんか、だいぶ真面目っぽいです」
向けられた画面を見てみると、確かにコメントが付いていた。アカウント名はロマーシカだった。
「ロマーシカって誰ですかね。もしかして政治家の?」とビケさん。
「えー、さすがに違うと思いますよ」
「そうですかね……でもほら、アカウントのプロフィールを見た感じ、本物っぽいですよ。ユーザー名の横には、クライノートが著名人として認めているマークも付いてるし」
確かにビケさんの言うとおりだ。本物に見える。ロマーシカは、コギト人問題について警鐘を鳴らしている人物だ。以前、〈プレパラート〉の投稿内容を引用したような発言をしていた。もし本物だとしたら、こちらの投稿をチェックしているのだろうか。
ロマーシカからのコメントは、コギト人問題の情報拡散に協力してもらえないかという趣旨だった。被害を受けている当事者と見込んで声をかけてきたのかもしれないが、突然そんなことを言われてもな⋯⋯
ルリスとチユリさんも呼び、事情を説明すると、とりあえず断ってみたらどうかという流れになった。コメントへの返信でやんわりと断ってみたが、すぐにロマーシカから返事があり、詳しく説明させてくれと食い下がってきた。どうやら本気でこちらの力を借りたいらしい。
「そこまで言うなら、少し話しを聞いてみてもいいんじゃないかしら」
チユリさんに賛成し、プレトは返信した。コメント欄でやり取りするのは気が引けたため、DMで話したいと伝えると、早速DMの方にメッセージが届いた。
『お時間いただきありがとうございます。昨日はお金を取られたと投稿されているのを拝見しました。集団でのカツアゲだなんて非常に悪質で許しがたい行為です。先ほども申しました通り、コギト人問題の情報拡散にご協力いただけないかと思い、お声がけしました。具体的には、こちらからコギト人が起こしたトラブルや犯罪を紹介しますので、それをそのまま投稿していただきたいと考えております。実際に起こった出来事を紹介するだけなので、名誉毀損などには当たりませんのでご心配なさらないでください』
なるほど、もし中傷されても「本当のことを言っただけだよ」と主張できるということか。ロマーシカのDMは続いた。
『各種メディアはコギト人問題についてほとんど報道していませんので、どれほどの事件やトラブルが起こっているのか、知らない国民もいるようなのです。いつも注目を集めている〈プレパラート〉さんが情報拡散することで、少しでも国民の警戒心を高め、人々の安全に繋がればと考えています。ご検討いただけませんでしょうか』
『注意喚起が目的ということでしょうか』プレトは質問した。
『その通りです。コギト人問題に関しては議会の中でも意見が割れていまして、受け入れに積極的な政治家と、そうでない政治家に分かれています。私は安易に受け入れるべきではないと主張しているのですが、差別主義者というレッテルを貼られ、意見を切り捨てられてしまう状況が続いています。そこで、世論が……つまり国民の声が大きくなったほうが、政治家たちもコギト人が起こしているトラブルについて真剣に考えるようになるのではないかと考えました』
プレトは返信した。文面は四人で考えた。
『教えていただきありがとうございます。しかしご存知かもしれませんが、私たちはSNS上で敵が多いため、頻繁にアンチに絡まれてしまいます。ウソをわざと発信したことはありませんが、陰謀論者だと叩かれることもしばしばありますので、このようなアカウントがコギト人問題について投稿しますと、SNS上の治安に何らかの悪影響が生じるのではないかという懸念があります。また、クライノートからシャドウバンされていますので、ロマーシカさんの理想通りに注目を集められる保証はないというのが現状です』
応じた後で「話が違う」と言われるのもイヤだから、期待に応えられないかもしれない状況にあると、事前に伝えることにしたのだ。少し間があり、再びDMが届いた。
『〈プレパラート〉さんがアンチに付きまとわれていることも承知しています。特定のアンチが付くということは、沢山の注目を集めている証拠だと思いますし、シャドウバンされている中でもバズるのは、それだけ多くのユーザーから信頼を得ているからではないでしょうか。〈プレパラート〉さんが誠実に情報発信なさっていることも存じていますので、ぜひご協力いただきたいと考えております』
「⋯⋯ということらしいけど、どう思います?」プレトは目の前の三人に質問した。
「ロマーシカが言ってることには納得だよ。わざわざコンタクト取ってきた理由も分かったし。他にもこういう活動をしてる人はいるのかな?」とルリス。
「訊いてみようか」
他のユーザーに対しても情報拡散を要請しているのか尋ねると、その通りだと返ってきた。そして、すでに拡散を始めているユーザーもいるとのことだった。
「うーん、どうしようかな。他の人には散々な目に遭ってほしくないから、協力するのは悪くないと思いますけど……政治家と関わるのかぁ」
プレトが少し渋っていると、ビケさんに背中を押された。
「わたしはいいと思いますよ。得た情報を発信するっていうこと自体はこれまでと変わりありませんし。ロマーシカがネタを提供してくれてラッキーくらいに思っておけばいいんじゃないですかね」
「私もそう思うわ。自分のアカウントで拡散に協力するわね」
「一緒にやろうよ」
ルリスもチユリさんも、ビケさんと同じ意見らしい。
「よーし、分かった」
プレトは思い切って、協力するとロマーシカに伝えた。再び感謝のメッセージが送られてきた。近々投稿のネタを送るから待っていてほしいとのことだった。思わぬ展開になったが、これまでの発信は無駄じゃなかったのだ。これからは少しでもコギト人問題の被害が減るといいな。
ふと、インフルエンサーはこうやって作られるのかなと思った。
(第28話につづく)

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