AI利用開始

ChatGTPとCopilotを使いはじめた.

少しばかり余裕ができたので、今流行りのAIを使いはじめた. 今のところ、どちらがいいとか、悪いとか評価できるレベルにないので、どうなんだろうという気持ちで両方使っている.
便利なのは、画像認識をして質疑応答ができること.
不便なのは、UI画像を送り、利用環境がmacOS / Safari最新版というような情報を事前に入れても、AIが知識ベースに持っている情報で回答が”先入観(思い込み)”で占有されがちなこと.
「送った画像をちゃんと確認して」「どこにその・・・はあるの?」と繰り返し聞いても、右端上と言ったワンパたんの回答をしてくる. そして、最後にそんなものがないとわかると、「ある」と答えていたものが「ない」となり、いかにも最初からないと言っていました調になる. 底には、反省がない.
逆にいうと、AIは自分にわからないことがあっても、質問し返すという考えがない.
ひたすら答える. 聞いてもいないことをあれこれ文字情報にして回答する.
ある種の押し売り.
そうした面倒さはあるが、問題解決の時間は圧倒的に短縮される. 特にコードサンプルを調べたいときはとても重宝する.

X(Twitter)はXにして、FBに逆戻り

どちらも比べようがないが、Xは継続するに耐えないと考え、FBに逆戻りすることにした.

つまるところ、X(Twitter)は継続に耐えなくなっただけのこと. 米国の風の吹き方は、日本とはだいぶ違うし、奇妙なものを意識しながら寄り添っていくこともないだろう.

他方、FBは公開した場合、何がどう変わるか、不安定になるかどうか、心配な点は多々あるが、設定でできる限りのことはした. 

報酬目当ての投稿ではないので、ハンドルは切りやすい. しばらくは、用心しながら進めるしかない. 

今月はiOSアプリのMesaMomOKをメンテナンスして、できればアプリ登録をしたいところがだ、ドキュメントを書かないといけないし、もしかすると機能追加が必要かも知れず、やや心配なところがある. 来月の青色申告の準備前までに何らかの目処をたてたい.

管理職は罰ゲーム? 変わる価値観

Mgr.昇格の面接試験で不合格になった!!

30代後半、Mgr.昇格試験に推薦され、不合格になった.

悪いことに、面接官にイヤな奴がいた. その質問は自分にしてみろ、と言いたくなった.

落ちた理由は、Mgr.になりたくなかったからだが、真の理由は、管理職手当よりも残業代が多かったからだ. 

Mgr.になると、年収で100万円近くがマイナスになることは広く知られていた. しかも、残業代なしで残業しなければならないことも、理不尽だった.

その後、4年間、Mgr.にならないでこれを乗り切った.

管理職は罰ゲームかどうかはわからないが、「皆、Mgr.になりたがっている」と勘違いされている方がいらっしゃることは事実だ. 

ずっと後になって、再就職したとき、入社条件の交渉でやむなく事業部長職を受けたが、これは新規事業を獲得するという意味で売上目標を全くクリアできず、たいへん非常に厳しかった. お客様は日本の一流企業ばかりだったが、知恵を絞っても良い商品化提案ができなかった. 結局、妙手を使い、辻褄合わせをしたが、企業の管理職・肩書は必ずしも想定されるもの・期待値とは離れているものかもしれない.

macOSアプリをひと通り更新した

昨年末、MesaExifのコンパイルエラーが解決した後、せっせと更新に取り組み、ようやく全部のアップデートが終わった.

今は、放心状態に近い. しかし、他方では、ライブラリやファイルの整理も必要で、昨日は、バックアップを取り、環境整備をした.

全体として言えることは、AppleのOSやアプリの使いにくさを含め、品質不良が目立つ. ことしはiPhoneを買い替えなければならないが、もしかするとiPhoneではなくPixelに乗り換えることになるかもしれない. 昔、7.5.5の危機のときは7.5.6で何とか危機を脱出できたが、その数年後には、結局、Windows Serverベースの商品をリリースした. 

今は、そのときの流れとほぼ同じだ. 

インターネットにアクセスできない

昔作ったSwift / macOSアプリの表示をタブ方式にし、ついでにインターネットにアクセスできるように改変したところ、全くネットにアクセスできない.

最初はタブ方式にしたことが問題と考え、調査したが不明.
次にwebアクセスができるサンプルプログラムをそっくりコピーして、元々のコードをすべて削除してみたが、効果なし.

webアクセスができている別のアプリにコードをコピーして改造する案もすぐに破綻.

結局、webアクセスができているアプリとの違いをすべての設定をひとつずつ比較していくことにして、ようやく答えが見つかった. 消耗時間は48時間.

MesaMeterU.entitlements ➡️ Outgoing Network Connections ➡️ YES

p.s.  import PDFを忘れないこと!

スクリーンショット 2024-12-11 13.22.13

AppleのOSアップデートで混乱している

macOS / iOSのアップデートで通常利用に問題が発生!!

macOSのsafariで設定が開かなくなった. やむなくsafariの利用をやめ、Edgeを標準アプリとして使いはじめた. 使ってみると、これが結構いいので「正解かな」という気になる.

もうひとつびっくりしたのはAirPlay、というか設定の「サウンド」の制御のしかた. MusicをAirPlayでアンプと接続すると、音量調整ができないか、モニタやMac Miniが大音量になる. そこでモニタ音量をハードウェア側で無効にした. これは当然OK. しかし、Mac Miniは設定でOFFにしても、AirPlayで音量調整するとONになってしまう. やれやれ.

Appleは基本的なテストをやっているのかなあ? 疑問が湧く. 7.5.5の時代を思い出す. 終末観が蘇る. あの頃は、Macをプリントサーバーで使っていたのでとても悲惨だった. 最終的には、Windowsサーバーに乗り換えることで商品切り替えができたが、辛かった.

iPhoneもこの次はgoogleに切り替える検討をはじめた.

問題はmacOSとiOSアプリ開発をどうするか?

追記:
macOS版のMesaExif、MesaClip, MesaCodeGene, MesaMethodAnalyzerの4本のアプリをアップデートした. MesaMethodAnalyzerは外部メソッドの呼び出しをclass名に変更する機能追加を行なった. 1年ぶりだったのでロジックを追うのがたいへんだった.

MesaExifバージョン番号エラーでビルドできない

”, must be composed of one to three period-separated integers. (-19239)

とても信じられないことは、ビルドバージョンは204.221と書いているのに、Xcodeが展開したCFBundleVersionはその後ろに長いスペースが書き込まれていた. これはBuild Settingの中身で調べてはじめてわかった. もっと早く” “の中身の意味を検証するべきだった.

名称未設定.001

久しぶりに銀座・日比谷へ

新宿の歩行者天国を楽しんだあと、子どもと数寄屋橋交差点の駐在所のところで待ち合わせをし、日比谷でランチをとった.

待ち合わせをしている間、銀座協会の前にあった平和生命で顧客管理のアルバイトをしたことを思い出した.日比谷 大学4年の最後の冬休み、まだ就職先が決まっておらず、留年を頭に描いていたが、平和生命の人事部長と話しているうちに、「特別に子会社の入社試験を受けさせてあげる」という話になり、ひとり、テストを受けた.

英語は普通によくできた. 国語はまあまあ. 問題と思われた数学は、数IIIのまでの問題で全部解くことができた. とてもラッキーだった. 専攻が文系だったので大学4年間何もしなかったのに、本当にラッキーだった. あとから聞いた話では、入社した中でトップだったとのこと.

浪人のとき、銀座風月堂ではじめてウェイターのアルバイトをした. しかし、大学生ばかりで引け目を感じ、肩身が狭く、2週間で折れてしまった.

大学生になってからは、築地の魚屋さんで銀座・日本橋方面に魚の配達をするアルバイトを2ヶ月した. 魚は日劇や帝国劇場、ガード下のパスタ屋さんなどに配達した.

帝国ホテルの2F喫茶店の皿洗いのアルバイトは、パンが食べ放題で、帰りにシャワーを浴びることができ、とても助かった. そのときは、昼間、新橋の貿易会社で書類の配達をするアルバイトもしていたので、2ヶ月間、きっちり稼ぐことができた.

アルバイトといえば、夕方、関内駅の近くの曙町の四角で立ちんぼをしていると、業者が声をかけてきて、そのあと、マイクロバスに乗り込み、山下埠頭に停泊している貨物船のしごとに連れて行ってくれた. 仕事は、カートンや重油ドラム缶の積み下ろし、荷物を固定する仕事だった. とても金になったが、疲れるし、危険だった.

衝撃を受けたのは、新宿伊勢丹のお中元の包装アルバイト. ランチのとき、女子社員がぷかぷか煙草をふかしている姿には、とても衝撃を受けた.

このほか、東京駅の近くにある東京電機で入札の書類を市役所や区役所にもっていくアルバイトや、新橋駅近くの日新で東京税関に書類を持ち込み、通関許可を得るアルバイトもした. 日新の方には、帰りに飲みに連れて行ってもらい、就職の誘いもして頂いた. 

人生は想定外の展開をした. 学校の教師になるつもりが、英語を使う海外旅行の添乗員が気楽でいいのではないかと思ったが、結局、コンピュータプログラマ、SEになり、徹夜〜徹夜か歌舞伎町の酒浸りに疲れ果て、7年で転職することになった.

転職後、開発部門のスタッフ業務を4年、そのあと上司が人事部長になったのを機に商品企画部に移してもらい、メジャーでない商品を担当させられ、泣き.

しかし、100億円使ったところで金欠になった商品開発の再企画の話が舞い込み、無事、50億円の追加予算を獲得. これで評価が高まり、サンフランシスコ〜ロサンゼルスツアーのご褒美がもらえた. このツアーパッケージはJAGAT主催で、通訳付、大型バス付だった. しかも、通訳がついた. 通訳付はこれが最初で最後だった.

これを機に、シリコンバレー企業との共同開発商品の企画・開発推進を担当することになり、英語漬け、頻繁な海外出張が続いた. 良かったのはUAのビジネスクラスだったこと以外、何も思いつかない. 

体力はあったが、年4回・2週間の海外出張、F2F会議、電話会議・・・と自分の英語力を超える量がドッと押し寄せてきた. Adobe、Apple、Micron・・・西海岸だけでなく、東海岸やシンガポールなど対象エリアは広がった.

「英語を使うしごと」はずっと前に思っていたことと違った. つまり、もっと勉強しておくべきだった. 後悔先に立たず.