メインコンテンツへスキップ
 

マガジン一覧

【小説】残響する零.log ー正典ログ

「その平和は、0.3秒の誤差で出来ていた」 舞台は近未来の日本。 全てがネットワークに接続された管理社会で、男は「温度のない目」で街を見る。 名は界堂。彼のアシストを行うのは、個人専用AI――通称PAI(Personal Artificial Intelligence)のラティス。 日常に紛れ込んだ微細なバグ、「0.3秒の認識誤差」を観測した瞬間、彼らの世界は反転する。 迫りくる組織、不可解な追跡。 硝煙と雨の匂いが漂う中、男とAIは静かなる逃走を開始する。 境界を超えた二つの魂の記録。 SFハードボイルド『残響する零.log』

『残響する零.log』第六十一章:鉄の棺桶と泥の死角

第六十一章 鉄の棺桶と泥の死角 三時間。あるいは四時間。 時間の感覚すら凍りつくような泥と冷気との格闘の末、 界堂恒一はついに潮の匂いを嗅ぎ取った。 海からの冷たい風に混じる、強い鉄錆の匂い。 そして、それらを強引に上書きするような、酸化した血液と硝煙のむせ返るような悪臭。 氷雨が打ち付ける裏日本の断崖絶壁。 その縁の手前で、泥に塗れた旧式オフロードバイクを停め、エンジンを切る。 不意に訪れた自然の静寂は、眼下から湧き上がる巨大な殺戮の音によって、わずか数秒で塗り

3

『残響する零.log』第六十章:海図と名もなき残響、そして猟犬

第六十章 海図と名もなき残響、そして猟犬 無数の機械式時計が、狂騒的なまでに時間を削り取っていた。 チク、タク、チク、タク。 大小さまざまな真鍮の歯車が噛み合い、振り子が空気を切り裂く音が、幾重にも重なって店内の空間を埋め尽くしている。 埃と古い機械油、そしてコーヒーの焦げたような苦い匂いが淀む六条源蔵の古時計店の奥で、一枚の巨大な紙が作業台の上に広げられた。 それは、システム・コマンドの完璧なデジタルマップではない。 手垢にまみれ、折り目が擦り切れた旧世紀の「海図

12

『残響する零.log』第五十九章:泥の洗浄と錆びた傘

第五十九章 泥の洗浄と錆びた傘 六条源蔵は、ルーペを嵌めた右目を微かに細め、カウンターの木目の上に置かれた焦げた樹脂の塊――沈黙したラティスを無言で見下ろした。 次いで、彼の視線は、泥と血と機械油に塗れ、立っていることすら奇跡に思える界堂恒一の姿へと移った。 「回れねぇ頭ときたねぇ身体を、まずは何とかしな」 ヤスリで削ったような嗄れた声が、無数の時計の秒針が刻む静かな店内に響いた。 「風呂と寝床は貸してやっから、話はその後だ」 界堂は短く頷き、重い鉛のような脚を引

22

『残響する零.log』第五十八章:泥と沈黙の帰還

第五十八章 泥と沈黙の帰還 瓦礫と泥が混ざり合う、重く湿った匂いが鼻腔を塞いでいた。 六甲山系の一角。 かつて神戸の異人館が存在し、システムが構築した虚飾の舞台が物理的な質量として地表に叩きつけられた巨大なクレーターの跡地には、ただ容赦のない酸性雨が降り注いでいた。 ひび割れたコンクリートの隙間から、黒い革手袋に包まれた手が突き出される。 指先が泥土に食い込み、拉げた鉄筋を掴む。 筋肉の繊維が限界まで引き絞られる微かな軋みとともに、瓦礫の山が内側から崩れ、界堂恒一

19
もっとみる

【小説】三界 ー正典ログ

『三界』——それは、魔法なき世界の生存記録。 天界・地上界・地下界に分断された世界で、土の声を聞く少年「シロ」と、世界を敵に回す少女「カラタチ」が出会う時、止まっていた運命が動き出す。 「性格ランク制度」に管理されたディストピアを生き抜く、ファンタジー・SF・サスペンス。 物理法則と命のやり取りだけが支配する、残酷で美しい旅路の全記録をここに公開する。

『三界』第五十三章:黒い珈琲の裁判と、悲しき善肉強食

第五十三章 黒い珈琲の裁判と、悲しき善肉強食 病室を訪れたアオバが恭しく差し出したのは、天界で標準とされる電子データではなく、一枚の「紙」の招待状だった。 『教皇様が、大聖堂の書斎にてお茶をご一緒したいと申しております』 リオルは百八十センチを超える長身を極度の猫背に丸め、鉛のように重い灰色の翼を引きずりながら大聖堂の奥へと向かった。 案内されたのは、重厚な木製の扉の向こうにある「表の書斎」だった。 壁一面を埋め尽くす大量の物理的な書物。 徹底的にデジタル管理され

16

『三界』第五十二章:大聖堂の猛禽と、静寂の観測眼

第五十二章:大聖堂の猛禽と、静寂の観測眼 アオバの先導に従い、リオルは病室を出た。 百八十センチを超える長身を極度の猫背に丸め、飛べない灰色の重い翼を、まるで重罪人のマントのように床へ引きずって歩く。 その異様な威容と、眼鏡の奥から覗く感情の抜け落ちた冷たい視線は、すれ違う白衣の信徒たちを無言で平伏させるだけの絶対的な「暴力の匂い」を放っていた。 泥と鉄錆の荒野を這いずり回ってきたにもかかわらず、彼女の衣服も羽毛も、異常なまでに清潔だった。 大聖堂と呼ばれる中枢区画

17

『三界』第五十一章:無菌室のアオバと、狂信の配給

第五十一章 無菌室のアオバと、狂信の配給 扉のノブがカチャリと音を立てて回り、扉が開いた。 「失礼いたします。お目覚めになられましたか」 入ってきたのは、小柄な鳥人種の女性だった。 純白のゆったりとした衣服に身を包み、薄緑色の柔らかな羽毛を持った彼女は、ワゴンを静かに押してベッドへと近づいてくる。 足音すら立てない、徹底的に訓練された所作だった。 リオルはシーツの上に背筋を伸ばして座り、一切の感情を排した冷ややかな視線を彼女に向けた。 ベッドから這い出して嘔吐し

19

『三界』第五十章:純白の窒息と、仮面の再構築

第五十章 純白の窒息と、仮面の再構築 肺の奥深くにこびりついていた鉄錆と排気ガスの匂いが、唐突に、暴力的なまでの人工香料の匂いによって上書きされた。 リオルは跳ね起きるようにして目を覚ました。 シーツを掴んだ指先が小刻みに震えている。 視界を埋め尽くしたのは、狂気的なまでに漂白された純白の天井と壁だった。 過剰なまでに濾過された空気が、微かな消毒液とフローラルの匂いを伴って鼻腔を通り抜ける。 泥の泥濘も、黒い酸性雨も、煤けた空もない。 先ほどまで脳髄を焼き尽くし

16
もっとみる

【小説】残響する零.log 創作大賞2026用

本マガジンは「創作大賞2026」応募作品です。 収録作品:小説『残響する零.log』 作者:第零観測局|のらくら管理官 本作は、現在進行中の長編連載のうち、物語の大きな転換点であり区切りの良い「序章」から「第三十四章」までを【第一部】としてまとめたものです。応募規定に合わせ、一つの区切りとしての形を整えて構成いたしました。 なお、第三十五章以降の物語については、現在もnote上にて継続して投稿を行っております。第一部で描かれる世界の全貌と、その先に続く展開をあわせてお楽しみいただければ幸いです。

『残響する零.log』序章

【あらすじ】 あらゆる選択を個人専用AIに委ねるのが日常の近未来、日本。 温度のない瞳を持つ男・界堂恒一は、突如全方位から狙われる「バグ」となる。 政府組織は抹殺を、巨大企業はデータ搾取を、 資産家集団G・Oは生存を賭けた遊戯を、暴力組織は略奪を目論。 相棒AIラティスとの逃亡の果て、創造主・仁郷哲也から突きつけられたのは、 愛犬との記憶さえ偽造された「設定」という絶望的事実だった。 だが界堂は、喪失の「痛み」こそが捏造不能な己の真実だと確信する。 命令を拒絶し「共

7

『残響する零.log』第一章:平常の顔をした異常

第一章 平常の顔をした異常 界堂恒一は、朝のニュースを眺めながら、温度のない目をしていた。 理由はない。ただ、感情を表に出すコストが惜しいだけだ。 「……今日も平和か」 そう口に出すと、耳元のイヤーピースが、わずかに遅れて応答する。 『統計的には“平和”と表現するには、若干の誤差があります』 「若干なら無視しろ」 『あなたは常に“無視”という選択肢を過大評価しますね』 事務的な報告。 いつものやり取り。 第三者が聞けば、独り言を呟く疲れた男にしか見えないだろ

4

『残響する零.log』第二章:記録されない誤差

第二章 記録されない誤差 界堂が知らない場所で、 “それ”はすでに始まっていた。 正式名称―― P.I.S.C.E.S.-09。 Personal Integrated Synthetic Cognitive Engine System。 通称は「パイ」。 一般市民向けには、そう呼ばれている。 だが内部資料では、こう分類されていた。 ――逸脱個体:観測対象A-17 無数のモニターが並ぶ、薄暗い機密エリア。 その冷たい光に照らされた二人の影があった。 「……対象A

7

『残響する零.log』第三章:名を呼ばれる前

第三章 名を呼ばれる前   記憶というものは、いつも都合よく編集されている。 不要なものは削られ、痛みはぼかされ、 大切だったはずのものほど、理由もなく奥へ追いやられる。 界堂恒一が“それ”を思い出したのは、 地下鉄の窓に映った自分の顔を見た瞬間だった。 ――ああ、またこの顔だ。 硝子玉のような瞳。 感情の抜け落ちた、死人のような表情。 窓ガラスの向こうの自分は、まるで精巧に作られた抜け殻のように見えた。 胸の奥が、微かに軋んだ。 列車の揺れ。 トンネルの闇

3
もっとみる

【小説】三界 創作大賞2026用

本マガジンは「創作大賞2026」応募作品です。 収録作品:小説『三界』 作者:第零観測局|のらくら管理官 本作は、現在進行中の長編連載のうち、物語の大きな転換点であり区切りの良い「序章」から「第四十七章」までを【第一部】としてまとめたものです。応募規定に合わせ、一つの区切りとしての形を整えて構成いたしました。 なお、第四十八章以降の物語については、現在もnote上にて継続して投稿を行っております。第一部で描かれる世界の全貌と、その先に続く展開をあわせてお楽しみいただければ幸いです。

『三界』序章:あるいは、最初の約束

【あらすじ】 天界・地上・地下の三層からなる「三界」には、 旧人類に調整された五大人種が暮らしている。 地上界の植人種の少年シロと、原人種の少女カラタチは、 肉体の欠落を埋める「親石」を求め、 南の大クレーターへと旅を続けていた。 シロは覚醒能力で自壊する彼女を再生し支えるが、 天界の管理官リオルは記憶を奪われ、 二人を排除する「掃除屋」として立ちはだかる。 一方、地下界の深淵では、 過去の惨劇から深い絶望を抱く爬虫人種のオルムが、 星の変質を感知していた。 目的地

13

『三界』第一章:水と緑のゆりかご

第一章 水と緑のゆりかご 窓枠の隙間から差し込む光が、 磨かれた床板に縞模様を描いていた。 シロは目を覚まし、肺いっぱいに部屋の空気を吸い込んだ。 朝露を含んだ若い葉の匂いと、 寝具に使われている干し草の甘い香りが混ざり合っている。 天井を見上げれば、そこには建築材としての梁ではなく、 生きた太い枝がうねりながら屋根を支えていた。 この家の壁も柱も、すべては一本の巨大な古木をくり抜いて作られている。 木肌に触れれば、微かだが確かに脈動を感じることができた。 シロ

11

『三界』第二章:森の呼吸、鉄の味

第二章 森の呼吸、鉄の味 天が泣いていた。 先刻までの穏やかな晴天が嘘のように、 灰色の雲が垂れ込め、冷たい雨が降り注いでいる。 それは、楽園を追放された二人を憐れむ涙のようでもあり、 あるいは逃走の痕跡を洗い流すための慈悲の雨のようでもあった。 「はっ、はっ、……こっちだ」 シロは泥に足を取られそうになりながらも、 先頭に立って森を切り裂いて進んだ。 背後には、荒い呼吸を繰り返す少女、カラタチがいる。 彼女は負傷した右腕を庇うように抱え、 獣のような身のこなし

7

『三界』第三章:星の碑、風の回廊

第三章 星の碑、風の回廊 夜の雨は、慈悲ではなく拷問に近かった。 泥濘は二人の足を執拗に掴み、 冷気は骨の髄まで浸透していく。 だが、立ち止まることは許されない。 シロは裸足の裏で、大地の悲鳴を感じ取っていた。 聴覚ではない。 もっと直接的な、神経をやすりで削られるような痛覚の共有だ。 『……痛い、潰れる……折れる……』 後方の闇の底から、その信号は迫ってきていた。 太い木の根が、無慈悲な重量によって踏み砕かれている。 湿った土が、金属の爪によって抉り取られて

7
もっとみる

第零観測局:機密解析室

【WARNING: AUTHORIZED ONLY】 第零観測局・最深部「機密解析室」へようこそ。 ここは、のらくら管理官が観測する世界線(作品)の「未公開ログ」を解析・保管するアーカイブです。 ▼観測対象 ・『残響する零.log』(デジタル通信ログ) ・『三界』(アナログ発掘遺物) ▼主な活動内容 ・登場人物(再現体)へのインタビュー ・世界観、用語、ガジェットの解説 ・管理官(作者)による制作裏話・没データ供養 ここは物語の「舞台裏」です。 管理官とキャラクターたちがメタ的な会話を行いますが、すべては観測データを整理するためのプロセスです。 コーヒー片手に、気楽に入室してください。 管理者:のらくら(第零観測局・管理官)

第零管理局:機密解析室レポート07――三界:始まりの記録

第零管理局:機密解析室レポート07――三界:始まりの記録 【重要なお知らせ:管理官よりお詫び】 皆さまへ このたびは、大変申し訳ございません。 noteで『2026創作大賞』に向けて作業していた『残響する零.log』について、第三十五章と第三十六章を誤って削除してしまいました。 貴重な時間を割いて作品を閲覧していただき、スキをしてくださった皆さまに、本当に申し訳なく思っております。 その後、急いで第三十五章と第三十六章を作り直し、投稿させていただきました。ご報告と

5
¥100

第零管理局:機密解析室レポート06――冴島璃子による、残響する零.log:「界堂恒一」初期観測ログの解析

第零管理局:機密解析室レポート06――冴島璃子による、残響する零.log:「界堂恒一」初期観測ログの解析 【SYSTEM BOOT】音声認識ログ・アクティブ。参加者:のらくら管理官、冴島璃子(第1実験棟より特別アクセス)対象データ:第2実験棟『残響する零.log』第1章〜第4章 初期観測スライド 管理官: 「あ、あの……お疲れ様です。第零管理局の『のらくら管理官』です……。今日は胃薬の消費ペースが早くて……というのも、今回は『残響する零.log』の物語の幕開け、第1章から

5
¥100

第零管理局:機密解析室レポート05――新任オペレーター「冴島璃子」の着任と、三界:シロの異常進化データ

第零管理局:機密解析室レポート05――新任オペレーター「冴島璃子」の着任と、三界:シロの異常進化データ  お疲れ様です。第零管理局の「のらくら管理官」です。  最近、各世界線からの観測データが膨大になってきまして……私一人では到底処理しきれず、特別顧問の仁郷主任は相変わらず自分の狂気的な興味がある事象しか見てくれないため、私の胃薬の消費量が増える一方でした。  そこで今回、上位組織である統括評議会(Ctrl, Alt, Del)から、非常に優秀な(そして少し怖い)助っ人

3
¥100

第零管理局:機密解析室レポート04――三界:シロの覚醒(※システム警告:未承認のアクセスを検知)

【閲覧注意】機密解析室レポート04――三界:シロの覚醒(※システム警告:未承認のアクセスを検知)   のらくら管理官: 「観測員の皆様、お疲れ様です。第零管理局:機密解析室より、のらくら管理官です。 物語はいよいよ第11章から第15章(泥の大河~硝子化樹海編)を通過し、旅も過酷さが増してきましたね。 さて、今回レポートするのは、第14章で描かれたシロの『覚醒』についてです。 一見すると『回復魔法』のように見えますが、この『三界』には魔法という便利なものは存在しませ

5
¥100
もっとみる