メインコンテンツへスキップ
 

マガジン一覧

経験は宝物

人はみんな、自分の経験を人生の栄養にして生きている。 遠回りしたことも、うまくいかなかったことも、立ち止まった時間も。 そのすべてが、いつか誰かの支えになる「人生のバトン」になる。 この気持ちをテーマに、私の「経験シリーズ」をまとめました。 読者の皆さんが、自分の経験を少しでも宝物に感じられるように。 6話構成でお届けします: ① 経験は、人生の宝物 ② 遠回りの経験ほど、人をやさしくする ③ つらかった経験は、いつか誰かの光になる ④ 経験は、人を比べるためのものじゃない ⑤ 経験は、未来の自分を助ける ⑥ 失敗した経験ほど、人を強くする 小さな気づきが、日々の生き方に優しさを届けるシリーズです。

「経験は宝物シリーズ」第7話 「あの遠回りは、無駄じゃなかった」

人の話を聞いていると、よく思うことがあります。 遠回りをしてきた人ほど、やさしい。 不思議ですよね。 人生がずっと順調だった人よりも、 少し苦労してきた人の方が、 人の痛みに気づくのが早い。 言葉もやわらかい。 きっとそれは、 自分自身がいろいろな思いをしてきたから。 うまくいかなかったこと。 思い通りにならなかったこと。 悔しかったことや、悲しかったこと。 そういう経験をくぐってきた人は、 誰かのつまずきにも、すぐ気づきます。 「あ、大丈夫かな」 「今、しん

24

失敗した経験ほど、人を強くする

人生で、失敗を経験したことはありますか? 誰もが、うまくいかないことに出会います。 計画通りに進まなかった日、 思ったように結果が出なかった瞬間、 そして自分を責めた時間。 そのときは、とても苦しくて、 「自分はダメだ」と思うこともあるでしょう。 でも、時間が経って振り返るとわかります。 あの失敗があったから、 次に同じ間違いをしなくなった。 あの経験があったから、 人の小さなミスにも寛容になれた。 失敗の経験は、 人を強く、そして優しくする力になります。 だ

30

経験は、未来の自分を助ける

そのときは、 意味がわからなかった経験があります。 どうしてこんなことが起きるんだろう。 どうしてこんな思いを しなければならないんだろう。 そんなふうに思いながら、 ただ時間が過ぎるのを待っていた こともありました。 でも不思議なことに、 人生を少し長く歩いていると、 あとから気づくことがあります。 「あの経験があったから、今がある」 あのとき悩んだこと。 あのとき迷ったこと。 あのとき傷ついたこと。 それらは、 決して無駄ではありませんでした。 同じような

31

経験は、人と比べるためのものじゃない

人はつい、 自分の人生を誰かと比べてしまうことがあります。 「あの人は順調そう」 「私は遠回りばかり」 そんなふうに感じて、 自分の経験が小さく思えてしまうことも あるかもしれません。 でも、本当は、 人生の経験は 人と比べるためのものではないと思うんです。 遠回りしたこと。 失敗したこと。 立ち止まった時間。 そのすべてが、 その人だけの人生の物語をつくっています。 同じ人生はひとつもありません。 だからこそ、 誰かと比べる必要もない。 あなたが歩いてきた道

28
もっとみる

『頑張りすぎた心に、そっと寄り添う言葉たち』

“良い子”を頑張ってきた人へ。 誰かのために、 自分を後回しにしてきた人へ。 このマガジンは、 「もっと頑張らなきゃ」 「私なんて…」 そんなふうに、 心を縛ってしまう人へ向けて書いた、 エンパワーメントの言葉たちです。 介護、自己価値感、人との距離感、 心のつながり。 生きづらさの中で、 少しずつ“自分”を取り戻していくために。 読む人の心が、 少しでも軽くなりますように😊🌸

『人は、“答え”より“信じてもらえた経験”で変わっていく』

人は、 正しい答えをもらったから、 変われるとは限らない。 「こうした方がいいよ」 と、アドバイスをもらっても、 心が追いつかないこともある。 頭では分かっている。 でも、 どうしても動けない。 そんなことって、 あると思うんです。 私は最近、 人が本当に変わっていく時って、 “答えをもらった時” より、 “信じてもらえた時” なのかもしれない、なんて そんなことを感じています。 「あなたなら大丈夫」 「そのままでも価値があるよ」 「ち

25

『“自分には価値がない”と思ってしまうあなたへ』

「私なんて…」 気づくと、 そんな言葉が頭に浮かんでしまう。 誰かに褒められても、 素直に受け取れない。 頑張っても、 「まだ足りない」 と思ってしまう。 周りから見れば、 ちゃんとしているように見えても、 自分の中では、 ずっと自信が持てない。 そんな人は、 少なくないのかもしれません。   でも、 そう思ってしまう人ほど、 本当は、 たくさん頑張ってきた人なんだと思います。   小さい頃から、 空気を読んで、 期待に応えて、 迷惑をかけないよう

18

『エンパワーメント ―介護編―』

介護が必要になると、 どうしても、 「危ないから」 「こちらがやった方が早いから」 「失敗しないように」 と、周りが先回りすることが増えていきます もちろん、 そこには優しさがあります。 大切な人だからこそ、 苦労させたくない。 困らせたくない。 そう思うのは、自然なことです。   でも私は、 介護の中で、 時々考えることがあります。 良かれと思ってしていることが、 気づかないうちに、 相手の力を奪ってしまうこともあるのかも しれない――と。   例え

18

離婚したいのに決められないのは、弱さじゃない

「離婚した方がいいのかな」 そう思っても、 すぐに決断できないのは当たり前です。 一緒にいるのがつらい。 でも、離れるのも怖い。 このままじゃいけないとわかっているのに、 どうしても一歩が踏み出せない。 それは、あなたが弱いからではありません。 不安があるのは当然です。 これからの生活。 お金のこと。 子どものこと。 考えれば考えるほど、 簡単に決められることじゃないですよね。 むしろ、迷っているということは 👉 ちゃんと考えている 👉 ちゃんと向き合ってい

33
もっとみる

心が少し呼吸できる言葉たち

ひとりで抱えすぎてしまうときに、 そっと立ち寄れる場所として 無理をしすぎてしまう人や、 比べて疲れてしまった人へ向けて 心が少し呼吸できる言葉を綴っています 言葉にできない気持ちも、 そのままで大丈夫と思えるような やさしい時間を届けられたら嬉しいです

がんばりすぎてしまう人ほど自分のしんどさに気づかない

がんばりすぎてしまう人ほど、 「これくらいで弱音を吐いちゃだめだ」 って、 自分に言い聞かせてしまうことがあります。 本当はしんどいのに、 「もっと大変な人がいる」とか 「これくらい普通だよね」って、 自分の気持ちを 小さく、小さくしてしまう。 でも、 その“これくらい”の中に、 ちゃんとしんどさはあるんですよね。 気づかないふりをしてきただけで、 ちゃんと、疲れている。 今日は、 少しだけ自分の気持ちを そのまま見てあげてもいい日かもしれません。 もし、 ひと

31

ひとりで抱えきれないときは、誰かに頼っても大丈夫

がんばりすぎてしまう人ほど、 「相談するほどじゃない」 って、自分を止めてしまうことがあります。 まだ大丈夫。 もう少し頑張れる。 そうやって、 これまでも乗り越えてきたからこそ、 なおさら止まってしまう。 でも本当は、 誰かに話すことで、 少し呼吸がしやすくなることもあるんです。 何かが大きく変わるわけじゃなくても、 少しだけ、 気持ちが軽くなることもある。 ひとりで抱えきれなくなったときに、 「こんなこと話していいのかな」 と思う気持ちのままで、 そっ

65

まとまっていなくても大丈夫!雑談みたいでも大丈夫!

誰かに話すことって、 思っている以上に勇気がいりますよね。 「ちゃんと話さなきゃ」 「うまく伝えなきゃ」 そんなふうに考えているうちに、 余計に言葉が出てこなくなってしまうこともある。 でも、本当は、 まとまっていなくてもいいし、 うまく話せなくてもいい。 雑談みたいでも、 途中で言葉に詰まっても、 そのままで、大丈夫なんです。 大事なのは、 きれいに話すことじゃなくて、 “今の気持ちを、少し外に出すこと” それだけで、 少しだけ呼吸がしやすくなることもあり

31

「こんなこと話していいのかな」と思う気持ちのままでいい

「こんなこと、話していいのかな」 そう思って、 言葉を飲み込んでしまうことってありませんか。 誰かに話すほどのことじゃない気がして、 もう少し頑張れば大丈夫な気がして、 気づけば、 またひとりで抱え込んでいる。 でも、 そうやって迷っている時点で、 もう十分がんばっているんですよね。 ちゃんとした理由じゃなくていいし、 うまく説明できなくてもいい。 ただ、 「少し誰かと話したい」 その気持ちがあるなら、 それだけで十分なんです。 話していい理由って、 どこ

32
もっとみる

やさしさの線引き ――黙って見守るという選択

子どもを信じたい。 でも、すべてを許すことが 本当に愛なのかは、わからなかった。 黙って見守ることと、 立ち止まらせること。 その間で、何度も迷いながら 私は子育てをしてきました。 正解はわからないまま、 それでも「守りたい」という気持ちだけは手放さずに、 引いてきた線があります。 このマガジンでは、 何でも受け入れる親でもなく、 厳しさを振りかざす親でもなかった その途中にいた一人の記録を綴っています。 子育ての中で、 人との関わりの中で、 「これでよかったのかな」と立ち止まる夜に、 そっと寄り添えたら嬉しいです。

黙って見守るという選択――何でも許すことが、愛じゃないとき

「どこまで受け入れて、  どこから立ち止まるのか。」 その線引きに、ずっと迷ってきました。 「相手のすること、したいことを受け入れ、  否定しないことが大切だ」 そんな言葉を聞くことがあります。 私自身も、基本的には否定しません。 「やってみれば?」と承認し、 背中を押すこともあります。 けれど、すべてを受け入れることと、 相手を尊重することは、 同じではないと感じています。 筋が通っていて、前向きで、 相手の可能性を広げる選択であれば、 受け入れ、勧めることは

30

線を引いたあと、心が揺れた日

線を引いたのは、 よく考えた末の判断だったはずでした。 それでも、あとから何度も、 その選択を思い返しては、 心が揺れました。 周りの家庭と比べてしまったり、 「自分の価値観を 押し付けているんじゃないか」 「厳しすぎるんじゃないか」 そんな問いが、何度も頭をよぎりました。 それでも、守るために、 どうしても譲れないことがありました。 頑固だったのかもしれません。 融通が利かないと思われたかもしれません。 それでもあのときの私は、 誰かを縛りたかったわけでも

33

それでも私は、線を引いた――迷いながら、親であり続けた日

線を引いたあとも、 迷いは消えませんでした。 「これでよかったのか」 「別の選択もあったんじゃないか」 そんな問いは、何度も胸に戻ってきました。 それでも私は、あのとき 引いた線を、 なかったことにはできませんでした。 守るためだった、 そう言い切ってしまうには、 正直すぎるほど、心は揺れていましたが。 この話は、 「正解だった子育て」 の振り返りではありません。 むしろ、 迷いながら、悩みながら、 それでも親でいようとした 不器用な記録です。 ここから先は、

11
¥300

揺れたままでも、日々は続く

線を引いたからといって、 心がすっきりしたわけではありませんでした。 迷いは、後から後から湧いてきました。 「あれでよかったのだろうか」 「もっと別のやり方があったのではないか」 そんな問いが、 ふとした瞬間に浮かんできます。 そんな気持ちに揺れながら、 日々は進み、 私はまた親として、生活を回していきました。 先日、フォロワーさんから、 こんな言葉をいただきました。 「ここまで深く物事を考えられて、 あたたかい心を持たれている娘さんは 本当にステキですね。 お

33
もっとみる

感情を置き去りにしてきた人生を、ほどく

このマガジンは、 「ちゃんと育てよう」と頑張ってきた人のための記録です。 親からの言葉や態度に傷つきながらも、 それでも親になり、 「同じことはしない」と心に誓ってきた人。 子どもは大切に育てられた。 けれど、 自分自身の心だけは、 ずっと後回しにしてきた―― そんな経験はありませんか。 このマガジンでは、 ・否定されて育った記憶 ・親を反面教師にしてきた子育て ・自己肯定感が育たなかった理由 ・それでも生き直していく過程 を、静かな言葉で綴っています。 答えを押しつける場所ではありません。 「わかる」「私もそうだった」 そんな気持ちを、そっと置いていける場所です。

なぜ人は比べてしまうのか──嫉妬の奥にある、やさしい理由

なぜ人は、比べてしまうのだろう誰かの成功を見て、胸がチクッと痛んだとき。 人の幸せを素直に喜べない自分に気づいたとき。 「こんなふうに思ってしまう私は、  心が狭いんじゃないか」 「嫉妬するなんて、恥ずかしい」 そうやって、 感情そのものを責めてしまうことがあります。 心理学では、 人が他者と自分を比べることを 社会的比較と呼びます。 これは弱さでも欠点でもなく、 人が社会の中で生きていくために備わった、 とても自然な心の働きです。 私たちは、 自分は今どこに

42

比べてしまう親心──その奥にある不安の正体

比べてしまう親心・子育て子育てをしていると、 気づかないうちに、 誰かと比べてしまう瞬間があります。 同じ年齢の子と比べて、 発達が早い、遅い。 言葉が多い、少ない。 他の家庭と比べて、 できていること、できていないこと。 「比べちゃいけない」と思えば思うほど、 その気持ちは、 心の奥に残ってしまうものです。 比較の奥にあるのは、不安子どもを比べてしまうとき、 親はよく、自分を責めます。 「こんなふうに思う私は、 よくない親なんじゃないか」 「愛情が足りないのかも

50

毒親育ちでも、連鎖は断ち切れた――それでも自己肯定感が低いままの私へ

この文章は、 毒親育ちとして生きてきた私自身の体験と、 それが自己肯定感にどう影響してきたのかを、 できるだけ正直に書いた記録です。 親を一方的に断罪するための話でも、 「こうすれば幸せになれる」 という答えを示す文章でもありません。 私は、いわゆる 「条件付きの愛」で育ったわけではありません。 もっと曖昧で、もっと息苦しい、 親の自己中心的な愛情の中にいました。 親の機嫌を損ねないこと。 親が満足するように振る舞うこと。 自分の気持ちを後回しにしてでも、 「いい子」

29
¥500

「悲しみの中で生きるあなたへ──心にそっと寄り添う言葉」

大切な人を亡くしたあと、 「前を向かなきゃ」「もう平気だよね」 そんな言葉に、置いていかれたような気持ちになることがあります。 このマガジンは、 悲しみを乗り越えるためのものではありません。 涙が出る日も、出ない日も。 思い出したくなる日も、距離を取りたくなる日も。 そのすべてを「間違っていない」と、そっと肯定するための言葉を集めました。 無理に立ち直らなくていい。 強くならなくていい。 自分の心の速度を、裏切らなくていい。 悲しみの中で生きているあなたが、 少し呼吸をしやすくなる場所になれたらと思っています。

悲しみは、思い出すことで少しずつ形を変えていく

年末に、喪中はがきが一通届きました。 それは、短大卒業後、初めて就職した職場の上司が、 年の初めに亡くなっていた知らせでした。 その方のもとで、私は五年間働きました。 仕事のことだけでなく、人としての在り方を、 背中で教えてくれた人でした。 私が遠方へ引っ越してからも、 わざわざ顔を見に来てくださったり、 離婚という人生の大きな節目では、 弁護士さんを紹介してくださり、 事務所まで送迎もしてくださいました。 その後は、 年賀状のやり取りだけの関係になっていましたが、

34

涙は、弱さじゃない

もう大丈夫だと思っていたのに、 ふいに、涙がこぼれることがあります。 何か特別な出来事があったわけでもなく、 思い出に深く浸っていたわけでもない。 ただ、いつも通りの一日の中で、 ほんの一瞬、気がゆるんだだけなのに。 そんな自分を見て、 「まだ引きずっているんだろうか」 「いい加減、前を向かなきゃいけないのに」 そう思ってしまう人もいるかもしれません。 でも、 涙が出ることと、前に進めていないことは、 決して同じではありません。 人を大切に思っていたこと、 その人と過

41

「周囲との温度差の中で」

涙が出る日と、 何事もなかったように過ごせる日。 その揺れの中で生活していると、 ふと、こんな感覚に襲われることがあります。 ――周りは、もう普通に戻っている。 誰かが笑っていても、 日常が淡々と進んでいても、 それ自体が悪いわけじゃない。 でも、その輪の中にいる自分だけが、 少しだけ、 違う場所に立っているように感じてしまう。 悲しみが深いときほど、 人と距離ができたような感覚になることが あります。 誰かの何気ない一言に、 必要以上に傷ついてしまったり。 「

39

会えなくなっても、関係は終わらない

大切な人を亡くしたあと、 ふとした瞬間に、 何も感じられなくなることがあります。 泣けもしない。 思い出も浮かばない。 ただ、心が空っぽになったような時間。 「こんな自分は冷たいのだろうか」 「ちゃんと悲しめていないのではないか」 そんなふうに、 自分を責めてしまう人も少なくありません。 けれど、悲しみは、 いつも涙という形で現れるわけではありません。 心があまりにも深い痛みに触れたとき、 人は無意識に、 感じることを一時的に止めることがあります。 それは、壊れな

32
もっとみる

答えを出さなくていい人へ ―親との距離と、心が追いつくまで

親との関係、言葉にできなかった違和感、 距離を取っても消えなかった心の縛り。 このマガジンでは、無料記事で気づきを、 有料記事でその奥にある「本当の回復のプロセス」を丁寧に綴っています。 急がなくて大丈夫。あなたのペースで読んでください。

「ここに来たあなたへ──答えを出さなくていい場所です」

もしかしたら、 なにかを探して、ここに辿り着いたのかもしれません。 あるいは、 なんとなく、開いてしまっただけかもしれません。 どちらでも、大丈夫です。 ここは、 前向きになる場所でも、 答えを見つける場所でもありません。 なにかを決めたり、変わったりしなくていい、 そんな場所です。 読んでいて、 「ちがうな」と感じたら、 そのまま閉じてもかまいません。 最後まで読まなくても、 なにも持ち帰らなくても、大丈夫です。 ただ、もし今、 心のどこかが少し疲れていたり、 言

40

優しいつもりだったのに──それでも心が疲れるとき

もし、先日の文章が少しだけ心に触れたなら、 次の記事も、同じくらいやさしい温度で、 心の中のモヤモヤをそっと見つめる内容です。 優しいつもりでやっていることでも、 気づけば疲れてしまう瞬間があります。 「私は十分にやっているのに…」 「どうしてわかってくれないのだろう…」 そんな気持ちが、 胸の奥でモヤモヤしていることはありませんか。 無理に解決しようとしなくても大丈夫。 まずは、その気持ちを そのまま受け止めるだけでいいのです。 休む権利も、止まる権利も、あなた

38

距離を取ったはずなのに、心はまだ縛られていた

親との関係に、距離を置こうと決めたとき。 それは、簡単な決断ではなかったと思います。 連絡の頻度を減らしたり、 言われたことすべてに応えないようにしたり。 外側の関係は、 少しずつ変わっていったかもしれません。 それなのに—— 心の中だけが、 取り残されたように感じることはありませんか。 もう振り回されていないはずなのに、 連絡が来るたびに落ち着かなくなる。 断れるようになったはずなのに、 どこかで罪悪感が消えない。 それは、弱さではありません。 長い時間をか

31

良い娘をやめたつもりだったのに──年老いた親との関係で気づいたこと

距離を取れば、楽になると思っていました。 もう振り回されない。 もう、昔のようには傷つかない。 毒親との距離も、 心の整理も、 時間をかけて少しずつ進めてきた。 そう思っていたのに、 年老いた親との関係の中で、 まだ終わっていなかった感情に気づかされました 親からの連絡が来るたび、 胸の奥がざわつき、 なぜか気持ちが落ち着かなくなる。 断れるはずなのに、 拒否してもいいはずなのに、 気づけばまた、 相手の都合を考えている自分がいる。 「私はまだ、 良い娘でいようと

17
¥300
もっとみる

「心が疲れたあなたへ贈る、4つのことば」

なんとなく気分が上がらない日、 「大丈夫?」にもうまく答えられない夜、 まわりには優しくできても、自分には厳しくしてしまうとき── そんな“心が疲れてしまったあなた”のために綴った、 やさしい言葉のエッセイを、4本まとめました。 🌿収録内容 「“なにもできない日”だって、ちゃんと生きてるよ」 「“大丈夫?”じゃなくて、“つらいね”と言ってほしい夜」 「心がポロポロこぼれる前に、ちゃんと自分を抱きしめてあげよう」 「人に優しくするのが得意なあなたへ──その優しさ、ちゃんと自分にもあげてる?」 どのエッセイにも共通しているのは、 「あなたは、あなたのままで大丈夫」というメッセージ。 疲れた夜に、 ひとりきりで泣きたいときに、 あたたかな毛布のような言葉を求めているときに。 あなたがあなたを、少しだけ労わるきっかけになりますように。 心を込めて、そっとお届けします。

「人に優しくするのが得意なあなたへ──その優しさ、ちゃんと自分にもあげてる?」

誰かのために、ついがんばってしまう。 「ありがとう」「助かったよ」って 言葉に支えられて、また無理してしまう。 でも、そんなあなたは、 本当はとても繊細でやさしい人なんだと 思います。 本当はね、少し疲れてるんじゃないですか? 誰かに向けていた優しさを、 ほんの少しでいいから、 自分にも向けてほしい。 そんな思いで綴ったエッセイです。 ※この続きは、有料エッセイ(150円)で ご覧いただけます。 人の期待に応えようと頑張りすぎてしまう あなたが、自分の心にも、 やさ

14
¥150

「心がポロポロこぼれる前に、ちゃんと自分を抱きしめてあげよう」

「まだ大丈夫」「もっと頑張れる」 そんなふうに、 自分の気持ちにフタをしてしまうときありませんか? 気づいたときには、 心がポロポロこぼれそうになっていたり、 もう動けないくらい 疲れてしまっていたりする。 でも、本当は。 「まだ大丈夫」じゃなくて、 「もうしんどい」が本音なのかもしれません。 この記事では、限界に気づきにくいあなたへ、 その前に立ち止まって、 自分をちゃんと抱きしめてあげるための言葉を 綴りました。 ※この続きは、有料エッセイ(150円)でご覧いただ

4
¥150

「“大丈夫?”じゃなくて、“つらいね”と言ってほしい夜」

「大丈夫?」って言葉に、うまく答えられない夜があります。 本当は、ただ「つらかったね」と言ってほしいだけなのに。 気持ちにそっと寄り添う、そんな一篇です。 「大丈夫?」って言葉が、つらく感じるときがある。 大丈夫なふりをしてきた人ほど、 その一言に、どう答えたらいいか迷ってしまう。 「うん、大丈夫だよ」 そう答えれば、心配をかけずに済む。 でも、本当は大丈夫なんかじゃない。 むしろ、しんどい。苦しい。泣きたい。 だから―― 「大丈夫?」よりも、 「つらいね」

42

「“なにもできない日”だって、ちゃんと生きてるよ」

「今日は、なにもできなかった」 そんな日は、自分を責めてしまいがちです。 でも、それでもあなたは今日をちゃんと生きていた── 疲れた日に読みたい、やさしいエッセイをお届けします。 今日はなにもできなかった。 洗濯も、料理も、やらなきゃいけないことも手につかない。 気がつけば、ぼーっとして、時間だけが過ぎていった。 そんな日、ありますよね。 「こんなんじゃダメだ」 「またサボってしまった」 そんなふうに、自分を責めたくなる気持ちも、よくわかります。 でもね。 何もできな

36
もっとみる

心の荷物をおろすシリーズ

あとで読む記事をマガジンに保存しておくことができます。不要であれば、マガジンの削除も可能です。

遠距離介護ストレスを軽減するセルフケア法②〜自分の生活を守りながら、介護と向き合う〜

◎はじめに 「自分の生活が壊れていく気がする──」 介護をしていると、 ふとそう感じることがあります。 心が疲れ、身体が休まらず、 何をしても罪悪感がつきまとう。 私もそのひとりです。 特に、毒親育ちであった私は 「本当は関わりたくない親の介護」 を選ばざるを得なかった。 そして、遠距離という条件のなかで、 “できること”と“できないこと”を 何度も見つめ直してきました。 この記事では、「介護」と「自分の暮らし」を 天秤にかけながらも、 自分の心身をすり減らさずに

30
¥300

遠距離介護の葛藤〜距離が生む孤独とどう向き合うか

◎このnoteについて 介護が必要になった親との距離。 物理的な距離だけでなく、心の距離にも悩まされていませんか? 「親なのにどうして優しくできないんだろう」 「ちゃんと向き合いたいのに、怒りやストレスが湧いてしまう」 遠距離介護という現実の中で、甘えられなかった過去や、 頼られることのしんどさと向き合いながら、 少しずつ「私にできること」を見つけてきました。 今、介護に悩んでいるあなたへ── 同じ立場のひとりとして、私のリアルを綴ります。 ◎はじめに 介護が必要

19
¥300

親なのに優しくできない――がんばりすぎているあなたへ届けたい言葉

はじめに親の介護をしていると、ふとしたときに 自分の中に湧き上がる感情に、 戸惑うことはありませんか? 「また今日も電話が鳴るだけで、 気持ちが重たくなる」 「手伝っても、ありがとうも言われない」 「親なのに、優しくできない自分がつらい……」 こんなふうに思ってしまう私は、 冷たい人間なんだろうか。 そうやって、自分を責めてしまうこと、 私にもありました。 親との関係にしこりがあると、介護の場面で その感情が一気に押し寄せてくることがあります。 この記事では、かつて“

11
¥300

NO.5『「甘えない子」だった私が、心から甘えてもいいと思えるまで』──いつの間にか強くなった“あの子”の物語

はじめに 子どものころ── 「甘える」ということを、どこかで諦めた記憶はありませんか? 誰かを頼ること。 わがままを言うこと。 駄々をこねること。 「そんなの通じるわけない」 「言っても無駄」 「自分で何とかするしかない」 そうやって、気がつけば“大人のような子ども”になっていた。 ──これは、そんなふうに育ってきた「私」のお話です。 第1章:「いない存在」のような母のもとで 私は、小さい時から“自然と何も期待しない子”でした。 母親はいつも不機嫌そうで、私への関

16
¥300
もっとみる

60歳から、もう一度“私の人生”を始めた話。

60歳で仕事を失い、抜け殻のようになっていた私。 でも、娘のひとこと、誰かの“全肯定”、SNSでの小さなやり取りが、私を少しずつ前へと動かしてくれました。 このマガジンは、そんな私が「もう一度、自分の人生を始める」までの道のりを綴った実話エッセイです。 同じように、今から何かを始めたい人へ── 何歳からでも、自分を取り戻せる。そんな希望を込めて届けます。

🌿60歳から、もう一度“私の人生”を始めた話 【第8回】「今、私は“誰かの力になれる私”を生きている」

60歳。 子育てがひと段落したと同時に、仕事を失い、 「これからは“私の時間”だ」 と思っていた未来が音を立てて崩れました。 やっと自分の人生の主役になれるはずだった私は、 まるで舞台の袖に押しやられたような気がして、 しばらくは何もできませんでした。 だけど、あのとき娘がくれた一言、 出会った人の“全肯定”、 ココナラやnote、SNSを通じて生まれた 誰かとのつながり── そのすべてが、私を少しずつ “自分の人生”の舞台に戻してくれました。 かつての私は、 「ちゃ

24

🌿60歳から、もう一度“私の人生”を始めた話【第7話】“ちゃんとしなきゃ”じゃなくて、“そっと寄り添いたい”──私が目指すゆるやかなカウンセリングのかたち

「ちゃんとしたカウンセラーにならなきゃ」 「ちゃんとしたセッションができなきゃ意味がない」 そんなふうに、 自分にプレッシャーをかけていた時期がありました。 でも今は、少しだけ肩の力が抜けてきています。 資格は取った。 少しずつ、人とやりとりする機会も増えてきた。 でも、気づくといつも 「ちゃんとしなきゃ」と焦っていました。 セッションの技術もまだまだ。 知識も足りない。 肩書きも、実績も、ないに等しい。 「これで人の役に立てるの?」 「私の言葉が、

27

🌿60歳から、もう一度“私の人生”を始めた話【第6話】「経験が少ない私だからこそ」──ただ“聴くこと”を大切にしています

「話すこと」は、実はとても勇気がいる。 経験が少なくても、聴く力はきっと人を支える── そんな想いを胸に、私は今、 できることを大切にしています。 人の心にそっと寄り添うために、 まず“耳を傾ける”ことから始めてみよう と思えた日々の記録です。 「まだ経験がないから、私なんて…」 そうやって、 心のどこかで自分を小さくしてしまうことは ありませんか? でも、“話をちゃんと聴くこと”は、 経験よりも何よりも、 人の心を支える力になるのだと、 私は信じています。 カウ

31

🌿60歳から、もう一度“私の人生”を始めた話【第5話】まだ“誰かの心”にちゃんと寄り添えていない気がして──それでも伝えたい想いがある

クライアントがいないと、 何も始まらない気がしていた。 でも、noteのコメントも、Xでの反応も、 電話での一言も── たった一つの言葉のやり取りに、心が動く。 「寄り添う」って、きっとそこから始まる。 「カウンセラーとして活動しています。」 そう自信を持って言えるようになるには、 まだ少し時間がかかりそうです。 対面セッションの経験はありません。 けれど── ココナラでのやり取り、noteのコメント欄、 そしてX(旧Twitter)での小さな言葉の往復。 ほ

9
¥200
もっとみる