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マガジン一覧

音楽と共振する体験を導くutena drawing

utena drawingは楽器も楽譜もあとまわし。 必要なのは紙と筆記具(クーピーや鉛筆など)だけ。 音楽の知識があってもなくてもなくても、誰でもそこへんにあるものですぐにはじめられられる音楽体験です。でも音楽のイメージを絵にする、ということではないのです。音楽の要素を線に描き出して、理解と体験を深めます。 何より大切な素材は、感じる心。

音楽を描く?|音楽と共振する体験を導くutena drawing|その1 はじめに

音が一つ   * 響きが生まれます。 これはまだ、そこにじっとしています。 それからもう一つ。   * * 音と音の間に動きが生まれるそのときに、音楽が生まれます。 プロローグ東京のワークショップを終えて、先日愛媛に帰ってきました。 参加者は、数年から中には十年以上このワークを続けてくれているメンバーで、新規の体験者もなく、小規模なものでした。こんなかんじで細々と続いているのですが、今回は小さな進展がありました。 参加者達自身が誰かに伝える側になってもらう「音楽を描

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音楽の背中・暮らしの奥に(日記)

大人や子供がやってきて音楽をまなぶここutena music field での出来事と、日々のふりかえり、明日への希望などを。 音と音のあいだにある音楽と西洋音楽の仕組みへの敬意と、暮らしのあらゆる場所に偏在する音楽と。そして、私。

音楽教室の先生などと入門講座の模索始まる、ほか。

東京に来ています。 写真は、出かける前に撮った、音楽室の庭の様子。 あじさいアナベルがこれから見頃なのに、一週間家を空けるのが残念ではあります。 さて今回、新規にこのワーク(音楽を描くutena drawing)をやってみようという人には今のところ出会っていませんが、会員の皆さんの理解と体験はそれぞれに深まってきている手応えがあり、その熱もうけとり、さらに今日明日の展開が楽しみです。 研究コースでは、 これまでutena drawingで地道に自分の中で育ててきたことを、

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悲愴ソナタ演奏|音楽を描く'コミュニティ課題として

悲愴ソナタと向き合うことになった経緯 ベートーヴェンの悲愴ソナタの演奏をyoutubeにアップしました。 これは、きちんとした演奏会ってかんじのではなく、 自分と向き合った記録としての演奏。 音楽を描く’utena drawingのコミュニティでは、 今までutena drawingをつかってやってきた音楽を紐解く方法を 自分なりに、 自分の好きな曲でとりくんでみる、 ということを2・3月の間行いました。 その間は私もみんなと同じように 自分の音楽と向き合ってみたい。

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情報の海の中自然な流れを求めていく(GPTとの対話)

写真の白菜の花は、自宅の冷蔵庫で長いこと食べ損ねられていた白菜が冷蔵庫の中で思い切り茎を伸ばしていたもの。実家から帰ってきて気がついて、水にいけたら、こんなに元気に花が咲きました。 ほんと、不耕起、無肥料の野菜はひたすら生命の法則を生きてる感じする。 畑は継続しているし、自然農も手放さない。春に向けて準備したり、今年はハーブ園を作ったり、去年から少しずつ果樹も計画しています。ただ、noteにあげる頻度は今以上に減ってくるかなと思います。写真は後で見返すためにも載せるかな。

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実家のピアノと恩師と信仰

実家のピアノは鍛えてくれる 実はこのピアノは、うちのものではなくて、私の中学生の頃まで習っていた先生からの預かりものですが、ほぼ、いや、まるっと私物化しています。 母と合唱仲間でもあった先生が、自宅のピアノを買う際に、置き場がなくなったから、と、母に委ねたのでした。その後、私が練習に時々使っていることをきいて、そのまま置いてくださっていて、そして、そのまま先生とは音信不通になってしまいました。母の仲間うちも皆さん高齢で、その消息をたどるすべがなくなってしまったのです。

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”音楽”を伝える音楽教室に

音楽教室は「音楽」をちゃんとその人の根っこに手渡せているのだろうか?掘り下げてきたのは、「人と音楽の出会う場所」。感覚、時間、空間、身体、教えるということ、まなぶということ。音楽教室のありかたについて、考え方と社会とのつながりと。

子どもと大人は切れ目なくつながっている

大人の世界線と子どもの世界線は違う、というのは一般的には自明のことかもしれません。 でも、かつて子どもだった私も今の私もそれは切れ間のない連続した時間ずっと私のままです。たとえば、小さい頃の記憶をたどってみると3歳児の私の体験は、今の私の生体の延長として想起されるのです。五歳の私、九歳の私、そこにはずっとその時間時間を体験し、感じ、考える同じたったひとつの「私」の連続体があるだけで、そこには子ども、大人という線引きはありません。 それを思うと、私には生徒を今子どもだからとい

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ピアノは「引」かないでね

ピアノを引く。 うれしそうに知っている漢字で「ピアノを引く」って書いてしまう生徒達。 もちろん、正解は「弾く」のほうで、まだその漢字は知らないのだから仕方ないのです。 でも、これ、漢字の間違いだけの問題じゃない大事な鍵、この機会にちゃんと伝えておくべき体感があるので、ちょっと立ち止まって、これね、って話をしておきます。 それは、ピアノを引っ張って「引こう」としてしまう生徒がとても多いから。その仕草の違いを意識化していく必要があるからです。そして、それをしてる限り、君の心はピ

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「先生」からの解放

マガジン”音楽”を伝える音楽教室に その像は誰の作品か 彼女が言ったのはこういうことでした。 「これは、私じゃない。全部先生が手を入れて、自分らしいものがなにもない。」 昔、娘が長年暮らした我が家から出ていくという時のこと。 家には、彼女が美術科の高校に通っていた頃に作った、等身大の身体像があったのですが、旅立つ前にこの像を解体して、ばっちりゴミの日に回収してでていったのでした。なかなかに大変そうな作業でしたが。 まあ、考えてみたら、経験浅い高校生があんな大きな作品

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子どもの世界線に舞い降りる

子どもの世界に大人の意図をただ持ちもちこむのではなくて、子どもの世界線に入り込んで一緒に歌いながら、レッスンしているつもり。子どもたちがそれを認めてくれるかどうかはわからないけれど。それは、きっと子どもたちの音楽室に通う様子が物語ってくれているでしょう。お世辞にもうまくいかないときもあるけれど。 でも、ちょっとうれしい出来事がありました。 6年目のちょっとした出来事 今、成長のまっさかり、思春期に向けての準備が着々と心の中で進んでいる6年生あたりの生徒との対話が楽しいん

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松野町ワンダーランド&にわにわにっき

除草剤や草抜き・草刈りが生きものの姿を変えていくのを目の当たりにしながら、でも、楽しく谷中のワンダーランド化している、実家の話です。松野町は実家の在処。そしてたまに音楽室前の庭の様子。

5月下旬・玉ねぎニンニクの収穫

耕さない(耕せない)肥料・農薬も使わない、結果的に自然農を選択した、通い実家の畑と庭。一人で草に潜って野菜を植えたりしています。植物と音楽との関係やいかに。

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5月の実家、不耕起の畑

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不耕起栽培の実家の4月の畑と庭

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実家の不耕起野菜庭3月末

解説をつけたりすると、時間を食ってしまうので、記録用に写真だけ残していきます。不耕起、無肥料の畑です。

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utenaの思考

新しいマガジンを作りました。utena drawingとその背景について、まとめていけたらと思っています。

音楽は誰のためにある?

utenaの思考1 どうして私たちは演奏するんでしょう。 ほんとに不思議な生き物です。人間。 立派な演奏を片耳で聞きながら、いつかあんなふうになるかな、なれるはずないよな、と思いながらそれでも楽器を手にしていた、私。そして、練習の方法に迷いながら、「この曲の正しい演奏の方法」はもしかしたらこれかもしれない、と、おもったり、あるいは誰か・・先生などに・・こうすべきと言われたりで、その手本だけを頼りに、練習を重ねました。 あるのはお手本、つまり目的地(お城)だけで、そこへの

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人と音楽のあいだを満たすものについて

人たちのかけがえのないいとなみと連動する音楽のことを考えたい。 音楽学者ではないけれど、いえ、だからこそ見えてくる音楽があるはず。音のない音楽のことや、自然のなかの音楽のことなども。

型にはめること、形が形成されること

つくづく、形だけ整える、ということが 性に合わないということが ときに、自分でも嫌になるし、 人には嫌みに聞こえるだろうし、 それがなんなのか、この年になって わかってきたので、もう諦めている、という感じです。 昔はなんとか、自分でも型にはまって よい子でいようとしましたが、病みました。 自分が消えてなくなりそうなどうしようもない違和感。 かといって、何か別の道が見えているわけでもない不安定感。 それは私のわがままかと自制の念。 で、もうその自分にあらがわないことにしたので

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時間がみえる

音楽と、植物の成長。 同じなのは、そこに独自の時間が在ること。 一瞬一瞬は過ぎ去って仕舞えば何も残らない。 けれど、 そこには経過があって、何も残らないはずの 時間の軌道が観える。 音楽を演奏することと、植物の世話をすること。 植物には私が介入し得ないプロセスがあって それに手をすこし貸して、植物の時間を良いものにしていく。 とくに自然農をしているとその時間が見えてくる。 見えなければ、うまく手が貸せない。 多分、私がずっと植物を育てるのは 植物が展開する時間をみることを

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悲愴ソナタも弾きますが、のこ鎌も引きます。

ピアノと畑仕事は両立する? 先日あげた悲愴の全楽章をしていたときも、畑仕事は継続していました。 最近は庭木もすこしずつ手入れをするので、のこぎりも使います。 のこぎりだけでなく、のこ鎌、刈り払い機、耕耘機、鉈、スコップ。なんでも一人でします。(ノコ鎌は自然農の心強い相棒ですね。) 私の場合はピアノと農作業の両立はリスクもあるけれどもメリットのほうがおおきいようです。(ピアノ弾きの皆さんにお勧めはできませんが・・) 結局力の使い方や方向性、身体の力で戦わないやりかた、は、

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音楽の呼吸

音楽の古い文献によると、音楽とは「飛躍(アルシス)」と「休息(テーシス)」の連続であると書かれています。 ただ、このアルシスとテーシスの概念は、時代により、場所により、というよりももしかしたらその音楽学者によって少しづつ違っているか、あるいは真逆のことを言っているようなのです。 これについて昔、長い記事をホームページに書いて、結構今でも読まれているようなのですが、utena drawingを続けてきて、改めて気がついたことがあります。 それは、じゃあ、誰が正しいかとか、

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音楽を描く(utena drawing)ってこんなこと

「音楽をクレヨンで描くなんて、子どもの遊びでしょう?」utena drawingをはじめた頃によく聞かれた言葉でした。この方法は確かにシンプル。でも、この方法はそこにとどまらないのです。まだやったことがない、という人にも伝わるにはどうしたら良いのかな、と思いながら書いている文章たち。

呼吸の深さが見える

昔の生徒の置き土産。 ベートーヴェンのソナチネの流れを感じながら描いたもの。 写真を探していて、スポーツ選手を目指していた彼の肺活量がそのまま見えるような、おおらかな線が目にとまった。スポーツに音楽的な仕草が絶対役に立つからねって、よく話していたっけ。その音楽ってなにかっていうのが、ほんとうに深い問いかけなのだけれども。最後のコンサートで演奏したヘンデルの「木陰にて」もぐんとこころに響く演奏だったな。 懐かしい。

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9年目の音楽ワークショップ|言葉にならないやりとりを

音楽を描いて体験する。 この方法は、音楽の専門家だけのものではなくて、どなたにとっても、音楽に触れてみる良いツールだと思います。それに共感していただいて始まった愛媛での固定メンバーでの音楽のドローイング、古いアルバムを見てみたら、もうこのメンバーと行なっている小さな音楽ワークショップも9年目にはいったところ。 9年ゆるゆると続いているという感じで、その中に体験の深まりや発見もいろいろあったかもしれない、いや、あったとおもいます。たしかに、音程がよくなってきたり、音楽に乗れ

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音楽的に不器用な人のための音楽

簡単にだれでも手にとって遊び始められるもの。 音楽を描く(utena drawing)の良さでもあります。 例えば、ピアノはものにするのに大変な技術を必要としますし、歌だって、慣れていない人にはハードルが高いものです。 音楽が嫌い、とか苦手、と遠ざけて来た人にとっても、この手法は力になってくれるでしょう。 楽器を演奏するのではなくて、 ・音に並んで歩くように ・そのメロディの輪郭を描くように ・クレヨンの先から音を紡ぐように 画用紙に線を描いていきます。 音楽が線を描く。

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自分の中の音楽を育てる時代になると思う

音楽を耳にしない日はありません。 こまぎれになった音楽がスマホからあふれてきて、私たちはそれにもうなれきって麻痺しているかもしれない。一日たりとも音楽のない日はない、というくらい音楽があふれる世界。 でも、もういいよって、言いたくなるときもあったりしませんか。 私は時々うううってなります。 自分を置き去りにして、機械的に流れてくる音楽。思わずスピーカーマークをカット。 音楽っていいもんだ、勇気をもらえる、心を癒やしてくれる。 確かにそれは間違いはない。いい曲も素晴ら

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思春期に読んでみてほしいファンタジー

昨日、音楽室のコンサートの時に、なんだか昔読んだファンタジーの話がしたくなって、えらそうにも 「ファンタジーには本物のファンタジーと、ファンタジーのツールを使っただけのファンタジーがある。」などと話したね。あのときつぶやいた本の他にもいくつか紹介したい本を思いついたから、ここに書いておくね。いつか見つける時が来るかな。 私のことを少し話すなら、思春期から30代ころまでは、他の本も読んだけども、一番ファンタジーにのめり込んだもんで、まあ、あんまり現実世界のことを好きじゃなかっ

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25年読んできた本

つくづく音楽とは時間の中に生み出された、人の似姿だと思います。 「芸術作品も自然に劣らず自然物に他ならない。」 と、この本、ゲーテ的世界観の認識論要綱の最後の章に記されていて、では、その自然を人はどのように捉えられるのか、ということが、この本には書かれています。 音楽の生まれるところ、に、いつも私の関心はあって、 それは、森の中の鳥の鳴き声のように、確かに聞こえるのになかなかその姿をみることができない、そういうものでした。 わからないなりに、模索し、人と出会い、その人の中

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utena drawingをやってみる(有料・動画つき)

とにかくやってみないとわからないutena drawing ’音楽を描く’です。 utena drawing をつかった音楽プロセス体験がどんなふうにはじまるのか、ワークショップに行ったつもりでやってみることができる記事です。動画もたくさんありますので、画用紙と滑りの良いクーピーなどを用意してやってみて。メンバーシップやワークショップ参加を迷っているひとにもおすすめです。

伸びる音符を心地よく伸びるために

「音楽を描く?utena drawing」基本のワーク」マガジン 伸びる音は本来心地よいものだったり、 どこかへ連れて行ってくれる感じがすると 自分でもきもい良いし 音楽を共有する時にも感覚を重ねることができるものです。 でも実際やってみると なかなか心地よく伸びられない、 という現象がおこってしまう・・ なぜかというと、 拍のカウントに縛られてしまったり いく先が気になる・・・ 要するに着地点に対する不安や 距離感に関する不安がそこにあるからです。 さて、この不安にま

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¥300

アイルランド民謡「春の日の花と輝く」を描く

「音楽を描く?utena drawing」基本のワーク」マガジン 前回、前々回で丁寧に 体験を掘り起こしながら、 膨らむ・縮む 音楽の呼吸をやってみました。 今回は、 音楽に重ね合わせて体験してみましょう。 *このシリーズのnoteでの公開は、3月で終わりです。 4月からは、オンラインアプリでのワークショップが始まります。 では、やってみましょう!!

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¥300

音楽の呼吸を描いて体験する

「音楽を描く?utena drawing」基本のワーク」マガジン 音楽的要素のあらゆるところで、 無意識に働いている、 「膨らむ縮む」という現象に 体感を重ねてみましょう、 というのがこのワークです。 音楽側の情報に体感を寄せるまえに、 まず自分のなかから丁寧にその 「膨らむ、縮む」 を呼び出してみましょう。 音楽が感じている呼吸 今回は、童謡の「春よこい」。 音楽は一つの長さで呼吸してるのはなくて、案外いろんなまとまりでやってみることができます。その変化も楽しんでい

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¥300

音楽の”呼吸の原理”をやってみる【動画】

「音楽を描く?utena drawing」基本のワーク」マガジン utena music field の音楽プロセス体験、 感じることから学ぶutena drawing日々の基礎ワーク 今回は 「膨らんだり縮んだりする」 あるいは 「アップとダウン」 西洋音楽史でよく聞く「アルシスとテシス」 そういったものの、 まずは実感される体感を確認するワークです。 ですから今回は線描はしないで、 体を使ってやってみましょう。

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¥300
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雑感と本

音楽プロセス体験につながる、読んできた本。 音楽とは直接関係のない雑感もここにまとめてあります。

パブロ・カザルス「鳥の歌」(ちくま文庫)

人の心の中には、たくさんの相反する感情が潜んでいて、 天国も地獄も実のところ、内面に全て抱え込んでいるのではないかと思う。 中には、自分自身ですら未知の感情や記憶の傷やらが跋扈していて、 かと思うと、思いがけず小さな綺麗なカケラを拾ったりもする。 私、という顔のその奥に潜む何万の貌。 ありえない無意識の奥から、手が伸びてきて、良心を食らう鬼。 戦争を起こすのは、誰か心ない人たちではない。 誰かの無意識と別の誰かの無意識が癒着して塊になり人格のふりをし、 人の手綱を逆向きに引

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【読んだ本】ゲーテの世界観

ゲーテの世界観/人の内と外は決して分断されてはいない・・ ”人の内と外は決して分断されてはいない。” 折に触れ立ち返り、何度も読み直す本の一つです。 哲学の世界では、イデア(物事の本質)と人の内面は切り離され、人の内面は閉ざされたもの、という認識が一般的でした。 ゲーテといえば、シューベルトをはじめ、ベートーヴェン・ヴェルナー・ブラームス・シューマン、メンデルスゾーン、ヴォルフ、リームなど、彼の詩を歌曲にした作曲家は枚挙にいとまがありません。その詩人としての、ゲーテ。

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センス・オブ・ワンダーと沈黙の春

レイチェルカーソンのセンス・オブ・ワンダーの本の写真とともに、 「先生の農業のことを思い出しました」 と生徒さんのお母さんからlineが届いた。 私からは 「沈黙の春も読んで。この二冊はセットだから。」 と返した。 ちょっとぶっきらぼうだったかも、と反省。 ただ、この二冊は、 読み直す迄もなく、自分の中にまだその残光が残っていて 素通りができなかった。 レイチェルカーソンに出会ったのは まだ20代だった気がする。 有吉佐和子の「複合汚染」の引用から 「沈黙の春」にたどり着

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味付けの的(まと)

火にかけた雑煮の汁の味見をして、ちょうどよいか、ちょっと薄いか、という感じで、なんだかちょっと少したしたのでは不安な気がして、多めに入れたのがいけなかった。お餅は美味しく食べられたのだけれども、汁を飲み切ると、濃くて、なんか残念感が残った、昨日の出来事。 今日は、生徒の会計名簿を手書きしていて、ノートに定規を当てて線を引くのに、なんだかスッキリと引けない。目は確かにこの頃霞んできている。むむむっとおもって、メガネを外し、もう一度引きなおしてみた。視力のせいというよりは、物差

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