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南方熊楠顕彰館での発表の参考資料

2025年1月11日(土)に南方熊楠顕彰館で行われた講演会「ツチノコを通した地域創生と、南方熊楠の知的ネットワーク」の中で私が発表した「南方熊楠蔵書の中の民俗学「リトルプレス」」の参考資料をまとめました。ほぼこのnoteでまとめていたことを話しています。

『熊野趣味研究』という趣味誌について

 ある趣味誌に出されていた広告で『熊野趣味研究』という雑誌があることを知って、どのような雑誌なのか気になっていたが、少し前に某所でこの雑誌の第1巻第1号を閲覧する機会があったので、書誌情報を紹介していきたい。 大きさ:約24.4cm×約14.5cm、和装本、謄写版 印刷:大正15年5月15日 発行:大正15年5月20日 編集兼発行印刷人:上中宗太郎 和歌山県田辺町北新町 頁数:18頁 巻頭言 編集者のことば 田邊藩札の沿革 宕陽(鈴木融) 編集者のことば 貝について 木下

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遂に判明した謎の男・平澤哲雄の生年

 拙noteでは以下の記事で謎の男・平澤哲雄を度々紹介しているが、生年は不明であったので、いくつかの推測を行ったことがある。(関連記事も以下に記載しておく。)その後もよく分からないままだったが、今回平澤と結婚した吉村せい子のことを調べていたところ、平澤の生年が紹介されている資料を発見した。 『ロマン・ロラン全集』第71巻(みすず書房、1954年)には、ロマン・ロランが吉村せい子に宛てた書簡が掲載されており、その内容に平澤が登場する。(注1)この巻の「あとがき」に訳者の蛯原徳

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謎の男・平澤哲雄の生涯とその年譜

1. はじめに―本当に謎の男なのか? 気が付けば今年も終わりである。本来であれば、私が研究しようとしている柳田国男、鶴見俊輔、吉本隆明などの論考を1年の成果としてここに発表するべきであるかもしれないが、正直に申し上げると、例のウイルスによる混乱、私自身の多忙、そして怠惰によって、これらの人物の調査はあまり進まなかった。数少ない今年進んだと思われる成果は、当時一発ネタのつもりで以下の記事に取り上げた謎の男・平澤哲雄のことである。哲雄は、国会図書館の管理している典拠データが検索で

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斎藤昌三の趣味誌『いもづる』を読む南方熊楠

 以下の記事で斎藤昌三と南方熊楠の間に交流があったことを紹介したが、熊楠の蔵書には斎藤が発行していた趣味誌『いもづる』が含まれている。『南方熊楠邸資料目録』(南方熊楠邸保存顕彰会、2005年)で確認すると、『いもづる(以茂随流)』第5巻第1号、第5巻第2号が所蔵されている。熊楠が実際に『いもづる』を読んでいたかが気になっていたが、先日熊楠の論考に『いもづる』が引用されているのをたまたま発見して熊楠が『いもづる』に目を通していたことが分かった。『熊楠研究』第7号(南方熊楠資料研

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調査趣味誌『深夜の調べ』第1号関連記事

調査趣味誌『深夜の調べ』第1号で紹介しているnoteの記事をまとめました。 雑誌とともに参考いただければ幸いです。

『日本人は何を捨ててきたのか』鶴見俊輔・関川夏央に関するメモ④―『影往テレスコープミュージアム』と杉山龍丸の党派性

 少し前に購入した『影往テレスコープミュージアム  VOL.2  机上のユートピア』という雑誌(表紙もすごいので以下に写真を載せたい。)を読み進めているが、黒幕ちゃんさんの投稿された「夢野久作と地方創生」という記事で夢野久作の孫の方や地域の歴史資料の保存に関わっていらっしゃる方へのインタビューが掲載されている。この記事の中で夢野久作の子供でインドの緑化に大きく貢献した杉山龍丸のことも紹介されているので、私もこの人物のおもしろいエピソードをひとつ紹介したい。  『日本人は何を

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佐渡の郷土研究者・青柳秀雄の所蔵していた『二戸郡の植物地方言』―青柳秀雄宛のハガキを読み解く

 先日、古本即売会の帰りに神保町で買い物をしていたところ驚きの掘り出し物があったので紹介していきたい。ある古本屋の棚をあさっていたところ、『二戸郡の植物地方言』藤原純蔵編(福岡尋常高等小学校理科研究部、1931年)という本を発見した。聞いたことのない本だったので奥付を確認したところ非売品と書かれていたため、貴重なのものであると判断して購入することにした。以下に写真で本の写真を掲載しておきたい。 本の内容は各植物の学名と方言での呼び方がリスト化されており、五十音順に並べられて

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集古会の会員だった木戸孝允の養子・木戸忠太郎―すごすぎる『昭和前期蒐書家リスト』より③

 何回か拙noteで紹介したように、『昭和前期蒐書家リスト 趣味人・在野研究者・学者4500人』(編集:トム・リバーフィールド、監修・解説:書物蔵, 2019年)は眺めているだけでおもしろいが、眺めていて私にとって再び新しい発見があった。 この本には、木戸孝允の養子でダルマの蒐集家であった木戸忠太郎が掲載されているが、引用元が『千里組織』(集古会, 1935年)となっているため、木戸忠太郎は集古会の会員であった。『追憶の柳田國男 下野探訪の地を訪ねて』中山光一(随想舎, 2

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集古会の会員だった南方熊楠の高弟・上松蓊―すごすぎる『昭和前期蒐書家リスト』より②

 以下の記事でも紹介したように、『昭和前期蒐書家リスト 趣味人・在野研究者・学者4500人』(編集:トム・リバーフィールド、監修・解説:書物蔵, 2019年)は眺めているだけでおもしろいが、今回眺めていて私にとって新しい発見があった。 この本には、南方熊楠の粘菌研究の高弟である上松蓊(しげる)の名前も登場する。本の中では、上松の名前の典拠は「1935千里」、「1938古通」とされており、引用されている本の正式な書名はそれぞれ『千里組織』(1935年)、『日本蒐書家名簿』(1

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