せっしゅしたことについてのあれこれとそれにまつわるなんやかや
2026年1月17日 『本なら売るほど』がいろんな漫画の賞を取っているようで、ためしに手にとって読んだ。 古本屋を営んでいる青年が主人公の漫画で、1話は亡くなった方の蔵書を買い取るお話。戸建ての家にみっしりある蔵書。居間に山と積まれた本たち。本の保存状態や蔵書印(蔵書をする際に本に押す自分の名前が入った印)まであることを確認して、持ち主がどれだけ本を愛していたかが伝わってくる。生涯独身で亡くなった持ち主、その妹さんが遺品整理をするため、主人公に買取依頼がかかった。 主人公
4月下旬、『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』を映画館に見に行った。1月下旬からやっているから、3ヶ月も映画館にかかっているというのはそりゃあもう大ヒットしてるのだ。ここでさくっと白状すると『SEED』はドハマリしたのだけど、『SEED DESTINY』は見ていない。とはいえゲームなどで登場人物は知っているし、『Zガンダム』の応用としてステラがどのような人物かなどは把握していた。シン・アスカとキラ、アスランとの主人公視点の変化など表面をなでた感じ。まあそんなこんなも随
2023年10月5日 これ見て泣いた。MCも曲もよいので見てほしい。 (Fear, and Loathing in Las Vegas主催の音楽フェスにアイドルのPassCodeが出演したときのです)
『音埜淳の凄まじくボンヤリした人生』というタイトルはジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』から引いた。オタク少年・オスカーとその家族の、”呪い”にまつわる小説で、ギラついた太陽と汗と血の匂いがたちこめる世界に生きる、アニメとゲームとSF小説好きの少年の凄まじい人生の物語だ。家族に降りかかっている呪いは”フク”と呼ばれ、どうやら一筋縄では解けないものらしい。 年齢を重ねていくと家族との関わり方が変化していく。その変化を表現したかった。どうしても演劇でないとむず
演劇についてのあれこれ
2023年10月8日 本を買う行為は「この本にある世界観をわたしはこれから受け入れるつもりだ」という意志表示であるようにも思う。ということを本を読みながらつらつら考える。 台本を書いては引き返し、小さく書き直したりもとに戻したりしている。極端に神経を使う場面では(それが上演面ではささいな場面でも)何度も手が止まったりする。書けば書くほど選択肢は消失し、別の選択肢が現れる。全体の輪郭がどのようになりたいのかを台本に少しずつ聞きながら進める。離れて考える。の連続。 ハマスが
2023年10月2日 人物が動き出している気がする。新鮮だ。今回は書く際にいくつかの決め事を設けた。これまで手が止まる要因になっていたものを意図的に排した。上演には見えないものだが自分の内的プロセスでは大きな変更とも思う。 劇壇ガルバ『砂の国の遠い声』もチケットも発売し、稽古もまもなくはじまる。とてもとても見に来てほしい。見に来てほしいものにするために稽古をするのだけど、もうすごい方しかいないし、大先輩に囲まれ(矢野くんは年下だけどすごい)、痺れる日々を送れそう。がんばる
2023年10月4日 台本を進め、さる申請書を書く。 作劇をする上で「物語」というものに全幅の信頼をおけなくなって数年。ということは、ほろびての上演を知っている方なら多少なりともわかっていただけるのではないかと思うのだけど、今回もそういうものを書いているつもりではある。けれど、ガラリと変わったと受け取られる気もしている。 語りの断片の配置具合や要素のカリカチュアライズの加減は作家の感覚や切迫感によって変化していくだろう。つまり作家の個性や特性がそこに出る、と、思っている
2023年10月1日 午前中から断続的に執筆。8月中に書き上げるという当初の予定から遅れること圧倒的な。今までやらなかった書き方ということもあり、無限の選択肢を少しずつ減らすという作業にとても時間がかかっている。自分に架した締め切りまであまり時間がない。書くっきゃない。俳優のみなさんがどう組み上げてくれるのかがわかるのは12月なのだけど。 夕方になりどうしても調べたいものがあって、という口実を作っている気もするが、地元の本屋へ。一冊購入したもののもう少し連想を繋げたくて新
とりとめもないことを
玄関を出た、階段の踊り場に、からすがいた。数日前の話だ。 ぼくの住居は古いマンションの3階にある。外出するには階段を使って降りていくしかないのだけど、その踊り場のどまんなかに黒い、そこそこの大きさのからすがいた。えっえっ、みたいな反応をぼくもからすもした。飛び立つのかなと思ったけど翼を広げる気配がまったくなくて、逆にぼくが「ごめんね〜、通りますね〜」といいながら、そろそろと忍び足で通り過ぎた。 駅までの道を歩いているとき、心がはねている自分に気づいた。正面とはいえ公園で
家の前にある公園にからすが住みついている。どうやら数週間前かららしいのだが、いつの頃からか明け方に鳴き声がするようになっていた。ぼくは自分の居住空間の外から聞こえてくる騒音があまり気にならないタイプなのだった。公園の一角にはゴミ収集所がある。からすはそこから食料を得ているのではないかと睨んでいる。 ある日、けたたましい鳴き声が2つ聞こえてきたので覗いてみた。からすは二羽いた。親子だ。子育てをしているのだ。 帰宅する時、公園で子からすに母からすが餌をあげている場面も見た
からすが盛んに鳴いている。朝から昼にかけて頻繁に鳴いている。で、ある日、部屋を出て階段を降りている時に、隣の家の塀に停まっているのを見つけた。真っ黒なからす。僕の接近に動じることもなくジッとしている。数年前に友人のYくんと飲んでいて、Yくんがからすに襲われてさあと話してくれた。春先は気が立ってるから首の後ろを狙ってくるんだよ、と真剣な目で話す。他にも人は歩いてたのにオレだけ狙われて恐怖だった、だから気をつけてね、と締めくくっていた。数年前のYくんの話を思い出したもんだから、襲
ずるずる。するする。ずるずる。えさえさ。めっちゃめっちゃむっちゃむっちゃ。くちゃくちゃぺちゃぺちゃ。ずびずび。ぶぼっぶぼっ。けほけほ、げほげほ。ふゆかい。ふゆではなくて、ふゆかい?ふゆかい。音がすぎていく。ふゆかいはいなくなってつぎにくるのは春。のどもとすぎれば何でもそう。のどもと過ぎるまでまつ?それとものどもとにあるときに、その熱さをどうにかする?ちからづくで「はいじょ」する?はなしあって「さます」?さあ、どうしよ。
たいせつなことやもろもろ
ねこ動画に癒される日々、アップしてくれるみなさま、世界中のみなさま、ありがとうございます。じぶんが一番最近でねこに触ったのっておともだちの家に遊びにいってそこのかわいいねこちゃんを抱っこしたりしたのがもう数年前だから、ねこという存在をこの手に認めたのはもう2年以上は前のことのはず。かく言うぼくも高校生の時に姉が拾ってきたねこを飼っており、そのねこはのらねこ歴がけっこう長かったみたいで、家から出て行ったり戻ってきたりとフラフラしてた。そのうち、姉が友人宅から新しい新生ねこをもら
『マイスモールランド』を見て、『FLEE』を見て、先日『東京クルド』を見た。後者二つはドキュメンタリー(『FLEE』はドキュメンタリーをアニメに描き直すことで、登場人物を保護する役割があり)で、それから最後者は自国が関わっているということで、突き刺さってしまった。 以前、『しわ』のエントリを書いたときに、「泣くのは違うと思う」と書いた。第三者が「泣く」という行為には同情が混じってしまうから、泣くことで傍観者としてその出来事を捉えることになる、と思った。当事者たちが複雑な感情
免許を合宿で取ろうと思い立ったのは8月ごろでした。とにかく安く、でも安全に安心して参加できて、短期間に終わるところを急いで探しました。いろいろ調べると10月あたりはオフシーズンに当たるらしく、繁忙期の年明け〜3月や7月〜8月と比べても10万円ほど安い。これだ、と決めて、申し込みました。 うまく書ける気がしないし、書くかやめるかずっと悩んでいたのですが、書くことにします。極めて個人的な話です。が、僕個人の話ではなく僕にまつわる話です。長くなりますが、よろしければお付き合いくだ