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マガジン一覧

日々のつれづれ (ただの日記)

日々の中で思ったり感じたりした、ただの日記です📝

風になって、がんばれ!!

これまで聞いたことないほどの父の大きな声が、人々の声が、冷え込む冬空の下、万雷のように響いた。 わたしはそれに圧倒されて、思わず、目の前がまるでスローモーションで流れているような。なんだかそんな心地に陥って、一瞬、自分は声を出すのを忘れそうになる。 けれどこの光景はきっと生涯忘れることがないんだろうなあと、人混みの中、震えるこの胸でそんなことを思うのだった。 まず、話はそこから1年ほど前に遡る。 奈良で暮らす父に電話をかけることにした。 まさか自分がこんなことを告げる日

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「退職」と「出発」を決めました。

この度、4月30日付で休職を頂いていた会社を退職し、『minne』『minneとものづくりと』を正式に離れることとなりました。 お世話になったみなさま、本当にありがとうございました。 2016年に入社し、在籍していた期間は4年と少し。 ですがこれは、わたしにとって、これまでの職場の中でも最も長い期間で、 そして、その期間のすべてを『minne』というサービスを担当して過ごしました。 『minne』が好きで好きで、仕方がありませんでした。 それ以外は二の次、三の次。 ここ数

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「いいよ」という言葉をわたしは使わない。

◆「人に聞きなさい」幼い頃、わたしは自宅でもどこでも、 「トイレに行ってもいい?」 と両親に尋ねていた。 当然「行くな」だなんて言われるはずがないのだけど、 「もちろん、どうぞ」 と言われてから、わたしはタタタッと廊下を駆ける。 勝手な憶測ではあるけれど、これは、うんと小さい頃から 「わからないことがあったら、人に聞きなさい。みんなやさしいから」 というのが、厳しさのカケラもないわが家の、 唯一の教えだったからではなかったろうか。 ひとりっ子のわたしは、ずいぶんとぼんやりと

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別れるとき、さくらは流れた

冬は、リビングに駆け込むと、いつも石油ストーブのムッとするような独特の香りが漂っていていて、わたしはこれが特別に好きだった。 実家で過ごしていた頃の話だ。 母は働きに出てはおらず、1日のほとんどをこのリビングで過ごしていた。 娘のわたしが帰ると、必ず玄関まで迎えに来てくれる。 「寒い!寒い!!」 と慌てて靴を脱ぐわたしに、 「おかえり。お部屋あったかいよ」 といつもリビングの扉を開けて招き入れてくれた。 今になって思う。 わたしの学生時代の記憶が半ばおぼろげなのは、もしか

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エッセイのお仕事

エッセイストとしての記事です。

風になって、がんばれ!!

これまで聞いたことないほどの父の大きな声が、人々の声が、冷え込む冬空の下、万雷のように響いた。 わたしはそれに圧倒されて、思わず、目の前がまるでスローモーションで流れているような。なんだかそんな心地に陥って、一瞬、自分は声を出すのを忘れそうになる。 けれどこの光景はきっと生涯忘れることがないんだろうなあと、人混みの中、震えるこの胸でそんなことを思うのだった。 まず、話はそこから1年ほど前に遡る。 奈良で暮らす父に電話をかけることにした。 まさか自分がこんなことを告げる日

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同じ月を見上げて。音楽と晩酌で楽しむ、新しいお月見時間【#私の晩酌セット vol.06】

秋の夜長は月と音楽、ときどきビール。 思わずニヤリとしてしまう自分だけの晩酌の楽しみ方をご紹介する「#私の晩酌セット」。第6弾は、エッセイストやライターとして活躍する中前結花さんです。今回はお月見の季節にぴったりの「月」をテーマにしたエッセイをお届けします。中秋の名月を見上げながら、晩酌のお供にどうぞ。 「9月」というものは 真夏のピークが去った、だなんて。 ふんわりと白い月を窓越しに見上げながら、 わたしはなんだか不思議に思ってしまう。 うんと若い頃は、「夏の終わり

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ソファでわたしは旅をする

いつかまた自由に出かけられるその日まで、「空想の旅」をテーマに文章を書いてみることにしました。 趣味や嗜好、旅のスタイルも異なる3人の書き手・べっくやちひろ、中前結花、吉玉サキがそれぞれお届けします。 束の間でも、みなさまを“ソファの上の旅”にお連れできたらうれしいです。

14 本

『ソファでわたしは旅をする』を終了します

2021年4月、中前結花、べっくやちひろ、吉玉サキの3人は「架空の旅」をテーマにしたマガジン『ソファでわたしは旅をする』を始めました。 コロナ禍で旅行が自由にできない中、少しでも旅行に行った気分を味ってもらうべく始めたマガジンです。 エッセイや小説など、表現の方法はさまざま。不定期ながらこれまで全14本の記事を掲載し、多くの方に読んでいただくことができました。SNSで感想をシェアしてくださる方もいて、とても嬉しかったです。また、昨年の秋には海老名市立図書館で『ソファでわた

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旅の朝

人生でいちばん最初の旅行はいつだろう、と記憶をさかのぼると、あるひとつのシーンが浮かんでくる。 まだ真っ暗な、夜中と朝方の間くらいの時間。パジャマのまま母親に抱きあげられて、ゆらゆらとどこかへ向かう。半分夢みたいな頭で車のドアが開く音を聞いて、そのまま布団を敷き詰めた後部座席に乗せられる。エンジンの振動を感じながら、そのまままた眠りに落ちる。 たぶん4、5歳くらい。長野に向かう朝の一幕だ。 子どもの頃、わが家には毎年8月に長野県上田市の知人を訪ねるという恒例イベントがあ

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大人の社会見学部

「思ったよりむき出しなんだね」 それが、生まれて初めてパンダを目の当たりにした私の第一声だった。パンダはガラスケースか檻の向こうにいるイメージだったので、背の低い柵で囲われただけの空間にいることが意外だったのだ。これじゃあ、その気になれば柵を乗り越えてパンダを抱きしめてしまえるじゃないか。 一緒にいた下瀬ミチル嬢(以下るんみち)とまるいがんも氏(以下まるいさん)には「むき出し」の意図するところが伝わったらしい。ふたりは口々に「たしかに」「触ろうと思えば触れそう」とつぶやい

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住まなかった街も思い出になる。

年下のひとたちと飲むことになった。 会社を辞めてからは、とんとそういうことがなかったから、向かうときにはすこし緊張した。もちろん、ひとつふたつ下の友は多いけれど、十もちがうとなれば、 「大丈夫かしら……」 と不安になったりもする。文章を書くひとたちの集まりではあるけれど、話についていけるだろうか。 場所は赤坂で、ほどよく街も店内もがやがやとしていた。 「こっち、こっち」 と呼び寄せられテーブルにつく。 「どうも、どうも」 へらへらしながら見渡せば、どのひともなんだかとても眩し

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今月の「#わたしが帯を書いたなら」

誰に頼まれているわけでもないですが、毎月わたしが「読んでよかった」と思う本に、勝手に自作の帯をつけてご紹介します。

2020年振り返り「#わたしが帯を書いたなら」

なぜ「頼まれてもいないのに本の帯を書く」だなんて、こんなに勝手なことをしているのか…については、年始の2020年1月の#わたしが帯を書いたならの冒頭で、まったく説明になっていない御託(ごたく)を書いているので、読み飛ばしてもらっていいような気がします。 そんなわけで、本来は毎月更新していたものでしたが昨年後半は余裕なく…。 すでに2021年も2月ですが、2020年下半期に読んで、おすすめしたいと感じた本をまとめて、「自作の帯」とともにご紹介したいと思います。 丁寧に丁寧に何

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2020年5-6月の#わたしが帯を書いたなら

なぜ「勝手に本の帯を書く」だなんて、こんなに勝手なことをしているのか……については、年始の2020年1月の#わたしが帯を書いたなら の冒頭で、まったく説明になっていない説明を書いているので、読み飛ばしてもらっていいような気がします。 そんなわけで、先月は元気と時間が足りずに更新できなかったですが、2020年5月〜6月の2ヶ月で読んだ本の「自作の帯」をここにまとめることにします。 ここ2ヶ月は、ますます冊数は減っているのですが、2度繰り返して読んだ本があったり、受け取るも

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2020年4月の#わたしが帯を書いたなら

なぜ、「勝手に本の帯を書く」だなんて勝手なことをしているのか、については、年始の2020年1月の#わたしが帯を書いたなら の冒頭で、まったく説明になっていない説明を書いているので、読み飛ばしてもらっていい気がします。 そんなわけで、今月も、2020年4月に読んだ本の「自作の帯」をここにまとめることにします。 3月・4月と。なんだか心がざわついて、ちょっとしか読めずに残念でした。 向田邦子の恋文著:向田和子 向田邦子さんの実の妹さん・向田和子さんが書かれた本です。

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2020年3月の#わたしが帯を書いたなら

なぜ、「勝手に本の帯を書く」だなんて勝手なことをしているのか、については、年始の2020年1月の#わたしが帯を書いたなら の冒頭で、まったく説明になっていない説明を書いているので、読み飛ばしてもらっていい気がします。 そんなわけで、今月も、2020年3月に書いた「自作の帯」をここにまとめることにします。 82年生まれ、キム・ジヨン著:チョ・ナムジュ とても話題になっていた本ですし、実際に書店でも何度も見かけ、手に取りかけては、辞めておく、の繰り返しでした。 正直

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テレビとラジオのはなし

すきなお笑いや、ドラマについて書きます。

「知らないもの」って、おもしろくないの?

わたしはよく、 「荒井注(あらいちゅう)のカラオケボックスじゃないんやから」 と言う。 すると、だいたい相手は「なに?(笑)」と聞き返すから、 「元・ドリフターズの荒井注は、ドリフ脱退後にカラオケボックスをやろうとしたんやけど、肝心のカラオケの機材がドアから入らへんくて、開店できへんかったのよ。だから、肝心なものは最初に段取らないと」 などと説明する。 相手は「なるほど」といった顔をして頷くから、わたしは満足だ。 大好きなエピソードで相手を説き伏せるのは気持ちがいい。 ち

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それはつまり、設楽さんなのか。日村さんなのか。

その昔、カタカナの「シ」と「ツ」の書き方の違いを、バナナマンの日村さんに教えたのは、相方の設楽さんだ。 おかしな話だけれど、日村さんは「シ」と「ツ」、ついでに「ン」の書き方が怪しい。 設楽さんは何度だって「“シ”はね、“ツ”はさ、」と、その書き方について説明してきた。 その度に「そっかそっか」「またやっちゃった」と日村さんは言うけれど、おそらく、きっと、今でもあやふやなのだ。 うんと若いころ、2人が足を踏み入れた畳の楽屋には、座布団がいくつか積み上げられていた。 日村さん

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「東京」とは、さまぁ~ずだった。

さまぁ~ずの三村さんは、たとえば、 「気づけば、知らないおじさんがすぐ近くに立っていた話」も、 「はじめて見るものを、口に運んでみたときの話」も。 それから、「唐突に奥さんに呼び止められたときの話」だって、 おおよその経緯(いきさつ)を話し終えると、 丁寧に一呼吸置いて、 「すこ〜し、こわいじゃん。わかる?」 と、よく大竹さんの方に視線を送る。 俯き加減のまま大竹さんが、 「わかる。わかります。こわいね。こわい」 と何度も深く頷くと、 三村さんはなんだか一層嬉しそうに、

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【連載】さんかくの家には、父もいた。

父と母と暮らした、21年間。だけと、思い出すのは母のことばかり。どうしてなんだろう?数少ない父との古い思い出を綴る連載です。

「さんかくの家には、父もいた。」#02 暗闇の相手は篇

前回のおはなし: 01 神様のテスト編 映画『パラサイト 半地下の家族』を見た。 まだまだ映画館で上映されている作品でもあるし、ひとりでも多くのひとに見てほしいなあと思うので、あまり内容の詳細に触れるつもりはない。 ただ映画を見終わったあと、わたしは、まだ大学生であったころのある夜のことを鮮明に思い出していた。 ピザの箱を組み立てたことはないし、子ども用のテントは買ってもらえなかったクチなので、そんな楽しげな思い出ではない。 わたしが「はっ!」と、ずいぶん昔のことを思

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「さんかくの家には、父もいた。」#01 神様のテスト篇

パソコンに打ち込む文字のように、「前回のつづき」からまた同じ調子で進められるといいのに。 人間関係はそうもいかないから厄介だ。 「なんだか、親しくなれてきたぞ」「うまくいっているぞ」という関係性が、時として、時間を経ることでリセットされてしまうことがある。 たとえば、わたしと父がそうだ。 就職で上京するまでの21年間。のどかな兵庫県の一軒家で、わたしは父と母と暮らしていた。 わたしが抜けて、夫婦は引っ越し、母を亡くして、いまは東京と奈良にそれぞれ一人ぽっちだ。 こ

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