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マガジン一覧

『1/2の世界』

書き下ろし小説の第二二弾、『1/2の世界』をマガジンにまとめました!

『1/2の世界』⑮

 喉と口の中の反吐を吐き出し、空気を吸う。まだ、致命傷ではない。  だが、時間がとどめを刺しに来るのは確実だった。  押さえた傷口の先、腹の中が、まるで焼けた鉄球でも突っ込まれたかのように熱い。  アイに喰らわせた一発が金属アクセで威力が削がれた事を考えるに、形勢は逆転していると考えるべきだろう。  つまり、劣勢。銃も、左手の人さし指も……ない。 「なんで……裏切ったの?」 「そんなの……」 「ノナと私、一緒にセカンドのコンビにもなれそうだったし、関係もうまくいってたじ

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『1/2の世界』⑭

 ノナは振り返り、映画館へと続く真っ直ぐな道を、そしてそこを行き交う蟻の群れのような人々を見やった。  待雪ノナという、この数時間で二桁の人間を殺してきた少女がいる事も、その少女がカービン銃を今なお所持している事も、その気になればこの人口密度を活かして数十人をものの数分で殺せるという事も……知らず、考えた事もない人達。  教えても理解できないだろう。  そんな非現実的な事はない、と笑うだろう。  だが、実際には今ノナの視界にいる人達だけでも、統計学的にいって五人は人を殺

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『1/2の世界』⑬

 殺したはずだ。  絶対に殺している。下っ腹に一発確実に叩き込んでいる。  それは出血とその後のアイがのたうち回る姿からしても確実だった。  逃げる彼女の背中を、しっかりと狙って撃ってもいるのだ。背後から心臓の位置を狙い澄ました。  百歩譲って……最後の一発は狙いがズレた可能性は、ある。  何せ他人が調整した光学サイトなど信用できないからとアイアンサイトのままだったし、そのアイアンサイトも調整していないデフォルトの状態。  それまでの射撃時の感覚からクセを把握して、ノナの

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『1/2の世界』⑫

「アイちゃん、アタシが裏切ったの何でだと思う? わかんないよね。……今度教えてあげるね」  ノナは笑うように言い捨て、脱出行動に移った。  まずはSUVの荷台にあるスーツケース。銃で鍵を破壊し、無理矢理にこじ開けると……ハズレ。薬物の方だった。  そこに納められていたのはパッケージングされた薬の他、瓶に入っているものなど、複数種。本当に全てをかき集めて持って来た、という感じである。  この取引が完了次第高飛びする腹づもりだというDAの予想は当たりだったのだろう。  こ

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『錦糸町雀鬼伝 ~置行堀の足跡~』

書き下ろし小説の第二一弾、『錦糸町雀鬼伝 ~置行堀の足跡~』をマガジンにまとめました!

『錦糸町雀鬼伝 ~置行堀の足跡~』⑧

「ルール的にはイカサマではない。単純に、洗牌と山を積む際、山のどこにどんな牌が積まれたかを見ていたんだろう?」 「そんなわけ……」  考えてみるに洗牌中、ガラガラと激しく混ぜるために牌は簡単にひっくり返ったりする。  もちろん山として積む際は、それらをきちんと伏せてからやるが……確かに、もし仮に目でそれらを追えるのなら、自分はもちろん、他人が作る山であっても、ある程度は牌の位置を特定できるかもしれない。  特に、初心者のたきなの動きに合わせてくれているのなら、尚更……。

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『錦糸町雀鬼伝 ~置行堀の足跡~』⑦

「でも不思議ですね」  指先で牌に触れながら、たきなは、ふと、言葉を漏らした。 「何が」  千束は手元に視線を向けたまま、応じる。 「手摘みじゃないと使えない技ばかりなのに、千束は覚えて練習したわけですよね」 「うん。大変だったよー、難易度は高いわ、子供の手だと小さくていろいろ厳しいわでさ」 「その努力、無駄では?」  さすがに千束は配牌していた手をピタリと止め、たきなを見てくる。

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『錦糸町雀鬼伝 ~置行堀の足跡~』⑥

 天和。  配牌時の時点ですでに〝あがり〟の状態にある事で、天から与えられた和了の意味である。  そしてこれはゲームスタート時に一人の持ち点が二万五千点という麻雀において、一発で四万八千点というとんでもない得点を獲得するものであり……つまりは、一撃必殺に近いものだった。  素人同然のたきなとて、一度聞けば忘れる事のないものだから、その意味はわかっていた。  それが成立する事は、極めて非現実的なものだというのも理解している。  何せ、一三六枚の牌をランダムに一四枚を取って

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『錦糸町雀鬼伝 ~置行堀の足跡~』⑤

 日が暮れた頃から、店内にはわずかばかりの緊張感が漂い出した……そんな気がした。  たきなの目からは、千束、ミカ、ミズキ……彼女ら三人の言動には特別なものは何も感じない。けれど、店内の空気のどこかしらに鋭さがあるように、肌が感じ取っていた。  ちなみに、クルミは本当に平常運転である。  そんな不穏な気配を感じつつ、たきなは今日も今日とてまじめに働き……そして、ふと、時計を見た。  そろそろ閉店が見えてくる時刻だった。 「千束、今日の夕食はどうします?」 「あぁそれは大

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『真島のアレ』

書き下ろし小説の第二〇弾、『真島のアレ』をマガジンにまとめました!

『真島のアレ』⑤

 仕方なかった。ロボ太の頭にめり込ませるぐらいに真島がグイッと銃口を押し込んできたのだ、言わなければそのまま首の骨を折られるか撃たれるかの二択しかなかったのだ。……多分。 「……眉毛?」 「そ、そうだ、眉毛……だ」 「あ?」 「お前の眉毛がよくわからないから、あるのかないのか……その、確認を……」 「お前……何言ってんだ?」 「だから! 眉毛があるのかないのかを知りたかったんだ!!」  真島の顔が怪訝から困惑のそれに変わるも、彼の眼光はロボ太アイを通してロボ太の真意を探ろ

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『真島のアレ』④

 真島の頭に当たった黒板消しは、窓からの明かり頼りの暗い教室でもそれと分かる白い粉塵を彼の頭頂部で吹き出し、軽い音と共に床に転がった。  ロボ太と真島は自然とそれを目で追い……嫌な沈黙が流れる。  一時間のように感じる数秒の果てに、ロボ太が口を開く。 「あの……えぇ!?」  ロボ太が真島に視線を戻すと、彼はいつの間にかポケットから小型のリボルバーを抜いていた。  そして、ロボ太もまた、いつの間にかまた教壇の上での正座姿勢に戻っていたのだった。 「おい……なんだこれ?

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『真島のアレ』③

『おい、何か遠回りじゃねぇか?』  真島にルート指示を出すなり、ロボ太はそう言われた。  実のところ、正解である。遠回りをさせているのだ。  何せロボ太は校舎三階の教室にいるというのに、指示したルートは校舎の外周をぐるっと回るようなもの。  遠回りだと指摘されるのを、そして指示を無視して突き進んで来られるのを避けるために、ロボ太はあえて自分が今いる場所を秘匿にしていたが……それでも、バレた。  まぁわざわざ学校を指定しておきながら、外に突っ立っていると考える方がおかし

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『真島のアレ』②

 車から降りる真島を、上空を旋回しているドローンのカメラ映像が捉えていた。 『五分前か、丁度いい頃合いだろ』  深夜一時という静かな時間に加え、強力な指向性マイクのおかげでかろうじて音声を拾えていた。  本来は飛行音や風切り音などのノイズにまみれるだろうが、それをAIが自動で除去しているので、意外なほどクリアに聞こえる。 『しっかし、なんだってんだよ、ここは』  半笑いでそう吐き捨てると、真島は深夜の小学校を見上げた。  正確には元小学校だ。少子化の影響もあって近

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『夜の街』

書き下ろし小説第一九弾『夜の街』をマガジンにまとめました!

『夜の街』⑤

 ところで、と、店長が続ける。 「大松さん、人を殺して来たそうですね」  あぁ、現実なのだな、と大松は思わず苦笑してしまう。店長はその笑いが終わるまでじっと黙って、待ってくれた。 「幼なじみ、と言っていいような男を殺しました。……どこでそれを?」 「今し方の電話でね。この店に入るのを見られていたようです」  と言うことは、やはり千束は、あの少女達とは違うのだろうか?  よく、わからない。 「どこから自分はハメられてました?」 「誰もそんな事はしてませんよ。千束があな

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『夜の街』④

 千束の年齢を考えるに、先程までの少女らを連想せざるを得なかった。  けれど、今まで見てきた少女らと比べると、あからさまに違う点がある。  華がある。より正確に言うのならば、あの少女らは――一人を除いて――街に溶け込もうとしていたが、千束にはそれがなかった。相応に目立っていたし、本人がそれを気にかけている様子もない。  そう、今の彼女は人目を集めている。美人だというのもあるだろうが、駅前に赤い和装……どこかのコンセプトカフェの店員のような、そんな衣装をしているのが主な原因

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『夜の街』③

 やるか。  やるべきなのか。   少女二人を……。  大松は迷う。攻撃されたのなら、考えるより先に体が動く。しかし、こちらから仕掛けるとなると途端に迷いが出てしまう。  彼女らは来る。結局、決めきられなかった。  だから大松は少女達とすれ違う際、一気に歩速を早め、先を行っていたマダム三人を間に挟んでやり過ごした。

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『夜の街』②

 少女の目と、銃口が大松を捉えていた。  死を、感じた。  それはほぼ確実だと信じられる程のもの。  しかしそこで自衛隊時代の訓練が活きた。  死を予感して混乱する頭を無視し、体が反射的に動いてくれる。  膝の力を抜いて重心を落としつつ、腕を払うように振った。  それでも、向こうの方が早い。  シュパンっという音と共に、突き刺さるような細かい砂塵と皮膚が焼ける程の熱風が大松の首に叩きつけられる。マズルブラストだ。弾は、かわせた。

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『当たり前のおかしな事』

書き下ろし小説第一八弾『当たり前のおかしな事』をマガジンにまとめました!

『当たり前のおかしな事』⑤

「昇華です!」  驚いた顔のメンツにたきなが言うと、皆が顔を見合わせる。  意味が通じていない雰囲気を感じたので、きちんと説明しようとしたが、先にクルミが補足してくれ――。 「グミか」  ――何か違う事を言われて、たきなは思わず眉根を寄せた。 「果汁一〇〇%のグミってあるだろ。アレだな」 「何の話です?」  たきなが言うと、今度はクルミが眉根を寄せて見返してくる。

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『当たり前のおかしな事』④

 総意が取れた以上、やるべき事は一つしかなかった。  皆が注目する中、千束は手にしたメロンを厨房へ持って行くと、まな板の上へと置き、菜切り包丁を添えた。 「はいっ! あとお願いっ!」  千束がやるとばかり思っていたので、たきなを含む全員が「え?」となる。 「……いやだってさ、さすがに、ちょっと……なんか、ねぇ? 私やだよ」  千束はチラリとミカを見やったが、彼は腕組みをほどかず、首を小さく振るだけだ。 「自分でやりなさい」 「怖いじゃーん」 「だから反対してるのよ!

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『当たり前のおかしな事』③

「おう。まぁ、こういうのは年寄りの出番だよな。……さぁお嬢さん方、真実を教えてやるよ」  後藤がドヤ顔で言って、その続きを言おうとした――まさにその時だった。 ――カランカラン。  扉に取り付けられていたカウベルが、後藤の言葉を打ち消すが如くに鳴り響く。  たきなが慌てて来客に対応しようとするものの、その肩を千束の手がそっと押さえた。  ミズキが動いてくれるようだ。確かに彼女だけがホールで何も食べていない。  クリームソーダは時間経過と共に変化するものだ。正直、途中で

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『当たり前のおかしな事』②

「……これって、メロンの味じゃなくないですか?」  え? と、店内にいた全員がたきなを注視した。  え? と、逆にたきなも思わず回りを見返してしまう。  そして、沈黙。さっきのパチンコの話以来だ。  その沈黙を破ったのは、千束。  彼女は「えっと……」と困ったように声を出しつつ、後藤の前にあるグラスを、バスの添乗員のように手で示す。 「たきなさんや、こちらはメロン味ですよ?」 「そう……いえ、メロンというか、メロンソーダ味だと思います」  え? と、今一度呟いて、千

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『特別な土曜の夜』

書き下ろし小説第一七弾『特別な土曜の夜』をマガジンにまとめました!

『特別な土曜の夜』⑨

 バルコニーと室内を繋ぐガラス戸から、不安気な顔の北方が丁度くぐって来るのが見えた。  北方が今来た、という事を考えるに、しっかり戦闘をした気でいたが、恐らくたきなが千束と左右に分かれた瞬間から、まだ一〇秒と経っていないのだろう。  学ぶ事の多い時間だったな、とたきなは思いつつ、拘束されている赤毛の手のグロックを蹴り飛ばし、千束のジャケット裾を突き刺していたナイフをもぎ取り、バルコニーの外に放り投げる。  当然、その間、M&Pは赤毛の頭にこれ見よがしに突きつけて、だ。

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『特別な土曜の夜』⑧

 突き進む。  たきなも千束も銃口は前に向け、クルミが言うバルコニーを目指す。  途中、数人の男達が倒れていたが、二五口径のおかげもあって即死している者はいない。  これから死ぬ者は出るかもしれないが、たきなとしては知った事ではなかったから、どうでもいい。  それに千束がチラリと見やるだけで手当をしないところを見るに、恐らく致命傷に至っている者は少ないのかもしれない。  彼女の目は信用できる。  背後から北方の「待て、待てって!」と言う声がうるさい。  たきな達は気配

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『特別な土曜の夜』⑦

 屋敷はバブル期に建てられた、どこぞの企業の保養施設か何かだったらしい。それもあって部屋数は少なくなく、本来ならばその一つ一つをクリアリングして進むべきだったが、今回は状況を鑑みて、大雑把に突き進んだ。  というのも、良くも悪くも敵はヤクザなのだ。ゲリラでもなければテロリストでもない。攻められているとなれば、とりあえず怒声を上げて出てきてくれる。  たきなには、まるでエサにおびき寄せられる虫のようだと思ったりもするのだが、千束に言わせれば、それは彼らの男気や浪漫であり、美

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『特別な土曜の夜』⑥

 戦闘時、階段はキルゾーンだと言って過言ではない。  降りるのも昇るのも、共にリスクが高く、待ち伏せする側ならともかく、そうでないのなら避けたい状況の一つと言えた。  だが、たきな達が袋小路の地下にいる以上、その階段を使わないわけにはいかない。  騒ぎを聞きつけた上階の連中がノソノソと降りて来る可能性も否定はできないが、さすがに相手の未熟に期待するのは違うとたきなも思っていた。  何より、大きな屋敷の一階と地下を繋ぐ階段である。最悪、空気より比重の重い有毒ガスを流し込む

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『Voices of Coffee』

書き下ろし小説第一六弾『Voices of Coffee』をマガジンにまとめました!

『Voices of Coffee』 ⑤

 伊藤はちらりとホールの中央で棒立ちになっている千束を見やる。  ドヤ顔でふんぞり返っていたり、恥ずかしがっている……というような様子もなく、ただただ呆然として虚空を見つめているように見えるが……何故だろう?  それにいつもならいるはずのたきなも姿が見えない。  〝何故?〟がたくさんだ。  ともかく、伊藤は始まったラジオに耳を澄ます。  きっとそこに全ての答えがあるような、そんな予感を覚えながら。 『はい、という事でついに始まりました喫茶リコリコの店内オリジナルラジオ

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『Voices of Coffee』 ④

 お昼少し前。伊藤はいつもよりちょっとだけ身支度を丁寧に整えてから家を出た。  行く先は、喫茶リコリコだ。  席に着いて、珈琲を注文し、それが届いたぐらいで丁度一二時になるような、そんな時間を見計らった。  自分の出演するラジオなんて、初めてだ。  もちろん一店舗だけの店内ラジオ……女子学生がお遊びで作ったようなもの。  けれど、そんな事は関係ない。  いや、むしろ普通のそれより特別だといってもいい。  自分の漫画が大ヒットして、アニメ化して、ドラマ化もして……有名人の

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『Voices of Coffee』 ③

「へー、それでラジオ制作ってわけなんだ?」  漫画家の伊藤だ。原稿を仕上げた直後に来店してくれたらしく、目の下には塗ったのかと思うような濃いクマに、荒れた肌、後ろに無理矢理くくったボサボサの髪、二日は着たままの服という疲れ切った様子なのに、何故か妙にハイテンション……という、少しヤバイ人風の雰囲気である。  だが、喫茶リコリコはどんなお客であっても一切の差別などしない。  というより、伊藤のコレに関してはもう慣れていた。  本当に店内が騒然とする時は、この状態で現れなが

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『Voices of Coffee』 ②

「というわけで、企画会議の始まりだ!!」  喫茶リコリコでの一日の営業も無事に終え、みんなで座敷席にて食事も終わった……というタイミングである。  そのせいもあってか、ちゃぶ台を囲む皆々が千束を見やる目はどこか冷たい。 「この後、呑みに行く予定なんだけど」 「今日はこれから包丁を研ぐ予定です」 「ネットがボクを待ってる」 「ジムに……」  ふむふむ、と千束は各人のこの後の予定を聞き終えると、よし、と口にする。 「じゃぁアレだ、ちゃっちゃとアイディアまとめないとね!」

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『Admirer』

書き下ろし小説第一五弾『Admirer』をマガジンにまとめました!

『Admirer』 ⑨

 自分が何を体験したのか、それを咀嚼しきれないまま、ツクシは千束らに担ぎ上げられるようにしてミズキの車へ。 「ほら急いで急いで! 警察来ちゃうから!」  ミズキが急かし、ツクシは千束とたきなに押し込まれるようにして後部座席に入る。実際複数のパトカーのサイレンが近づいて来る音がしていた。  車内に通信が入る。 『安心しろ。二秒余裕がある』 「二秒て!」  ミズキは、最後に後部座席へ乗り込むたきなが扉を閉めるのも待たずにアクセルを入れ、まさに逃げるようにして車を発進させる

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『Admirer』⑦

「……すみません、こちら、身動きが取れそうにないです」  忸怩たる思いで、たきなはそう告げる他になかった。 『OK、大丈夫だいじょーぶ。そんじゃそのままそこを維持する感じ……ッでッとぅ! はっ! せい!!』  外からの銃声。  千束の声を合わせて考えるに、結構危ない感じかもしれない。  それを助けに行けない自分が嫌だった。相棒としての役割を果たしていない。  しかし、今はそこを悔いている場合ではない。  まずこの場を維持しなくては、自分はともかくツクシが死ぬ。

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『Admirer』⑥

 家の内部となると、さすがに監視カメラの類はなく、窓にセンサー類があるだけのようだ。  確かに四六時中監視カメラで見られていてはプライベートも何もあったもんじゃない。だが、それは同時にクルミの監視の目が届かなくなる事を意味していた。  たきな達は銃ではなく、拘束用ワイヤー射出機であるボーラーガンを手に、暗い家の中を進んだ。足音は当然、殺す。  ツクシのペンを動かす音だけが妙に響く。ボーラーガンを千束愛用の特殊兵器か何かと思っているようで、わざわざ図まで描いているようだ。

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『Activities for a day off』

書き下ろし小説第一四弾『Activities for a day off』をマガジンにまとめました!

『Activities for a day off』④

 たきなと一緒に「いただきます」の声を上げた後、千束はスプーンを手にしたものの……動きを止めていた。  まずはたきなのリアクションをしっかりと見ておきたかった。  たきなの形の良い口に千束スペシャルエビカレーを載せたスプーンが滑り込む。ドキドキだ。  さぁさぁ、何てリアクションが!? 「……あっ」  おう、まずは驚き。そして? そして何て言う? 「これ……」  たきなは口元を手の平で隠すようにしつつ、関心したような眼差しでカレーを見やる。

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『Activities for a day off』③

 たきなが喫茶リコリコに駆けつけた時には、すでに酔っ払いミズキ、汗だくのトレーニングウェアのミカ、寝起きなクルミ、そしてふんぞり返っている千束がそろっていた。  自分が最後になるとは、油断してしまった。  しかしながら私服の千束を除けば、まさに緊急招集という感じであり……これからどんなミッションが待ち受けているのか、とたきなは体に緊張を走らせつつ、タブレットを手にする。  任務の詳細がわからないまま、メンバーは店の中央で円陣を組むかのようにして立つ。  すると、千束が腰に

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『Activities for a day off』②

――スーパーには〝出会い〟がある。  そんな言葉があったような気がする。  確かにその通りだと千束は思う。特に今日のように、カレーを作ろうと思うものの、具体的に何を買おうかを決めていない時など、むしろその〝出会い〟”に期待しているところがある。  千束の目の前にある、『特売』の文字など、まさにそれだった。  頭が付いたままの、なかなかのサイズのエビである。  一二尾。しかも高級志向のスーパーでありながらかなり安いと言っていい値段。完璧だった。  エビ。高級感もあって日

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『Activities for a day off』①

 千束は自室マンションの真ん中で仁王立ちし、頭に一つの言葉を思い浮かべていた。 【時の流れは誰にとっても平等である。】  名作から駄作まで様々な映画や小説で使われ、誰もが知っているそんな文句。  自分が一〇年過ごして成長すれば、誰かは一〇年老いている。そこに差はない。  実際そうなのだろうと思うし、否定する気など千束にはない。  だが、時の流れの感じ方というのは、人、そしてその時々の状況で違うはずだった。  たとえば、今のように。 「……さて、どうすっかな」

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『Without a Voice』

書き下ろし小説の第一三弾、『Without a Voice』 をマガジンにまとめました!

『Without a Voice』⑦

 落ち着いてくると目が痛い事に気がついた。異物感。  火薬カスが入ったか。手でこすると、すぐに取れた。良かった。  瞼をそっと開く。そこには手があった。見上げれば……いつの間にやら千束。手を差し伸べながら、優しく微笑んでいた。  先ほどの平衡感覚の異常が気になったが、たきなは千束の手を頼りに体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。  ……少しぐらつくが、立つ事ぐらいはできそうだった。  キーンと酷い耳鳴りがしている。  千束は女が握っていた銃を拾い上げると、何やら操作し、バ

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『Without a Voice』⑥

 銃声が轟く。  連射。その音は千束の銃のもの。  それを認識した時、たきなもまた屋外へ向けて走り出す。  何故千束が即座に飛び出したのか、それを頭で理解するより先に、たきなの勘が〝行け〟と体に命令していた。  今を逃すとまずい、絶対にまずい、と。  粉塵の中を駆け抜け、屋外へと飛び出す。  まともに考えるならば、外の状況が読めない中、建物から飛び出すというのは愚の骨頂だ。  先のたきなの放火計画とまったく同じ――そう頭に自嘲とも後悔とも取れる感情が湧いた時、ようや

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『Without a Voice』⑤

 たきなは考え、そして答えに結びつくと同時に自分がしなければいけない事もまた、わかった。  まずは手にしていた銃を、背中とサッチェルバッグの間に挟むようにして固定し、代わにワイヤーを射出するボーラーガンを握る。  あとは……タイミング。  千束と男、二人は四メートルほどの距離を置いて、にらみ合いを続けていた。  流れる静寂に男が耐えきれなくなったのか、口を開く。 「答えろよ。お前は誰なんだ、女子高生の泥棒ってわけでもないだろ。こんな……場末の工場に入ろうなんて、思わな

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『Without a Voice』 ④

 監視カメラ等のない、古い町の片隅の川沿いである以上、クルミには頼れない。そう思っていたが、それでもなお彼女は仕事をしてくれる。  衛星画像からのマップ及び、住民票等による近隣の人間の有無、ターゲットがいるという一軒家及び、その横の工場跡地の所有者と、現在の状況……それらを一瞬で調べ上げ、まとめて報告してくれる。  本当に優秀だと、たきなは素直に思う。きちんと自分で自分の仕事を見つけてくれる。  そのクルミの報告によれば、少し興味深い事がわかった。

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