古典と現代、夢と記録、形式と生活世界のあわいにあるテキストを束ねる。 Liminal Canopy / Noir Rocaille のための選集。
規矩(きく)は、型に宿る。 自由は、型を尽くして、なお余るところに、ひらく。 序太陽がいまだ、天と海をひとつの劈開面(へきかいめん)に断つ、地上でもっとも長い一条の直線、その縁をわずかも割らぬうちに、都市はもう海であって、月長石(ムーンストーン)を斜(はす)によぎる眼差しにだけ点っては消える内なる月の光——アデュラレッセンスが、摩天楼の硝子の壁という壁をしたたり落ち、東雲(しののめ)の、氷点を下回りながらなお凍らず、宙に静止する過冷却の水滴ひと粒ひと粒へ、灯心から灯心へ火を
序 深淵の上の糸について ツァラトゥストラは、ふたたび山を降りた。 谷には霧が満ち、灯はみな小さく、地に伏した蛍のように、心細げに瞬いていた。 道のなかばで、彼は一匹の蜘蛛を見た。 桃色の――ありえぬほど桃色の蜘蛛であった。 枯れ枝と枯れ枝のあわいに糸を張りめぐらし、その中央に、王のごとく、また囚人のごとく坐していた。 ツァラトゥストラは、月の下に張られたその一すじを、長いあいだ見つめていた。 「人間とは、獣と超人とのあいだに渡された一本の縄である。深淵の上に張られた
第一章 鈴 夜更けに帰る男の足音には、銀の鈴が混じっている。 鈴は三つ。帽子の三つの角から下がり、歩むたびに鳴る。鳴らぬ時はない。眠るときは枕辺の卓に置かれ、卓にすら時折触れて鳴った。彼は、自分の存在をその音で知らされ続けている男であった。 ルチアーノ。三十年来、フォルトゥーナ宮廷の道化師。 背は曲がっている。左の肩甲骨が高く、右の肩は低い。まっすぐに立つことができぬ。立てば、塔の絵を斜めに描き直したような輪郭になる。歩めば、その輪郭が左右に揺れ、揺れに合わせ
――社会というものは、悲劇の幕が下りる前から、すでに次の幕の間取りを決めている。本書は、その間取りの一隅で、ある冬、ひとつの家族が自分の輪郭を取り戻すまでに支払った代価の、ささやかな目録である。 第一部 冬の劇場第一章 劇場の灯り 現在ノルレヴィークと呼ばれているこの北方の小港町について、地理学的書誌は意外なほど寡黙である。十八世紀末スカルベリ司教の『北方教区誌』が二段組で半頁を割き、十九世紀半ばの『北沿岸貿易便覧』が脚註で三行触れたほかは、王立統計局の戸籍要覧でさえ「