飽きっぽい自分がなぜか続けている四行日記。四行それぞれの意味とちょっとしたコツのようなお話。
ある時、若い男がお釈迦さまを罵りました。 お釈迦さまは何も言わずに落ち着いた様子で、 男の言葉をただただ聞いていました。 そして、お釈迦さまはその男に聞きました。 お前が贈り物を持って誰かを訪ねたとして、 相手が贈り物を、受け取らなかったら••• その贈り物をどうする? その男は、 持って帰るしかないです と答えました。 お釈迦さまは、 お前は私を罵ったがら私は受け取らなかった だから、お前は自分の言葉を持ち帰って、 自分自身に浴びせるしかない そう教え
お坊さんとは? 老師との長い長い問答の末に「よし」と 言ってもらえた答えでは、ありませんが、 自分のお気に入りは••• お釈迦さまの真似をする人 です。 もちろん、お釈迦さまにお会いしたことは ありませんが、やはり基準はお釈迦さまです。 たぶん、 お釈迦さまならこうするだろう お釈迦さまならこう言うだろう お釈迦さまなら••• を基準にして、お釈迦さまを真似る。 これが自分の考えるお坊さんです。 とはいえ、言うのは簡単ですが••• やるとなると、かなりの
宗教には、ミラクルなお話が付き物です。 人が空を飛んだり 何か別のものに変身したり 死んだ人が生き返ったり ••• 難解な教えを伝えるための比喩であったり、 道徳心を養うための創作なんだと思います。 仏教にもミラクルなお話がありますが••• お釈迦さまは因•縁•果を説かれました。 何らかの原因(因)があって 条件(縁)が合致すれば 相応の結果(果)が生まれる この世は全て因•縁•果の法則に従って 成り立っていると説かれています。 そう言われるとシンプルな世界
基本的に飽きっぽい性格です。 趣味でも、仕事でも、新しいもの好きで、 何にでも手を出しますが、長くは続きません。 そんな自分にも、続いているものが二つ。 一つは、坐禅。 伊豆のお寺で初めて坐禅を経験してから、 今年でもう17年になりますが、不思議と 今でも続いています。 もう一つが、四行日記。 四行の定型で書く日記ですが、不思議と これも坐禅と同じくらい続いています。 実は、四行日記も、老師から教わりました。 ですので、結果的に老師から教わったもの だけが、続
仏教に縁も興味もなく、まさか住職になるなんて夢にも思ってなかった自分が住職になるまでのお話です。
今週は二回、老師と一緒に食事をしました。 老師と一緒に食事をするのは、 お寺に居れば、当たり前のことで、 別段、珍しいことでもないんですが、 今週は、東京で、二人きり、しかも••• 一回目は、もんじゃ焼き、二回目は、飲茶 •••非日常を満喫しました。 こうして、お寺の外で食事をしていると、 普段は聞かないようことを、聞いてみたり、 普段は話さないようなことを、話してみたり。 今回も以前から気になっていましたが、 何となく聞き難かったことを聞いてみました。 202
久しぶりに高野山に来ました。 子供の頃から何度も来た場所ですが、 大人になってからも、仕事の関係で、 より頻繁に来るようになりました。 知り合いになったお坊さんもたくさんいます。 自分がお坊さんになったと知った人からは、 「高野山で?」とよく聞かれました。 それくらい馴染み深い場所です。 でも、自分は高野山ではなく、 伊豆の老師のもとでお坊さんになりました。 年表です。 2004年 あるお坊さんの話を聴く 2007年 伊豆の老師のお寺で坐禅と出逢う 2010年
この話も長くなってきましたので、年表風にまとめてみました。 2004年 あるお坊さんの話を聴きました 2007年 伊豆にある老師のお寺で坐禅と出会いました 2010年 得度してお坊さんになりました 得度の前後で変わったこと。 「宗慧(そうえ)」という名前をいただき、 以来、老師からも兄弟子からも近所の人たちからも「そうえ、そうえ」と呼ばれています。 •••それくらいでしょうか。 厳密にいえば、伊豆のお寺を訪れる頻度は増えましたし、作務や坐禅の時間も増えました。 摂心
はじめて伊豆のお寺を訪ねた2007年。 たまたま仏教の教えと出会い、大きな希望を感じ、でも•••何ら救われることもなく、仏教への興味を失っていた頃、たまたま再会した老師に誘われての訪問でした。 坐禅(のようなもの)もしましたが、効果も魅力も、特に何かを感じることはなく、「もう二度と来ないだろう」と思いながら、東京への帰路につきました。 特急での移動中、ずっとパソコンを使って仕事をしていたように思います。 それが、当時の自分にとっての普段通りで、この日も、何事もなかった