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マガジン一覧

ikoma (イコマ)・その家族・周りの人たち

私のこと。 私と家族とのこと。 私と周りの人のこと。

かつて書きあぐねていた親愛なる相方へ

最近、「妻のふりをして"夫"を書く」とか、「夫になりきって"妻"を書く」とか、そんな遊び心のある文章を続けて読ませてもらう機会があった。 その視点には、日々の柔らかな夫婦愛がじゅわっと滲んでいて、文章上でしか知らない関係なのに、読んでいる私の頬まで赤くなってしまうようなくすぐったさがあった。 「ごちそうさまです」と心の中で手を合わせたくなるほど、心が満腹になった。 その余韻がゆっくり落ち着いてきた頃、ふと考えた。 もし夫が私を書くなら、どんな言葉を選ぶのだろう。 私が夫に

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雨の横浜駅、水たまりで増えていったもの

「毎日一時間は歩いてね」という主治医の教えを、私は律儀に守っていた。晴れた日にはみなとみらいまで足を延ばし、コールドストーンのアイスを食べたり、ルミネのトゥモローランドで、元に戻ったお腹ですら似合うのか分からない服に夢を見てニヤついたりと、ずいぶん自分勝手に楽しんでいた。きっと私は「律儀」という言葉を一度調べ直したほうがいい。 これは、まだお腹の中にいた娘を、こっそりポコさんと呼んでいた頃の話だ。 その日はあいにくの土砂降りだった。傘に当たる雨音はやけに重くて、周りの薄暗

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霊感よりも怖いもの ―19歳の私へ―

「二十歳になるまでに見なかったら、その人はもう一生霊を見ないんだって。」 そうシノブちゃんに聞いたのは、二十歳の誕生日を半年後に控えた頃だった。 大学には、霊が見えるという友だちが二人いた。シノブちゃんは部屋の隅に霊の出入り口があり、夜中に知らないおばあさんが上に乗ってくるという。ナコちゃんは、お兄ちゃんと一緒に廊下を歩く落ち武者たちの行列を見たという。 サークルの肝試しで、シノブちゃんが「寒い。ここ、早く離れたほうがいい!」と必死に止めたことがあった。私には何も見えな

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クリーチャー化する夜、楽天家敏腕編集者の朝。

私のnoteは「夜に書き上げ、朝に放流する」のをルーティンにしている。 最近でこそ、毎日投稿を止め、GWの影響で日記的な即出し投稿が続いてイレギュラー気味だが、基本のスタイルは崩さずにいたい。 どうして一晩寝かせて投稿ボタンを押すのかって? 夜書いたものは、感情的で、主観寄りになりすぎるからだ。 そんな「夜の狂気」を、私は痛いほど知っている。 皆さんの中にも思い当たる節があるのではないだろうか。 例えば、小学生の頃、ラブレターを書いた日のこととか。 ラブレターを書くの

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物語の部屋

物語の書き方、右も左も分からない。 まだエッセイの延長上にしかない物語ですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。

【創作】​マキビシを撒いた夜 | 考えすぎクラブ活動

児童館「風の子テラス」の廊下で、漣は腹ばいになり、熱心にレゴの配置を微調整していた。 その表情は真剣だ。「敵など一歩たりとも侵入させぬぞ」という意気込みで鼻息を荒くする。その風圧で小さなレゴが少し動き、漣はまた位置を微調整する。 巡回に回ってきた佐藤は、唐草模様ならぬあるアニメで一世風靡した緑と黒の市松模様の風呂敷が床で蠢いている光景を目にし、小さなため息と頬がゆるむという正反対の反応を見せた。 「レンゾウ!いい加減にしろって。今週だけで三回目だぞ。廊下にレゴを散らかすの

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【創作】湯上がり四重奏(カルテット) | 考えすぎクラブ活動

夕方の6時を回ると、僕らの住む土鍋地区は急激に冷え込む…のではなく、急激に熱を帯び始める。僕らの議論が白熱する時間だからだろうか。 僕ら4人は幼稚園からの幼馴染。今は土鍋高校の2年生だ。 カモメ口が特徴的な鴨出と、いつもおちょぼ口のウッシーは理系組で、中性的な柔らかいトーンで大好きな伊達政宗について語り出すダテ男と、何でも深く考えすぎてしまう僕、ノージーが文系組。 金曜の部活終わり、ダテ男の実家の銭湯で汗を流し、コーヒー牛乳を片手に扇風機の風に当たりながら議論するのが僕ら

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増える、みぞおち | 考えすぎクラブ活動

肋骨を折ってしまった。 何も派手に事故った訳ではない。 ただ、手前にダンボールが積み重ねられた倉庫で、その奥の棚にあった分厚いファイルを、たまたま通りかかった上司に渡したかっただけなのだ。 開いたままのドアから、誰かと談笑しながら廊下を歩いてくるの特徴のある上司の笑い声が聞こえたとき、僕は思い出したのだ。 あ、あのファイルを頼まれてたじゃないか。 危ない危ない。 忘れたら、ジョークでも軽くみぞおちに一発入れてきそうな上司だ。 近づいてくる声に急かされて、僕はダンボー

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どうか私の代わりに千年後に爆発して|考えすぎクラブ活動【創作】

私は虎を飼っている。 普段は9割「はなのすきなうし」のフェルジナンドみたいに温厚な奴だ。 ただ。 月に一度、月の使者という厄介者がやってきて、お構いなしに、虎の檻を開けようとする。 とはいえ、檻の戸を開けるだけでは、虎は人に襲い掛かろうとはしない。 虎だってバカじゃない。 その爪の鋭さや、牙の残酷さを知っている。 だから、戸が開け放たれたからといって、誰彼構わず飛び掛かってはいかない。むやみな殺生は己の精神を貶めるだけだ。虎にもプライドはある。 しかし。 世の中には、他人

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ふわふわ日記

日々のとりとめもないふわふわしたゆるい出来事を取っておく場所

イコママレの呪文

あー。何も思いつかない。 ここは温泉宿でも何でもない、ただのマンションのリビング。私はパソコンの前に座っている。お風呂掃除のために抜いた残り湯が、小さな排水溝に少しずつ吸い込まれていく音が、浴室のドアも、脱衣洗面所のドアも貫通して、かすかに聞こえてくる。聞こえてくる、気がする。 正確には聞こえていない可能性もある。「残り湯抜くの、こんなに長かったっけ」と思ってしまった瞬間から、もうその音は頭の中で既成事実になっているだけかもしれない。 私は今、残り湯退場のタイムキーパー

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野菜室のサラトリオトリオ

ラッキーだった。 いつも178円の三種類のレタスがセットになった「サラトリオ」が158円になっていた。 最近のサラトリオは、前よりもボリューム満点な気がする。この物価高でもありがたく感じる広がり具合。 一番は、サニーレタスが明らかにサイズの合わない服を着せられたみたいな袋に入った商品だけど、それがないとき、サラトリオは家計の味方だ。 私はもちろん、飛びついた。 家に帰って、買ってきたものを順番に冷蔵庫にしまっていく。 サラトリオとブロッコリーを掴んで、野菜室を開ける。 す

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30年越しのお絵描きリベンジマッチ

時は、2026年5月13日。 おっと。 今「昨日」という、もっと短くて便利な言葉があるだろう、と思った方は何人いるだろうか。 いつもの投稿なら、これは大袈裟オブ大袈裟でしかない。 夜のクリーチャーがメルヘンを卒業し、ドラマのナレーター気取りで突っ走り過ぎた状況だ。 朝の敏腕編集長はどうした、有休中なのか、と言われても仕方がない。 だが、今回は「昨日」ではだめだ。 なぜならこれは、1992年10月11日の大学生イコマからの挑戦を受けた、大事な日だからだ。 そう、きっかけ

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母と娘|母の日によせて

私は日本の商業ベースな「母の日」が苦手だ。 「母の日」はたぶん、アメリカから入ってきていると思う。 そして、絶対にバレンタインデーと同じで、どこかの企業がお金儲けのために広めたとしか思えない。 ChatG〇Pに聞いてみる。 やっぱりな。 母の日。 日頃お世話になっている母に、今まで育ててもらった母に感謝の気持ちを表す日。 感謝の気持ちというのは、感謝する人が決めていい気がする。 もちろん何かをもらう母側の好みもあって、どうせもらうならカーネーションじゃない花がいいな

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白でも黒でもない。人はみんなスペクトラムの上にいる

娘との日々を振り返った記録。そして答え合わせの旅。

「エレキテル仕掛けのからくり道具」の箱の中で、宿題をする娘っ子の話をしようかのう

我が家には猫はおらぬ。 しかし、猫が箱に入るのが大好きなのは知っておる。 本能的に、狭くて暗き場所に安らぎを覚え、敵から身を隠す狩りの習いゆえ…などと言われておるらしい。 我が家には猫はおらぬ。 しかし、箱に入るのが大好きなお子はおった。 娘っ子じゃ。 幼き頃より、「エレキテル仕掛けのからくり道具ども (注1)」を買うと、その箱にすぐ入りたがった。 前の世は猫じゃったかのうと疑うほど、違和感なく、すっと収まっておった。   体の成長と共に、かように大きな箱が手に

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娘は、太陽が爆発するのが怖かった

「太陽がいつかどんどん膨らんで、爆発するの、怖いよ…」 ある日、布団に入った娘が、ぼそりと言った。 このときの娘が何歳だったのか、全く思い出せない。 幼稚園児だったか、小1だったか。 でもまぁ、ぼんやりした記憶の中の娘は、4~7歳あたりだと思う。 ……誰だ、そんな話を吹き込んだの。 50億年も先のことを考え、異様に怯えている娘が、なんだか可愛いような、少し間の抜けたような気もして、私は笑った。 しかし、寝る前にそれを思い出し、怖くて寝られない状態になっている娘を、な

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スピリチュアルじゃないけど、娘に後光が射して見えた日

私たち夫婦は、似た者同士のような正反対のような、不思議な関係。物事へのこだわりが強いところはそっくりで、そのこだわりを発揮する方向がことごとく真逆。普段はわりと、同じことを同時に口にして笑ってしまうような、楽しい時を重ねている。しかし、お互いの体調や状況が悪いとき、主張争いが勃発する。 八年前のあの日も、些細なことで喧嘩になった。傷つく言葉を投げかけられるから、投げ返す。戦いとは、いつ、どんなときも不毛だ。夫は寝室へ行ってしまった。 どんなに激しい喧嘩をしても、お腹は空く

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娘が登校できなくなった日|ブライトサイド

小学校入学式の翌日。 娘は元気に、登校班の集合場所に向かっていった。 幼稚園入園当時、振り返らずにバスに乗り込んだ娘が、私に笑顔で手を振ってくれた。 成長を感じた嬉しい場面。 今でも覚えている。 そして、その翌日。 娘は、私なしでは出発できなくなった。 🚸 理由はシンプルで、ちょっと複雑だ。 集団登校のスピードは、小学1年生にはなかなかハードモードだった。 しかも、娘は自分が持っていた手提げに足を取られ、見事に転んだ。 どうやらそのとき、周りがあまり「大丈夫

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旅の記録

たぶん主に家族旅行についての投稿を、ここに集めていく予定。

どの道?この道?尾道で猫吉を引いた夫にモテ期到来?

広島旅行三日目は、尾道! 夫は「広島市から離れ過ぎているし、興味ない」と言っていた。 でも私は、尾道らしさと猫の細道を味わいたい。今回一押しの場所だ。 前日、三原に泊まったのは、尾道までたった2駅で、帰りの広島空港へのバスも出ているからだった。 「たった2駅=時間がかからない」 首都圏に住んでる奴の生ぬるい思い込みだ。 旅行の直前、三原と尾道に挟まれた糸崎という駅止まりの電車が多いことに気づいた。 乗り継ぎの為の待ち時間が発生する。 そもそも電車の数も圧倒的に少ない。

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牡蠣を食べたい夫 vs モスでいい私と娘 仁義なき戦い in 三原

広島旅行二日目の食事。 朝:広島市内のホテル朝食ビュッフェ   オレンジ色に輝く日の出を拝みつつ、和食洋食なんでもござれ。         目移りする種類の多さに、ついつい取りすぎる (※当社比) 間食①:牡蠣の天ぷら (三つ刺さった一串を、みんなで一つずつ分け合う) in 宮島   間食②:揚げもみじ (一人一つずつ) 間食③ : レモンスカッシュ&レモネード 昼:夫念願のあなごめし✨ さて。夜は? 私は普段、外であまり揚げ物を食べないようにしている。 決して

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中学生の私、ごめん。宮島は神聖だったよ。

ねぇ、中学生部門の私? ごめんけど、あのさぁ。 私は今、わりと怒ってるよ。 宮島の皆さんや、宮島ファンの皆さんと共に、静かな怒りを抱えてるよ。 ねぇ、中学生の私。 あのとき、宮島さんのこと、 「磯臭い」「鼻と頭が痛くなる」「早くここから立ち去りたい」 そう思ってたよね? せっかく潮が引いて干潟に降りられる恵まれた日だったのに、潮の匂いにやられて、友だちとその話ばっかりだったよね。 そりゃあさ、あなたにとっては小6の修学旅行から2年ぶり、2回目の訪問で、新鮮味がなかったって

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広島の洗礼?平日夜じゃけぇ言うて、なめちょったらいけんけぇの!

広島旅行初日。 原爆ドームと平和記念資料館にしっかり時間を取るために、お昼は資料館東館の「喫茶あおぎり」で軽く済ませた。 軽くとは言っても、焼きそばも、チャーハンも、ナポリタンも。 提供してくれたおば様たちの笑顔みたいにあったかくて、優しくて、そこらのフードコートなんて目じゃないぐらいの味わい深さがあった。 ということで。 夜は広島らしい広島焼、鉄板焼きを、がっつり食べるプランだった。 ホテルにチェックインして、いざ、夫が目星をつけていたお目当てのお店へ! 歩く道す

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やっと辿り着いた、私が私のまま受け入れられた場所|氷河期世代アラフィフ専業主婦に未来はあるのか(4)

前回はこちら。 前回の反省も踏まえ、私はすぐに仕事を探しはしなかった。 ただ、自分自身をしっかり見つめ直すことに時間を取った。 イタリアンレストランでバイトをしながら、イラストレーションスクールに通った。 そして、ある日。 私は私の強みを活かせそうな仕事の募集をみつけた。 私が三度目に辿り着いたのは、建材商社だった。 ただ、オリジナルの商品を扱う新しい部署の立ち上げのための募集だった。 海外から素材を仕入れ、それを実際に見て、手に取って、想像できるような場所を作る。

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暗中模索の社会人生活。心は騙せても、体に嘘はつけなかった|氷河期世代アラフィフ専業主婦に未来はあるのか (3)

前回はこちら。 今思えば、当時の私は「企業に入って働く」ということを、ほとんど理解していなかった。 同じ会社の中に、まったく違う役割の仕事や部署があるという前提を、私は見落としていたのだ。 私の就職活動は、業種や事業内容ばかりを見ていて、自分がどの職種で力を発揮できるのか、という視点が抜け落ちていた。 父が提案してくれた「銀行」を断ったのも、その認識不足が原因だったのだと思う。 もしかすると、こうしたイメージの欠如は、もともと私が小学校の先生になりたいと思っていたこ

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氷河期就職戦線 母が危惧した小5の私、再び | 氷河期世代アラフィフ専業主婦に未来はあるのか(2)

前回はこちら。 新卒で就職したのは、阪神淡路大震災があった翌年。 氷河期も氷河期真っ只中。 バブル崩壊前なら、その地域の私大の中では就職に関しては安泰という太鼓判を押される大学に、私は進学していた。 バブルはいつ崩壊したのか、を調べると、意外にも私が大学に入る前には崩壊していたらしい。 てっきり、私が就活を始めた頃に崩壊したものだと思っていた。 体感はそんな感じだった。 なぜなら当時、2つ上の先輩の就職活動状況を聞いていると、 「内定を8社もらっている」 とか、 「内

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「お金稼ぐのが下手すぎ!」その一言で、私の時間が止まった|氷河期世代アラフィフ専業主婦に未来はあるのか (1)

特に節目の年齢ではないアラフィフの私だが、子育てという点では、一つの節目を迎えようとしている。 そこで初めて、私は自分がどこにも立っていないことに気づいた。 専業主婦としてここまで来た私に、この先の未来はあるのだろうか、と。 私は、娘を出産してから今まで、短期的に、昔の知り合いの仕事のお手伝いバイト、9時4時のパート、季節限定の臨時職員などはしていたものの、基本的には「専業主婦」だ。 結婚して移り住んだ家から元の職場は遠すぎた。 何より、妊娠した時点でつわりがひどく、入

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