片桐みかんさん企画、参加作品
第一章:消えた伝言板 あの駅の古びた黒板 チョークの粉にまみれた 誰かの想いの集積所 「先に行きます」 「明日また」 書き連ねられた無数の言葉は 夕暮れの風が吹くたび 少しずつ滲んでいく ある日_突然 伝言板は真っ白になった すべての約束が すべての願いが まるで 最初からなかったかのように 消えてしまった 駅長さんは困り顔で 古い公衆電話の受話器を見つめる 時刻表の紙は色あせ 時計の針は止まったまま ホームに立つ二人の背中も どこか頼りなげだ
雨の音は、世界の調律_ すべての境界線が水に溶けてゆく、淡い群青の夜のおはなし。 その喫茶店は、激しい雨が世界を覆い隠す夜にだけ、アジサイの茂みの奥にひっそりと「しずく」を落とすように現れます。 雨宿り喫茶『しずく』 軒先には、星の破片が溶け込んだような青い雨粒のランタンが揺れ、ガラスの扉を開けると、珈琲の香りに混じって「懐かしい記憶」の匂いがしました。 「今夜の迷い子は、あなたね」 カウンターの奥で、黒猫が静かに琥珀色の瞳を光らせます。店主がそっと差し
Ⅰ: 雨を待つ龍 ひび割れた大地は 物言わぬ口を開け ただ一滴の慈悲を 天に向かって叫んでいる 祈りの手は 枯れ木のように震え 乾いた風が 祈りの声をさらっていく そのとき 雲の峰から現れし白き巨躯 天を統べる龍は 静かにそこに座していた 焦がれるような陽光を その身に浴びながら 耐え忍ぶように ただじっと待っている 地が尽き 天が応えるその刹那を 奇跡の導火線に 火が灯るその瞬間を 龍の瞳は 濁ることなく 昏い底から湧き上がる
I. 空の庭師、あるいは風船を配る巨人 雲よりも高く、青の果て。 老いた巨人は、陽だまりのような笑顔で、 魔法の風船を育てている。 あるものは、夜明けの色。 あるものは、幸せな記憶の味。 彼の大きな手から、 風船たちは、小さな街へ、 希望のように舞い降りる。 「さあ、お行き」 彼の声は、優しい風になって、 子供たちの夢を膨らませる。 II. 虹泥棒の猫、その秘密の夜色 巨人の風船が、街を幸せで満たした夜。 一匹の、泥棒猫が動く。 星色
頑張っている姿を見掛けた。 人つてに悩んでいることを聞いた。 会う機会が減った。 今日は会えそうな気がした。 少しでも彼女が自分を責めないように、悩んだ時に話せるように、自分を大切に出来るように...お気に入りのお菓子をいくつか詰めた。 たわいない会話を終えた時、そっと彼女に手渡した。 笑った彼女の表情を久々に見て安堵した。 驚いた姿は可愛らしかった。 数少ない言葉しか交わしていない彼女と私。 出逢ってまだ間もない彼女へ。 ✧• ─────── •✧✧• ───────
普段あまりこういうことをしませんが、私も共感し、多くの人に読んでほしいなと思ったので記事を引用させていただきます。 富士山をリーディングした時も、災害は私達の意識を変えるために起こっているんだ、と読みましたが まさにこれだな~と。 ついでなので、最近勉強にあった動画とかペタペタ貼っておきます。 誰かの何かの参考になれば幸いです。 感動したもの
気分の浮き沈みが激しすぎます。 今日は天気の影響もあってドン底です。 朝も起きられなくて二度寝してしまいました。 最悪のパターンです。 食欲も相変わらず湧かず、毎日同じようなものを口にしています。 そう腹を満たすだけ。 それもそろそろ無くなるので買い物に行かなくてはならないのですが、 その外出すらしたくありません。 昨日ゴミを捨てに車で出ました。 心の中で考えていた行動、 些細なことでもそれが出来た時は気分が少し良いです。 だけどそれも続かないのです。 今までもこんなことは
こんにちは、落花生です。 これからはちまちまと短歌やらエッセイ(と呼べるほど大層なものかは分からないが、とにかくそういうもの)を書いていきます。 ■ さしあたって、僕について少し書いておこうと思う。まず、僕は普段一人称は«俺»を使っている。しかし、文章を書く時はいつもだいたい«僕»と言う。自分のことを«僕»と呼ぶ時、僕は自分が酷く繊細でナイーヴな青年になったような気がして、とても気分がいい。内省的で繊細でナイーヴであることは、駅でバカみたいな笑い声を上げる、(俺にとっては)行
山根あきらさん企画、青ブラ文学部に参加した作品
針を落とせば、未来が響く街を歩けば、どこか懐かしいのに、決定的に新しい景色に出会う。 カセットテープの鈍いプラスチックの擦れ音、純喫茶の分厚い琥珀色のグラス、そして80年代のシティポップ。かつて「過去」として片付けられたはずのカルチャーが、今、瑞々しい感性によって**「モダンレトロ」**という新たな息吹を与えられている。 単なるノスタルジー(懐古趣味)と、モダンレトロの決定的な違いは何か。それは、私たちが過去を「再現」しているのではなく、**「サンプリング」**してい
私の内なる感性や思考の骨組みを振り返るとき、そこにはいつも「デイヴィス」という響きが鳴り響いている。 ジャズの帝王マイルス・デイヴィス、ハリウッドの異端女王ベティ・デイヴィス、そして黒人解放運動の闘士アンジェラ・デイヴィス。 生まれも生きた領域も異なるこの三人の「デイヴィス」たちは、私にとって単なる歴史上の偉人ではない。現状に甘んじることを拒み、自らの意志で世界と対峙するための普遍的な姿勢を教えてくれた、私の精神の設計図そのものである。 最初に私の前に現れたのは、マ
1. 始まりは、ある朝の静寂 その計画は、世界的大企業やマッドサイエンティストが始めたものではなかった。 ある日、地球の底からかすかな「ハニ、ハニ」という地鳴りが聞こえ、翌朝から人類の足元がじんわりと茶色く染まり始めたのだ。 「#全人類埴輪化計画」 誰かがSNSに投稿したそのハッシュタグは、またたく間に世界を席巻した。恐怖はなかった。なぜなら、その変化はあまりにも穏やかで、どこか懐かしいぬくもりを伴っていたからだ。 2. 変化のプロセス 人間の身
見慣れたはずの景色が、ある一瞬、まったく見知らぬ異郷のように立ち現れる。心理学ではそれを「ジャメヴ(未視感)」と呼ぶらしい。 私にとってそれは、あの商店街の片隅で過ごした、どこか現実味のない日々の記憶と深く結びついている。 昔、私は小さな傘屋で働いていた。 そこは、古い商店街の一角にあった。ガラス扉を開けると、色とりどりの傘が天井からぶら下がっている。 当時の私の住まいは、商店街の裏手にある、家賃ばかりが安いアパートの一室だった。 広さは、きっちり四畳半。
わたしが観て良かったと思う映画をまとめています。
映画『八月の鯨』(原題:The Whales of August / 1987年公開)は、アメリカ・メイン州の小さな島を舞台に、老境を迎えた姉妹の穏やかで、時にちくちくと痛む日常を淡々と描いた**「何気ない日常の美しさ」を極めた珠玉の名作**です。 一言で言えば、**「大事件は何も起きないけれど、観終わったあとにじんわりと涙があふれ、人生の愛おしさが心に残る映画」**です。 ① 映画史の伝説!レジェンド女優たちの「奇跡の競演」 この映画の最大の価値は、ハリウッドの
1997年のイギリス映画**『フル・モンティ』(原題:The Full Monty)は、世界の映画史に残る「格差社会を笑い飛ばす、最高に愛おしいヒューマン・コメディ」**です。 わずか350万ドルの超低予算で作られたにもかかわらず、世界中で大ヒットを記録し、アカデミー賞作品賞にもノミネートされました。 本作の魅力と、多くの映画ファンから寄せられているレビューのポイントを分かりやすくまとめました。 あらすじ舞台はイギリス北部の田舎町シェフィールド。かつては鉄鋼業で
1984年の名作映画**『バーディ』(原籍: Birdy)** アラン・パーカー監督、マシュー・モディーンとニコラス・ケイジが共演した本作は、戦争の傷跡と狂気、そして男二人の強烈な友情を描いた、映画史に毅然と輝く傑作です。 映画『バーディ』レビュー:鳥になりたかった少年と、彼を地上に繋ぎ止めた友情── 魂の脱獄か、それともただの狂気か。 「鳥になりたい」と本気で願い、いつしか自分が鳥であると思い込むようになった青年・バーディ(マシュー・モディーン)。そして、ベト
あらすじと物語の核 南部の上流階級の落ちこぼれであるブランチ・デュボア(ヴィヴィアン・リー)が、ニューオーリンズの貧民街に住む妹のステラを訪ねてくるところから物語は始まります。彼女が乗ってきた路面電車の名前こそが「欲望(Desire)」。 ブランチは、過去の栄光にしがみつき、現実から目を背けるために「美化された幻想」という名のドレスを全身にまとっています。 しかし、妹の夫であるスタンリー・コワルスキー(マーロン・ブランド)は、そんな彼女の気取りや嘘を許さない、野