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【若者メンタルサポート協会】について

はじまりはkayaさんという女性からXで相談を受けた事だった。 そしてkayaさんのnoteの記事「冤罪かけられました若者メンタルサポート協会に。私のお金返してよ!!!!!!!!(https://note.com/kaya___1022/n/nfb43e3d23c95)」は事実なのかと「若者メンタルサポート協会(以下若メン)」に問い合わせをした。 未だに「事実」は明らかにならない。お互いの主張は真逆である。 しかし「若メン」が若者のためのNPOだから信用に足るわけでもなく、「カヤさん」が障害者だからその言葉は信用できないわけではない。 ハココはただ「事実」が知りたいのである。

若者メンタルサポート協会について(6)

まずは、前回までのおさらいを。 ざっと経緯を記しておく。 これまでの経緯をざっと説明する。 まずは、わたし(ハココ)にカヤさんからこの記事について拡散して欲しいと言われたことからである。 冤罪かけられました若者メンタルサポート協会に。私のお金返してよ!!!!!!!! ハココといたしましては「事実かどうか確かめようがない」ので協力を安易にすることはできないといったん断ったお話であった。 しかし、ハココというXでのアカウントが育って(育って?)きた頃、ハココは言葉の使い方次

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「若者メンタルサポート協会」について(5)

まずは、前回までのおさらいを。 結果として。そろそろ「返信は来ない」と思って良いだろう。 どんなメールや問い合わせに返信が来ないのか。 前の記事、「若者メンタルサポート協会」について(4)に全文が原文ママ、スクショという形で載せているので参照ください。 これまでの経緯をざっと説明する。 では、今回の本題に入る。

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「若者メンタルサポート協会」について(4)

再度問い合わせをしてみた少し前に「若者メンタルサポート協会」の小杉沙織さんとハココの間で少しばかりいざこざが起きたことを覚えている方はいるだろうか。 まずはその振り返りで、前回までの記事です。 問い合わせをしたのは、小杉さんとのやり取りが決裂してしまったことの原因は「感情的になったわたし」にもあること。 失礼な言動をしたことは確かであり、謝罪したいと思ったこと。 代表の小杉沙織(岡田沙織)さんが「何も知らない」のであれば問い質しても意味が無いかもしれない、と思い直したこと

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「若者メンタルサポート協会」について(3)

私に起きた事実を書くことが何故「弁護士に相談する」と言われるのか 私個人に起きた出来事として書きます。 誰かを誹謗中傷する意図はありません。 ただ私に起きた事実を書くだけのこと。 そして私はその自由を制限されたと感じてしまっていることを書こうとしている。 事のはじまりはこの記事を書いたことです。 私が、実名で本当に私に繋がる電話番号も書いて『若者メンタルサポート協会』に問い合わせをしたことから始まりました。 そして、代表の『小杉沙織(岡田沙織)さん』とメールのやり取り

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散文のような詩など

詩のようなものたちの置き場にします。 思いや記憶、出来事を別の形へと変えてお届けします。 中二で患うの黒歴史も晒しましょう。

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詩「シャリラ」

こんな夜には 何も視たくない 何も訊きたくない 何も云いたくない 何も感じたくない 何も考えたくない 何もかもが無意味に思える こんな夜には こんな夜には 笑いたくない 泣きたくない 食べたくない 飲みたくない 眠りたくない 心も体も怒りに支配されている こんな夜には 明日は来るのだろうか 明日には何か変わるのだろうか 人々はなぜ 明日が来ることを当然だとしているのか わたしに明日が来たことを実感できる日は 燃える朝焼けを 左に傾いた視界で何度となく捉えていても 一向に訪

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詩「わたしは白猫」

わたしは涙に色があると知っている わたしの涙は墨のように真っ黒だ ときに粘度を帯びていて 頬を裂きつつ流れ落ちる けれど誰かの涙の色は判らない 涙は確かに見えているのに色は判らない 涙としてしか見えない それでも わたしのものより絶対的に 奇麗な色だろうことは 承知している 或いは 純粋、葛藤、孤独、挫折 逃げる、生きる、守る、忘れる 歩む、転ぶ、立ち上がり支えられ 抗う、見ない、選ばない、モラトリアム わたしよりよほど人間らしい そんな他人が暮らす街の灯を 羨ましい

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詩「告発文」

世界はどうしてこんなにも残酷で 冷たくて汚くて痛くて臭くて 何も無くて それでもどうして 絶望に振り切らせてはくれないのでしょうね 心身を切り刻まれて 魂を抉られて 呼吸さえままならず もう無駄とさえ思える生命の 手当てをしようとしてくれる人たちを もうどうにもならないわたしを 放って置いてはくれない人たちを こんなにも愛おしく思ってしまうのでしょう どうして絶望だけを見せてはくれないのでしょうか 血を吐き、泥水を飲んで 吐しゃ物に塗れ 見上げると、人の足の裏 のっぺらぼ

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詩「人生の当事者」

子供の頃からいつも 仲良しの友達がいなくて 誰かと誰かの仲違いの話を聞いては それは大変だ!と その当事者のお互いを励ましたり 蚊帳の外にいるばっかり 仲良しだって わたしを嫌いじゃないって みんな言うけれど わたしはいつも みんなとは別のところにいるの 蚊帳の内には入れずに いつも、いつの間にか わたしは独りぼっちなの 嫌われることも 強く好かれることも 蚊帳の外にいるから 無くて いつの間にか、いつも 独りぼっち よく誰かが 悩みを打ち明けてくれていて わたしは一緒

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「性暴力を許さない」性被害のその後を生きる

性被害当事者として発信をします。 わたしは、被害後に発信をしている、被害女性の言葉に救われました。そんな言葉を、いま苦しんでいるだれかに送ることができるかは、わかりません。でも、こんなわたしが生きていること、考えること、感じること、を書こうと思います。 いままさに苦しんでいるあなたへ。声をあげられなくても、訴えることも出来なくても、誰に打ち明けられなくても、勇気がないなんてことはないからね。被害を受けてもいま、あなたは生きている。それだけでもう、ものすごく頑張っているよ!

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音のない雨(6)

こんな夜には、 何も視たくない。 何も訊きたくない。 何も云いたくない。 何も感じたくない。 何も考えたくない。 何もかもが無意味に思える、 こんな夜には。 こんな夜には、 笑いたくない。 泣きたくない。 食べたくない。 飲みたくない。 眠りたくない。 心も体も怒りに支配されている、 こんな夜には。 明日は来るのだろうか。 明日には何か変わるのだろうか。 人々はなぜ、 明日が来ることを当然だとしているのか。 わたしが明日が来たことを実感できるのは、 燃える朝焼けを、 左に

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音のない雨(5)

GWで姉家族が帰省してくる。 お正月は私の体調が悪すぎて断った。 だから今回は断らなかった、 のだと思う。 お正月と何ら変わらない不調。 一泊にしてもらったから、と 恩着せがましく言わないでほしい。 私の望みは独りで泣きくれること。 一人暮らしはしたくない、 寂しがり屋の母が言う。 私は独りで構わない。 けど母が心配で、独りを選べない。 なのに、 アレをしてない、 コレをしてない、 どうしてしないの、と 母に問い詰められる。 私はしなくて構わない。 むしろ

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音のない雨(4)

もう20年近くも前のこと。 精神科に入院したときの 精神疾患に対する理解を深める 勉強会でのことだ。 ストレスと脆弱性、みたいな、 ストレスに対して脆いから、 精神的な問題が起きるのだという理論を 学ばされた。 それを講じている人に聞いた。 「私は弱いから病んでいるのですか」 何て答えが返ってきたのかは思い出せない。 ストレスに対する適応力をつけましょう、 みたいな謎理論を学ぶように強制された。 まるで、 『私たち精神疾患の患者は 普通の人なら耐えられるストレスに 耐

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音のない雨(3)

私は性犯罪被害者だけれども、 加害者に同じ目に遭って、 この苦しみを味わってみろとは思わない。 誰にもこの苦痛を味わわせたくない。 誰も味わうべきじゃないものだと思うから。 どんな極悪人であってもだ。 死んで償えも違う。 死んでくれても無意味だから。 私は罪人が法律で裁かれることを望んでいる。 けれど、ときに刑が軽すぎると憤る。 その苦しみに見合った償いとは思えないから。 犯した罪に見合った償いなんてものは無い。 そこに折り合いをつけるための法律だ と思ってるのだが、

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読んだ本の感想という名の個人の思考

議題として提示したいと思ってしまう、小説やルポなどの紹介的な。社会として考えるべきは、なにか? と偉そうに言ってみるが、ハココは己の好奇心で動く傾向の強い生き物なので、参考になるのか、議題として成立するかすら謎。 でも、思考を止めたら人生が損!それが真理であれと願う。

「美とミソジニー / 著・シーラ・ジェフリーズ」を読んでみた感想

『射精責任』を読んだことによって、どうにも『女性』という立場が不利であることに気づいてしまった。 『射精責任』の感想はこちらにあります。 私は元々『男性』の生きづらさに寄り添いたい系である(はず)なのだが、女性が受け入れている《不遇》というか《不利な条件》というか、それらを当たり前としている女性を差し置いて「男性の生き難さ」を語るべき時代なのか?と。 未だに「女性の生きやすさ」なんてどこにもないじゃないか!!となってしまったのである。 うっかり、昔に比べたら『女性の権利

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「射精責任 / 著・ガブリエル・ブレア」を読んでみた感想(多大なネタバレを含む)

目から鱗が落ちた!!!!というのが感想と言うか、読み進めると鱗がぼろぼろ落ちていくのだ。巻末に辿り着くまでに一体どれだけの鱗が剥がれ落ちただろう。落ちた鱗を数えてみようと思ったが二度と私の目を覆ってほしくないので、読み終えたときに粉々に砕くことにした。そして春風に乗り消えていくのを見送ったのだ。 なんていうアホな話はさておき。 私たちは、どうしてこんなにも当然なことを気づきもしないのか! 震えるほど驚きと、ある種の感動を覚えた。 この書籍は『妊娠出産と切り離されることの

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「されど愛しきお妻様 / 著・鈴木大介」を読んだ感想

大人の発達障害を取り扱った本である。 しかし、発達障害に関わらず、あらゆる「障害」について当てはまることが書かれており、その読書は大変有意義な時間となった。 それは、障害を持つ当事者を理解することの難しさ、そして支援者的立場であった、もともと社会的弱者に焦点を当てて取材を重ねていた著者ですら、本質は理解していなかったこと。理解したつもりになっているだけであること。 彼が理解するに至った経緯は、特殊であり、そうしてやっと理解と言ってもいい状態になれた。その特殊な状況とは、脳

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「ハンチバック/著・市川沙央」を読んでみた感想

ごめん、うっかりデビュー作ってこと端っこにおいちゃってたから実は期待しすぎていた感が否めない。 純文学デビュー作だという点を失念するほどに、ものすごく期待してしまった。恥ずかしい。めっちゃハズイ。 なぜか。それは、テーマが、ほら、ねえ。みたいな、ね。 でもっての、当事者性。これ以上のリアルがあるか?などと考えていたし。 読んだ人がみんなネットにその衝撃についてを書き連ねたりしていて、つい、ものすっごく、期待して、高まりまくった期待をぶつけたから、こんなことになってしまったん

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男と女は分かり合えるのか

フェミニズムはなぜ男性に馬鹿にされるのか?男女の差の考察。 性被害者として男性に対しても発信をする中、どうにも男性からのあたりが強い。女性専用車両についての反対派に言わせれば、私はどうやら加害者らしい。 そうして考え始めた男女の違い。男は女を馬鹿にし、女は男を軽蔑する。 あまりに違う思考の方向性。体格、体力、腕力、身体機能、それ以上に違う内面。合理性、共感と人間性、重視するものが男女で違うのでは? 考えれば考えるほど、腹立たしくも面白い。男女の違いについて。

男と女は分かり合えるのか(3)~アンフェミは儲かる商売なのかもしれないが、購買層の話はつまらない~

※アンフェミの批判になっております 女性蔑視というモノを使った商売はすごく稼げる職業のような気がしてきて、というかきっとそうなんだろうなあと、少し絶望している。 まず、女性を性的に消費すること(AV視聴・性風俗利用・買春)は女性蔑視がないならできないことだと思う。 そんな風に女性蔑視がある男性、女を嘲りたい男性、女を性的に見ることが状態化した男性に、女性蔑視の言論はとてもよく売れる商品だ。 twitter(現X)等のSNSを見ていると、社会には女性蔑視の男性しかいない

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男と女は分かり合えるのか(2)~女性は「生きる」ために「群れる」~

「フェミニズム」で女性の権利と主張して、男性の女性蔑視とかを批判する。 なんだかんだ女性が男性を無視できないことは、人類の繁栄やらなんやらより、女性が自身が「生きる」ことに直結しているからだ。 男性に要らないと判断されたら、女性という人間は消されるということを、人類はみな本能で理解しているのではないだろうか。 女性が本気で男性と戦おうとしたら、男性は暴力で勝てることを理解しきっている。 霊長類最強なんて呼ばれた女性のレスリング選手さえ、甥っ子の中学生に勝てないのだ。

男と女は分かり合えるのか(1)~合理主義とお気持ち主義~

ここで話す、男性と女性に、全ての人が当てはまらないことを前提に。 性被害者として男性に対しても発信をする中、どうにも男性からのあたりが強い。 女性専用車両について反対派(廃止を訴える派)に言わせれば、どうやらわたしは性差別の加害者らしい。 性被害という盾で殴りつける加害者、そう言われた。 どうしてそんなことになっている? 論理的な男性?感情的な女性?どうにもそうは思えない。 男は女を馬鹿にし、女は男を軽蔑する。 様々なことで、男女であまりに違う思考の方向性。 体格、体力、

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「空っぽの箱だったわたし」

日々のこと。好きなもの。好きなこと。嫌いと苦手。それらについて。 「空っぽの箱」だと感じていた自分自身に詰め込んだ、箱の中身について、書き留めます。 エッセイのような、コラムのような、そんなもの。

治療を求めて何千里?たぶん愚痴です

現在のまま生きることに限界を感じた治療を、専門的な治療をしたい!と思ったのは、たぶん、わたしの無意識がかなり限界に感じていたからだといまは思う。 わたしは性被害の当事者で、それにまつわるトラウマがあります。 現在、通院している病院の心理療法では手に負えないからと匙を投げられて早幾年月。 パンドラの箱にして、触れないようにして生きて行こう。 そう前の主治医に言われたときは、そうにしかならないのだ、仕方ない、そうするしかないって納得をしたつもりでいました。 でも、それから現在

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「想う、考える、生きる」いまのわたしの答えとしてある戯言

わたしの感情と思考と感性を、 見つめ寄り添い生きられるのは、 わたししかいない、でしょ? 唐突ですが、 わたしがいま「生きている理由」のようなものを書きだそうかな、と。 こんな感じの思考をして生きているのですという表明?というか。 なんとなーく、書きたい気分なので。 たとえば、 他人に察してもらうこと、 誰かに自己を共感されることに、期待することをやめた。 あまりに的外れな言葉を渡されることに疲れたから。 結局のところ、 自分の感情は自分しか正確に感じられないから。 生

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わたしの「ともだち」

「大丈夫だよ」あなたのそれはとても強いTo my dear friend ”President.” And I dedicate it to my two ”friends”: her and her husband. I wanted to convey this clumsy feeling to you someday. I know it's very late, but I just wanted to say, ”You're going to be okay,

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「Cocco」その歌声の奇跡で生き延びた

わたしは「Cocco」という歌手であり表現者が好きですそう公言することに、どうしてか躊躇いがあった。 Coccoが好きと言えば、メンヘラである自己紹介のように思っていたし、Coccoの奇行に眉を顰めるひとがたくさんいることを知っていたから。 彼女が好きと言ったら、変な奴と思われると、ずっと思っていたのだと思う。 でも、やっぱりわたしはCoccoが好きだ。 誰にそれを恥じていたのかわからない。マジョリティにいられなくなることに、恐れていたのかもしれない。 でも、いつ、わたしがマ

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心の病気とはなんじゃらほ?

自分の体験を、メンタルヘルスについて、共生社会、多様性などについてを題材に書いて行こうと思っています。 書いてるひとは/解離性障害/PTSD/発達障害グレーゾーン/性被害サバイバー/です。

「統合失調症の女性の話」偏見はなくせるのか?

偏見を持っていないと思っていた、閉鎖病棟慣れしたわたしでも苦手と感じてしまう 閉鎖病棟への入院で、統合失調症の25歳だという女性に出会った。 淋しいと落ち込む彼女は、一週間もしたら笑顔になった。 それなりのブランドの化粧品で毎日整え、可愛らしい私服でウキウキして過ごす彼女。 明るい栗色の髪を美容院で染め直したい、カットしてウェーブもかけ直さなきゃ。 豊かでキレイな髪の傷みを嘆いている彼女に違和感を覚える。 同じ大部屋でベッドが向かいにある彼女との接触は避けられない

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「発達障害」という不思議な世界

どうも発達障害のグレーゾーンにいる者ですわたくし、ハココ、何を隠そう(もともと隠してない)、特性や障害やトラウマで生活そのものが困難の部類にいて、毎日の通勤や規則正しい生活自体が、どう頑張っても長期的にできないという社会不適合者。 それが申し訳ない気持ちなので、個人的には社会不適合でなんの役にも立っていないのに、この権利ほしい!差別されたくない!配慮してください!って言えるような精神がなくて(そんなの、図太い神経だとか図々しいとか思ってしまう)、なんら社会に寄与しない還元で

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人格への配慮を他人に求めるって、何なん?

どうも、ハココと申します そうなのです! つまりは変な生物なんです! 付属品には「解離性障害」「PTSD」「性被害」「黒歴史」なんてものがあったりします。そう、既にお気づきの方もいるんじゃないでしょうか。ハココってやつは、もうね、いや、本当にね、とにかく、ものすごく、大変に、非常に、恐ろしい程に、愉快で不愉快な、変な奴なんです。 んまあ、解離性障害ってやつになったんですけどね、いやもう、そうね。 インターネット創世記あたりからネット見ていた人間でしてね、メンタルヘルスを取

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