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【前編】輝くおはぎ星 ~保護犬おはぎがくれたもの~

これは、私たち家族が迎えた保護犬「おはぎ」の物語です。

長く険しい旅路を経て、家族と心を通わせるまでの「おはぎ星」のきらめきを、物語として綴りました。

note創作大賞2025に応募するため、いつもの投稿よりも少し長いお話になっていますが、おはぎが生きた証を、よろしければ最後までお付き合いください。


第1章 最後のぬくもり

朝の異変と家族の心配

朝、目を覚ますと、お腹の奥に鈍い痛みが響き、急いでトイレに駆け込んだ。けれど、どうにもお腹の調子が悪い。鉛のように重い体を引きずって、リビングの床に倒れ込んだ。喉はゼーゼーと鳴り、息を吸うたびに焼けつくような苦しさが全身を襲う。体は熱いのに、手足は氷のように冷たかった。

震えるお母さんの声。背中に落ちてくる涙は、温かい雨のようで、悲しい味がした。

「おはぎ…おはぎ…」

お母さんは涙で潤んだ瞳で僕をじっと見つめていた。
お父さんは眉間に深くしわを刻み、険しい顔で僕を見下ろしていた。
お姉ちゃんは青ざめた顔で、声もなく立ち尽くしていた。
ラミは悲しそうに目を伏せていた。

まだ薄暗い朝の5時半。カーテンの隙間から差し込むわずかな光が、リビングの家具の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。部屋は悲しみに沈み、ひんやりとした空気が重くのしかかっているようだった。

(ああ、これでお別れなのかな…)

遠のく意識の中、涙で歪む家族の顔と、小さく震えるラミの背中が、最後に映った。

幸せだった日々

みんなの悲しそうな声が、初めてお母さんと離れた日の、あの胸を締めつけるような寂しさを思い出させる。

「おはぎ、どうした?」
「おはぎ! おはぎ!!」
「なんで? どうして? どうしたの?」

優しい家族の声が、痛いほど胸に響く。

(ごめんね、みんな。もう僕は、おはぎ星へ行く時間みたい。)

温かいお母さんのそばで、兄弟姉妹とコロコロ眠っていた、あの幸せだった日々は、もう遠い夢のようだ。激しい痛みに意識が遠のく中、幸せだった日々が走馬灯のように蘇る。

2020年6月。僕は、優しいお母さんのお腹から生まれた。温かいおっぱいをゴクゴク飲む時間は至福だった。フワフワのおっぱいを前足でモミモミしながら、夢中で飲んだ。眠くなったら、兄弟姉妹とコロコロ転がって、お母さんの温もりを感じながら眠る。それが一番の幸せだった。

目が覚めると、部屋を走り回って、兄弟たちとボールを追いかけっこした。太陽の光を浴びて、風を感じて、ただ走るだけで心は喜びでいっぱいだった。

みんなと一緒に、おっぱいを飲んで、寝て、遊んでた。楽しかったなぁ。

別れの予感

箱に入れられる前の日、お母さんの膝で眠っていた時のこと。お母さんは何度も僕の頭を優しく撫で、鼻先を僕の毛にそっと擦りつけてきた。その温もりと優しい香りが、いつもより強く感じられた。

そして、静かに涙が僕の背中に落ちてきた。お母さんは、まるで何かを言い聞かせるように、低い声で何かを呟いていた。それが「別れの言葉」だったと、後から知ったんだ。

暗闇への旅立ち

翌日。抱っこされた瞬間、いつもの優しい匂いは消えて、代わりにツンとした知らない匂いが鼻を突いた。

急に視界が奪われ、暗闇に閉じ込められた。お母さんの声も、もう聞こえない。心臓がドキドキして、冷たい汗が背中を伝った。不安が波のように押し寄せてきて、僕は身を縮こませた。

(僕、どうなっちゃうんだろう…)



第2章 見知らぬ檻の中

ペットショップでの目覚め

連れてこられたのは、明るく賑やかなペットショップの一角だった。ガラス張りのショーケースのような檻がいくつも並び、中には様々な種類の犬たちがいた。

隣の檻では、シーズーが愛らしい顔でこちらを見つめ、しっぽを振っている。向かいの檻の柴犬は、少し不安そうな表情で座っている。通路を挟んだ向こうの檻では、ゴールデンレトリバーの子犬が、楽しそうに遊んでいた。

「ここが新しいおうちだよ。新しい飼い主さんが早く決まるといいね。」

『新しいおうち?』

今までいた温かいお母さんのそばとは、まるで違う。明るい照明の下、冷たいタイルの床が広がり、壁には犬たちの写真がたくさん貼られている。

兄弟姉妹と温め合ったフワフワの毛布もない。優しいお父さんやお母さんの声も聞こえない。他の犬たちの楽しそうな声や、時折聞こえる人間の話し声が、僕の孤独をより深くした。

家具の少ないガランとした檻の中は、まるで小さな箱のようで、心細かった。冷たい透明な壁の向こうには、たくさんの人が歩いているのが見える。

(誰か、僕を温かい家に連れて帰ってほしい。)

繰り返される期待と落胆

ふと顔を上げると、視界に突然、知らない人が現れる。黒い作業服を着た人が、足音もなく近づいてくるから、いつもびっくりする。

やっとウトウトしても、すぐに物音で目が覚めて、落ち着かない。早く、あの安心できる家族のいるおうちに帰りたい。

(ここはどこ? お母さんもお父さんも、みんなどこへ行ってしまったの? 早く会いたい。)

怖くて、寂しくて、胸が締めつけられる。優しい家族の顔が浮かぶ。

(もう、あの温かいリビングで、みんなと寄り添って眠る日々は戻らないんだ…)

僕は、「迎えを待つ」と決めた。けれど、何度夜を越えても、誰も来なかった。

冷たい透明な壁の向こうから、忙しそうに動く人たちの足音が聞こえてくる。近づいてきては遠ざかる、その繰り返し。その足音で、心が不安でつぶれそうになる。

そんなとき、突然、目の前に大きな影が落ちてきて、ドキッとした。見上げると、見慣れない人間が、冷たい目つきでこっちを見下ろしていた。何か低い声でぶつぶつと呟いている。

言葉は分からなかったけれど、その声に優しさは微塵も感じられなかった。

(お願いだよ、早く、誰か、僕を迎えに来て…)

そう願うことしか、今の僕にはできなかった。

来るはずのない「迎え」を、ひたすら待ち続けるしかなかった。

一瞬の温もり

トイレシートを交換するという人間が来た。大きな体で怖い顔をしていたけど、その人は僕を優しく抱き上げた。冷たい檻の中から、温かい人肌に包まれて、少しだけホッとした。

「お利口さんだね。」

低い声でそう言いながら、優しく頭を撫でてくれた。ゴツゴツした、けれど温かい手。

(いつもは無視するのに、どうして今だけ優しいんだろう? 人間のやることは、本当にわからない。)

急な優しさに、僕は首をかしげた。いつもの冷たい視線とは違う、優しくて温かい手にどう反応していいのかわからず、戸惑った。

再び暗闇へ

時々、誰かが立ち止まって、僕の檻の中を覗き込む。ツンツンと指をつついてきたり、コンコンとガラスを叩いてきたりする。驚いて体がビクッと跳ねる。

やめてほしいのに、人間はそれを面白がって笑っている。

長い時間、檻の前で僕を見つめる人もいる。「かわいい」と言いながら、優しい声で話しかけてくれる。手のひらを差し出してくる人もいる。時折、長い時間、撫でてくれる人がいる。

恐る恐る鼻を近づけると、ほんのりと温かい匂いがした。

(撫でてくれるのかな…?)

少しだけ期待するけれど、人間はいつも途中でいなくなる。

「ありがとうございました。」

この会話が聞こえると、僕はまた部屋に戻されるみたいだ。

(ああ、また一人ぼっちだ…)

突然現れる人間に、僕は身を縮こませる。僕の気持ちとは裏腹に、楽しそうな声が檻の中に響く。

温かい手に撫でられると、一瞬だけ、過去の優しい記憶が蘇り、心がフワッと軽くなる。でも、その温もりが消えると、現実に引き戻され、孤独感がより一層増した。

(「かわいい」って言ってくれたのに、どうして行くんだろう? 温かい手、気持ちよかったな… もう少し触れていてほしかった。でも、どうせまたいなくなるんだ。期待するのはやめよう。)

しばらくして、また抱き上げられた。今度は、さっきの作業員の人ではない。もっと大きな温かい手に包まれた。

そして、急に視界が狭まり、暗闇に閉じ込められた。

(また、この暗闇…。あの時も、お母さんの匂いが消えて、急に暗くなった…。もしかして、またどこかへ連れて行かれるのだろうか…?)

 

第3章 感情を失うとき

新しい家、かすかな希望

しばらくしたある日。抱っこされたと思ったら、急に視界が狭まり、暗闇に閉じ込められた。
いつかも、こんな時があったことを思い出した。また暗闇に閉じ込められ、不安と絶望が心を支配する。

「いらっしゃい。今日から住む新しいおうちだよ。仲良くしようね。」

今度は、この人が飼い主さんなのかな?
新しいお父さんは、優しい笑顔で僕の目を見て、話しかけてきた。

「これからよろしくね。」

その言葉に、希望を感じた。僕はボーダーコリー。遊ぶことが大好き。走ることも大好き。もちろん探検も、お仕事も、家族のみんなも大好き。

一緒に遊ぼうね!

新しい家は広かった。みんなを遊びに誘うけど、誰もいっしょに遊んでくれない。探検しても怒られる。僕は、またひとりぼっちだった。

『おかえり!』

玄関のドアが開く音がすると、嬉しくて尻尾をブンブン振って駆け寄った。お父さんの顔を見上げて、精一杯の笑顔で、体をクネクネさせておかえりの挨拶をした。

(もしかしたら今日は遊んでくれるかもしれない。少しでも褒めてもらえるかもしれない。)

そんな淡い期待を抱いていた。でも、お父さんの顔は険しいままだった。

「うるさい! 静かにしろ!」

低い声には、いつも苛立ちが滲んでいた。僕の喜びを、まるで迷惑そうに一瞥するその冷たい視線は、過去の何かを思い出しているようだった。

嬉しかった気持ちは、一瞬で冷え切った。胸がズキッと痛む。まるで心臓を握りつぶされたような、そんな痛みだった。

繰り返される暴力

(せっかくお父さんが帰ってきたのに、どうして怒られちゃうんだろう? 何か悪いことをしたのかな? 一生懸命、良い子にしていたのに。)

しっぽは、もう喜びを表現できなかった。情けなく、ペタリと床についていた。

お父さんの視線が、僕を避けるようにリビングの奥へと向かう。その後ろ姿を見つめながら、僕はどうしたらよかったのかわからず、ただ立ち尽くすしかなかった。

心の中にポッカリと空いた穴。そこから、冷たい風が吹き抜けていく。ジワジワと寂しさが広がっていくのを感じていた。

暗闇の中で、時間が過ぎ去るのを祈るように、ただ、待つしかできなかった。

最初は、ただ怖かった。でも、何度も何度も同じことが繰り返されるうちに、その恐怖は、だんだんと怒りへと変わっていった。

(どうして僕だけが、こんな目に遭うんだろう。)

心の中で、いつか必ず立ち上がると誓った。小さい僕には、何もできなかったけれど、いつかこの家を出て、自由になることだけを夢見ていた。

(お父さん、僕は褒められると、しっぽをブンブン振って、もっと頑張ろうと張り切るんだ。お願いだから、叩いたり怒鳴ったりしないで。僕の良いところをたくさん見つけて、褒めてほしい。大きな声で怒鳴らなくても、ゆっくり優しく話してくれれば、ちゃんとわかるよ。失敗することもあるけど、一生懸命覚えようと頑張るから。だから、見捨てないで…)

心の麻痺

お父さんの怒りと暴力は、何度も繰り返された。

最初は怖くて震えていたけれど、何度も同じことが起きるうちに、心は、だんだんと麻痺していった。まるで、感情の蛇口が少しずつ閉じていくように。

ただ、機械的に息をするだけ。そこにいるのは、抜け殻のような僕だった。

感情がある限り、また傷ついてしまう。それなら、いっそ何も感じなければいい。そう思うことで、辛うじて心の均衡を保っていた。

お父さんの機嫌は、いつも不安定だった。気に入らないことがあると、雷が落ちたように突然怒り出し、大きな手で僕の体を叩いた。

何度経験しても、慣れることのない衝撃が体を駆け抜けた。

『キャン。』

喉が鳴った。

それから、僕はただ、小さく丸まることしかできなかった。痛みよりも――またこの時間が来てしまったという、深い絶望感が、幼かった僕の心を覆いつくしていた。

お父さんの手が上がるたび、目を閉じて身を縮こませた。もう、この人を信じることはできなかった。

この人の足音が聞こえると、心臓がドキドキして、眠ることさえ怖くなる。夜中に何度も目が覚めて、暗闇の中で小さく震えていた。

(このまま、誰にも気づかれずに消えてしまうのかもしれない…)

そんな恐怖が、いつも頭の片隅にあった。

(もう…疲れたな。)


第4章 警戒から対立、そして決意へ

虐待からの解放

前の家での辛い日々から解放され、僕はまた新しい家へと向かっていた。

「これって虐待なんじゃないの? 死んじゃうよ。かわいそうだから、うちで引き取るよ。」

「よろしく。こいつはもういらないよ。かわいいから買ってやったのに、向かってくるばっかりで、ちっともかわいくない。」

また、しばらく狭い箱に閉じ込められた。ガタガタと揺れる箱の中で、どこへ行くのだろうと不安が募っていく。

けれど、箱が開いたその瞬間、目に飛び込んできたのは優しい光だった。

ああ、また新しいおうちみたいだ――。

その光に、僕は希望で胸がいっぱいになった。
今度こそ、温かい家族と、穏やかな日々が送れるかもしれない。

「いらっしゃい。今日から、ここがあなたのおうちよ。」

先住犬との出会い

優しい声の女性が、笑顔で僕を見下ろしている。
新しいおうちには、僕より少し大きな犬がいた。

嬉しくて、しっぽを大きく振る。

『遊ぼうよ!』

前の家では、お父さんとケンカばかりだったけど、今度こそ仲良くなれると、少しだけ期待して近づいた。

『遊ぼう。』

ところが待っていたのは、喉の奥から響く低い唸り声と、ギラリと光る鋭い牙だった。

息を呑み、体が反射的に後ずさる。

その犬の態度は、まるでこう言っているようだった。

『ここは俺の縄張りだ!』

僕はただ、一緒に遊びたかっただけなのに。
どうして、こんなに敵意を向けられるんだろう。

悲しくて、寂しくて――どうしたらいいのかわからなかった。

繰り返される衝突

ある日、新しいお母さんが僕の頭を優しく撫でてくれた。
その瞬間、あの犬は猛烈な勢いで僕に飛びかかってきた。

とっさに身をかわしたけれど、お母さんの腕をかすめ、鋭い爪が僕の首筋に当たった。

チクリとした痛み。
驚きと恐怖で心臓が早鐘のように打ち始める。

お母さんは悲鳴を上げ、すぐに僕たちを引き離した。
けれど、あの犬はなおも唸り声を上げ、僕を睨みつけていた。

それ以来、あの犬はますます僕に攻撃的になった。
朝、顔を合わせれば、唸り合いが始まる。

牙を突き合わせるような、緊張に満ちた時間。

いつも先に仕掛けてくるのは、あの犬だ。
僕は、ただ自分の身を守ろうとしているだけなのに。

傷が疼き、毎日が痛くて仕方なかった。

それでも時々、その犬は、一人で寂しそうに隅っこに丸まっていた。
その目は、どこか悲しげだった。

(僕と同じように、この家で孤独を感じているのかもしれない。)

ほんの少しだけ、心が痛んだ。

でも、僕には余裕がなかった。
優しくしたら、またつけ込まれるかもしれない。

それが、今の僕の本音だった。

不公平な扱い

新しいお母さんは、いつもあの犬の味方だった。
僕が唸り返しただけでも、決まって叱られるのは僕の方だった。

「あなたが悪い!」

まただ。いつも僕が悪い。

お母さんの優しい声は、あの犬にだけ向けられている。
僕には、冷たい「あなたが悪い」だけ。

この家に来たとき、お母さんの優しい笑顔を見て、今度こそ温かい家族ができるって信じていたのに。

でも、あの犬が牙をむいた日から、すべてが変わってしまった。

お母さんの目は、いつもあの犬を心配そうに見ている。
僕がどんなに辛い思いをしても、気づいてくれない。

おやつをあげるときも、いつもあの犬が先。
僕には、余ったものがくる。

(僕は、おまけのような存在なのだろうか…)

「ボス」への決意

この家で生き残るためには、強くならなければいけない。
誰かに頼ることはできない。
自分の身を守れるのは、自分しかいない。

あの犬に負けるわけにはいかない。
生き残るためには――「ボス」になるしかない。

(もう誰も信用しない。信じられない。)

何度も信じては裏切られてきた。
弱ければ、また傷つけられるだけ。

お母さんも、友達も、もういらない。
誰も信用しない。

このままでは、僕はまた誰かに傷つけられるだけだ。
誰も助けてくれない。

だったら、自分で自分を守るしかない。
噛みつかれた傷が、その証拠。
二度と、あんな思いはしたくない。

(「ボス」って何だろう?)

よく分からないけれど、あの犬に二度と負けない強さ――
誰にも文句を言わせない存在――

そうなれば、誰も僕を傷つけない。
お母さんだって、僕の言うことを聞くようになるかもしれない。

まだぼんやりとした考えだけど、それが今の僕にとって、唯一の希望だった。

(もう、優しさなんていらない。信じることもしない。ただ、この家で生き残る――そのために、僕は誰よりも強くならなければならない。)

この冷たい壁は、もう二度と壊させない。


前編おわりに──ここまでの旅路を、ありがとう

おはぎが辿った過酷な日々。
だけど、まだ“家族”との本当の出会いは、これから。

傷だらけの心が、少しずつ溶けていく。
そんな「ぬくもりの物語」を、後編でお届けします。
きっと、あなたの心にも“おはぎ星”が灯りますように──。

ダンデライオンとおはぎが紡ぐ、「輝くおはぎ星」。
後半に続きます。


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