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マガジン一覧

創造を支えるもの

翻訳されず消えていく実践を、次の人へ渡すために。 舞台芸術やケアの現場を入口に、見えない労働、継承、共在について考えています。 どうすれば異なる人々が、同じ空間で「心地よさ」を伴って共にいられるのか。

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¥1,000

マガジン「創造を支えるもの」あとがき

noteマガジン「創造を支えるもの」は第10回をもって、一旦終了しようと思います。まだまだ書きたいことはたくさんあるのですが、別マガジンやメンバーシップで取り上げていきたいと考えています。 ここでは、マガジンを書きながら考えていたことや、どうやって書いていたか、その裏話をしていきたいと思います。 振り返ると、5/14に第1回を公開してから、6/9に第10回を公開するまで約1ヶ月しか経っていません。が、ここに書いてきたことは、私の20代のもやもやです。ただ業界の愚痴にはした

¥300

第10回 理解できない他者と共にいるための翻訳

前回、「わたしたち」が立ち上がる条件について考えた。 情報が共有されるだけでは足りない。その人が見ていた景色—どんな状況のなかで判断していたのか、何が重要に見えていたのか—が届かなければ、「わたしたち」はなかなか立ち上がらない、と。 今回は、その景色についてもう少し考えてみたい。 ちょっと長くなってしまったので、先に全体像を図にすると、こんなイメージになる。このイメージとともに、読み進めてもらいたい。 1. 景色と文脈 ここで、政治哲学者ハンナ・アーレントの議論を少

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第9回 なぜ情報共有だけでは「私たち」になれないのか―「私たちが、この場をつくった」と思える瞬間について

一緒に何かをしたはずなのに、「私たち」になれないことがある。反対に、ほんの少ししか関わっていないのに、「私たちが、この場をつくった」と感じることもある。 この違いはどこから生まれるのだろうか。 最近は、いろんなところで「協働」「共創」という言葉を目にする。共創ビジネス、芸術祭や地域活動、ワークショップ、コミュニティ運営など、「参加」が重視される場面は増えている。しかし、参加者が増えたからといって、その場が自然と「私たちの場」になるわけではない。 市民向けイベントに参加し

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第8回 なぜ人は集まるのに、関係は続かないのか

近年、文化芸術の領域では「ひらく」という言葉が繰り返し用いられてきた。 美術館・博物館、芸術祭、まちづくりなどの場面で、「芸術文化の場をひらく」「アートをひらく」「地域をひらく」といった言葉によって、より多くの人々が文化芸術へ参加できる状態を目指してきた。 こうした実践が必要とされた背景には、それまで文化芸術の中に閉じられていたものがあったからである。 文化へのアクセスは一部の人々へ集中し、作品の解釈もまた専門家や制度の内部に偏っていた。そして制作の現場も、限られた主体

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織ル[oru]

人、物、コト、あらゆる間に”織りなされるもの”に興味がある生活者のコミュニティ 織ル[oru] のマガジンです。 メンバーの記事と、織ル[oru]に関する記事を追加していきます ※掲載してほしくない場合は連絡ください ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ メンバー ゆず:心地よさ探求者 なつ:生活者/デザイナー るっち:小さな怪獣/もうすぐ1歳 連絡ある方はXの方へ

10 本

第10回 理解できない他者と共にいるための翻訳

前回、「わたしたち」が立ち上がる条件について考えた。 情報が共有されるだけでは足りない。その人が見ていた景色—どんな状況のなかで判断していたのか、何が重要に見えていたのか—が届かなければ、「わたしたち」はなかなか立ち上がらない、と。 今回は、その景色についてもう少し考えてみたい。 ちょっと長くなってしまったので、先に全体像を図にすると、こんなイメージになる。このイメージとともに、読み進めてもらいたい。 1. 景色と文脈 ここで、政治哲学者ハンナ・アーレントの議論を少

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第9回 なぜ情報共有だけでは「私たち」になれないのか―「私たちが、この場をつくった」と思える瞬間について

一緒に何かをしたはずなのに、「私たち」になれないことがある。反対に、ほんの少ししか関わっていないのに、「私たちが、この場をつくった」と感じることもある。 この違いはどこから生まれるのだろうか。 最近は、いろんなところで「協働」「共創」という言葉を目にする。共創ビジネス、芸術祭や地域活動、ワークショップ、コミュニティ運営など、「参加」が重視される場面は増えている。しかし、参加者が増えたからといって、その場が自然と「私たちの場」になるわけではない。 市民向けイベントに参加し

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サイゼリヤのCLIと技術者倫理とアナーキズム

16歳の高校生が現行のサイゼリヤより使いやすいサイゼの注文アプリを自分で作った、という話がXで話題になっています。 連日自分の周りではこの投稿と、それに対するさまざまな反応が見られています。かたや高い技術力やそのハック精神、興味や実行力に対する賞賛。 一方、今回の事例を端的に整理すると、本来サイゼリヤが自社のアプリケーションでの利用を想定されたシステムに自作ツールでアクセスする行為となります。客観的/法律的ににみればこれはハッキングと見なされる可能性もあり、この点を中心と

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ケアとは、最も静かな「脱暴力」の実践だった−2026年1月の読書記録

2025年最終日に本を爆買いし、積読が溜まってきているので積読がある程度解消されるまで、その月に読んだ本と、その気づきをここに残しておこうと思います。 2026年1月度は「ケアとは脱暴力の実践である」という気づきです。 私たちはなぜ、他者を「役に立つか」で測り、時に支配しようとしてしまうのか。今月読んだ3冊の本『脱暴力の臨床社会学』『マザリング』『見知らぬ人を認識する』を補助線に、支配の語彙を手放し、弱さを持ったままの自分と他者に「出会い直す」ための、静かな、けれどタフな

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悪を防ぐためには思考の能力としての理性を鍛える活動である哲学が必要である(カ…

悪を防ぐためには思考の能力としての理性を鍛える活動である哲学が必要である(カント) 思考の能力とはわたしたちが世界から意図的に離脱するための営み。日常生活では何の役にも立たないもので、その結果生み出される思想はかなり自己破壊的なものでもある #ハンナアーレント #責任と判断

権力は組織と人々の共生よって存続するものだから共生に加わらない人は権力を失い…

権力は組織と人々の共生よって存続するものだから共生に加わらない人は権力を失い無力となる。権力に代わり得るものは体力ではなく実力。権力だけが体力を滅ぼすことができるから、体力は常に多数者の結合した力の脅威に曝されている。#人間の条件

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ポリスは共に活動し共に語ることから生まれる人々の組織。この空間は常に存在する…

ポリスは共に活動し共に語ることから生まれる人々の組織。この空間は常に存在すると限らず、多くの人達はこの空間に住んでおらず、また永久に住むこともできない。だが、この空間を奪われることはリアリティを奪われることに等しい。人間にとって世界のリアリティは他人の存在により保証されるから。

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『レンブラントの身震い』

面白くて読みやすくて後半一気に読んでしまった! 幸せな気持ちでいっぱいな日曜日深夜1時。 筆者のマーカス・デュ・ソートイは数学者で、「対称性」が研究分野のようで、このTEDもすごく面白かった。説明が上手で、数学よくわからない私でもわかった気になる。 対称性は美とも関連が強く、『レンブラントの身震い』では、AIが音楽・詩・小説・戯曲をつくってきた例を紹介しながら、それらは人間の創造力を掻き立てるものなのか?今後AI自らが創造力を持つことができるのか?を考えていく本。 そこ

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