恋の終わりに踏みきれない二人が冬の一夜を共に過ごし、それぞれの「さよなら」に向かって歩き出す。夜が明ける頃には、ひとりでは手放せなかった思いにケリをつけていく。東京の片隅でひっそりと紡がれる、半径500メートルのロードムービー。
最終話 よし。一息ついて律は、やろう、と思った。絵の前に立ち、自分の描いた園子の顔を眺める。薄い色をいくつも塗り重ねた水彩画は、透明なのに力強くて、園子そのものだと思った。自分でもよく描けたと思う。でもこれをずっと持っていたらいけないとも思った。これがここにあったら、もう俺は何も描けない。 右手を紙の右上にかけ、ビリビリビリ、と破いた。縦に3分の2くらい裂けた。 「え、ちょっと、待って待って、なんで?」 「え」「ダメでしょ、なんで?」 「なんでって」 「これはダメ」 「
8 古い木造アパートの二階、階段正面の部屋に入ってすぐ、それは目に飛び込んできた。申し訳程度のダイニングから奥の部屋に続く引き戸に、いかにも仮止め、という感じで簡易的に貼られている。紙は引き戸一枚が半分隠れるくらいでそれほどの大きさでないにも関わらず、サクラには部屋の上から下まであるように思えた。それほど視界いっぱいに色彩が広がった。 ひとつの色がひとつの色じゃないみたいに重なって、青のとなりに赤が、すぐ下には黄色があるのに少しも不自然じゃない。サクラはその絵を表現する
7 スタート地点だ。公園入口のゴミ箱を見て律は思う。ポケットのなかで、封筒の上から鍵を触った。 「それ」 振り向いてサクラの持つ紙袋を指さす。 「捨てますか」 サクラは少し考えてから、あとで、とだけ返した。レモン牛乳のパックをゴミ箱に捨てると、律はどこからか、にゃあ、と微かな声を聞いた気がした。声の主がゴミ箱の隅から顔を出す。闇に紛れるような黒猫だった。近づいてしゃがみ込み、律はその小さな生き物に目線を合わせる。 「逃げないな。人に慣れてる」 敵意がなさそうだと判
6 「うわあ、いい匂い」 深夜のラーメン屋で、今日初めて会った男とラーメンを食べている。サクラは不思議な気持ちで箸を割った。魚介と豚骨の混ざった匂いを吸い込む。厨房のなかに、ぐらぐらと湯を沸かす寸胴が見えた。となりで律が、ズズズ、と豪快に麺をすする音が聞こえる。サクラはいつのまにか、自分の部屋の、小さい台所にぽつんと佇む自分の姿を思い浮かべていた。頭のなかで火にかけられた鍋の蓋がカタカタと鳴る。 「あんまりですか」 「え?」 「いや、箸すすんでないから」 サクラは両手