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マガジン一覧

ブリスクさんとヘムレンさん:ムーミンのコミックと小説における類似と相違

  トーベ・ヤンソンは、1950年代にロンドンの夕刊紙「イブニング・ニューズ」のためにムーミンの連載コミックを制作しました。このコミックは後にさまざまな言語に翻訳され、日本語訳は「ムーミン・コミックス」として出版されています(全14巻、弟のラルスとの共作および1960~70年代のラルス単独の作品を含む)。  1945年から1970年の間に出版されたムーミンの小説(全9巻)のうち、6作目『ムーミン谷の冬』(1957)は、ムーミン・コミックスのエピソード「やっかいな冬」(195

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「トーベとムーミン展」鑑賞レポート

 今回は、7月から9月に六本木の森アーツセンターギャラリー開催された「トーベとムーミン展—とっておきのものをさがしに―」をムーミンの物語を「読む」という視点から振り返りたいと思います。  私が展示で印象的に感じたのは、作品と一緒に物語の中の文や台詞が紹介されていたことです。文や台詞は壁に大きく書かれており、インパクトがありました。  ムーミンを読んだことがある人は、物語を思い出しながら鑑賞したでしょうし、ムーミンを読んだことがない人は、絵と一緒に言葉を見ながら「どんな物語

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もう一度ムーミン谷へ『ムーミン谷へのふしぎな旅』

トーベ・ヤンソンは、1970年に最後のムーミンの小説『ムーミン谷の十一月』を刊行して以来、数年ぶりに絵本『ムーミン谷へのふしぎな旅』(1977)でムーミンの世界を描きました。  1970年代に、ヤンソンは執筆の仕事に疲れていました。その頃にパートナーのトゥーリッキ・ピエティラとともに訪れたパリで、気晴らしにさまざまな色彩の表現を試みたところ、絵を描く意欲が湧いてきて本作の制作が始まりました(※1)。ヤンソンはいつも文を書いてから絵を描く順序で物語を創作していましたが、色彩へ

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トーベ・ヤンソンの多彩な才能に満ちた絵本『それからどうなるの?』

 絵にも文章にもすぐれた才能があったトーベ・ヤンソンは、ムーミンの絵本を4冊出版しました。今回は、最初のムーミンの絵本で、「ニルス・ホルゲション賞」(※1)を受賞した『それからどうなるの?』(1952)を紹介します。当時、スウェーデン語のムーミンの小説はすでに4作品出版されていましたが、フィンランド語にはじめて翻訳されたのはこの絵本です。  絵本の内容は、ムーミントロールが牛乳を持って家に帰る途中、ミムラねえさんが妹のミイとはぐれて泣いているところに遭遇し、二人でミイを探しに

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喪失と巡り合いのリフラクション:『突然、君がいなくなって』試写

夏のアイスランドを舞台に、若者たちのある一日を丁寧に描いた映画『突然、君がいなくなって』が6月20日(金)から公開されます。 一足早く、試写会で観てきました。 本作は、アイスランド・レイキャビック出身のルーナ・ルーナソン監督の長編4作目となる映画です。 夏のアイスランドを照らす光のなかで喪失と邂逅を描く本作は、こういう形の巡り合いもあったのかと、ハッとさせられる北欧「スローシネマ」でした。 ストーリーと構成は非常にシンプル、そこから生まれる余白によってウナの感情と丁寧に向

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『愛を耕すひと』の前に観ておきたい!デンマーク歴史映画『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』

2025年2月14日、ニコライ・アーセル監督と俳優マッツ・ミケルセンの最新作『愛を耕すひと』が公開されます。今回は、その前にぜひ観ておきたい『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』を紹介します。 『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(2012)は、アーセル監督とマッツが初めてタッグを組んだデンマーク歴史映画で、18世紀デンマークの宮廷で実際に起きた出来事を題材としています。 ラブストーリーとして紹介される本作ですが、アリシア・ヴィキャンデル演じる王妃カロリーネを中心に、マ

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暑い夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィー 後編 『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』&『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』

暑い夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィー 後編では、フィンランドのロード・ムーヴィー『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』と『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』を紹介したいと思います。 どちらもロード・ムーヴィーかつコメディ映画として楽しめる作品です。 フィンランド映画のイメージを粉々にする!?『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』 ロード・ムーヴィーといえば音楽がつきものですが、本作はメタル大国フィンラドらしくヘヴィメタルを全面に押し出し

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暑い夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィー 前編 『ロスバンド』

今年も猛暑の夏がやって来ました。暑い日はお家でゆっくり北欧映画を観て涼むのもいいかもしれません。今回は、そんな夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィーを前編と後編に分けて紹介したいと思います。 ロード・ムーヴィーといえばアメリカの作品を思い浮かべる方も多いと思います。しかし、北欧ロード・ムーヴィーはアメリカのジャンルの流れにありながらも、独自の魅力を持っています。 前編では、爽やかな風を感じられるノルウェーのロード・ムーヴィー『ロスバンド』を紹介します。 ノルウェー発 北欧

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北欧文学散歩-北緯55度以北を読む

今後、不定期ではございますが、日本では知られていない北欧の作家や作品の紹介をして頂きます。北欧文学より日本社会に身近になることを願って。

不可能な優しさ

「償い症候群」と私が呼んでいるものがある。まるで重苦しい病名のように(?)聞こえるかもしれないが、実際は私がさだまさしの「償い」という歌を聞くと思わず泣いてしまうということに端を発している。初めてその曲を聴いた中学生時代から、数年置きに一人で聴き直してはどうしても耐えきれず泣いてしまうということが何度もあったため、繰り返し起こる現象という意味で「償い症候群」と名付けたのだった。   かなり古い曲なので、「償い」という曲についても軽く触れておこう。語り手の職場の同僚である「ゆう

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病床と文学の親和性

   昨年、取材で私は静岡県富士山世界遺産センターに行ったことがあるのだが、その時特に印象に残った作品が、江戸時代後期の南画家である谷文晁の『富士山中真景全図』(1795)という作品であった。同作は三十四図からなる画巻で、富士川から裾野市を経て富士登山し、小田原までの道中の景色を描いており、これは時の11代将軍の徳川家斉に上覧され、賛辞も付けられている。       カメラが日本に伝来する50年程前に描かれたこの作品は、富士山道中の壮大なパノラマを描いているという点で、現代で

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不安の渦中にいる人間たちの運命劇

 ノーベル文学賞と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「今年も村上春樹は受賞しなかった」というニュースだけだろうか。実際、毎年ノーベル賞ウィークの中だるみのようなタイミングで発表される文学賞は、決定前の方が決定後よりもはるかに盛り上がっているような印象を受ける。そして翻訳大国と呼ばれた日本もはるか遠く、今では邦訳も作家紹介もない「見ず知らずの作家」たちがノーベル文学賞を受賞することも多く、そうした意味ではせっかくの文学賞にあやかりたい書店員さんたちも苦虫を噛み潰しているのではな

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苦しむ人間の胸中にこそ「魂」が宿る

北欧流自然主義文学の代表作 親元を離れてから病気に罹ることほど心細いものはない。そう強く思ったのは、東京に出てきて間もなくして、新型コロナに罹った時だった。検査で陽性が出た当日ぐらいは「意外とこの程度か」と高を括っていたが、その翌々日には39度近くの熱と、そして凄まじい喉の痛みが襲ってきた。 地元の大阪を離れ、一人で迎えた病床は、何ともまあ苦しいものだった。私の場合、熱が出てから病院を探そうとしたせいもあり、熱と喉の痛みでまともに会話ができず、本当に苦労した。息も絶え絶え

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ゆっくり、長く歩くこと

北欧文学ブックレビュー No.1 『歩くこと、または飼いならされずに詩的な人生を生きる術』トマス・エスペダル著 枇谷玲子訳  評者 山下泰春    酔い潰れて終着駅まで送られたことがある人なら分かるだろうが、深夜にそこから歩いて自宅まで帰るときほど惨めで孤独で、しかし自由な時間は存在しない。スマートフォンの充電も底を突き、タクシーを呼べるほどの金もなかった私だったが、幸いにも歩いて一時間半ほどで帰れる場所に自宅があった。駅にいてもどうしようもないので、馴染みのない深夜の道

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北欧映画3作品紹介

北欧好きの皆さんは、北欧好きのままで変わりはないと思います。 さて、すでに公開されているものも含めて鑑賞をお勧めしたい北欧映画を紹介します。 『たちあがる女』(アイスランド映画) 養子縁組が成立してウクライナからの養子を授かる事になった女性が、環境に悪影響をあたえるアルミ工場と戦うという話。 余談)予告編をみると合唱団の映像がでてきます。北欧映画には主人公が合唱団に関わるという設定がよく出てきます。「コーラス」は北欧人に好まれる文化活動の一つのようです。『歌え!フィッシャ

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北欧映画が目白押し。

『特捜部Q-カルテ64』 デンマークの人気ミステリー小説を映画化した第4作目。すでに観賞しましたが、本作はシリーズの傑作の呼び声が高い仕上がりです。1960年代のデンマーク社会の闇をテーマにした作品で、非常に説得力があり見ようによっては非常に味わい深い余韻に浸ることもあるでしょう。 『ウトヤ島、7月22日』 ノルウェー映画。2011年7月22日に起きたノルウェーのウトヤ島で起きた、若者が集まる政治集会を狙ったテロ事件の映画化です。72分ワンシーン、ワンカットという手法で、ノ

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パルムドール賞を受賞した北欧映画をチェック

是枝監督はカンヌ映画際でグランプリに当たる「パルムドール賞」を受賞しました。 昨年は現在日本でも公開中のスウェーデン監督リューベン・オストルンドの「「ザ・スクエア 思いやりの聖域」が受賞しています。ちょっと気になって北欧のカンヌ映画際グランプリ受賞作を調べて見ると以下のようでした。 1946年 「もだえ」 監督アルフ・シェーベルイ 製作国: スウェーデン 「地球は赤くなる」 監督ボディル・イプセン 製作国 :デンマーク 1951年 「令嬢ジュリー」 監督アルフ・シェ

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デンマークでサッカーをする-3

 保育園や学童保育で過ごしていると、友達をすぐつくる子どもたちのコミュケーション能力に驚かされる。成人してから、しかも外国人と心を交わせるようになるのは簡単ではないと思う。デンマーク人と友人関係を作るのはなかなか難しい、とは現地在住の日本人からよく聞く。デンマーク人と友達になるにはまず語学力だが、プラス、もう一つ違う形のコミュケーションの手段を持っていると良いと思う。私の場合は「サッカー」だった。    フォルケホイスコーレ(Gymnastikhøjskolen i Ol

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デンマークでサッカーをする-2

   正直、 デンマーク人と一緒にプレーするのは、試合中のコミュニケーションを考えると非常に難しい。試合中に聞くデンマーク語は、活き活きとしてとてもいい。試合中はほぼ私は喋れない状況だが、ひとつひとつのプレーに指示をだしてくる。  上手い下手というレベルで判断ではなく、いかに組織的にプレーできるかがカギとなり、ホントに試合前よく話し合い、試合中の指示も多くなる。自分のミスを認めないこともしょっちゅうで、時には言い合いに発展する。基本的に中盤のボランチやセンターバックをやりた

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デンマークでサッカーをする-1

 デンマークの保育園で働いているとき、園児の親たちに誘われサッカーの試合にでたことがある。ある日、ホーセンス(Horsens ユトランド半島中部にある人口51000人の街)に住む、デンマーク人男性と所帯をもつTさん訪ねていたとき、保育士のMartin(マーチン)からメールが入り、彼を介して誘われたのだ。もちろん二つ返事で参加を伝えた。デンマークでサッカーの試合に出るのは、約1年ぶり。楽しみであった。   そもそも私とデンマークの出会いはサッカーだった。テレビでデンマーク代表の

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アンデルセンと歩くデンマーク文学の歴史

今さらアンデルセンの話なんて……と思われる向きは少なくないのではないでしょうか。いったい私たちは、次のようなお定まりの書き出しを何度目にしたことでしょう。

第9回 「私たちのアンデルセン」の誕生、そして……

 1850年5月3日、日刊紙「祖国Fædrelandet」にアンデルセンの詩「デンマークで我は生まれた I Danmark er jeg født」が発表されます。現代でも学校や地域活動の中で日常的に歌われていて、2020年公開の映画《アナザーラウンド》(原題は《飲んだくれ Druk》)にも合唱の様子が描かれていますので、ふたたび観る機会があれば注意してみてください。とりあえず1番だけ訳してみましょう。    デンマークで我は生まれた、そこに私の故郷はある、  そこに私は根を

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第8回「ナイチンゲール」を読む(後編)

 ここで物語世界の構成をもういちど確認しておきましょう。宮廷の中の世界は皇帝の支配の下に置かれた人為的制度の領域で、廷臣や従者たちはその秩序に従って生きています。その支配を象徴する文明的な装置が、整然と設計された巨大庭園です。世界の諸物を集約し人びとに誇示するという、近世以後のヨーロッパにみられたコレクションの欲望を具現化したこの庭園は、皇帝の支配領域の広さを示す指標になっているのです。  ナイチンゲールの生きる森の世界は宮廷的秩序の外側に広がる自然の領域で、そこには漁民

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第7回「ナイチンゲール」を読む(中編)

 前編に訳を掲載した童話「ナイチンゲール」、みなさん読んでいただけたでしょうか。     前々回(第5回)にもお話ししましたが、アンデルセンの童話は架空の舞台にデンマークの同時代状況が織り込まれていて、多くは作家の実人生での経験が創作の源流になっているのです。現在の批評理論では文学表現のメッセージ性を作者の伝記的事実に還元する議論は読みの幅を狭める陳腐な手法と見なされていますが、アンデルセンの創作童話がそれ以前の民間伝承としてのメールヒェンと大きく異なるのは、作者の実人生

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第6回「ナイチンゲール」を読む(前編)

 さて、お約束していたとおり今回は、アンデルセンの実人生に主軸を置いた過去5回のコラムとは趣向を変えて、彼の童話のひとつ「ナイチンゲールNattergalen」を読んでみることにしましょう。デンマーク語が読める方は、王立図書館のウェブサイトで原文が公開されていますので、ぜひ挑戦してくださいね。 ナイチンゲール 中国では、皇帝だって中国人なのですよ。皇帝がまわりに侍らせているのはみんな中国人です。もうずっと昔のお話ですが、だからこそ忘れてしまう前に、このお話を聴いてもらう値打

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フィンランド語探偵ハンナ

私はフィンランド語探偵ハンナ。フィンランドと日本のハーフよ。フィンランド語はもちろん、日本語もこの通りペラペラ。いわゆるバイリンガルね。 フィンランド語って深い森みたいなもので、「世界一難しい言語」とか「悪魔の言語」なんて言われているの。私の仕事は、その深い森に迷い込んでしまった依頼人が持ち込む謎を解き明かすこと。 ハンナならどんな難題も解決できるんだから!

フィンランド語探偵ハンナ 第25回

 Päivää(パイヴァー)!こんにちは!  ここ数年は仕事が忙しくて、なかなかフィンランドに行けていないの。フィンランド語にはlentää(レンター)、「飛ぶ」という意味の動詞があるんだけど、このlentääは「飛行機で行く」という意味にもなるの。例えば、Haluan lentää Suomeen.(ハルアン レンター スオメーン)「私はフィンランドへ(飛行機で)行きたい」と言ったりするんだけど、直訳すれば「私はフィンランドに向けて飛びたい」ってことなのよね。本当に、今すぐ

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フィンランド語 探偵ハンナ 第24回

 Päivää(パイヴァー)!こんにちは!  フィンランド語で2月はhelmikuu(ヘルミクー)と言うの。helmi(ヘルミ)は「真珠」でkuu(クー)は「月」。つまり「真珠の月」って直訳になるんだけど、これがなぜ2月の月名になったかわかる?「真珠」を意味するhelmiは、jäähelmi(ヤーヘルミ)=「氷の粒」という単語が元になっているの。2月は1年で最も寒い時期。氷の粒がたくさん見られるでしょう?フィンランド語の月名は面白い由来を持つものが多いわよ。  さて、今日もフ

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フインランド語探偵ハンナ 第23回

 Päivää(パイヴァー)!こんにちは!  もうすぐ父の日。こう言うと、日本の皆さんは「あれ?」と思うでしょうね。実は、フィンランドの父の日は11月の第2日曜日なの。スウェーデンなど、他の北欧の国でも同じ日が父の日になっているわ。ちなみに、フィンランド語で「父の日」はIsänpäivä(イサンパイヴァ)と言うのよ。  さて、今日もフィンランド語の謎を解明しなくちゃ。ハンナならどんな難題も解決できるんだから! 23回目の依頼人は、北欧の教育を研究する大学院生のカナさん。約1

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フィンランド語探偵ハンナ 第22回

 Päivää(パイヴァー)!こんにちは!  フィンランドにはAfrikan tähti(アフリカン タハティ=「アフリカの星」)という名前のボードゲームがあるの。サイコロを振って出た目の数だけマスを進み、大きなダイヤモンド(Afrikan tähti)に見立てたパーツを探し当てた人が勝ち。日本の双六とルールがとても似ているわ。他にも色々なパーツがあって、ゲームを始める前にそれらをマスに並べておくの。そのマスに止まらないと何のパーツか確認できなくて、ゴールがいつも同じとは限ら

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Nr.3 異国文化コミュニケーションに触れ、良い仲間と出会う-山本直之

 私はインテリアデザイン事務所で11年間働き、34歳の時にデンマークのDSDH(The Scandinavian Design Collage)へ留学しました。  仕事は10年間の経験を経た時点で、新たな環境に身を置きたいと考えていました。また元々デンマークのデザインや文化、社会に興味があり、一度現地で学び研鑽を積みたいと考えていました。  そんな中、フォルケホイスコーレという留学制度があるということを知り、当時もコロナ禍下ではありましたが、この機会を逃せば一生行く機会はない

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Nr.2 掛け替えのない日々~フォルケホイスコーレの思い出-M.S.

 33歳にして、初めての海外生活  バスから見える景色は田園と小さな小さな町の繰り返しで、こんなところに学校があるのか半信半疑でした。バスの運転手さんに「ここだよ」と言われて降りたバス停は海に面していて、キラキラした水面が美しく、嬉しかったことを良く覚えています。  33歳にして、初めての海外生活でした。何度も悩み、やっと決意して仕事を辞めてデンマークに行くことを決めたにもかかわらず、これからの留学生活や帰国してからの日本の生活のことなどが、気がかりになる、道中は不安の方が大

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Nr.1  デンマーク人のライフスタイルや人生観を学ぶ-佐藤ちひろ

 私は、大学在学中の1993年7月から1994年の7月までスカルス手工芸学校に留学しました。スカルス手工芸学校は、1868年に国民高等学校として創立され、その後1959年に手工芸学校になりました。洋裁、刺しゅう、織物が必修専門科目で、週に平均7~8時間が費やされ、その他に革工芸、陶芸、銀細工、デッサンなど10以上にもなる選択科目を各自の希望に応じて学ぶことができました。  全科目において、基礎的な技術を学んだ後、それを応用した作品制作を開始。課題を与えられることは少なく、

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