「国民総株主」と「貯蓄から投資へ」は本当に違うのか

投資・マーケット

1987年2月、有楽町の野村證券の前に行列ができていた。新聞は連日「国民総株主」と書き、テレビは「政府が売り出す株で損するわけがない」と繰り返していた。並んでいたのは年配の人ばかりじゃない。サラリーマン、主婦、定年退職した人、20代の若者。当時の写真や記録を見るたびに、今のSNSのタイムラインと重なって仕方がない。

何を買うのかというと、NTT株だ。

それから40年近く経って、今度は「貯蓄から投資へ」「新NISAで全世界株式」というキャッチフレーズが街にあふれている。この構造の既視感が最近日に日に強くなってきていて、書かずにいられなくなった。

この記事で書くこと
1987年のNTT民営化と現在の新NISA推進が、構造のレベルで一致している話。当時を覚えている個人投資家から見た既視感と、ここは違うかもしれないという揺らぎを、整理しすぎずに残しておく。

1987年に何が起きたか、数字だけ並べておく

まずファクトを並べる。記憶だけで書くと美化が混ざるので、調べ直した。

時期 NTT株価(売出後の動き) 何が起きていたか
1987年2月 1次売出 119.7万円/初値 160万円 買い殺到で上場初日は値がつかない
1987年4月 史上最高値 318万円 時価総額が当時の世界一
1987年10月 225万円まで急落 ブラックマンデー
1988〜89年 2次売出 255万円/3次売出 190万円 高値圏で政府が追加放出
1990年秋 80万円台まで急落 売出価格すら割り込む
2017年 配当込みでようやくプラス転換 初値で買った人は約30年塩漬け

160万円で買って3年後には80万円台。半分以下。これは「相場の波があった」という話ではない。売出価格119.7万円で買えた人、初値160万円で飛びついた人、熱狂の中で300万円近辺を掴んだ人では、その後の痛みはまったく違う。ただ共通しているのは、「政府が旗を振り、行列ができた瞬間に個人が一斉に市場へ入った」という構図だ。

そして配当を含めてようやく傷が癒えたのが2017年。30年かかっている。当時30歳でNTTを買った人は、含み損のまま60歳になって退職している。これがいちばん効くやつだ。

新NISAと、構造を並べてみる

並べたら気持ち悪いほど似ていたので、表にした。本当はここをぼかして書きたかったのだけど、揃いすぎていてぼかせなかった。

フェーズ NTT民営化(1987) 新NISA(2024〜)
①政府の旗振り 「国民総株主」 「貯蓄から投資へ」「資産所得倍増」
②メディア総動員 新聞・テレビが連日特集 SNS・YouTube・新聞テレビ・書籍
③個人の殺到 証券会社前に行列 ネット証券口座開設が過去最高
④「これは安全」感 「政府が売る株が損するわけがない」 SNS上では「長期でほぼ確実に上がる」という空気
⑤入口は税制・制度の優遇 国営企業の独占収益 非課税枠1800万円
⑥参加者の属性 株を初めて買う一般人 株を初めて買う一般人

①〜③までは過去にも何度もあった話だから、これだけなら歴史の繰り返しで済む。気持ち悪いのは④以降だ。「これは安全だ」という社会的な空気が、根拠ではなく権威で形成されている点。当時の根拠は「政府」、今は「インデックスの長期リターン」。どちらも本当はもう少し丁寧に検証しないといけない命題なのに、検証フェーズがまるごとスキップされている。

構造の核
「政府が音頭を取る投資ブーム」は、政府にとって都合のいい資金移動である点が共通している。1987年は国営企業の株式売却益(最終的に約10兆円が国庫に入った)、2024年以降はGPIFが目標配分の維持のためにリバランス売りをする局面で、結果として個人がその受け皿になる構図も見られる。「個人に売りつけるための売却」という意味ではないが、資金の流れとして「個人→市場経由→大きな受益者」というベクトルは1987年とずれていない。

あの時に気づけなかったサイン、今ぜんぶ出ている気がする

これは完全に後出しの感想なので話半分で読んでほしい。当時20代の自分が「これはおかしい」と思えなかった理由を逆算すると、こんな感じだったと思う。

  • 周囲の全員が同じ方向を向いていて、迷うこと自体が恥ずかしい空気だった
  • 「乗り遅れる恐怖」のほうが「損する恐怖」より強かった
  • 下落は「一時的な調整」と説明され、誰もが信じた(信じたかった)
  • 反対意見を出す人は「投資が分かっていない人」扱いされた

この4つ、今のインデックス投資ブームで起きていることとほぼ同じだ。特に4つ目。新NISAに懐疑的な意見を書くと、たいてい「相場が分かっていない」「長期で見れば必ず勝てるのに」というリプが飛んでくる。あの空気だ。

投資の話というより、社会心理の話に近い。これは新NISAが悪いとかオルカンがダメだとか、そういう商品論ではない。「全員が同じ方向を見ているときに、その先で何が起きるか」の話だ。

ただし、ここは違うかもしれない

ここまで「似ている」と書いてきて自分でも引っかかる部分がある。フェアに違いも並べておきたい。

NTTと新NISAで決定的に違う点
NTTは「単一銘柄への集中」だった。集中投資が高値で爆発した話。一方、新NISAでオルカンを積み立てる人は、構造的には全世界に分散している。だから「下落しても長期で持っていれば」というロジック自体は、過去のデータに照らせば嘘ではない。

ここがいちばん難しいところで、「相似形だ」と言いつつ、商品の中身は全然違う。

じゃあ何が問題なのか。たぶん本質はここだ。新NISAで積み立てている人の多くが、自分が買っているものを「商品の構造」で理解していない。「政府が勧めているから安全」「みんなが買っているから安全」というふわっとした安心感で買っている。これはNTTの時と完全に一緒。

仮にオルカンが30年で2倍3倍になったとしても、途中で50%下落する局面が確実に来る。リーマンの時もコロナの時もそうだった。その時に、何の理解もなく買っていた人が握り続けられるかというと、たぶん無理だ。狼狽売りした瞬間に、NTTで30年塩漬けになった人と同じ位置に立つ。

商品としては正しくても、買い方として正しくない。これが1987年と2025年でいちばん共通している部分で、いちばん語られていない部分だと思う。

なおの視点:問題は商品ではなく、暴落したときのあなた自身だ

新NISAとNTTの違いについて、「分散投資だから構造が違う」という反論はその通りだと思う。全世界株式インデックスと単一銘柄では、話が別だ。ここは認める。

ただ、ひとつだけ聞きたい。
S&P500が50%下落したとき、今の積立民の何割が本当に続けられるか。

リーマンショックの時、S&P500は2007年10月のピークから2009年3月の底まで56%下落した。積み立てていた人の評価額は大きく目減りし、その状態が1年半続く。給料は下がり、周囲では解雇の話が出始め、ニュースは毎日「底が見えない」と言っている。その状況で、「長期で見れば必ず戻る」と信じて積立を続けた人が、実際に何割いたか。(要出典確認)

NTTの時も同じだった。1987年10月のブラックマンデーで株価が急落した時、「長期保有すれば必ず戻る」という話はあった。でも実際に30年持ち続けた人はほとんどいない。途中で狼狽売りした、生活資金が必要になった、下落が怖くなった、そういう理由で市場から退場した人が大半だ。理屈より先に感情が壊れた。

オルカンやS&P500が「正しい商品かどうか」という問いには、おそらく「正しい」と答えられる。問題はそこじゃない。「あなたが50%下落の局面で、本当に握り続けられるか」という問いに答えられるかどうかだ。これは性格の話でも意志力の話でもない。準備の問題だ。下落を頭で想像するのと、実際に口座残高が半分になるのは、経験してみると全然違う。これだけは断言できる。

「新NISAをやめろ」という話ではない。ただ、これだけは確認してほしい

オルカンを積み立てること自体は否定しない。商品の設計として間違っていない。ただし、1987年の教訓を一つだけ引き継ぐとすれば、「自分が何を、なぜ買っているかを説明できない状態は危険」という点だけだ。

「政府が勧めているから」でも「みんな買っているから」でもなく、自分なりの根拠が一つでもあれば、50%下落した時の心理的耐性がまるで違う。根拠がないまま買っていると、下落局面で「やっぱりおかしかったんだ」という後悔が先に来て、そこで売ってしまう。損を確定した瞬間に、NTTで30年塩漬けになった人と同じ場所に立つことになる。

暴落の前に一度だけ、自分に聞いてみてほしいこと

  • S&P500かオルカンが半値になって1年以上続いた場合、積立を止めない自信があるか
  • その確信の根拠が「長期で必ず戻るから」だけなら、リーマン時に実際にどれだけの人が戻るまで持ち続けたか調べたことがあるか
  • 「政府が勧めているから安全」という感覚が、NTTを買った人と何が違うか説明できるか

答えられなくても積み立ては続けていい。ただし、次の大きな下落が来た時に、自分がどう動くかだけは想像しておいてほしい。1987年の有楽町で並んでいた人たちの多くは、株式投資が悪いと思って退場したわけじゃない。想定外の痛みに感情が先に壊れたから退場した。これが本当のリスクだ。

深夜にこんなことを書きながら、自分でも答えは出ていない。ただ、あの行列の景色と今のSNSのタイムラインが、頭の中で完全に重なって見える。それだけは間違いなく言える。

参考・データ出典

  • 日本経済新聞「NTTが上場30年 株価、配当込みでプラス転換」(2017年2月9日)
  • 日本経済新聞「NTT株が1次売り出し価格上回る 17年ぶり」(2017年11月13日)
  • 楽天証券トウシル「【1987(昭和62)年2月9日】民営化後、NTT株が株式公開」
  • 本記事の「政府の意図」「資金移動の方向性」に関する記述は筆者個人の推測です。投資判断はご自身の責任でお願いします。

── まだ読み足りないなら ──

カテゴリから読み解く個人投資家が負ける構造

読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
タイトルとURLをコピーしました