記事になる瞬間は、だいたい地味です
「これ、記事になるかな」と思ったときには、もうなっている。
「何をどう書いていいかわからない」
以前のわたしなら、心からそう思ってました。
でも、本当にそうでしょうか。
たぶん違います。
ネタがないんじゃなくて、
ネタだと思ってないだけです。
わたし自身、記事になる瞬間というのは、
もっと特別なものだって思ってました。
大きな失敗。
人生を変える出来事。
誰も知らない裏話。
そんなものが、記事になると思ってたんです。
でも実際は違いました。
記事になる瞬間は、だいたい地味です。
記事ネタは、だいたい捨てられそうな場所にある
先日、娘の落書きを見ていました。
余り紙に描いた絵です。
丸が3つあって。
線が2本あって。
本人は描いたことすら忘れているような絵でした。
わたしも最初は捨てるつもりでした。
でも、なぜか気になったんです。
その感覚だけをメモしました。
数日後、そのメモは記事になってました。
捨てるはずだった紙から、一本の記事が生まれたんです。
誰も気にしていないことほど気になる
別の日には、
道路脇に子どもの靴が片方だけ置いてありました。
誰かが落としたんでしょう。
そして誰かが拾って、
見つけやすいように道の脇の車止めの上へ置いた。
通り過ぎる人は誰も気にしていませんでした。
わたしもそのまま通り過ぎました。
でも頭から離れなかった。
気になったのは、靴を落とした人ではありません。
靴を置いた人でした。
その人はどんな気持ちで置いたんだろう。
なぜそこまでしたんだろう。
そんなことを考えていたら記事になりました。
コメントもいただきました。
誰も気にしていなかった出来事が、
誰かの感情を動かしたんです。うれしい。
記事は出来事から生まれない
この2つに共通していることがあります。
大した出来事ではないことです。
ニュースにもなりません。
誰かに話すほどでもありません。
でも、なぜか引っかかる。
ここが大事です。
記事というのは、
出来事から生まれるのではありません。
引っかかりから生まれます。
わたしが朝早く起きてパソコンを開くとき。
頭の中にあるのは、昨日見た小さな違和感です。
落書き。
靴。
誰かの一言。
スーパーで見た光景。
そういうものです。
それを少し掘ってみる。
そしたら、
自分でも気づいていなかった考えが出てくる。
記事というのは、その過程で生まれることが多いです。
「これ、記事になるかな」と思った時点で、
もう記事になっています。
引っかかった瞬間が、入口なんです。
メモは数行で十分
だから、
「これ、記事になるかな」
と思ったら、もう記事になってます。
その時点で種はあるんです。
必要なのは上手な文章ではありません。
違和感を捨てないことです。
メモでいい。
一行でいい。
意味が分からなくてもいい。
引っかかった事実だけ残しておく。
すると数日後に、
そのメモが勝手につながり始めます。
記事というのは、意外とそうやって生まれます。
書こうとして書くより、
気になったことを追いかけたほうが、
面白い記事になることも多いです。
あなたの次の記事は、もう見つかっているかも
もし最近、「書くことがない」
と思ってるなら。
今日一日の中で、
なぜか頭から離れないことを一つ探してみてください。
たぶん、それが次の記事です。
よかったらコメントで教えてください。
あなたの「なぜか気になる」を、読んでみたいです。
こういう「日常の小さな違和感から記事を生む方法」や、
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違和感を拾って集める!いいですね。ネタ帳作らなきゃ😁