落とした人より、置いた人が気になってしまった。
車止めの上の子ども靴から、物語が始まった。
先日、道の脇の車止めの上に、
子ども靴が片方だけ置いてありました。
ちょこん。
「ここにあるよ~」って、
誰かが伝えたかったのが分かる置き方でした。
その瞬間、頭の中で勝手に物語が始まっちゃって。
気づいたらサブスタでつぶやいていました。
靴の気持ちを忘れていた
そのあと、もちスラ|ケツコラム🍑 さんが
その落とし物投稿に返信をくれました。
添えられていたのは、「靴の気持ち」を描いた小さな漫画。
それを見て、ハッとしたんですよね。
わたしは、
「落とした親御さん」
「拾って置いた人」
のことばかり考えていました。
でも、肝心の靴の気持ちを忘れていたんです。
絵本作家としたことが…!これはやられた!と。
置いていかれた靴は、どんな気持ちだったんだろう。
子どもの靴は、静かに消える
子どもの靴というのはなせでしょう、本当に静かに消えます。
うちの子も何度かやりました。
気づくと片足だけ靴下。
で、本人はケロッとしている。なんで。
だから、あの靴を落とした親御さんの焦りも、
なんとなく想像できます。
わたしが気になったのは「置いた人」
でも、わたしが気になったのは
「置いた人」のほうでした。
誰かが拾って、車止めの上にそっと乗せた。
「見つけやすいように」
そう考えて置いたのが伝わってきて、
なんだか胸があたたかくなりました。
優しさというのは、
こういう形をしているんだろうなと思います。
絵本作家は、たぶん妄想でできている
こういう「説明されていないもの」を見ると、
わたしは勝手に物語を作ってしまいます。
絵本を描いているときも、
「この子はいま何を見ているんだろう」
みたいなことを、ずっと考えています。
描かれていない部分のほうが、想像できるんですよね。
物語というのは、
日常の端っこに落ちているものを、
誰かが拾うところから始まるのかもしれません。
帰り道、うちの子の靴を確認しました。
ちゃんと両方ありました。
よしよし。
あなたにもありますか。
落とし物でも、電車の中の会話でも、
知らない誰かの後ろ姿でも。
勝手に物語が始まってしまった瞬間。
もしあれば、コメントで教えてください。
こういう話、読むのがすごく好きです。
そして、こういう
「日常の端っこに落ちている小さな物語」を、
これからも書いていこうと思います。
また読みたいと思ってもらえたら、
登録してもらえると嬉しいです。



なんともシュールな話で、しみじみとしました🙏✨