なぜ今回の「バイオハザード」映画化は期待できるのか――“1日1500リットル”の血まみれ撮影現場で見た、原作ゲームへの確かな愛情
実写での撮影や、ビデオゲーム特有の映像言語によってめざした「バイオハザード」ならではの恐怖体験
映画『バイオハザード』の撮影現場があるチェコ・プラハを訪れた私は、多くのものを持ち帰った。なかでも印象的だったのは、行く前まで真っ白だった私のスニーカーが、ソールからナイキのロゴマークに至るまで血まみれになったことだ。映画のために手作業で作り込まれた病院の産科病棟には、粘っこい血で赤く染まった床が広がっている。この光景ひとつとっても、本作が単にグロテスクなだけでなく、サバイバルホラーの金字塔である「バイオハザード」の雰囲気に忠実であろうとしていることが察せられた。たとえ本作が、原作ゲームの特定の章を直接映像化するわけではないとしても、だ。
完全新作となるこの映画の構想を率いる人物が、『バーバリアン』に『WEAPONS/ウェポンズ』と異色のホラーで話題を集める監督、ザック・クレッガーだ。そして何より重要なのは、彼自身が長年にわたり「バイオハザード」シリーズをプレイしてきた大ファンだということである。彼は初めてその世界に足を踏み入れたときの記憶を今も懐かしそうに語る。
「『2』がアメリカで最初に発売されたときは本当にやり込みました。大好きでしたね。でも『4』の発売は僕にとって本当に大事件だったんです」とクレッガーは語る。「それから、数年前に『4』のリマスター版が出て、また完全に惚れ直しました。無限ロケットランチャーを取って、何周かプレイするんですよ。僕にとっては癒やしみたいなものなんです」
そうした三上真司時代の「バイオハザード」シリーズに対する敬意は、今回の映画版における主人公・ブライアン(オースティン・エイブラムス)がたどる旅路にも反映されている。物語は『バイオハザード4』を思わせるような田舎のエリアから始まり、その後、『バイオハザード2』や『バイオハザード3』で見たような街路、下水道、研究施設のあるラクーンシティ中心部へと近づいていく。クレッガーが過去に手がけた『バーバリアン』と『WEAPONS/ウェポンズ』では、複数視点の断片的な場面を織り交ぜながら時系列を行き来する野心的な構成が採用されていたが、『バイオハザード』ではより伝統的な時系列順のストーリーテリングが用いられる。物語は、不気味な血痕が行き着いた先から惨劇の発端へとさかのぼっていき、その道中では、いくつもの凄惨な出来事が待ち受けている。
「ゲームから受け継ぎたい重要な部分は、物語構造なんです。A地点からB地点まで、ひとりのキャラクターを追い続けること。それからリソース管理であったり、弾薬を節約したりするような感覚ですね」とクレッガーは明かす。「最初はハンドガンを持っていたのが、そこからショットガン、さらにMP5へと進んでいく。そのなかで状況がどんどん激化していき、遭遇するモンスターもどんどん奇妙になっていくんです」
ブライアンにはレオンのようなアクションヒーロー的資質もなければ、クリスのようなストイックさもない
しかし、今回の映画でそうしたモンスターたちに立ち向かうのは、ゲームシリーズのどの主人公とも異なるブライアンという人物だ。彼にはレオン・S・ケネディのような自信に満ちたアクションヒーロー的資質もなければ、クリス・レッドフィールドのようにタフガイ然としたストイックさもない。クレッガーはそんなブライアンを「完全に不運な一般人」と表現する。つまりブライアンは、燃え上がる世界へ突然放り込まれた普通の男なのだ。
「もしも自分が『バイオハザード』のゲームに放り込まれたら、って感じです」と監督は冗談めかして語る。「まったくどうしたらいいかわからないでしょうね。銃もうまく扱えないし、体力も全然ない。ひたすらパニックになりながらその場その場を転がっていくだけになるでしょう」
私が撮影現場を見た限り、ブライアンが一夜を通して対面する恐怖は容赦ないものになりそうだ。彼は『バイオハザード3』を思わせるシークエンスで街の下水道を進んでいくが、そこに潜んでいたのは、ゲームシリーズのどこにも登場したことのない異形の存在だった。それは膨れ上がった肉の塊のような男で、その不気味な肉体は、「デューン 砂の惑星」シリーズに登場するハルコンネン男爵の姿を彷彿させるものだ。1トンはあろうかというこの肉人形は、4人がかりで操作することで異様な動きに説得力をもたせており、何かが内側から飛び出そうとしているかのように脈打ち、うごめいていた。何がそんな痙攣を引き起こしているのか――それはネタバレになるので語らないでおこう。
登場するクリーチャーの種類も豊富で、ゲームから持ち込まれたものもあれば、新たに生み出されたものもある。クレッガーの狙いは、それぞれのデザインを「T-ウィルスに感染した人間に理論上起こりうる変異」として成立させることにあり、ゲームでしばしば描かれる極端な造形には踏み込みすぎないようにしている。つまり、たとえばタイラントのような存在は登場しない。小さな帽子に大きすぎるトレンチコートといったデザインは、クレッガーが思い描く、もう少し現実寄りの世界観には必ずしも馴染まないというわけだ。
とはいえ、スケールの大きなアクションが不足するわけではない。先日公開された初の予告編では、建物の上から無数の死体が路上へ降り注ぐ場面が確認できた。そのほか、高層マンションのエレベーターシャフトを舞台にしたアクションもある。これはプロダクションデザイナーのトム・ハモックと彼のチームが2カ月半以上かけて建設したもので、本作最大の見せ場のひとつになりそうだ。
「5階建てのコンクリート製セットの中に実際に動くエレベーターを2基作り、それを実写で撮影するのはとてつもなく難しかったです」とハモックは語る。「もちろん、グリーンスクリーンに囲まれた小さな箱を作るだけなら、ずっと簡単だったでしょう。でもザックはこのアクションシーンを全力でやりたがったんです」
実際に撮影に使われたチェコの廃工場を案内してもらったが、そこでどんな恐怖が繰り広げられるのかはまだ明かせないとはいえ、その迫力には圧倒されるものがあった。
このように、エフェクトも含めて可能な限り現場でカメラに収めようとする姿勢が、俳優たち、ひいては劇中のキャラクターたちにとって、より説得力のある世界を作り上げているのだ。細部へのこだわりも抜かりなく、とりわけ「バイオハザード」シリーズの「ドアへの執着」についてはそれが顕著だった(ハモック自身、これには驚いたと認めている)。ゲーム第1作の『バイオハザード』以来、ドアは不気味にズームアップされ、凝った装飾の鍵で解錠され、その向こうにはゾンビが潜んでいた。その伝統は今回も変わらない。
「『バイオハザード』のゲームって、本来必要な数の倍くらいドアがありますよね」とハモックは冗談めかして語る。「どこから恐怖が飛び出してくるかわからないんです。ザックと私は、ドアや空間同士をつなぐ奇妙な導線を作る作業を本当に楽しみました。病院の廊下が、必ずしも予想通りの場所へ続いているわけではない。文字通り、たったひとつのショット、たったひとつの恐怖演出のためだけに組まれた巨大セットもあるんです」
たったひとつのショット、たったひとつの恐怖演出のためだけに組まれた巨大セットもあるんです
その感覚を、私自身もほんのわずかながら体験することになった。病棟のセットに一歩足を踏み入れた瞬間、本作が、必要とあらば徹底的におぞましい映画になることはすぐに理解できた。床は隅々まで血に覆われ、赤く光る袋からは手足が突き出し、テーブルの上には触手が無造作に散乱している。ここで繰り広げられたであろう悪夢の、その痕跡だけが残されていた。
こうした恐怖描写は1週間にわたる撮影を通して現場でカメラに収められ、セットでは1日あたり400ガロン(約1514リットル)以上の血糊が使われた。クレッガーが昨年手がけたヒット作『WEAPONS/ウェポンズ』を見た人なら、その凄惨な顛末から、彼の作品がどれほど生々しく、肉と骨が引き裂かれ、内臓が胴体からえぐり出されるような描写に踏み込めるか知っているはずだ。『バイオハザード』もこの点において例外ではなく、むしろ監督の暴力描写に対する感覚をさらに先鋭化させているように見える。
クレッガーによる今回のプロジェクトは、ゲームシリーズにオマージュを捧げつつ、独自の物語を作り上げるという点で、絶妙なバランスを実現しているように思える。こうしたアプローチは近年、ほかのゲーム映像化作品でも成功を収めてきた。その代表例がPrime Videoのドラマ『フォールアウト』だ。同作もまた、ゲームの展開をそのままなぞるのではなく、おなじみの世界観を舞台に新たな物語を描くという選択をしていた。どうやらクレッガーも同じ考えを共有しているようで、今回の映画によって、「(ゲームで)初めてラクーンシティに足を踏み入れたときの感覚」を呼び起こしたいと考えている。
「ラクーンシティを舞台にしたゲームの世界に視点を置くことになります」とクレッガーは説明する。「ただ、これは主人公たちのストーリーラインの周縁で展開する、別のストーリーラインなんです。つまり、ゲーム本編の世界観を壊すことなく、その裏側で同時に起きていたかもしれない物語になっているんですよ」
重要なのは、ノスタルジーそのものに頼ることではなく、当時の記憶に結びついた感情を呼び起こすことだ。とはいえ、イースターエッグ的な要素も一切ないわけではない。おなじみの武器やロケーション、緑色のハーブも登場する予定だ。さらに監督は、1996年の初代『バイオハザード』を象徴する“犬”の演出についても言及していた。
サバイバルホラーというジャンルは、本質的に映画的なものだ。「バイオハザード」シリーズもまた、ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』をはじめとする映画作品からの影響を受けており、クレッガー自身もロメロを重要な参照点として認識している。ただし、彼がテキストとして重視するのは、過去の映画作品よりも、あくまでカプコンのゲームそのものである。その姿勢はカメラワークにも表れており、レンズはブライアンの肩越しに漂うように配置され、まるでアナログスティックで操作されているかのように曲がり角の先を覗き込む。その構図は、レオンやクリス、クレアといったキャラクターの背後にある視点を思わせるものになっている。
「この作品で本当に楽しかったのは、原作ゲームの語り口を、そのまま映像の撮り方に落とし込もうとしたことです」とクレッガーは語る。「映画の大半を広角レンズによる肩越しショットで撮影していて、まるでゲームをプレイしている感覚になるんです。こちらはブライアンの肩の上に乗っていて、彼が角を曲がれば、こちらも一緒に曲がる。つまり、ビデオゲーム特有の映像言語を使っているんです。そもそもが非常に映画的ですし、そのおかげで恐怖感も増しています」
こうした細かなこだわりからも、このプロジェクトに対する彼の情熱、そしてファンが喜べないようなものを作るつもりはないという姿勢がよく伝わってくる。
また重要なのは、クレッガーが、恐怖の合間に笑いを差し込むタイプのホラー作家だという点であり、それは本作でも大いに期待できそうだ。ただし、『WEAPONS/ウェポンズ』と『バーバリアン』では、いずれも家の地下室が重要な舞台となっていた一方、彼の地下空間に対する執着がそのまま『バイオハザード』にも持ち込まれるわけではないようだ。郊外の地下で展開するホラーを愛する人々にとっては、少し残念な知らせかもしれない。
その代わりに今回は、先述した下水道や、アンブレラ社の研究施設などが登場する。邪悪な科学実験の舞台となる無機質な白い壁が、どこまで清潔なまま保たれるかはわからない。だが、ラクーンシティのセットを彩る降りたての雪を見る限り、それらもやがては鮮烈な深紅に染まることになりそうだ。
『バイオハザード』の撮影現場を後にした私は、この新たな映画化企画が確かな監督の手に委ねられていると確信した。もちろん、クレッガーのこれまでの実績だけでも十分な安心材料ではあったが、私の信頼を決定的なものにしたのは、彼が原作ゲームに対して抱く明確な愛情だった。
すでに完全オリジナルの映画を2本続けて成功させていたことを考えると、彼が次回作として、既存のIPという荒波へ漕ぎ出そうとするのは意外でもあった。しかも「バイオハザード」は、映画化の歴史において特に賛否の分かれるシリーズでもある。しかし、クレッガー自身は必ずしもそう考えているわけではなく、私が見た限りでは、今作はこれまでの映画化作品を大きく上回る出来になりそうだった。
もちろん最終的な仕上がりは公開されるまでわからない。しかし本作が、「バイオハザード」シリーズの恐怖を映画館でしっかりと蘇らせる気配は、すでに十分に感じられた。
映画『バイオハザード』は2026年秋に日本公開予定。米国では9月18日に公開となる。