Michael マイケル : 特集
【ネタバレなしレビュー】個人的“今年ベスト”確定――最高すぎて公開前に“3回”も鑑賞、圧倒的にリピート推奨! 1度目はもちろん、2度、3度と多幸感と面白さが増幅→早く次を観たい、とひたすら熱狂する奇跡の1本

本記事は、6月12日公開「Michael マイケル」を鑑賞した映画.comスタッフによる、ほとんど正気を失った鑑賞レビュー(ネタバレなし)である。
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最初にひとつ、お詫びしたいことがある。
マスコミ試写で3回観た。
映画業界には「マスコミ向けの試写会に何度も通うのは、マナー違反」という暗黙の了解がある。他の方の席を奪うことになるからだ。私だって、それはわかっている。
だから普通は1作品につき1回しか試写にはいかない。しかし今回は勝手が違った。本作がもたらす熱狂は、人を正気のままではいさせてくれなかった。

なお、私は特にマイケルのファンというわけではない。
業界のマナーも、大人の理屈も理性もぜんぶ焼き尽くし、「あの瞬間」をもう一度と、何度でも劇場へ足を運ばずにいられない
【予告編】
【1度目の鑑賞】個人的に“今年ベストは揺るがない”級
にどっぷりハマった――アカデミー賞は確実か?

オープニング。鳴り響く歓声。あの「ヒーフー」という声。走り出すベースライン。踊り出すリズム――。
“映画を観ている自分”が、明らかに“いつも”と違うことがわかった。

最初の楽曲が何かなんて野暮なことは拷問されても書かない。想像してほしい。自分の耳で、全身で食らってほしい。
とにかく本作、“音”が、“ライブ体験”が、常軌を逸しているのだ。楽曲がストーリーにのせ、そして映画館の映像と音響にのせて放たれた瞬間、マイケルの心情が歌詞とパフォーマンスに重なり、もう一つのドラマが立ち上がる

“あの曲”“この曲”の浮遊感、多幸感――読者諸賢の「音楽はそりゃすごいでしょうよ」という想像や予想を、本作は軽々としっかりとかっきりと超えてくる。
「され得る」ではない。「される」のだ。
●画面に現れた“主演”ジャファー・ジャクソンにご注意を。
“いる”だけでアカデミー賞級の存在感、これは“演技”か“降臨”か?

ジャファー・ジャクソン。彼の演じるマイケルが画面に現れた瞬間――
驚くべきことに、彼には“演技の痕跡”がないのだ。ただしゃべり、動き、表情を見せる。それだけでアカデミー賞級の存在感だった。

ジャファーがマイケルの血縁だから、というだけでは説明がつかない(もちろん重要な要素ではあるが)。どれほどの準備を重ねれば到達できるのか。観ながら「これって演技と言えるのか?」と、我ながら意味不明の疑問すらわいてきたほどだった。
百聞は一見にしかず。解禁された本編映像を置いておく。
【本編映像】
●もちろん、ライブがいいだけじゃない――
“今年ベスト”は揺るがないかもしれない

そして、これほどスペクタクルでありながら、本作は
少年マイケルが同世代の子どもたちに馴染めない理由をぽつりと語る、あの場面。母がかけた言葉。その瞬間を境に、マイケルのパフォーマンスは別次元へと移行し、みるみる輝きを増していく。

彼はいつも“世界中のみんな”のために歌い、同時に、“たった一人の誰か”のためにも歌っているのかもしれない――。
少年は成長し、世界を席巻していく。どんな物語展開が待っているのかも絶対に言わない。上映が終わり、エンドロールですら泣ける。

【2度目の鑑賞】2度目がより感動した――まったく違
う場所で心が震える。感動する理由がまったく違う。

――数日後。私はまた試写室に向かっていた。受付の宣伝スタッフの方が、一瞬「あれ? この人、この前もいたよな?」的に、目をぱちくりさせた気がする。本当にすみません。

そして、まさかの出来事があった。
●“人間ドラマ”の沁み方が異常
あなたはどう感じるか、聞かせてほしい。

1度目はあまりに圧倒的なライブと音楽の奔流にただ飲み込まれていた。けれど今回は、“1人の青年の人間ドラマ”がひたすら沁みた。
万雷の喝采のド真ん中に佇み、笑顔を振りまくも、マイケルの横顔にはどこか“影”がしみついている。栄光と引き換えに彼が抱えていたものが色濃く、くっきりと立ち上がり、それゆえに終盤の展開では“痛快さ”と“カタルシス”にシビれまくることとなった。
彼のまばゆい輝きに目を奪われていた初回鑑賞とは、まったく違う場所で心が震える。同じ作品のはずなのに、感動する理由がまったく違う。

やがて、マイケルの信念が刻一刻と変わる過程が、まっすぐ心に流れ込んでくる。映画はしばしば、人は何のために生きるのかを描くが、本作はいったい何を描いた作品なのか――私は「父からの呪縛を振り払う物語」だと感じ、一方で2度目では「母からの祝福を貫く物語」なのだと思った。
あなた自身の解釈は、どうだろうか。
●2度目だからこそ圧倒される“すごみ”
才能が世に発見される“奇跡の瞬間”――鑑賞料金2000円は安すぎる!?

そして多くの場面で「すごいシーンだ」と新鮮に圧倒された。
今回の“最大の圧倒ポイント”は、本物の才能がこの世に発見される瞬間を、まるごと再現してみせていること。

音楽プロデューサーが、レコーディングルームで幼いマイケルの歌声を初めて耳にする――プロデューサーは果たしてどんな顔をするのか、お楽しみに。その場に居合わせた者だけが味わえたはずの“奇跡”を、私たちは本作を通じ体験できてしまえるのだ(それも一度や二度ではない)。
これだけでも、

2度目は、1度目よりも圧倒的にあっという間に終わったと感じた。尋常じゃないテンポで1秒も飽きがこない。編集のうまさとアントワン・フークア監督の手腕を痛感する。やあ、これで満たされた……はずだった。
正直に言えば、個人的には「ボヘミアン・ラプソディ」「トップガン マーヴェリック」よりも、「マイケル」のほうがリピート欲が強いくらいで――。
【3度目の鑑賞】これまでで最大の多幸感――
まだまだ何度も繰り返し観たい、観たすぎる

「えっ、あれ? え、うそ、3回目????」というスタッフの心の声が、ありありと聞こえてくる。しかし私は何食わぬ顔で席に着いた。
●もう生では観られないマイケルが、スクリーンに顕現する。
これはほとんど、タイムトラベルだ

そして気づけば、またあの感動のど真ん中へ引きずり込まれていた。もう生で観ることの叶わないマイケル・ジャクソン。本作は映画館のスクリーンに、確かに顕現させてみせる。

3度目になると、「細かいけれど大好きな、あの要素やあのシーンをもう一度味わいたい」という欲まで湧いてくる。どれもネタバレにはあたらないので、“リピート鑑賞のおすすめポイント”として挙げておこう。
・父・ジョセフは、実は“口の形”に感情がにじむ。そこを追うだけで、印象がまるで変わる
・マイケルの部屋が何度も映る。なにがどう置かれているのか、凝視して!
・大人になってからの場面でも、子どものころの曲がかなり流れるのが好きだ(子ども時代のマイケルを演じたジュリアーノ・バルディも尋常じゃない上手さ)
・歌唱シーンでは、あえて歌詞の字幕が出ない。細かいが粋な演出だ。
・マイケルがソファに座り、母と並んで映画を観る、あの素朴な幸福
・警備主任のビルとマイケルの絆。とりわけ、二人が鏡越しに交わす目配せ

●観るほどに、感動も面白さも加速度的に増していく。
こんな体験、ほかに記憶にない

3度目が最もあっという間に感じたし、回数を追うごとに

さすがにこれで満足する――わけがない。ふざけるな。まだ観たい。もっと観たい。衝動は収まるどころかやんちゃに大暴れだった。
だから、公開を待ち劇場へ何度も通うことを決めた。誇張抜きにまだ何度も余裕で観られる、何度も繰り返し観たすぎる。

そして鑑賞を通して、強く印象に残ったのは「ライブ会場のアリーナで、目の前の光景が信じられないとばかりに頭を抱える観客」だった。でも、そうなんだよな、と思う。

本作のために劇場へ走らないなら……

私と同じ「何度も観る幸せ」を、ぜひ味わってほしい。






