書籍要約『ワイルド・ファーメンテーション:生きた乳酸菌食品の風味、栄養、そして作り方のすべて』:サンドール・エリックス・カッツ 2003年

発酵

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『Wild Fermentation:The Flavor, Nutrition, and Craft of Live-Culture Foods』:Sandor Ellix Katz 2003

目次

  • 第1章 文化的リハビリテーション / Cultural Rehabilitation
  • 第2章 文化理論 / Cultural Theory
  • 第3章 文化の均質化 / Cultural Homogenization
  • 第4章 文化の操作 / Cultural Manipulation
  • 第5章 野菜の発酵 / Vegetable Ferments
  • 第6章 豆の発酵 / Bean Ferments
  • 第7章 乳製品の発酵とヴィーガン代替 / Dairy Ferments (and Vegan Alternatives)
  • 第8章 パンとパンケーキ / Bread (and Pancakes)
  • 第9章 発酵穀物粥と飲料 / Fermented-Grain Porridges and Beverages
  • 第10章 ワイン、ミード、サイダー、ジンジャービール / Wines (including Mead, Cider, and Ginger Beer)
  • 第11章 ビール / Beers
  • 第12章 ビネガー / Vinegars
  • 第13章 文化的再生 / Cultural Reincarnation

本書の概要

短い解説

本書は、伝統的な発酵食品の作り方を家庭で実践できるよう解説する実用書である。消毒や専門機器を必要としない「野生発酵」の手法を中心に、微生物との共生を通じた食の復権を目指す。

著者について

サンドル・エリックス・カッツは、テネシー州の queer コミュニティ「ショートマウンテン・サンクチュアリ」に暮らす活動家であり、自身もHIV陽性者として発酵食品の健康効果を実証してきた。微生物学の専門家ではない「実践者」としての視点から、発酵の魔術を伝授する。

テーマ解説

文化復権としての発酵:殺菌と管理に基づく現代の食の在り方に対し、野生の微生物との協働を通じた伝統的回帰を主張する。

キーワード解説

  • 乳酸発酵:野菜や乳製品を保存し、消化を助ける主要な発酵プロセス。善玉菌が増殖する。
  • 野生発酵:市販の純粋培養酵母ではなく、食材や空中に存在する野生微生物を利用する伝統的手法。
  • 微生物の多様性:体内の生態系としての腸内細菌叢の多様性が健康に不可欠であるという概念。
  • :アスペルギルス・オリゼーという菌を米などに繁殖させたもので、味噌や甘酒などの日本発酵の基盤。
  • 相利共生:人間と微生物が互いに利益をもたらす関係性。抗体ではなく共存を基本理念とする。

3分要約

本書『Wild Fermentation』は、単なる料理本ではなく、殺菌消毒に基づく現代西洋医学・食品産業への根源的な批判と、微生物との共生による「文化の再生」を説く宣言書である。

著者のカッツは、エイズと診断された自身の経験から、発酵食品がもたらす免疫力向上と栄養吸収の促進効果を実感する。彼は、抗菌ソープや抗生物質に代表される「微生物との戦争」が、かえって耐性菌を生み出し人間の免疫システムを弱めていると警告する。その代替案として提示されるのが、台所にあるありふれた容器と塩、そして空気中に漂う野生の酵母や乳酸菌だけを使って行う「野生発酵」である。

本書は、ザワークラウトやキムチなどの野菜発酵から始まり、味噌やテンペといった豆発酵、ヨーグルトやチーズなどの乳製品、サワードウブレッド、そしてビールやワイン、さらには酢に至るまで、実に多様な発酵の基礎技術を網羅している。重要なのは、厳密な温度管理や化学的な殺菌を「しない」ことである。カッツは、微生物は環境に適応する柔軟な存在であり、失敗も含めた実験的なプロセスを通じて、自分の住む土地固有の微生物叢と親密になることの喜びを説く。

さらに本書は、チョコレートやコーヒー、紅茶といった発酵を経る嗜好品が、砂糖プランテーションと奴隷制とともにいかにグローバル資本主義の歴史を形作ってきたかを論じる。均質化された工業製品(例えばバドライトやヴェルヴィータ)への批判を通じて、非効率で個性的な自家発酵を「文化の均質化への抵抗」として位置づける。最終章では、発酵を死と再生の自然の摂理として捉え、堆肥と土壌の循環、そして社会運動における「 ferment(発酵・動揺)」状態の重要性を説く。台所というミクロの実践が、マクロな社会変革のメタファーとなり得るという希望が、この一冊を貫いている。

各章の要約

第1章 文化的リハビリテーション / Cultural Rehabilitation

発酵食品の最大の利点は保存性だけではない。複雑なタンパク質をアミノ酸に分解する「事前消化」によって栄養の吸収率を高め、ビタミンB群などの新たな栄養素を生成し、さらにキャッサバの青酸化合物など食品に含まれる毒素を無毒化する。カッツは「微生物との平和共存」を説き、過剰な衛生観念がアレルギーやぜんそくの増加を招いたとする「衛生仮説」を紹介する。体内の微生物多様性(ミクロバイオダイバーシティ)を高めることが、病気に対する抵抗力を強化する道だと論じる。

第2章 文化理論 / Cultural Theory

発酵の歴史は人類の歴史そのものと深く結びついている。蜂蜜酒(ミード)はおそらく最古の発酵酒であり、クラウド・レヴィ=ストロースはこれが自然から文化への移行を示すと論じた。ヨーグルトは遊牧民の家畜化から生まれ、パンとビールは農耕の開始と同時に発展した。ルイ・パスツール以前の科学は「自然発生説」に惑わされていたが、パスツールの研究により発酵が化学反応ではなく生物学的プロセスであると証明された。しかしカッツは、その後の微生物学が微生物を「支配・搾取」の対象として見る植民地的視点を持ち込んだと批判する。

第3章 文化の均質化 / Cultural Homogenization

マクドナルドやバドライトに象徴されるグローバリゼーションは、微生物の多様性と同様に「文化の多様性」を破壊する。カッツは、カカオ、コーヒー、茶、そして砂糖という、いずれも発酵工程を経る商品が、大西洋奴隷貿易と植民地主義の基盤となった歴史を詳細に論じる。これらの嗜好品は産業革命における労働者のエネルギードリンクとして機能し、資本主義の拡大を促進した。ホセ・ボベのマクドナルド襲撃事件を引き合いに出し、「消費者」から「共創者」へと立場を変えることが、均質化への抵抗の第一歩だと主張する。

第4章 文化の操作 / Cultural Manipulation

専門的な機器や資格は必要ない。発酵とは「混ぜて、待つ」だけで良いシンプルな営みである。カッツはエチオピアの蜂蜜酒(テジ)の極めて簡易なレシピを紹介し、読者の恐怖心を解く。失敗は許容され、むしろ「完璧は不完全さの中にある」という精神が重要だ。食材は有機や地元産が望ましいが、微生物はそれほど選り好みしない。主な注意点は、塩素消毒された水道水は沸騰させて塩素を飛ばすこと、ヨウ素添加されていない海塩を使うことの二点である。ここから実践編が始まる。

第5章 野菜の発酵 / Vegetable Ferments

最も基本的な技術は「塩水(ブラインニング)」である。塩は腐敗菌を抑制し、乳酸菌の活動を促進する。ザワークラウトはキャベツの水分を塩で引き出して発酵させる代表例であり、抗がん作用があるという研究も紹介されている。キムチは塩漬けした野菜に唐辛子、ニンニク、ショウガを加えて発酵させる。カッツはフルーツキムチや大根キムチなど独自のバリエーションも提供する。この章では、ぬか漬け、ガンジュ(ネパールの発酵野菜)、さらには刑務所内での発酵(フーチ)の話にまで及び、発酵の普遍性と創造性を示す。

第6章 豆の発 ferment / Bean Ferments

大豆はそのままでは消化しにくいが、発酵によって必須アミノ酸に分解され、栄養価が飛躍的に向上する。味噌は大豆、麹、塩を長期発酵させたもので、放射能汚染物質を体外に排出する効果が研究で示されている。カッツは「赤味噌」と「甘味噌」の両方の製法を解説する。テンペはインドネシア発祥で、豆をリゾプス・オリゴスポラスという菌で発酵させて固めたものであり、リューベンサンドイッチなどでの食べ方が提案されている。また、南インドのドーサ(発酵クレープ)やイドゥリ(発酵蒸しパン)もこの章で扱われ、豆と米の共発酵による完全栄養が解説される。

第7章 乳製品の発酵とヴィーガン代替 / Dairy Ferments (and Vegan Alternatives)

ヤギの乳搾りのエッセイから始まるこの章では、ヨーグルト、ケフィア、そしてチーズの基礎を解説する。重要なのは「殺菌(パスチャライゼーション)」への批判的視点である。低温殺菌されていない生乳から作るチーズは「均一性」への抵抗の象徴とされ、FDAによる規制強化の動きに対して「ヴェルヴィータ国家になるな」という声を紹介する。さらに、ヴィーガンのための代替案として、ケフィア菌をココナッツミルクやパンプキンシードミルクで培養する方法や、ヒマワリの種から作るサワークリームのレシピを掲載している。

第8章 パンとパンケーキ / Bread (and Pancakes)

市販のイースト菌が登場する以前、すべてのパンは「サワードウ」すなわち野生酵母による自然発酵だった。カッツは小麦粉と水を混ぜて放置するだけでスターターができると説き、それを「飼いならす」感覚を伝える。ライ麦パン、チャラ(ユダヤ教の安息日パン)、エッセネパン(発芽穀物を用いた低温乾燥パン)など、多様なパンのレシピが含まれる。また、エチオピアのインジェラ(発酵させたテフ粉のスポンジ状パン)は、ピーナッツとサツマイモのスープとともに提供され、アフリカ発酵文化への理解を深める。

第9章 発酵穀物粥と飲料 / Fermented-Grain Porridges and Beverages

単なるパンではない穀物利用法として、アフリカの雑穀粥(オギ)や、ロシアのクワス(古いパンを再発酵させた飲料)などを紹介する。最も特筆すべきは「ニシュタマリゼーション」の解説である。トウモロコシを石灰や木灰で処理するこの技術は、単なる調理法ではなく、ナイアシンを解放しペラグラ(ビタミン欠乏症)を防ぐ必須の工程であり、欧州人が持ち帰らなかったが故に悲劇が起きたと論じる。また、米麹を使って穀物のデンプンを急速に糖化させる「甘酒(アマザケ)」の製法も詳述されており、発酵の化学的多様性を示す。

第10章 ワイン、ミード、サイダー、ジンジャービール / Wines (including Mead, Cider, and Ginger Beer)

ワインやビールの既存の本は消毒と純粋培養を強調しすぎていると批判する。カッツが紹介する「フーチ(刑務所内での密造酒)」のレシピは、消毒や純粋培養など不要であり、果物カクテルと砂糖と空気中の酵母だけでアルコール発酵が可能であることを証明する。また、フラワーワイン(タンポポなど)、ジンジャー・シャンパンなどの「カントリーワイン」のレシピが豊富に掲載されている。発酵の「聖性」への回帰と、工業的な「清澄化」への懐疑がこの章の基調である。

第11章 ビール / Beers

穀物のデンプンを糖に変換するには、麦芽化(発芽)が必要である。しかしカッツは最も古い方法である「チチャ(アンデス地方のトウモロコシ酒)」の製法を紹介する。チチャは、トウモロコシを噛んで唾液(プチアリン酵素)で糖化したものを発酵させる。これは衛生観念とは真逆のアプローチだが、儀式的な共同行為としての価値を強調する。他にも古代エジプトのブーザ(パンと水と小麦だけから作るビール)やネパールのチャン(米麹とサワードウによる発酵)など、ビールの常識を覆す多様な穀物発酵が解説されている。

第12章 ビネガー / Vinegars

酢はワイン製造の「失敗作」である。酢はアルコールを酢酸に変えるアセトバクターという好気性菌の働きで生まれる。ワインを広口の容器に入れて空気に晒しておくだけでできる。カッツはパイナップルの皮を使ったメキシコのビナグレ、果物のスクラップから作るビネガー、そして現代ではほとんど忘れられているが、歴史的には炭酸飲料が普及する前の清涼飲料水であった「シュラブ(酢とフルーツジュースの飲料)」や「スウィッチェル(酢とジンジャーの飲料)」のレシピを復元している。

第13章 文化的再生 / Cultural Reincarnation

発酵は食べ物だけの現象ではない。堆肥は微生物による発酵そのものであり、死骸を分解し、土壌を蘇らせる。カッツは友人のホームベリアル(自宅埋葬)の経験や、森林火災の体験を交えながら、死を受容し循環の中に位置づけることの重要性を語る。化学肥料による農業への批判を通じて、「ファイア(火)」のような急激な革命ではなく、「ファーメント(発酵)」のような緩やかで着実な沸騰状態こそが持続可能な社会変革のモデルであると結論づける。台所での小さな実践が、世界を変える種菌(シードカルチャー)となる。


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