修正は否定じゃない
AIアニメのチーム制作でがっつり直されて気づいたこと
こんにちは、よかっぱです。
自分が作ったものに修正が入ると、少し身構えませんか?
ぼくは以前の職場で、上司から書類の差し戻しを何度も受けたことがあります……。
今回、AIアニメのチーム制作で担当したシーンに初めて大きな修正が入りました。
それを見た瞬間、やっぱり少しだけ身構えました。
でも修正内容を見返していくうちに、自分が見えていなかったものが見えてきたんです。
今回の記事では、修正から見えてきた演出の学びと、修正を受けたときにぼくがどう向き合ったのかを書いてみます。
修正されて気づいた2つの勘違い
担当したのは現在制作中の、ニンジャ犯科帳「チュロスの商人」の冒頭シーン。
お調子者の主人公あんねが、貯金箱を割ったら空っぽだったという場面。
しっかり者のキャラである結(ゆい)が「働きなさい」と言うと、あんねが「働きたくない」と返してくる。
しびれを切らした結が「いいから働きなさい!」とバカバカ言い続ける、そんな掛け合いです。
①キャラ解釈のズレ
ぼくのイメージでは、結は最初ちょっと優しくて、会話を重ねるうちに徐々に呆れていくキャラ。
でも修正後を見ると、序盤からもう呆れてる。なんならキレている。
あんねと長い時間を共にしてきた結果、「呆れ」がニュートラルの状態になっているようです。
信頼貯金が完全にゼロで、もはや呆れがデフォルトの関係性、というか。
もう一つ、あんねの演技のさせ方もミスっていました。
本来は「根拠のない自信を持っているキャラ」なのに、ぼくは自信なさげに話させてしまっていた。
だから今回の気づきの一つ目は、演出以前にキャラクターの解釈がまだ浅かったということです。
細かいキャラの性格は言語化されていない部分もあるので、慣れながら掴んでいくしかない領域でもあります。
②シーン解釈のズレ
二つ目の気づき。ぼくはこのシーンでは、あんねが主役で、結は状況を客観的に見ている側だと思っていたんです。
だから結は少し引きの構図にして、背景のぼかしも使っていませんでした。
最後に怒る場面だけ大きく見せればいい、と考えていたんです。
でも修正後を見ると違いました。
結も最初からしっかり見せている。
背景もぼかして視線を集めている。
そこで初めて、「主役と脇役を分ける」というより、各シーン・各カットでキャラそれぞれの魅力を見せていく考え方なのかもしれない、と気づきました。
修正を見て、自分なりの仮説を立ててみた
カメラの動きについても修正がありました。
最近ズームばかり使っていたので、今回はパン(カメラを横に動かす)を使ってみようと思ったんです。
理由は「ズームに飽きてきたから」。我ながら雑過ぎる理由。
そうしたら案の定「ここはパンじゃなくてズームの方がいいですね」と。
でも、なんでズームの方がいいのか、正直すぐには分かりませんでした。
そこで、パンとズームの使い分けを自分なりに考えてみることに。
「アニメ音響の魔法」という本で「銀河鉄道999 劇場版」がいいと紹介されていたのを思い出して、パンとズームを意識しながら見てみました。
そこからぼくが立てた仮説はこうです。
ズームは、キャラの心情や見せたいものに近づくとき。
パンは、画面内に収まりきらない空間を見せるとき。
ただ、AIアニメにはパンが向かない事情があります。
カメラを横に動かすと、画面外の情報をAIが補完して破綻しやすい。
パンを使える場面は自然と限られてきます。
これも次回の制作で意識して作って、修正が入るかどうかで答え合わせをするつもりです。
修正されて不安になる理由
修正後のシーンを見た瞬間、一瞬上滑りするような感覚を覚えました。
「なぜその修正になったのか」が分からなかったんです。
自分の中に入ってこない。受け入れられない、というより、理解できない。
理解できないものに対しては、人は自然と拒否反応が出ます。
分からないから遠ざけてしまう、みたいな感覚です。
逆に言えば、理由を理解できると、すっと腑に落ちる。
修正を「受け入れよう」とするより、「理解しようとする」の方が正確で、
今回やっていたのは、たぶんそっちでした。
ただこれとは別に、不安を感じるもうひとつの理由もあると思っています。
それは修正を作品へのフィードバックではなく、自分への評価として受け取ることです。
視点を広げると、修正の意味が変わる
修正を自分への評価として受け取ると、どうしても身構えてしまいます。
「自分のシーンが否定された」と感じるからです。
でも視点を少し上げてみます。
目的は「自分のシーンを守ること」ではない。
「作品を届けること」が目的です。
監督のイケハヤさんが修正を入れるのも、クリプトニンジャというIPをより多くの人に届けたいから。
そのためにアニメを作っていて、キャラの魅力がちゃんと伝わるシーンが必要で、そのための修正です。
その視点で見ると、修正は「あなたのシーンがダメ」という話ではなく、「作品をもっと良くしたい」から来るものだとわかります。
修正を学びに変えるプロセス
修正を受けたとき、ぼくはこんな流れで向き合うようにしています。
① 修正箇所から目をそらさない
受け入れられない感覚が最初に出るのはわかります。
でも目をそらすと何も変わりません。なので自分のものと修正後の差分を、しっかり見ます。
② なぜそうなったのかの仮説を立てる
差分を見ながら、なぜこの修正になったのかを自分なりに解釈します。
修正の理由は説明してもらえることも多いですが、細かい演出意図まではわからないこともある。
そこは自分で仮説を立てる。
今回の表情修正からは「各シーン・各カットで、すべてのキャラの魅力をそれぞれ見せていく」という仮説を得ました。
パンとズームの件からは「ズームはキャラの心情、パンは空間の説明」という仮説を得ました。
③ 次の制作で検証する
仮説を持ったまま次の作品を作って、修正されるかどうかで答え合わせします。
修正されたら仮説が違った。また考える。繰り返す。
修正は「自分がダメだった」という話ではなく、自分では見えていなかった視点を教えてもらう機会なんだな、と今回あらためて感じました。
AIアニメ制作を続けていると、うまくいった話より失敗や修正から学ぶことの方が多いです。
Substackでは、制作の裏側や試行錯誤、今回のような修正から得た学びを記録しています。
AIアニメを作っている人も、これから挑戦したい人も、よければ登録(無料)してみてください。
ではでは!














修正を「受け入れる」より「理解しようとする」という言葉が残りました。
たしかに、理由が見えない修正は少し怖いですが、理由が見えた瞬間に学びに変わりますね。パンとズームの仮説も、制作現場の手触りがあって面白かったです。
差分を見に行く姿勢、あとから効いてきます。