「アーバニスト」がつくる都市を目指して──都市体験のデザインスタジオfor Citiesの実践【「場」の編集術 #03】
これからの都市における空間のあり方を考えるシリーズ企画「『場』の編集術」。第3回は、東京、京都からカイロ、チェンマイまで、国内外を横断しながら多彩な編集的実践を積み重ねてきたfor Citiesを訪ねた。つくり手と使い手の構造的な分断を乗り越え、誰もが主体的に都市に関わる未来を実現するため、彼女たちは俯瞰図とストリートを自在に行き来する「アーバニスト」に希望を見いだしている。
「都市をデザインする」とは何か──超高層ビルや街区といった物理的な「ハードウェア」を思い浮かべるかもしれない。しかし、都市の本質はそこだけではない。「都市体験のデザインスタジオ」を掲げる一般社団法人「for Cities」は、人びとの営みや感情、そして偶発的な出会いこそが、都市をかたちづくる要素だと主張する。
共同設立者の石川由佳子さんと杉田真理子さんは、統計ではなく自身の身体感覚を羅針盤に、カイロでは音を採集し、池袋では都市をディスり、富士吉田では馬と一緒に街を散歩するなど、リサーチやワークショップを通じて、従来の都市計画が見過ごしてきた領域に光を当てる。
彼女たちは、自らを「計画者」ではなく、多様な文脈を読み解き新たな関係性を紡ぐ「編集者」と呼ぶ。この考え方は、都市が誰かによって与えられるものではなく、一人ひとりが「使い手」であると同時に「つくり手」でもあるという、新しい可能性を示唆している。
interview by Shotaro Yamashita, Hidehiko Ebi
text by Shotaro Yamashita
photographs by Kaori Nishida
(左)石川由佳子|Yukako Ishikawa アーバニスト/エクスペリエンス・デザイナー。一般社団法人「Social Green Design協会」理事、「watage」ディレクター。ベネッセコーポレーション、ロフトワークを経て独立後、for Citiesを設立。都市をテーマに、リサーチから企画、編集、教育プログラム、アートプロジェクトの開発まで幅広く活動している。
(右)杉田真理子|Mariko Sugita アーバンリサーチャー/エディター。ブリュッセル自由大学アーバン・スタディーズ修了。「ホホホ座浄土寺座」共同代表理事。出版レーベル「Traveling Circus of Urbanism」で都市・建築・まちづくり分野の執筆や編集を行う。リサーチ、キュレーション、新規プログラムの企画運営などを国内外で手がける。今回の取材場所でもある複合施設「Bridge Studio」を運営。
作品としての都市
すべての始まりは、ひとつの「違和感」だった。オリンピックを控えた東京・渋谷が建設現場のように刻々と姿を変えていた2010年代後半。当時、「ロフトワーク」の同僚だった杉田さんと石川さんは、渋谷・道玄坂のオフィスで大企業やデベロッパーと都市開発プロジェクトに携わっていた。「共創空間」や「タクティカル・アーバニズム」が流行し、新たな街づくり手法が模索されていた時期でもあった。しかし、大きなプロジェクトに関わるほど、ある感覚が強まっていく。
「都市はあまりに大きなメカニズムのなかで動いていて、自分たちがプロジェクトに関わっても、そのなかの小さなコマでしかないという感覚は常にありました。そこに共通の問題意識や違和感があったんだと思います」
杉田さんのことばに、石川さんも頷く。会社や事業を立ち上げるという明確な目標はなかった。むしろ、それぞれが都市や街に抱いていたことばにならない「モヤモヤ」が共鳴し、自然発生的に生まれたのがfor Citiesだった。
「わたし自身、幼少期を日本以外で過ごした経験から、特定の『地元』と呼べる場所がすぐに思い浮かばない感覚をもっていました。街づくりで『その土地で生まれた人』が強い権利をもつような日本の風潮に違和感を覚えていたんです。世界を見渡せば、多くの個人がもっと自由に街を使いこなしている。グローバルで多様な人びとと共に地域を考える動きを広げたい、そうした志をもつ仲間と出会いたいという思いが原点にあります」
その思いを結晶させるため、ふたりは行動に移し始める。まず会社を辞め、オランダへ飛んだ。アムステルダムの運河に浮かぶボートハウスで3カ月間の共同生活を送りながら議論を重ねた。「部屋中を付箋で埋め尽くして考えた」末に辿り着いたのが、「都市体験のデザインスタジオ」というコンセプトだった。一般的な設計事務所とは明確に一線を画すものだ。
杉田さんは「わたしのバックグラウンドは都市デザインで、石川は都市社会学。設計を主軸とするデザインスタジオではなく、より広くデザインを捉え、都市における人びとの体験にどう介入できるのか、という視点からスタジオを立ち上げました」と語る。
この思想は「for Cities」という名前にも込められている。「水 for city」「モビリティ for city」など、あらゆるトピックを都市と結びつけて考えるプラットフォームでありたいという意思の表れから、「f」が小文字で記されている。都市を建築や土木といったハードウェアだけでなく、生活に連なる無数のトピックが交差する生きたフィールドとして捉え直す試みだ。
そして、彼女たちの活動の根底には、もうひとつ、設立当初から掲げている重要なキーワードがある。それは、フランスの思想家アンリ・ルフェーヴルの著作『空間の生産』にインスピレーションを得た「作品としての都市」(a city as a work of art)ということばだ。
「これは『自分たちの都市を自分たちでつくる』というわたしたちのモットーと深く関わっています。資本主義的なロジックやトップダウンでなく、都市は一人ひとりの市民がつくり出す”作品”の積み重ねの結果としてあってほしい。学生時代に『空間の生産』をはじめとした都市社会学の古典を読み込んだ経験も大きくて、この『作品としての都市』という考え方は、活動の根幹をなすキーワードとしてずっと存在しています」
ルフェーヴルは、空間を単なる物理的な器ではなく、社会的な関係性のなかで常に「生産」されるものとして捉え、すべての市民がその生産過程に参加する権利、すなわち「都市への権利」を提唱した。for Citiesの実践は、まさにこの思想を現代において引き受け、具現化しようとする試みと言えるだろう。それは、都市を一部の専門家や資本家から、そこに生きる一人ひとりの手に取り戻すための、静かでありながら必要不可欠な闘争でもあるのだ。
取材は杉田さんが運営する京都・浄土寺の複合アート施設「Bridge Studio」で行われた。かつて小児科医院として使われていた洋館を活用し、国内外のアーティストやクリエイター、建築・まちづくりに関する実践者が集う拠点になっている。東京を拠点に活動する石川さんはリモートで参加した
「身体」を通して都市を見る
for Citiesのユニークさは、その思想だけでなく、都市を読み解くための具体的なリサーチ手法にも表れている。彼女たちは統計データや文献だけに頼らず、自らの身体を現場に投じ、五感を研ぎ澄ませ、主観的な体験を通して都市の解像度を上げていく。そのリサーチの前提として、彼女たちはまず「都市」そのものの定義を拡張する。一般的に都市は人口規模など測定可能な要素で定義されるが、彼女たちの視点は異なる。
「わたしたちは、都市を規模や行政区分ではなく、情報の密度──すなわち人と人との接触可能性の高さ──によって捉えています。例えば、山梨県富士吉田市でのリサーチでは、空き家が多かった街に移住者が増え、多様な人びとが集まることで情報が蓄積し、新たな出会いや現象が日々立ち上がっていました。情報が交差し予期せぬ出会いが生まれる様子は、まさに可能性に満ちた『都市的な状況』だと感じています」
石川さんが語る「都市的な状況」について、杉田さんは社会学者リチャード・セネットのことばで補強する。
「セネットは都市を『見知らぬ者たちが出会う場所』だと唱えていますが、これこそがわたしたちの考える『都市的な状況』であり、ハプニングが起こりうる場所です。だから大都市か地方都市かという区別は本質的な問題ではありません。『都市的な状況』が存在すれば、そこがわたしたちのフィールドになるんです」
こうして拡張した都市の定義を、彼女たちはどのようにリサーチしていくのか。その核心は徹底した身体性の重視だ。神戸市長田区での「アーバニスト・イン・レジデンス」では、その手法を具体的に実践してみせた。
「まず3週間ほど現地に滞在し、日常生活を営むことから始めました。とにかく現地に入り、身体をその街のリズムになじませる。すると姿勢や歩く速度、コミュニケーションの仕方も変わってきます」
こうした感覚は、銀座を舞台に約半年間にわたって街歩きや聞き取り調査を行った、ソニーとの共同プログラムにおいても見て取れる。「『銀座にいる自分』にインストールされていたというか、身体の使い方が自然と変わっていました。時間をかけて過ごし、身体をその場になじませる。それがわたしたちのリサーチの第一歩です」
杉田さんの「なじませる」という受動的アプローチに対し、石川さんはより能動的な身体的アプローチを明かす。
「わたしは知らない街に行くと、疲れるまで歩き続けます。これを『シティ・スキャン』と呼んでいます。ひたすら歩いていると、『この道を行くと面白そうな場所があるな』といった嗅覚が働いてくる。その感覚がだんだん研ぎ澄まされ、身体を慣らすことで発見力が高まり、滞在の最後には視点の切り替え方が鋭くなっていく感覚があります」
このふたつのアプローチは、都市を客観的な分析対象として突き放すのではなく、自らの身体を通して主観的に理解しようとする点で共通している。それは、シチュアシオニストたちの「漂流」のように、合理的な動線から外れ、都市の心理地理学的な側面を探る試みとも共鳴する。地図やデータには現れない、都市の生きた表情を捉える手法だ。
さらに、彼女たちのリサーチを特徴づけるのが、多様な視点を意図的に衝突させる手法だ。その象徴的なプログラムが「Ugly Building Tour」である。
「これは『街をディスりながら歩くツアー』です。一見ネガティブに思えるかもしれませんが、その背後には『本当はこうだったらいいのに』という、その人のピュアな思いが隠れています。このツアーを立場の違う人と一緒にやると、価値観の衝突が起きて面白い」
例えば池袋でのツアーでは、駅前の「グローバルリング」を前に、高校生の女の子と大手デベロッパーの管理職の男性とで評価が真っ二つに分かれた。ある人には「かっこいい」と映るものが、別の人には「ダサい」と映る。ピンク街では、ラブホテルやホストクラブの看板を「渋くて可愛い」と言う人もいれば、眉をひそめる人もいる。
「都市系や建築系の専門家だけだと『ありがちなかっこよさ』に議論が落ち着きがちです。だからリサーチでは、異なる職種や立場、年齢の人が混ざるよう多様性を意識しています。海外からの参加者が加われば、また違う価値観が出てきて、それがぶつかり合うのが楽しいんです」
この手法は、都市に唯一絶対の「正解」はないという彼女たちの思想を反映している。都市は、そこに住む誰もが意見を言う権利をもつと同時に、「誰のものでもない」という多面的な性格をもつ。だからこそ、ひとつのコンセプトに収斂させず、多様な意見が衝突しながら共存する状況そのものをデザインしようとする。それは、効率や調和を優先するあまり、こぼれ落ちてきた無数の声に、再び耳を傾ける作法なのだ。
for Citiesの視点は、多様な人間の価値観を捉えるだけに留まらない。その眼差しは人間以外の存在へと向けられる。彼女たちは「アニマル・スケール・シティ」というプロジェクトに取り組んでいる。
その一環として、富士吉田市で馬と一緒に街を歩く試みを行った。すると普段当たり前に歩いている道路の舗装が、馬にとっては滑りやすく歩きづらいものであることが明らかになった。都市のインフラがいかに人間中心に設計されているかを、馬の身体が教えてくれたのだ。この実践は、都市のプレーヤーが歴史的に人間だけではなかったことを思い起こさせ、多様な生物の視点で都市を捉え直す重要性を示唆している。リサーチとは、時に自らの身体さえも他者に明け渡し、世界を捉え直す試みでもあるのだ。
for Citiesの歩み
photographs courtesy of for Cities
2022年、神戸市長田区で開催された「アーバニスト・イン・レジデンス」。国内外のアーバニストを招聘したこの事業は、全国の自治体で初の取り組みとなった
銀座を舞台に行われた街歩き調査。オリジナルマップ、オーディオガイド、お題が書かれたインタラクティブなノートなどがついた体験型ツールキット「Urbanist Kit銀座」を参加者に貸し出し、各自が自分なりの視点で銀座の街を歩いた
池袋で開催した「Ugly Building Tour」。好評を博した本企画は、ベトナム・ホーチミンで開催した実践プログラム「for Cities Week 2023」でも実施された
「都市の音を観察することで、わたしたちは何を学べるのか?」という問いを起点に、カイロで開催された「for Cities Week 2022」。「サウンドドネーション」のほか、音に対する自身の解釈をもとに、地図を共同制作するプログラム「サウンドマッピング」を実施した
ワークショップ「アニマル・スケール・シティ」第2弾の様子。NHKのドキュメンタリー番組『ダーウィンが来た!』にてディレクターを務める足立泰啓さんを招き、都市のなかに生きるさまざまな生物を観察・記録する手法を学んだ
for Citiesのメンバー。設立から5年余り、ふたりの始動から5名のチームへと成長。現在はウェブサイトをリニューアルし、これまでのプロジェクトを振り返りながら思想を言語化している過渡期にある。上段左から:塚本亜里菜さん、柴田なるみさん、Saman Qayyumさん。下段左から:石川さん、杉田さん
参照点をアジアへ
身体を駆使したリサーチから得た知見は、具体的なプロジェクトへと昇華される。そのなかで最も象徴的なのが、設立初年度から続く都市の祭典「for Cities Week」。これは単なるイベントではなく、世界中の都市を旅しながら現地のプレーヤーと協働し、新たな可能性を探る「移動する実験室」である。
このプロジェクトの根底にあるのは、既存の都市論への静かな疑問だ。「街づくりの分野でリファレンス(参照点)にされるのは、ヨーロッパやアメリカのデザインが圧倒的に多い。でもわたしたちはアジアを訪れることが多く、非西洋圏やアジア的な都市のアプローチをもっとクローズアップしたいという思いがありました。そこで、互いの街の状況を学び合うプラットフォームとして『for Cities Week』を立ち上げたんです」
石川さんが語るように、この試みは欧米のスター都市を理想形とする画一的な都市開発に「もうひとつの参照点」を提示しようとする挑戦だ。約1週間にわたってさまざまな都市の実験を交換し合い、参加者がそれぞれの街に新たな視点をもち帰るコンセプト。コロナ禍の2020年に東京と京都でスタートし、翌年からは海外へ。エジプト・カイロ、ベトナム・ホーチミン、そしてタイ・チェンマイと旅は続いている。
毎回、現地のデザインスタジオと組み、その都市で起きている面白い現象をリサーチし、最終的に展覧会やワークショップ形式で発表する。3年目のベトナムからは公募制を導入し、アジア圏を中心に多様なバックグラウンドをもつ若いメンバーが集うプラットフォームへと成長した。
彼女たちが各都市で設定するテーマは、その土地の文脈に根差している。例えば、2年目の開催地カイロでは、ふたりが現地事務所と協働しながら1カ月間住み込みでリサーチを行い、「サウンドスケープ」(都市の音風景)をテーマに掲げた。
「カイロの中心地から少し離れた、ローカル色が強いエリアに滞在し、音を手がかりに『この場所に残すべき風景』や『この場所のあり方』を探る取り組みを、地元の人や建築学生と一緒に行いました」
そこで発展的に生まれたのが「サウンドドネーション」というプログラム。都市空間にポジティブな変化をもたらす「寄付」として、「音」を処方する試みだ。
「わたしたちが活動していたのは、タクシー運転手も行きたがらないようなエリアでした。そこで街角に風の音や木の葉の音をそっと置いてみたら、人びとの気持ちが変わるかもしれない。そんな仮説のもと、建築学生たちと『音のようなソフトなもので街に介入する』ワークショップを行ったんです」
物理的な構造物ではなく、聴覚に働きかけることで場所の体験を豊かにする。これがfor Citiesの「都市体験のデザイン」を象徴するアプローチだ。
その後、2023年のベトナムでは「エブリデイ・マテリアル」をテーマに日常素材の使われ方をリサーチ。2025年のチェンマイ・タイでは「トロピカル・アーバニズムズ」という批評的テーマを掲げた。「”アーバニズムズ”と複数形にしているのがポイント。『熱帯建築』が植民地主義的文脈で語られがちなことを踏まえ、気候に適した都市のあり方を多元的観点から考えたいと思いました。参加者と共に事前リサーチを行い、未来への提言をまとめました」
次なる目的地として彼女たちが見据えるのはパキスタン。「ヒマラヤン・アーバニズム」といった新たな都市類型を探る構想も生まれている。彼女たちの旅は、既存の地図をなぞるのではなく、新たな地図を描き出すための果てしない探求なのである。
媒介者としての「アーバニスト」
世界中の都市を旅し、リサーチを重ねるなかで、for Citiesは自らの役割を明確にしていく。都市におけるさまざまなプレーヤーの「あいだ」に立ち、新たな関係性を生み出す触媒となること。そして、誰もが都市に関わることのできる「寛容さ」や「余白」をいかにデザインするか、という問いである。
都市の議論は、二項対立で語られがちだ。行政やデベロッパーによるトップダウンの開発と、市民活動によるボトムアップの街づくり。ジェイン・ジェイコブズなどの活動でも知られるこの構図はいまなお根強い。しかし、杉田さんと石川さんは、両者をつなぐ存在の必要性を強く感じている。
「『俯瞰図』と『ストリート』の視点を行き来することが大切です。両方をつなぐ翻訳者的な役割が必要だと。でも実際には、その行き来ができる人はとても少ないのが現状です。使われていることばも、文化も違いますから」
この「翻訳者」こそ、for Citiesが自らに課す役割だ。石川さんは、それを「媒介者」と表現する。
「つくる人と使う人が分かれてしまっているなかで、そのあいだが重なる部分こそがまさに『場の編集』や『体験のデザイン』です。媒介者として機能したい。専門性をもちながらも双方の言語を理解し、AでもBでもない『次のシーン』をどうつくれるか。そこを緩やかにつなぐ存在がもっと必要です。わたしたちは、それを『アーバニスト』と呼びたいと考えています」
彼女たちが「媒介者」として機能する上で重要なのが、先述した「地元」に対する「よそ者」という視点だ。ふたり自身が海外生活経験をもち、常に「よそ者」として世界と対峙してきたことが、その思想の核にある。
「外からの人や資本が入ってこないと、街は腐ってしまいます。閉鎖的と言われる京都でさえ、もともとは渡来人が関わった歴史があり、本来は風通しのいい場所だったはず。この外からの流れを遮断すると、都市としての活力は失われるでしょう」と杉田さんは語る。
石川さんは「地元とは『ただいま』と言える場所。それは複数あっていい」と語り、杉田さんもまた、自身の経験をもとに複数の「地元」をもちうるという発想を語っている。
「わたしはずっと『複数地元論』をもっています。両親は関西出身ですが東北で生まれ、小学校時代は海外、そしていまは京都に住んでいます。いわゆる『ひとつの地元』という感覚はあまりなくて。でも、地元はたくさんあっていい。アムステルダムでのプロジェクトで出会ったトルコ出身のおじいちゃんは、移住して2年ほどなのに、その場所に深く関わっていました。その姿を見て、地元を『生まれ育ち』の文脈とは別のかたちで捉えられると強く感じました」
誰もが複数の「地元」をもち、コミットできる都市を実現するために必要なものは何か。杉田さんは「ハードルの低さ」と表現する。
「個人が『何かしたい』と思ったときに、そのハードルが低い街ほど元気でヘルシーです。神戸では若者が場所をつくりたいと言うと、空き家を安く借りられたり、無料で使わせてもらえたりする例もあります。でも東京都心で20代が場所をつくるのはほぼ不可能。家賃や所得のハードルが高すぎる。アムステルダムのガーデンも、最初は不法占拠から始まり、最終的に認められた。そういう寛大さ、ハードルの低さが面白いんです。でも東京のような都市では、そのハードルがどんどん高くなり、身動きが取れなくなっています」
制度的な寛容さと、それを許容する地域社会の成熟度。それこそが、多様な人びとが都市の「つくり手」となるための土壌なのかもしれない。
辞書とスタジオ
for Citiesの旅は、まだ始まったばかりだ。設立から5年余り、ふたりから5人のチームへと成長。現在はウェブサイトをリニューアルし、これまでのプロジェクトを振り返りながら思想を言語化している過渡期にある。その視線は、未来の都市に向けられている。
杉田さんが掲げる大きな目標は、アーバン・オルタナティブな都市のディクショナリー、すなわちもうひとつの都市を考えるための辞書を編むことだ。
「これまでわたしたちは、リサーチを通じて『デリシャス・ランドスケープ』『エモーショナル・シティ』『エフェメラル・アーバニズム』といった小さなキーワードを掲げてきました。それを体系的にまとめ、都市を考えるための新しいことばを、新しいツールとして社会に提示したいんです。日本の行政計画では、参照点が西洋の都市に偏っている。その偏りを崩し、わたしたちがアジアやアフリカでのリサーチから立ち上げた別の参照点を提示することが大きなミッションです」
これは、彼女たちの実践知を社会的な共有財産へと転換する重要な試みだ。新たなことばは思考を育み、思考はさらなる実践をひらいていく。彼女たちが紡ぐことばが、画一的な都市開発の呪縛を解き放つ武器となるだろう。
一方、石川さんは実践の拠点を海外へと広げている。3年前の「for Cities Week」をきっかけに、ベトナムのホーチミンに現地の建築スタジオと協働で「VDスタジオ」を設立した。
「今後は、海外でより実験的なプロジェクトを展開していくことが目標です。ベトナムには日本にない可能性がたくさんあります。建築素材のエコシステムが面白く、ホーチミン近郊にはレンガやマットをつくる『クラフトビレッジ』のようなものづくりの村がまだ残っている。そうした技術や環境を活かせば、短期間で質の高いユニークなものづくりができます。また、熱帯都市として環境と共存する知恵の蓄積も素晴らしい。そうした背景をリサーチしながら、日本ではできない建築やシステムを実験的にかたちにしたいと考えています」
思想を体系化する杉田さんと、実践を深化させる石川さん。ふたつのベクトルが交差し共鳴しながら、for Citiesの活動は新たなフェーズへと向かっている。
for Citiesの実践は、都市計画・建築計画が抱える課題への鮮やかな応答だ。彼女たちの活動を貫く思想は、硬直的な「計画」から、多様な主体が関わるプロセスそのものをデザインする「編集」へという視座の転換を促す。それは客観性のみならず、感情や身体感覚といった主観性を都市評価の指標とし、定住者中心に限らず「よそ者」や一時的滞在者がもたらす価値を肯定する流動性へと眼差しを広げることでもある。その思想は人間社会に留まらず、人間以外の存在をもプレーヤーと認識する「マルチスピーシーズ」な世界へと広がっていく。
こうした視座の転換は、都市を静的な「モノ」ではなく、絶えず生成変化する「コト」として捉え、デザインの対象をハードウェアから体験、関係性へと移行させる試みだ。石川さんと杉田さんの実践は、複雑で不確実な時代における都市との向き合い方のヒントに満ちている。都市は、与えられるものではない。一人ひとりが主体的に関わり、自らの「作品」としてつくり上げていくものだ。そのささやかで確かな一歩を踏み出す勇気を、for Citiesの旅はわたしたちに与えてくれる。
【WORKSIGHT SURVEY #24】
Q:「地元」は複数あっていい?
杉田さんは記事のなかで、「地元」を生まれ育った土地に限定せず、暮らしや人との関わりを通じて複数もつことができる「複数地元論」を提唱しています。あなたは、地元は生まれ育った土地、あるいはひとつだけの場所だと思いますか? それとも、複数あり、これからも増えていくものだと思いますか? みなさんのご意見をお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #23】アンケート結果
大人が知らない有名中国企業: ルービックキューブを革新する「GANCUBE」の正体(10月7日配信)
Q:「イノベーション」は、さまざまな領域で、まだまだ起こせる?
【起こせると思う】具体的にどの領域かは想像も出来ませんが、決裁権をもった50歳以上の人がいない領域であれば、さまざまなイノベーションが起きるのではないかと思っています。
【起こせないと思う】LM楽器あるいはクラシック楽器業界をイメージすると,近年(PC、インターネット普及以降)の高品質・均質な製品では、どうしても昔の職人の手作業やヴィンテージ木材などの魅力や本質を越えられないため(そんなことはないと、新素材や新技術で頑張る方はたくさんいますが)。
次週10月21日は、軽自動車の愛好家が集うコミュニティ「Capital Kei Car Club」の代表であるアンドリュー・マクソン氏のインタビューを配信。パンデミック期にアメリカで静かに広がっていった「軽自動車」カルチャー。小さく、安く、シンプルな車が、なぜいま多くの人びとを惹きつけているのか。その理由に迫ります。お楽しみに。













